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2008年1月 1日 (火)

更新サボリを主目的とした、三が日連載小説「神様のバカっ!」【1】

神様のバカっ!

 初詣客で賑わう神社の境内。
 バイト巫女の私が、破魔矢と、お釣りの五百円玉を渡そうとしたその時。
 「神様のバカっ!ウソツキっ!死んじまえっ!」
 男の子の叫び声に、賑やかだった一帯は一瞬で静まりかえった。
 どんど焼き…と書いていいのだろうか(違うよby作者)、古いお飾りや破魔矢を焼く焚き火の音がパチパチと聞こえるだけ。
 「バカーッ!」
 ひとたびの叫び声と、敷き詰められた砂利の上を走り出す、ジャクジャクという音。
 人々がバッと避けるように動いて空けた道を、男の子が走って来る。まるで弟が拗ねた時みたいだ。小学校2年か3年か。
 「こ、こらっ!」
 神様罵倒。普通、あり得ない事態だろう。隣で目を円くしていたここの神主の息子さんが、今さらのように“授与所”から草履突っかけて走って行く。
 砂利道草履とはいえ所詮子ども。男の子は鳥居の下で神主息子さんにむんずと掴まった。
 「悪い子だっ!」
 「うるせぇ!ばか!ウソツキ神社!うんこちんちん!」
 口を極めて罵倒するというか、知る限り悪口雑言ありったけ繰り出すというか。
 「ドコの子だ!許さないぞ!」
 「うんこぶりぶり!ちんちん毛だらけっ!みなさ~ん!ここの神様はウソツキですよ~っ!」
 砂利を蹴散らしながら喉をからして叫ぶ。本気で神社に怒っているのだろう。見ている人々からクスクス失笑。
 こうなると叱れば叱るほど逆効果。私は神主息子さんが手を上げようとしたところで、見かねて出た。叩いたってダメです。仕返しに噛みつかれますよ。
 「とんでもないクソガキだ!美穂(みほ)ちゃんこんな…」
 「まぁまぁ、ボク一人?」
 訊いてから気付いたが、訊くまでもなく一人だろう。Tシャツに直接ジャンパー。下は半ズボン。真冬ド寒い正月にこんな格好をさせて連れ歩く親がいるもんか。
 答えより先にくしゃみ。派手に鼻水。
 …風邪でもひかれたら今度は親御さんに口を極めて罵倒される。
 「温かいの、飲む?」
 ティッシュに顔を埋めて、男の子は頷いた。
 社務所に連れて行き、とりあえず迷子と説明してストーブの前に座らせ、甘酒を持たせる。
 「ひとりで来たの?」
 無言で、こくん。まぁ、親の了解を得て出てきた服装じゃない。
 「おうちは?」
 指差した方角は鳥居の方向。そりゃそうだ。
 「お父さんお母さん心配してるよ?」
 言ったら涙ぐんだ。一人の心細さ。叱られるという不安。そんなところか。
 「叱ったり、しないからさ。お姉ちゃん、送っていってあげようか。おうちまで」
 すると近づく足音に男の子がびくり、という反応。
 振り向くと装束を着た神主さん。“神様”に叱られると思ったかな?
 「ちょっと、この子家まで送ってきますね」
 装束で覆い隠すようにして立つ。小さな子が一人で来たんだ。大した距離じゃない。
 「あ、ああ…」
 何事?という表情の神主さんを残して、私は男の子を連れ出した。
 息子氏のいる授与所前を通るのもアレなので、披露宴などが行われる2階建てビル“神社会館”の中を通っ面玄関へ。祈祷待ちのリアル崇敬者さんと見られる方々が談笑する中、巫女装束のまま横断。
 自動ドアから外へ。参拝帰りの親子連れだろうか。私を見て「あら」と一言。
 「どっち?」
 指差す方角へ歩く。交差点ごと以下繰り返し。
 踏切を越えたところで、線路際の家の前で男の子は止まった。
 2階建てのお宅。車庫には昨今流行りの背の高いクルマ(ミニバンだよby作者)。表札にはローマ字でSAKURAIとある。
 すると背後…線路を挟んだ向こうから。
 「ひろくん!どこ行ってたの!?」
 振り向くとエプロン姿の女性。まだ若いお母さん。そんな感じ。
 「…子安(こやす)神社の巫女さんですか?」
 お母さんの声は、線路を挟んで家々が立ち並ぶ中で良く響いた。
 「ええ、はい」
 「あらまぁまぁまぁすいません。中へお入り下さい。寒いでしょう」
 お母さんが踏切をぐるりと回ってくる間に、玄関ドアががちゃんと開いた。
 セーター姿の男性。
 「あ、どうも。すいません」
 「神社に一人で…」
 「は?…ひろ、何でそんなとこ行ったんだ?」
 男の子は無言のまま。そりゃ、何も言わないだろう。叱られると思ってるんだから。
 お母さんが走ってきた。
 「すいませんどうもご迷惑を…ひろ、何で神社なんか行ったの?」
 男の子はたまりかねたように走り出し、靴を脱ぎ捨て、階段を2階へと駆け上がって行く。
 「あ、こら!ひろ!…ったく、何時までへそ曲げてるんだ」
 お父さんのそのセリフと、躊躇いがちに後を追わない辺り、何か、あったのだろう。
 「実はですね」
 私は事の次第を話した。
 「まぁそんな失礼なこと…」
 「あ~怒ったりしないでください。私も弟がいますからね。傷ついてるなって、判るんですよ。何か、夢破れるようなことありました?」
 すると夫婦は顔を見合わせ、お母さんが。
 「ま、中へ入ってください。お寒い中申し訳ない」
 …ごめんなさい、実際、寒い。
 ココアを頂いた。
 「実はですね」
 人気のテレビゲーム機がクリスマスプレゼントに用意出来なかった。お年玉を手にデパートへ足を運んだが見つからなかった。
 「去年も買えなかったんですよ。朝から並んで整理券。しかも抽選」
 こなたひろ君は、初詣でお願いしーの、サンタクロースにお願いしーの。しかし叶わず。
 仕方ないので、“サンタクロース”のゴメンナサイの手紙を添えて合体ロボットを用意したのだが。
 「見向きもしませんで…まさか神社様にそんなとは。ごめんなさいねぇ」
 「いえいえ。事情はよく判りました。社の方はそれで納得すると思います。お気になさらないで、そしてどうか叱らないでやってください」
 部屋の隅っこに拗ねて座ってる姿が容易に浮かぶ。しかし神社への説明はさておき、ひろくんは解決しないだろう。
 とはいえこればかりは…まさか同じく何度も抽選でようやく買った弟のやるわけにも行かないし。
 と、携帯にメール「忙しいんだけど」。
 「ああ、お邪魔してしまいました。この辺で」
 「失礼な上にわざわざ…すみませんでした」
 申し訳ないほど頭下げられて送り出される。それこそゲームじゃないが“モンスター”な親が跋扈する昨今、こんなまじめで丁寧な家庭にゲームのひとつも当たっていいんじゃないの?
 …学校に無断でバイトやってる私の家にあるというのに。
 “社メール”して戻ると授与所はてんてこまい。説明は後回しにして“捌く”。
 お昼の休憩。会館2階奥の食堂。
 「で?何だったのあのガキ」
 怒り収まらずという表情で神主息子氏が訊いてきた。ちなみに、氏は独身。
 「ああ、あの、『うんこちんちん』少年かい?」
 口を挟んでテーブルを移ってきたのは、会館受付のおばさん。旅館の女将と一緒で、ちょっと年配の女性が丁寧に案内する方がいいんだとか。
 …そしておばさんが知ってるということは、神社全体に知れ渡ったということだろう。
 私はやりとりを説明した。その間に、神主氏が話題のテーブルに加わった。
 「何だよ。文句ひとつ言って来なかったのかい?」
 「まぁ明雄、そりゃ子どもさんにとっては神様ウソツキ神様のバカにもなるだろよ。しかし抽選ねぇ。メーカーの煽り戦略なんだろうけどねぇ。純粋に確率論の話だからねぇ。だろ?現役女子高生美穂ちゃん」
 「え、ええ多分」
 でも確率やるの3年だし私1年だし。ってか神様が確率論に勝てないってどんだけ?
 「でもそんなに面白いの?そのゲーム」
 神主氏に訊かれて、とりあえず弟が夢中でやっているソフトの内容を説明。迷路、海中、レンガの通路などを舞台に主人公が走り回り、壁や天井、特定のレンガをひっぱたいてコインやアイテムを獲得。繰り出される敵キャラを倒しつつ中枢へ向かい、怪物によって囚われの身のお姫様を救い出す。
 と、受付のおばさんが。
 「そんなんだったらノリちゃん。あんたがこの境内でやってたことじゃん。木登りしーの会館走りーの。池に落ちーの」
 「おばさんそんな黒歴史をここで…オチまでつけて…」
 神主氏、眉毛がへの字。
 「いっくら衣冠束帯でエバっててもだめよ。あたしゃそれこそあんたの『うんこちんちん』まで全部知ってるんだから。美穂ちゃん。この二人に何か言われたらあたしんとこおいでよ」
 「それだ!」
 私は思いついて思わず叫んだ。
 「え?それって?うんこちんちん?」
 「…違いますよぉ。この境内で存分にリアルにゲームしてくださいってこと。だめですか?」
 「走り回ってお姫様、かい?なるほど。アイディアはいいと思うが…鳥居のこっち側はなぁ…」
 「でもここで解答を出さないと素盞鳴尊(すさのおのみこと)の沽券に関わるのではないかと」
 「う~む」
 神主氏は腕組みし、…私に目を向けた。
 「条件出していい?」
 「はい?」
 「美穂ちゃんとらわれの姫。後、そーゆーアイテムとか謎解きのタネ考えて」
 「え~っ!」
 「言い出しっぺ責任」
 ひど。でも。
 「…判りました」
 いいや、学校の先生に訊いちゃえ。
 すると息子氏。
 「で?バケモノどうすんの?そんなの記紀にあったっけ?」
 「お前はアホか。素戔嗚尊と言ったら八岐大蛇(やまたのおろち)に決まってるだろうが。大体、そのゲームのシナリオ自体、その話や、アンドロメダ姫の神話が元だ。出エジプト記だって元を辿れば…」
 「“シェモース”ですね」
 これはおばさん。…後でググッたらユダヤ教での呼び方だとか。
 「要するに不勉強なのは明雄。お前だけだ…てなわけで罰だ。お前八岐大蛇やるか作るかしろ」
 「ぎゃふん」
 さておき、とりあえずOKが出たので、まずは帰りがけサクライさんのお宅へ。
 「どなた?…ああ、巫女の」
 お母様曰く、ブーツにコートは別人でどこのお嬢様かと…だとか。ハハハ。
 耳打ちで事の次第を説明。ひろ君にバレたら面白くない。
 「いいんですか?」
 ひそひそ。
 「そおゆう冒険の元祖たる方をお祭りしてるわけですから…」
 こそこそ。
 で、帰宅して自分の先生に電話。物理の岸本(きしもと)先生。さっぱり系のお姉さんタイプ…で、茶道の師範代だったりするので付いたあだ名が茶(ちゃー)先生。本人許諾済み。ちなみに、バイト巫女は違う高校の友人が、という話に改ざん。
 『ほう。面白そうじゃないか』
 「で、小学生でも判る何かこう~トリックをですね」
 『林(はやし)自身は何か考えてるか?』
 えっ!
 「いやその…あぶり出しとか…」
 出任せ。
 『そうか。まぁ基本だな。じゃぁ何か見つくろって送ってやるよ。がんばれ』
 電話は切れた。で、翌日宅配で届いた段ボールがひとつ。
 早速開いたら入っていたのは。
 砂時計。レンズが手のひらより大きな超でっかい虫眼鏡。A4サイズのクリアファイルと挟んである白紙。2リットルのペットボトル2個。片方は半分くらいまで砂鉄。万能ボンド無色透明。墨汁一本。卓球のラケットみたいな形をした、薄墨色のアクリル板2枚。何かCDみたいにキラキラ光る透明アクリル板と、オレンジアクリル板それぞれ一枚。銀色の金属板で出来た顔ほどのサイズのファン。そのファンより一回り大きくて、それこそギリシャ神話の巨人が使いそうなブレスレットみたいなもの。ブレスレットみたいなものは透明のチューブ状になっていて、外側に歯車が切ってあり、中には、青と赤に塗り分けてある磁石がズラッと並んでる。後はどう見てもそれを回すためのギアの付いたハンドル。そのハンドルやファンやら取り付けられそうな台座。ちなみに、この青赤に、ペットの砂粒が反応したので、それぞれ磁石と砂鉄と判った。
 後何も無し。どーしろと。
 ただ、クリアファイルの白紙は、透かしてみたら何かシミみたいな物が見えたので、それこそあぶり出しと思いやってみたら文字が出た。

 “やぁ林美穂君。冬休みをエンジョイしてるかね。面白そうだから協力してあげよう。但しこれらをどうすればいいかは君が考えるんだ。隠しておいた物が見えるもよし。そこにある物がなくなるも良し。ヒントは以下の通り。ペットボトルからジュースが出てくるのは何故か。光は首を90度ひねって考えよう。あらごー”

 なんじゃそりゃ。電話の最後の“がんばれ”はそういう意味か。

(明日につづく)

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