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2008年3月 6日 (木)

激変の春

激変の春

HD-DVDの敗北、そこに「D」が続き、トリニトロンの生産が終了しの、パイオニアがプラズマ板の自主生産をやめの、テレビ番組はクイズだらけの様相?
自分自身クルマ買い換える予定だし、実家のオーディオはリプレースする。

何かと変化が多いのは年度替わりだからだが、ここまで身の回りでゴソゴソ動く年も珍しい。いや実際は毎年こうで、たまたま今年は目に付くものが多いだけかも知れない。

小さな動きがやがて大きなうねりとなって社会的変化(パラダイムシフト)を起こすのは世の常で、例えば今現在の所得格差の構造はその端緒をバブル期に見ている。カネが回らず一カ所に集中することによって(バブル)、屋台骨の部分が粗鬆症になってグシャッと潰れたわけだ(崩壊)。そこで再度カネの回る構造にすればよい物を、屋台骨がとっかえひっかえ出来る構造に組み直した結果が(非正規雇用の増加)、現在の“貧困層が増える好景気”の正体だ。極北として大陸に手を出すから見ろ、目を覆うような事態だ。

ただ不思議な物で、そうした弊害に基づいて見直そうという動きが出ているのもたった今この春という気がする。中国無関係のそもそも論として、テメエの食い物の半分以上が輸入というのはどこかおかしいのだ。何か起こった時「他人にやる食い物はない」のが生物人間の根本原理ではあるまいか。

そう日本人はようやく動き出したのだ。昨日も近所の女子高校生が朝からタバコプカプカしながら歩いていたが(注意したら目を円くしていた。言われたことがないのだろう)、日本人バブル以降自信をなくして堕ちるトコまで堕ちた。その堕ちて行く様をここ10~15年我々はずっと見てきた。それはそう、少しずつの大きなうねりが個々人の心を蝕んでいった、いわば「心の貧困」というパラダイムシフトの姿に相違ない。子殺し親殺し、増加する一方の自殺。心療内科の医師とよく話すが、余裕のない心は時に対価として命を求めるか、あるいは自らを消去する。

しかし、そんな現状に気付かせ、「このままじゃダメだ」という警鐘を鳴らしてくれたのが、今回の事件のような気がしてならない。ただ今回の事件でもそうだが、日本人は少なくとも「他を貶めて自己保全を図るのは恥」という矜持を失ってはいない。国家単位でアジテーションするのがどれだけ滑稽か、それは自らの誇りと尊厳を失墜させる行為だという信念は失っていない。…もちろん、それはそれで苦い経験に基づいてはいる。

苦い経験…その象徴であるマッカーサーは「日本の政治は12歳だ」と言った。議会制民主主義という側面から見れば、19世紀最後半になってようやくその席に加わった日本は確かにそう映ったであろう。子どもがそうであるように、システムも失敗を繰り返して完成形、大人へと成長して行く。その観点で戦争は世界中から叱られた子どもという捉え方は出来る。

この戦争で日本は国家レベルで自信を喪失したわけだが、その自信はオリンピックの開催や「世界最高速度」の列車、新幹線の営業開始あたりで取り戻したことが伺える。比してバブルは微々たるものだが、世界一を伺おうかというトヨタ自動車の勢い、先年の「ワールド・ベースボール・クラシック」での「野球世界一」など、微々たるは微々たるなりに「日本」を鼓舞する事象が昨今起きつつあることを見逃してはならない。その相似形とパラダイムシフトの習いは、今度は振り子を揺り戻す力として、やはり徐々に日本人個々の心を変えて行くはずだ。「ちょっとうまくいった、じゃあもう少し」その歩みは例えわずかでも、確実に前進する力となり、そして努力は最後に大きな実を付ける。

地に目を向けよう。我らの立する極東の島弧大地を力強く踏み締めよう。足元がおろそかなのに世界に手を伸ばしてもバランスを崩して倒れてしまう。大地が荒廃していては力強く踏み締めることは出来ない。人は地に立ち生きる物。生きるために生み出す唯一の地球生命。
生命が生きるのに必要なのは「カネ」ではない。自立して生きる手段だ。
「結局我々は戻ってきた」それがこの春の胎動に、蠢動に見える答えという気がしてならない。何を世界に、隣国としては最も遠い太平洋の向こうにおもねる必要があるだろう。鎖国せよとまでは言わぬ。しかし鎖国の最中、我々は我々だけで生きてきた。生きて行けるのだ。日本人は日本人としてコレでよいのである。自立できるのだ。そしてその自立の姿は、自然と調和しつつも、創意と工夫で自分たちを豊かに便利にしようという努力の持続であった。それは現代における環境技術に相当すると思うが如何であろうか。

平和ボケだと罵る国がある。だったらそれが日本だと答えよう。平和以上に何を望む。平和なのは悪いのか。
そして平和とは、地球生物本来の姿…すなわち自然の中に自然と共に、に他あるまい。今我々は平和を得た。次になすべきは自然との調和…立つための大地を荒廃から救うことだ。そして、過去それをなしえた我々だからこそ、「調和しつつ生きて行ける」術を追い求めることができるはずだ。カネ儲けのためではない。地球を保全するために。
幾らカネがあったところで、安心してハダシで立てる地球がなければ、何の意味もない。
そう、これから日本が手を伸ばすべきは、同じ地球でも他の国ではなく、大地と風と、そして太陽。

…で、なんでこんな壮大スケールの話になったんだろう。あれ?

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