222=にゃんにゃんにゃん
で、2月22日はネコの日と。
実家に約1名いるが、相変わらずふてぶてしく暮らしておるようだ。不思議なもので「半年に一度だけ」顔出すことに変わりはないのに、オレには懐くが妻子には近づかない。
少し斜め上の方向にネタを振ってみよう。ネコは古代エジプトで既に飼い慣らされていたことが知られていて、バステト(Bastet)なんて猫女神まで存在する。当時ライオンが住んでおり、ライオンを狩る者は勇者だったから、そのミニチュアでネズミを狩るネコはなるほどある意味「神」であっただろう。
そうした所以から「ヤマネコを飼い慣らした」というのが現愛玩ネコの起源とされる。ヤマネコは90万年くらい前には確認されていて、更に遡ると「ネコっぽい」姿はなんと2500万年前まで確認できる(Proailurusぷろあいるらす)。体重9キロほどだったというから、大ネコといったところか、これより前だと恐竜絶滅期に生きていたMiacis(ミアキス)になる。こいつはイヌとの共通の祖先でもあり、骨格からはネコっぽさはなかったようだ。大きさは30センチほど。
現生人類が10~20万年。「ヒトっぽい」のが500万年であるから、ネコは現生動物としては遥かに先輩で、より濃く「原初」の姿を残していると言える。これは当然「より自然に馴染んだ」生き物であることを意味する。観察して頂くと判るが、ネコは「無駄に体力を消費する」ようなことは一切しない。遊びに見える行為もその実は狩りの訓練である。
これはひっくり返して人間が過剰に干渉してはいけない生き物であることを意味する。無駄なことをしないのは狩りの成功率が低いからである。なるべくエネルギーを温存しようという身体の働きの表れだ。
「ウチの子。○○が好物だからお腹一杯与えてますのよ」
…ネコ飼っちゃいけないのはこういう人種である。ちなみに人間も飢餓時代が長いおかげで、「食える時に食えるだけ食う」「必要以上のエネルギーを消費しない」という傾向があるが、この副作用でエネルギーをため込んでしまう傾向がある。そして得てして、ビジュアル的にふてぶてしい猫は、飼い主も外見がふてぶてしい。
潤沢にエサが確保されるというのは野性ではあり得ないこと。飼い主はそこらへん考慮してコントロールすることが求められる。命のあるべき姿に対して責任を負うわけだ。
関係ないがパンダは中国で大熊猫と書く。
« 性格の問題じゃなくて | トップページ | dts »
コメント
« 性格の問題じゃなくて | トップページ | dts »
おはようございます。
我が家のにゃんこは姿かたちは確かにネコではありますが、<一人はいや。人を呼ぶ。人にできるだけ甘えていたい。多分自分はネコだと思っていない>という変わり者。
まるで、2歳児です。(^^;)
拾ってきた時から、ネコらしくないと思っていましたが、少しは野生を取り戻して欲しいものです。
投稿: piko | 2008年2月23日 (土) 10時06分
ネコは同居生物(!)に対して、「家族」「仲間」という認識は持ちますが、その「種類」までは認識しないようです。相手が人間だとむしろ「でかい愚鈍なヤツ」みたいに見ているようで、よくある「獲物の自慢」は「しょうがね~ヤツだな。お前食わしてやるよ」的意図のようです。ちなみに実家ネコは当初シッポで娘をあしらい、「遊ばせて」いましたが、今は娘がいる間、部屋の最も高い位置に陣取って「オレが上」と地位を誇示します。判りやすいヤツです。
投稿: すのぴ | 2008年2月23日 (土) 12時08分