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買い物が溜まったので家族で出かける。電車に乗ってブ~ラブラ。
最初にポケモンショップを目指す。明日娘がポケモン大好き男の子の誕生パーテーに呼ばれているためだ。
しかし駅降りて最初に目に入ったのは娘の好物我らの天敵
“ふあふあ”
「ポケモンショップ行くよ」
「終わったら(意訳:ふあふあだよね)」
いつ誰がそう決めた。
駄菓子菓子。ショップは行列。イベント連動。まぁGWだ。煽り戦略の王道を行くこのキャラで仕掛けがないわけない。デパートのおもちゃ売場で探すことに決めて引っ込む…
わかった。わかったよ。
300円5分。コーヒー一杯分跳んだり跳ねたり。
結局デパートで何やら購入。この間娘は木のレールを走る汽車のおもちゃで遊んでいる。娘はこれが結構好きだ。でもなぁ、これに関しては超本格派おもちゃをオレが所有してるわけで。
時間を見てレストラン街。スペイン料理。メニューを見て娘には無理と思いきやあにはからんや。
パエジャを硬いとか言いながら旨そうに食べること食べること。ちなみに娘が喜んで食べるものはイコール美味だがココも然り。ただ量が少ない。
すると。
「あのさぁ」
なんじゃい。
「さっきのさぁ。おもちゃのところにさぁ、木の出来た馬の乗るヤツがあってさぁ。あたし乗りたいなぁ」
要するに汽車の後ろに木馬があったわけだ。で、それに乗りたいとかこつけて、ってわけ。
いつそんな言い回し身につけたんだお前は。
しかし、一瞬の状況把握は君よりオレの方が数段上だ(笑)。
「食べたら買い物行くの」
結局買い回り連れ回りに飽きたコトもあって、後でもう一度行ったが。
にしても今日は。
疲れたと称しておんぶさせたり。
「あたしおやつ食べたら元気になっちゃった」
ひっぱたくぞしまいに。
ポジティブなことを書きたいが、自己心理分析の面もあるので勘弁してくれい。
好不調の差が大きい。Aハイテンションでアクティブ、Bゆったりと落ち着いた気分、C全身疲労感でグダグダ。
前より良いのは確かである。ただ、AとBのどちらが良い状態なのかは何とも言えない。
Cがどこから来るかという話だが、1つは椎間板ヘルニアさんである。夕方になるとかなりしんどくなり、億劫になる。このため残業を控えめにしているが、たまに少し引っ張ると、尾を引く。2つめに起き抜けの悪さがある。睡眠薬の抜けが悪いのか、単に睡眠が不足なのか。休日などいつまでも寝ていられることから、後者の可能性がある。そしてそこまで疲労を背負う要因はヘルニアさんの可能性がある。
一方で世の中急げ急げである。早くしろいつ出来る予定を出せ予定通りか。
不思議なものでこの波に乗ると更に急かす系の仕事がじゃんじゃん入ってくる。自ずと必死になってしまい、当然疲れる。他方、波から下りてみると自分だけ取り残されたような感覚に陥る。それはそれで焦燥感に繋がり、やはり精神的に疲れる。疲れると睡眠時間が必要になって……
まぁ、そんな感じか。
要するに早く帰って早く寝ろということだ。
ただ、先週来この状況に対処するシンプルだが強力な武器を手にした。シンプルゆえに応用が利く。これはオレに立脚すべき位置の何たるかを与えてくれた。思考ルーチンがスクラップ・アンド・ビルトされ、結果重心が下がったし、文字通り、動いてる止まってるでうろたえなくなった。自分でも驚くほどあれやこれや提案できる。一種の哲学だからであろう。
「尊敬する人物」の欄を設け、御名を加えさせていただいた。
5~6日。クルマ関連でドタバタ。
12日。祭見物。
19日。バレエはおさらい会。
26~27日。
「おとうちゃん、身体で遊ぼ~」
ちょ、ちょっと待ってちょーす。
さすがにシンドイ。仕事の方も切羽詰まった話があって気を使った。
何 も し た く な い 。
ここまで放置希望な状態になることも珍しい。少しハイテンションで飛ばしすぎたかも知れぬ。
テレビをつけたらバレエ番組(ローザンヌ国際バレエコンクール)をやっていた。
つい、妻と見てしまった。
「娘にやらせる以上、親は親でこういうの知っておかないとねぇ」
で、要するに基本的な密度を高め、そこにちょいと味付けでオリジナリティや表情を加えるのが豊かさやエレガントさにつながるんだなぁと。…そ、↓の方アンプと同じ。後から小手先で繕おうとしても、素材の粗さは隠せない。
そしてそう、不良品の話と同じ。後から小手先で繕おうとしても、基本がなってないと解決にならない。
寝てるか、娘に上に乗られているか。
機種依存文字の正体は「ベータ」でござい。
「相対性理論」
難しいこと書く気はござらん。これ自体実は難しいこと言ってない。
この理論は次の2点を原理として立脚している。
・動いている物体にも止まっている物体にも同じ法則が適用される
・光の速度は常に一定で、動いて見ようが止まって見ようが同じである
2番目は「月から光が発射される」という現象を地球から見た時、その月から出た光の速度は、月の動く速度が上乗せされたものではない、という意味である。そして勿論、その光を月の上から観測した速度も、地球の結果と同一。
一方で我々は、前を行く友人の自転車に追いついて並んだ時、友人と自分の間の速度の差がゼロであることを知っている。自分にとって友人は止まって見えるのである。京浜東北線と並んだ山手線も然り。
対し「光の速度」は、自転車のように追いつけないというのである。
この矛盾は何だ。
そこでシンプルに「光の速度はどんな状態の人から見ても一定なんだよ」という観点で方程式を立て直したのが、相対性理論の正体である。結果は、
「動いていることと止まっていることに差はない」
動いているという状態は「相対的に」そう見えるだけ、というわけである。つまり光を基準にしたら見方が変わったわけだ。
で。
y=βM
これタグチメソッドの基本方程式である。原理を見つければ全てはその延長線上であり、どこかおかしいのは原理からのズレだ。という意味である。だから、おかしいのを正しくするには、まず原理を見つけなさい。基本的性質を知りなさい。というわけだ。
タグチメソッドというと射撃のアナロジーをご存じの方が多いと思うが、実はタグチメソッドで百発百中を実現しているのではないか?と思われる銃の使い手を我々は知っている。「ルパン三世」でおなじみ「次元大介」である。
彼はトレードマークの帽子とSW29の照準システムを併用してトリガーしているが、これは次のような手順を踏んだと考えると実に理にかなっている。
まず、帽子と銃の照準の位置関係を決め、一定距離の的めがけて撃つ。当たり外れは気にせず撃つ。
この時その位置関係…帽子をドコまで被るかなどは、身体のパーツを基準に決めておくと便利である。大人なら身体のパーツに変化はない。
そうすると射撃時の姿勢は固定されるので、銃弾個々の持つ差はあろうが、弾はみな大体同じ場所に当たるはずだ。
後は的に対して例えば左に寄るなら身体を右に傾け、リコイルの影響を受けるならその分あらかじめ下に向け、距離が遠いなら少し上に向け…帽子と照準の位置関係さえ一定に保てれば、自由自在に百発百中なのである。
ここまで読んだだけでハッと気付いた方多いのではあるまいか。ナニ?テニスのスマッシュが決まらない?ピッチャーだけどノーコンだ?ゴルフがスライスばかり…
全部同じだよ。ほら、もう壁打ちやキャッチボールが「やれと言われたからやる」ものじゃなくなったでしょ?
走り込みなどのトレーニングも闇雲に筋肉付けるって意味じゃない。一定の体調にコントロールするため。いつも同じ体調じゃないと、同じ動きが出来ません。阪神金本選手毎日同じメニューで筋トレやってますね。そういうことよ。
そう、この考え方こそタグチメソッドの本質である。不変の基本的性質を知り、掴み、少しアレンジして狙い通りのアウトプットを得る。後はそれを維持する。清原、筋肉の鎧を着ても打率は上がらないよ。今岡、ヤマカンで振り回すだけなら誰でも出来るぜ。
オレの仕事ひんしつほしょー。今日も若き設計者が言いました。OK判断の範囲に実験結果入ってます。
それ適当に的撃って当たった喜んでるだけ。
原理的に的のこの辺に来るはずで、その通り来ました。と言ってくれなくちゃ。
そしてそう。この考え方はひんしつほしょーの大事な仕事「不良を減らす」のターゲットの取り方を変えた。着目すべきは不良の数値そのものではなく、不良は原理からどう外れたら起こるか知ること。
不良を考え方の出発点にしても答えは出ないのである。そうタグチメソッドはこの手の「結果を得る技術」における相対性理論そのものなのだ。
オレも、最後まで呼んでくれたアナタも、最強の武器を今、手にした。
理想は何か、だな。
そしてそこからどれだけずれているか、だ。
機能の定義。
不良の指標になる物理量。いくつ壊れたか、じゃないんだ。
だそうな。中国政府が発行した「指南書」によると。オーストラリアでの聖火リレーの保護について。←どんな倒置法だ
このことから判るのは、この国家に「原理原則に則って物事考える」というアタマがないことだ。
え?あ、あるか。
ちゃいなあずなんばーわん。
これが原理原則でしたな。いやはや失礼。
2003年
●○○○●○○○●●○●△○○●●○○ 11勝7敗1分
2005年
●○○○○●△○○○●●●○●○●○● 10勝8敗1分
2008年
○○○○○●○○●○○●○○○○○●○ 15勝4敗
…圧倒的に強いんですけど。
いやファンだから嬉しいし、何も文句はありません。
なぜここまで強いのでしょう。
まぁ端的には投打のバランスが取れているんでしょうが、先発が安定していることと、1-2番の赤星平野が足でかき回し、そして打の重心にして精神的支柱である金本の存在。投・打、そして「心」にそれぞれ1本スジが通ってるんですね。拠り所がそれぞれにあるから団結できるしお互い高めあえる。チームワークの何たるかをここに見るわけですよ。総合力・シナジーを生み出すには、互いに切磋琢磨することは勿論ですが、力を出し合うってのが何より大切。
オレがオレがじゃイカンのですよ何事も。自戒を込めて。
買い物。家の中とクルマを掃除。娘と遊ぶ。以上。
うん。
バレエのおさらい会。
当初この日は「自主品質改善活動」という要はタダ働き(あーあ書いちゃったよ)日が設定されていたが、どうにか回避。
娘の演目は夕刻4時半からだが、やれリハーサルだメイクアップだで会場へは朝の10時入り。
都度妻が自転車に乗って行ったり来たり。こういうバヤイさすがに男親は…ねぇ。
時間になり会場へ向かう。いわゆる発表会ではなくおさらい会で内々なイベント。されど小劇場ながら満席になった。
開演してちょこちょこどたばた。「教わったとおりに身体を動かした」レベルであり、まぁ文字通りおさらい会だ。それでも前年は客席の我々を見つけて手を振るという余裕というか暴挙があったのに対し、普通に踊って見せた。演目「アマリリス」。
終了。メイクを落とし、上級、トゥシューズでソロの演技…のお姉さんたちハァハァを見、外食して帰宅。
「間違えずに出来た?」
「うん」
ならええわ。
今日はくつ下を買って帰りました。
朝から昼休み食い込むまで会議
昼飯掻き込んで3時まで会議
定時後会議の資料作り
は~あ
取引先が出してきた品質レポートにこんな文言。
「プリキュア工程」
プリキュア。普通これで検索するとこちらさんが出てくる。でもって検索する目的もそっちである場合が多い。当然、パソ一発変換でこれが出るお宅には女の子がいるかオタクがいる。我が家も然り(どっちも居るなぁというツッコミはナシよ)。
プリキュア precure
prettyとcureを合わせた造語。cureは原意が解決とか「本来あるべき姿にする」みたいな感じで、辞書的には
〈人・病気を〉治す;〈悪癖・悪習を〉直す, 矯正する;〈問題・状況を〉解決する, 改善する;〈人の〉(病気を)治す((of ...))
彼女たちは敵と戦う正義の味方であるからして当然こっちの意味。他方同じスペルで
〈ゴムを〉硬化させる
という意味もある。当然技術文書のcureはこっちの意味。更にプリは前駆・予備的を意味する接頭辞preのことで、くっつけてprecureプリキュア。予備硬化処理工程。スペルも発音も同じになったと。
にしても。
「プリキュアで不良を作り込み…」
「プリキュアの技術不足で…」
「プリキュアの均一性に問題があって…」
口角泡を飛ばして真剣な議論。
プリキュアって高度だなおい。
なのに、聞いてるこっちは、彼女たちが困った顔してる様が都度思い浮かび、笑い噛み殺すのに困った訳だが。
しかめっ面して資料にメモしながら、頭の中はそんな感じ。
そんな春の午後。それじゃだめじゃん(笑)。
…いや、もう、なんつーか、あのね。末期的というか。
FEP(ふろんとえんどぷろせさ…特にカナ漢字変換システム)は自宅会社ともATOKにしている。お話書くにせよ技術文書書くにせよ、マイクロソフトIMEでは使い物にならないからだ。正直、日本語会話文も技術文書も、イライラさせられるばかりで、まともに使えた代物ではない。不良率の文章を書いていて「確立を求める」とか平気で出してくる。そこにオレの場合鉄ヲタ・音キチ・星バカが加わる。多方面用語が入り乱れる環境では、文脈解析と学習機能がないと話が始まらない。IMEでは「お話にならない」のである。日本語の言霊様に失礼だ。
そんなわけでIMEは「OSのプロダクトID入力」さえ済めばお払い箱で、ジャストのスイートを放り込んだら速攻削除する。あれの言語バーが画面にあるだけで虫酸が走る。
ところが消したはずのIMEが亡霊のように甦ることがある。OSのセキュリティパッチの適用だ。再起動するとFEPが何故かIMEに戻っているのである。オフィス系のクソ下らない押しつけお節介余計使えない機能、揚子江川海豚ならぬシリコンバレーバカイルカもそうだが、何でユーザのカスタマイズを勝手に変えるのか。思い浮かぶフレーズはこの一言である。
そう「くたばれ」だ。こんな会社が地球を覆うネットワークの核にあって死命を制するなんざ怖気を震う。
この会社に言いたいことは「分を弁えろ」と「恥を知れ」である。OSのwinにせよエクセル・ワードにせよ、「買ったパソに最初から入っていたからそのまま使っている」の繰り返しで増殖し、デファクトスタンダードになったに過ぎない。決して本質優秀だから広がったわけではない。むしろ逆で、だからプリインストールという手段を使って広げた…というのが、98VMでエロゲをやってた(笑)人間から見た本音である。しかも例えば、VHSビデオなんか、デファクトスタンダードになってからも、ベータに比して性能面で劣る部分の改善にこれ努め、0.3秒録画スタートなど、ベータ同等以上の完成度に仕上がったが、こっちのはイルカの他にイヌだのお姉さんだの増えて値段が上がっただけで、ユーザとして「良くなった」と感じた部分は一つもない。ワードに画像を貼ると文章のレイアウトがムチャクチャになるのは何故?しかもそのファイルがめたくそ大容量になる理由は?エクセルの印刷プレビューはいつになったら実際の印刷結果と合致するの?参照形式がR1C1形式に突然変わる理由は?日付表示feb-8とかデフォルトになってるの日本には向かないよ?Vistaがその辺の安キーボード認識しないんですけど。
OS、ワープロ、表計算。本質的なところを取り違えて屋上屋を重ね続けているようにしか見えないのだ。実際プログラムを組んでるエンジニア個々は、真面目で必死かも知れないが、そもそものベクトルが間違っているので、どんどん斜め上に向かうだけ。結果、謎の挙動やメッセージにヘルプを開いたら堂々巡りとか、挙げ句の果て「仕様です」とか開き直るから始末に負えぬ。他にもセキュリティパッチの説明を求めてマイクロのサイトに入ると、そもそも日本語の体をなしていない電波なページになっていて、何事かと隅々眺めると「機械翻訳しているので…」。
意味の通じる文になっているかどうかもチェックせず、企業としての公式文としてアップロードするのかこの会社は。一体誰のために会社として存続し、モノを作って売ろうとしているのだろう。
英文テキストエディタに脊髄反射変換しかできないFEPを組み合わせ、日本語ワープロだと主張してン万円で売りつけるこの会社に、このゴーヂャスな慣用句を捧げよう。
バカは死ななきゃ治らない
この会社に存在価値があるとすれば、「こうなってはならない」という反面教師だ。たとえ給料を億単位でくれると言われても、名前だけ在籍で遊んで暮らしていいと言われても、技術畑の人間の信念として絶対に勤めたくない。プライドが許さない。
で、今日も更新パッチ導入後、言語設定から早速IMEを削除し、メールを書こうとアウトルックを開いて「いくせいそう」と入れて変換すると「育成相」。
あれ?
あれ?
「幾星霜」が変換候補にすら出てこないぞ?
なんで?
うわこれIMEじゃん。
ブチッ←切れた
も~ほ~ではない。ちなみに「男さぶ」というのは本来男前を意味する江戸言葉である。
冷え症でもない。今日の気温は22度であった。
サブのサブ。オーディオの話だ。遥か1996年「win95」を搭載して華々しく登場した富士通パソコンのアンプスピーカー部分を線路の位置へ移動した。
ノートパソに繋いでCDなど鳴らすのが主な稼業であったが、妻が「見ればポイントがもらえる…」系のサイトをミュートで見て、そのまんま…のパターンが多く、手持ちぶさたなので転職させた次第。ちなみにパソの音自体は内蔵から出せる。
実のところ現用オーディオ(ヤマハAX4600コア)は、同様のパターンで自室警備中に音楽を…から成長した物だ。スピーカーと夜ヒマなウォークマンから始まり、ミニコンポが都落ちして来て、安コンポになり、就職してテレビが追加され、結婚してリビングに鎮座ましまして偉そうに主役ヅラ、というわけだ。しかしあくまでサブはサブであって、メインはZ11コアの実家システムである。普段使いがサブ?とは当然の疑問かと思うが、メインはラックの横幅が1.5倍、サーブウーハも備えている。で、横田基地対策防音工事のリビングで鳴らしたい放題。こなた独身寮6畳間で育ったもので転勤対応。アパートに持ち込めるのはどっちだ?というわけだ。そんなサブに更にサブが派生してサブサブというわけである。
長い冒頭の能書きだなおい。
アンプ内蔵なので送り出しは何でも良いが、今回は久々にカセットのウォークマンを動かしてみた。WM-DD9。
「うぉ~!」という方あるかも知れぬ。バブル真っ盛りの頃に発売された空前絶後の再生専用機である。スタートさせると直後はグダグダだったが、やがてようやく回路が目をさましたか、クローズドループのキャプスタン制御が有効に動き出し、綺麗に鳴り始めた。「シャー」というヒスノイズは当然あるが(S録音B再生)、ガリガリでシャリシャリの半導体オーディオより上品な音と言うことが出来る。ちなみにテープは評論家氏リファレンスのTDK-SAよりはメタルの方が好きだった。MA-R?XGfermo?スーパーメタルマスター?
全部あるよ。MA-Rなんかテープtoテープのダビングのままだから録り直さなくちゃ。
キャリブレーションして、バイアスひねって、レベルメータとニラメッコしながらボリュームを扱う…比してチェックマーク入れてドラッグドロップ。何もかもが懐かしい(^^)
<高尾山>登山事故が倍増 「ミシュラン」紹介で人気
4月12日15時1分配信 毎日新聞
全国最多の登山者数を誇る東京都八王子市の高尾山(標高599メートル)で、事故が急増している。07年は43件(45人)と、04~06年の平均のほぼ倍になった。今年も3月末までに12件の事故が起きている。都心から近く、軽装の登山者が後を絶たないことに加え、人気の観光ガイドブックが紹介し登山者が急増したことが背景にありそうだ。
…はぁ、そうですか。
思ったコト2つ。「たかが」と「それでも」。両方の意味込めてタイトル「されど」。
この山確かにケーブルカーに乗って、降りて目の前の道をてくてく歩けば頂上へ着く。コンクリで舗装してありハイキングで良い。普通の山道を行くコースも、日中動く分にはどこ行っても誰かしら歩いているし、方角さえ把握しておけば、京王の駅までたどり着ける。中央道などランドマークも多く、迷う方がアホである。率直。
以上「たかが」高尾山。
但し、そのケーブルカー降りて目の前のメインの登山道(1号路)以外は、全くの野道であって、少なくともヒール履いて行くような道ではない。谷間なので夜になれば真っ先に暗くなり、携帯電話の電波も届かない。…都下でも「人が住んでいない」ならアンテナはなど立てない。すなわちそこは全くの野生の支配下。
…ということを考えず、夜の高尾山を山道で行くのはこれまたアホである。率直。
以上「それでも」高尾山。
そして実は、高尾山は都下にあって都会と自然との接点である。遥か大阪箕面まで続く「東海自然歩道」の東の起点である。ヒール履いてちゃらちゃらしてるのがいる一方で、重装備の登山者が混じっているのはそういう背景がある。
しかしまぁ…高尾山で救助要請とはねぇ。都立富士森高校の「歩行会」は3コースあって終点が高尾山だったが、迷ったという例はあっても夜っぴて探し回ったという話は聞かなかったなぁ。
要するに高尾山程度で迷うような人間が夜の高尾山など行くなってこった。あ、日本語がヘンだ。
新車転がして家族で美濃祭見物に出かける。
高速を使う。ゲートくぐって加速。気がつくと80キロ。第1印象が「静か」だったが、高速でも静かだ。ロードノイズはそれなりに拾うし、舗装差も判る。キャビン内箱サイズ相応の反響音もあるが、普通の声で普通に会話が出来る。カローラフィールダーでこれなら、レクサスLSナンタラが「殆ど無音」なのも成る程。ちなみに今回のオレと同様、オヤジが初めて新車で買ったクルマは「カムリ」(初代)だったが、100キロ4000回転。OHVの爆音が懐かしい。
さてそんなわけで80に達したので巡航。新車なので速度控えめ(新車じゃなくても控えめに)。タコメータは1800回転くらい。↓BMWの前に乗っていたカムリ(1989年)とほぼ同じ。車載コンピュータ様が瞬間燃費を開示下さるというので、燃費モードにしてみる。
80~90位のレンジで走れば、平坦路であればリッター20キロ以上を示した。1.5リッターなら妥当な速度域で妥当な数値だろう。こうなるとクルーズコントロールが欲しい。考えてよトヨタさんよ。
とかい思いつつ東海北陸道を走って美濃で降りる。友人宅経営工場にクルマを置かせていただき、徒歩でブラブラ美濃の市街地へ。
で、保存されている旧名鉄美濃駅へ。あら?
で、娘は保存車輛に乗ったり広げてあるプラレールで遊んだり。あらら?
オレはそこで鉄道趣味誌のバックナンバーを買ったり。
あらあら。
メインはこちら。花御輿。町内を練り歩くのだが、その旧名鉄駅前で昼の休憩なのだ。
担ぎ手(当地では御輿を「釣る」という)に加わっている友人と合流。メシ食ってだべって。この春前に生まれた赤ちゃんの顔を見て。
娘はまた美濃駅の中へおいおい。
午後動き出した御輿の後について「うだつの上がる町並み」へ。「うだつが上がらない」というフレーズと関係あるの?と思われた方はググられよ。
アルコールも入って左右に揺れ動きながら練り歩く御輿を眺め、友人宅へお邪魔する。
友人母君が開口一番。
「いらっしゃい。ああ、あの走り回る子?大きくなったわねぇ」
祭より戻られた父君も
「あーあの走り回る子か」
さようでございます。それはウチの娘のリアルかつ的確な表現。
「でもお姉さんになったわねぇ」
そのお姉さん。当然、友人のきょうだいの子どもたちもそこにはいるわけで。
結果、走り回る子が4人。
オレも含めて男たちは縁側のバーベキュー。
走り回る子を含めて女たちは家の中。
「東名の事故は整備が…」
わーきゃーじたばた。
「中国とオリンピックについては…」
うえぇ~ん!!
要するに。
(^◇^;)お邪魔いたしましたm(_ _)m
鉄カテだが一般的な書き方をする。心当たりのある人は反省して欲しい。
今朝方、名鉄瀬戸線小幡駅手前で、電車の非常ブレーキが作動した。遮断機の下りた踏切を自転車が横切ったためだ。
本人は充分自信を持って直前横断をかましたと思うが、運転する側はこれを心配する。
「転んだりしないか」
道路においてクルマを運転していても同じである。「サッと横切ろうとする」のは、裏返せば余裕がない。横切る途中で石でも踏んだら、自転車に故障が生じたら、転んだら……クルマは急には止まれない。
まして電車である。30トンからの鉄の塊が客満載してズラズラ繋がっている。足元は鉄の棒に鉄の円盤。ゴムタイヤと違い摩擦など殆ど無い。法令で列車は非常ブレーキ作動後600メートル以内で停止しなくてはならないが(新幹線などは除く)、逆に言うとどれだけ工夫してもそのくらいは走るということだ。直前横断で転ばれたら……
鉄の塊の前に人体など水風船。
鉄道の踏切が早く閉まりすぎという意見は多いと思う。閉まってもすぐに列車は来ない。その背景は上記の通りである。危険発見から停止、トラブル時の踏切からの脱出時間など、諸々考慮した上での作動タイミング設定なのだ。それでも列車位置探査やダイヤグラム連動で進化した方である。例えばJR中央線八王子駅西側など、駅から出てくる列車が電車なのか貨物なのかで、動作開始のタイミングを変えている。
話は終わらない。非常ブレーキが作動すると以下のような事態が起こる。まず、列車の非常ブレーキは列車が完全に停止しないと解除できない。制服の袖口などがハンドルに引っかかって勝手に解除など生じたら意味がないからだ。このため、自転車は行き過ぎても電車は停止を余儀なくされた。
その止まる瞬間がまた問題である。自転車やクルマがそうであるように、電車も急ブレーキかますと前のめりになる。前のめりは止まれば戻ろうとする。
鉄の車体がユッサと前から後ろへ動くのだ。この揺れに乗客人体は翻弄される。時々見かける「非常ブレーキで乗客が転倒しケガ」はこれである。
で、電車は踏切の安全を確認の後、ようやく発車した。当然、駅には遅れて到着なので、ホームの客は本来より増えている。朝ラッシュで列車間隔は詰まっているから、1本遅れると後続も遅れる。当然、乗客はそうなることを知っている。
なので、本来1本後ろに乗ろうとしていた人すらも、遅れた電車に乗ることになる。混むし、乗り込むのに要する時間も増えるので更に遅れる。
「電車まだ遠いから渡っちゃえ」
アンタの勝手でこういうことになる。
変電所のケーブルが焦げると7時間止まるらしい。
…アホ?
国土交通省で東の中の人がペコペコしてる姿はデジャヴな程見た気がする。
前はここまでひどくはなかったはずだ。一旦止まると全くグダグダになるようになったのは、いつぞやの大雪の時から、の気がする。
まぁそれはそれで止まっている間にパンタグラフが雪の重みで下がって…とか、まだ物理的言い訳は成り立った。
しかし今日のはなんぢゃ?ありゃ?
停電?無線?信号?
延長饋電は出来ないのか?なんで一カ所停電で無線全部パァ?バックアップは?んなもの2重系で当然だろうが。
オレの模型ですら電源2重系なのに(※)w
携帯電話で連絡するにしても7時間は無いだろうが。メールで飛ばしたらいかんのか?
信号が誤表示するなどトラブル想定が甘い以外の何物でもない。コンピュータ管理なんだろ?全閉塞区間スキャンして載線検知すれば済む話ではないか。手信号や通票など代用手段だって幾らでもあった気がするが?
アウトサイドインというか、システムを外から見てないからこういうコトになる。それと管理サイドが現場とちぐはぐ。五ゲン主義なんて最初にやるんじゃないのか?
とりあえず京浜急行がどんな対処してるか現場まで「逝っとけ」。
※DU-1×2とCL1000の3キャブデュアルで複線の本線を制御している。CL1000は普段は入れ替え専用だが、写真撮影で常点灯が欲しいとか、掃除機車で低速高回転が欲しいとか、PWMが必要な場合に備えて本線にも通電できる。なおついでに書いておくと、DCCデコーダをデフォルトで内蔵しているTRIXのクロコダイルは、CL1000では制御できない。PWMのキャリア(20kHz)をDCCのクロックと勘違いするらしい。
BlogPet 今日のテーマ 大仏の日
「奈良、鎌倉、茨城…など、大仏ときいて最初に浮かぶのはどこの大仏?あなたが見た事があるのはどこの大仏?」
新学期。
娘も「年長さん」になって幼稚園再開である。まぁ偉そうなお姉さんになってからに。
しかし振り返るとこの春は色々変えた。クルマ変えたし、実家のオーディオ、ビデオ関係をいじり、伴うお役御免メカ達をドナドナ。模様替えもやった。自分も機関車など少し(笑)。引き続いて自宅内有象無象の整理に着手する。
電車に乗れば見慣れぬ顔が戸惑いがちにそこここに。悪いけど乗ったら詰めてね。せとでんって名古屋でも混む方なのよ。
仕事場も新カカリチョ氏が着任し、新年度向けの計画やら昨年のまとめやら。工場の桜も週末挟んで葉っぱが目立つ。
この新鮮な気持ちを1年維持できたらいいなぁ。
元からそうでも、そうでなくても、男性の多くはクルマを駆るようになると凝り性を発揮する。
方向性はクルマとしての原点である走りであったり、装備であったり、豪華さ大きさの方向であったり、様々だ。
オレも弟もメカ好きな若者であったから、その興味は「走り」に向いた。走る曲がる止まる。原点としての走行性能だ。雑誌を見たりテレビ番組を見たり、あれがいいなこれは凄いな。
そんなオレたちの心を捉えたクルマがあった。
BMW
Bayerische Motoren Werke AG:バイエリッシェ・モトーレン・ヴェルケ・アーゲー…バイエルンエンジン製造工場
名の通りエンジンメーカであり、まずそこにこだわる。クルマの動力は原動機たるエンジンから生まれる。そこにこだわるのは当然の発想である。
次に動く機械として、クルマの中心と重心を揃えた。前後質量配分50:50という思想だ。すなわち走る機械のあるべき姿を原理に基づいて求め、そこを出発点と置いたのだ。
理にかなっているではないか。
加えて、父親にくっついて通っていたゴルフの打ちっ放しすぐそばにディーラーがあった。新車はさておき、認定中古の価格は魅力的に映った。乗っていた国産車新車価格にチョット上乗せのプライスカードがフロントグラスにあった。
その国産車が経年10年になった。部分部分にサビも出て、エアコンも不調。そろそろ買い換えだ。
そこで。
「検討対象に入れてみないか?」
父親を誘ったらあっさり乗った。1997年秋口の話だ。ゴルフの帰り、中古車コーナーに寄ったらこいつがいた。
BMW 320i(E36) 1995年。
ワンオーナーカーであり2年落ち。Breytonの手により空力および足回りにチューニングが施されていた。ブレンボだビルシュタインだ、雑誌で見た名のパーツがそこここに配されていた。予算より高かったが、これだけ手の入った状態なら話は別だ。
「試乗如何ですか?」
イグニション・キーを回す。原動機が轟いて始動した。
それはエンジンに「またがる」感覚であった。ドライヴシャフトがボディの下を貫通し、ディファレンシャルを通して後輪を駆動する「動き」を身体に感じた。彼はガソリンで動く競争馬なのであった。
国産車は一気にもっさりした色あせた存在に変わった。
「踏み込んでみてください」
ディーラーセールス氏は信号発進の機を捉えてそんなことを言った。
言うであろうか。国産車のディーラーが試乗の際にそんなことを言うであろうか。
果たして原動機はスロットルの開度に呼応し、回転計を跳ね上げる。エグゾーストノートは僅かな車体の震えと共に、重心の低い唸りを伴い、連続する爆発音は、メカニカルなハーモニクスとなって、それはそう、音楽を奏でる。
航空機のエンジンに似た「一つ次元の違う」高速回転の領域。
そう、このクルマの原動機には、その出自である航空機エンジンの血脈が受け継がれていたのだ。
剥き出しの原動機とも言うべきその有様は、父親の「男」をも刺激したようである。頭金をオレが持ち、彼は我が家へやってきた。
しかし。
「こんなの乗れないよ」
大口径ホイールに扁平タイヤを履き、ローダウンされたクルマは母親の意に沿わないのであった。果たして国産の所有は継続され、彼は息子たちの愛機となった。
息子たちは彼を「オレたちの動く城」に変えた。折半でナビを積み、高品質なオーディオを備え、リアウィンドには「たれぱんだ」が乗った(笑)。
そして、走った。
思い描いたとおりのルートをクルマはトレースした。思うままに車が走る。それは本来持つべき基本であると共に、快楽であった。エンジンは応え、4輪はクルマの挙動はおろか、己れ自身のグリップや荷重の状況さえドライバーに伝えてくれた。安定限界や遠心力の限界は身体で覚えた。ドリフトまで持ち込みはしなかったが、逆に粘着を失わない技術を身につけた。クルマに教わったのだ。ドライバーを育てるクルマであると知った。それは…駆け抜ける歓び-同社のCMキャッチそのままの感覚がそこにあった。「乗りたい、クルマを動かしたい」衝動のままに山野を駆けた。お前さえいればいい、そんな満足感すら覚えた。ひとりで、兄弟で代わる代わる、時に助手席に長い髪の姿もあり、彼と共に過ごした。美ヶ原へ駆け上り、湘南の潮風を吸った。
もちろん、トラブルはあった。中の液晶表示のセグメント欠けなど些細な物から、ABSユニットの不具合。太いタイヤを駆るせいかデフが焼けた。ゴムなど経年劣化部品は多く、その交換周期は決して充分に長いとは言えず、少なからず高価であった。「飼育する」クルマなのであった。タイヤもピレリ。それら交換に要した費用通算では…フフ、無粋なこと書いちゃいけない。
2001年。
兄弟とも結婚が決まり、弟はクルマメーカへ就職したこともあって、彼はオレの元へ来た。息子が親の車を永久に借りておく…良くあるパターンで彼はファミリーサルーンになった。キーレスエントリーとチャイルドシート、ETCユニットが追加された。
タイヤのフチが削れるような走りはしなくなった。代わりに高速ツアラーとしての役目が彼に求められた。260まで刻まれたメーターは、ディーラー氏曰く210でリミットされるという。そこまで回したことはないが…アウトバーンに応じた設計は随所に感じた。富士山に登り共に流星群を眺め、経年で路面の荒れた中央道を、しかしストレス無く東上西下し、知多半島を南端まで馳せた。
やがて同じく車高の低さゆえに嫌がっていた妻も、おっかなびっくりステアリングを握った。当初右左折時にワイパーを回したこともあったが、程なく乗りこなした。「意のままに駆る」…逆に楽であったかも知れない。
しかし。
オドメータが11万を回る頃から、交換部品が次第に「重要な」内容に食い込み始めた。エアコン、冷却水ポンプ、吸排気系。2008年には始動不可の事態が訪れた。最早E36は時代に取り残されたクルマになっていた。それ以上乗るならば…可能ではあろう。しかし省エネのゆえにその間進化した、国産の新車価格と比してどうか。
「これでバイバイだよ」
この時彼のいるべき場所には、既にトヨタが止まっていた。
原動機に火を入れる。何年ぶりであろうか。彼と二人きりとなり、そしてもう再び通ることはないであろう、夜の中央道をオレは駆った。そして今あらためて、彼の動力システムは「1人のドライバーが意のままに」操るためにバランスしていることを肌で知った。
翌朝。
ショップでオーディオやナビを外され、「無垢の走る機械」に戻った彼は、散りしだく桜の下、弟のランエボと合わせた顔が、少し穏やかになったようにも見えた。
彼を「買い取る」という業者の類はネット検索する限りは見つからなかった。逆に処分費用を頂きますという会社すらあった。その中にあって、最初に彼がいたディーラーにほど近い業者はこう言った。
「BMWでしたら、走れば無料で引き取ります」
夕刻、彼は桜吹雪の下を離れた。
僅かな旅路、ただエンジンのみとなった彼と走った道を思った。そう遠くへは行かなかった。ただ、ステアリングはキリ無いほど回した。
「では、こちらにハンコを」
父親の名が刻まれた実印が押され、彼のキーはオレの手を離れた。
駆け抜ける歓びよ、さようなら。君は確かにオレの人生の主要な一部であった。そしてオレにとって、君はクルマ選びの永遠のリファレンス-。
もう少し書いておこう。
●日本のポップス
B’z RUN
一聴して音がくぐもっている。ギターとヴォーカルはB’zの命のはずだが、中域から上へ向かってヴェールをかぶったような感じ。広がりもなく音がべたついている。これは録音が悪いのではないか。
森川美穂 Vocalization
彼女の声は中高域に独特の響きを持っていて、それが持ち味になっているが、実は質的に「耳にきつい音」になりがちな帯域。J-WAVE…空耳アワードの司会(笑)…クリス・ペプラーの重心の低い声が、あまりシステムの質の左右されず心地よいのと対極的と言えばよいか。新入社員の頃彼女の大ファンがいて、クルマでガンガン鳴らしてくれたのはいいのだが、その「きつさ」が気になっていた。すなわち録音も再生もしかるべきクオリティが求められるわけだが、果たして363から飛び出してきたのは、きつい声ではなく、若い女の躍動感溢れる歌声だった。このアルバムのコンセプト「ヴォーカリゼーション」をここに来て(発売後15年?)しっかりと理解した。彼女は全身を発声装置にして歌っていたのだ。
●クラシック(室内楽)
この「室内楽」は大枠で小編成ものと捉えてもらって。
バッハ ブランデンブルグ交響曲
イングリッシュ・コンサート/1982年 グラモフォン-ポリドール(POCG-7094)
この辺はそもそも宮廷のBGMであるから、楚々と鳴らすのが王道であろう。しかしカーペットにコタツではやや吸音が過ぎるようだ。上品は上品だが、微弱音が痩せ気味になってしまう。ただそれは弱々しいのではなく、解像され粒子感はあるのだが、左右間の距離があるので密度までは保持できないのだ。そこでDSP。Royalナンタラ(憶えておけよ…現時点すでに名古屋帰宅)に通し、少し響きを付ける。 …チェンバロってこんなに哀調を帯びて美しく録音されるものか。ピアノが難しいと書いたが、チェンバロはピアノの先祖である。でもってこっちは美しさの方がまず感じられる。カップヌードルすすりながら聞いちゃいけねぇよ。
●ディスコ(トランス)
アンダーワールド
弟の持ち分。重爆ビートが入っているので「ダイレクト」に抜き、サブウーハとの繋がりに注目して聞いてみる。363がかなり低い領域まで持ち、真の?低域にズシッとか「空気の動き」が付加される。ドンシャリのはずだが、入れてある音全部出してます感覚であり、フィルタで切った上や下まで拾われている、そんな感じだ。アコースティックでは粒子感が際だつが、こちらでは研ぎ澄まされたナイフのような感じになる。DSPも通してみたが、これ系の音は電子空間で完結し、脳に直接送り込む、のが前提であるせいか、ナニもかもそぎ落とし、しかし入ってる物全部出し…みたいな感じの方がよく、音の空間を再現するDSPは不向きだ。ただ、11chステレオモード(単純に2ch分全部のスピーカに分けて回すだけ)だと、その研ぎ澄まされたナイフの音が四方から出てきて囲むので、「トリップ感覚」「音の洪水に溺れる」感覚には向く。
★総括
ひとことで言えば
「あれ、これ、こんな音したっけ」
特に驚かされたのが映画音楽やテレビ放送(地デジ)の音楽。流れ出すとハッとするほど美しい。映画音楽というと、どうしてもCD回すのと違い、荒さ、きつさのイメージがあると思うが、それは全くの誤謬であった。ことDVD時代以降のディスクリートサラウンド映画に関する限り、DTSであれドルデジであれ、きちんと録音されているなぁと再認識。まず2chやダイレクト・モードで美しさを楽しみ、次にベストマッチするDSPモードを探してもう一度聞き直す。
遊べる。遊び倒せるシステムに仕上がった。
★まさかの2014/4/11追記
その後6年を経過し「ハイレゾオーディオ」が世の中蔓延った。このアンプ192kHz/24bitをHDMIで突っ込める仕様になっているので活用しない手は無い。挑戦する予定。
カーオーディオを新車に移植する。
夜行路の目的半分はそれである。
とまれ開店まで間がある。起き抜けDSP-Z11の電源を入れ、ベートーベンを突っ込む。
リスニングレポート続編と行こうか。
●クラシック(交響曲)
カラヤン自身がデジタル技術を駆使し、自身の演奏を残そうと立ち上げたプロジェクト「TELEMONDIAL」で制作され、グラモフォンからリリースされたCDである。しかも普通のCD銀色アルミと違い、よりレーザ反射特性の良い、金を蒸着したもの。
カラヤン/ベルリンフィル ベートーベン1番2番。1984年 ポリドール POCG-9362
静寂から音が立ち上がる。それは無音の湖面に風が吹き始めるが如く。
映画館のスクリーンに映像が映るように、眼前にオーケストラが展開される。左右だけでなく、高さ方向、勿論手前にも楽器が粒立って並ぶ。まずはそのスケールの大きさが心地よい。耳を傾けるとはこのことか。円熟のマイスターにドライブされたハーモニクスが美しい。弦はこすって音を出し、ブラスは震えて音を出し。
音の一つ一つは細かい。細いのではなく繊細。それが折り重なって32段スコアを音に具現化している。
クラシックを、聴きたい。
そう思わせるシステムは滅多にある物ではない。大体がオーディオというのは電気駆動の糸電話だ。元が弦であれ管であれ、コイルと磁石の反発で紙なり何なりの振動板を動かす。発音原理が全く異なるものなのだ。ピアノソロを聴いてみるとよく判る。ピアノと判っているからそう聞こえるが、実際のピアノが持つ「ピン!」とでも形容すべき鋭く跳ねた音はオーディオでは容易に出てこない。
それをここまで。
朗々と大きなスケールで鳴らす。これこそ交響曲の聴き方なんだろうなと思いつつ、シャケをつついてみそ汁を飲む。
ここで弟夫婦が合流する。カーオーディオショップに開店早々クルマを預け、帰宅後、DSP-Z11を本格的に聞き込む。
折角なので弟夫婦オキニのCDを回す。
●ヒップホップ系。トランス系。
2chピュアで鳴らすとヴォーカルが眼前中空に定位する。ステレオフォニックの録り方ではなく、バックサウンドとヴォーカルを別々に録り、パンポッドで「置く」からこうなるのである。
DSPに通し、ヴォーカルをセンターに抜く。recitall/operaモード。
最初のソースはサックス/ドラム/シンセ/ヴォーカルという構成だが、アコースティックとシンセが見事に「生音と電子音と別々」聞こえるのが面白い。アコースティックの音色に艶があるので、シンセがいかにも「故意」だ。但しシンセにありがちな音の「キツさ」(中高域の張り出しと歪み)はない。これはこれで逆にエレクトロニクス同士の相性の良さを感じさせる。
「わからないかと思ったけど全然違う」
とは義妹の弁。情報量、密度、SN感…いずれもが図抜けて違うのだ。特段オーディオファイルでなくても絶対的な差が感じられて当然。
●ディスコ(ユーロビート)
avexの「スーパーユーロビート」186~あたりをとっかえひっかえ鳴らす。これもバラ録りで「置く」作りだが、2chでもヴォーカルは出しゃばって来ることはない。源流がレコード時代「ハイエナジー」なので、そのあたりは古典的(正当?)なのであろう。
さてこのコンピ・シリーズは、いくつかのレーベルの曲をアソートしているが。
レーベル間の音作りというか機材の差が判る。A-BEAT-CやTIMEの方が音が深い。勿論どれにせよ「ドンシャリです!」と如実に物語った音ではある。ただ、音の一つ一つが明確で、ドンシャリに多い荒っぽさ、うるささよりは、硬質で締まった音の集合体というイメージになる。よく「行間を読む」というが、ここまで解像してくれると「音と音の間を読む」なんて感じになる。結果、それぞれの曲に与えたイメージ・空間(夜空とか、更にそこを飛んで行く)までも伝わってくるように聞こえるのは、「単に鳴ってればよい」から一歩進んでいるから、と言えるであろう。なお、重爆ビートを基礎に置いた曲でも、サブウーハは「そっと添える」程度で、「ちゃんとウチにも信号来てますぜ」的な鳴り方。サブは本来のべつデロデロ唸らせるものではないのである。
●ジャズヴォーカル
Verveレーベルの50周年記念ライヴ。発売当時高音質で知られたディスクである。
Carnegie Hall Salutes The Jazz Masters/カーネギーホール ポリドール POCJ-1228 1994年
まずピアノが違う。書いたようにピアノはオーディオ再生が難しく、録音から再生まで相当に質を高めないときちんと聞こえない。
ああこれはピアノの音だ。
弦の残響は勿論、「叩く」アタックがちゃんと出るので、聞いていて非常に楽しい。また、ライヴ盤なのでヴォーカルは2つのスピーカの真ん中にぴたりとフォーカスされ、ヴォーカリストがわずかにスウィングさせながら歌っている様子が判る。こっちまで踊り出してしまいそうだ。
次いでDSPに通す。ヴォーカルが引っ込むかわり、わき上がる拍手などがワッと包み込んでくる。
その心地よさと臨場感。
基本2chで十分に音の密度が高く、そこに添加するようにサラウンドの音が加わる、そんな感じだ。この鳴り方は完全に自分のこれまでのシステムと様相を異にする。これまでのシステムは途切れずサラウンドから音を出す、事に注力していた形だ。しかしそれは裏返せば根本的な情報不足を複数のスピーカで何とかしようとしていた、のかもしれない。
●特殊ソース
コントラバス・マリンバ・エクスプロージョン
ソニー 32DC 5027 1988年
CD普及初期、ソニーはその能力の限界に挑戦するようなCDを幾つかリリースしたが、そのうちの一つ、32.7Hzという重低音を奏でる木琴の怪物「コントラバス・マリンバ」の演奏を収録した物だ。
マスターは当時の業界標準、PCM1630。なお、再生にはサブウーハを通さないと話にならないので、ソースストレートモードを使用。
ずしっ
サブウーハの本気モードと言うべきか。空気が動いて鼓膜を揺さぶる感覚が脳をも揺さぶるが如くだ。ただし出しゃばりはしない。マレットが木板を叩く柔らかい音に地鳴りが加わるとでも書こうか。サブウーハ自体はアンプ内蔵なのでZ11そのものの音ではないが、確実に分離され、そしてスムースに帯域が繋がってる辺りは「YPAO」の効能だろう。
●シアター再生
スターウォーズエピソードII
ルーカスさんなのでTHXモード。アンプがドルデジを拾ってディスプレイにわらわら点灯。
「解像して粒立ち」の感覚はここでも発揮された。それが6.1でちりばめられるのだ。
移動音の真ん中が薄くなるのはホームシアターで良くある現象だが、それは感じない。後ろから前へ、上から下へ(!)。しかしそれ以上に印象に残ったのがバックサウンドの美しさ。映画の音ってこんなに「綺麗」だったっけ?
しかしこれシナリオがひどいね。全編見ようと思ったが、あまりにもご都合主義なので音が回りそうなところだけつまみ食い。「絵と音」だけで…えー以下自粛。
ロードオブザリング
口直しにこれの1作目を。最後の方の化け物集団が地下から出てきてホビットと仲間たちが立ち向かう…の場面。同じくTHXモード。
あまりの迫力に見入ってしまった。飛んでくる矢が単にそういう画像だけでなく、音の方が先に前から後ろへ突き抜けるので、思わず目をつぶりそうな迫力がある。剣と剣がぶつかり合うところでも少しサブウーハが唸ることも判った。大剣の重量感を音でも持たせているわけだ。
更にこの場面、熾烈な戦闘と、潰える戦士を「驚愕の静寂」で追うシーンとで構成されるが、その対比が見事。
ひきつづきあれこれ聞いている。「あれはどう聞こえるんだろう」…とっかえひっかえ。
クルマの引き取り日。
会社帰りに…の予定だったが、頭金フトコロに通勤往復もちょっと、ということで、午前休みにして取りに行くことにする。
「オレサマさま~」
いやだから窓口ねーちゃん無造作に札束出すの勘弁。
コソコソ鞄に収める有様はどう贔屓目に見ても怪しい人である。
妻子が園友そろって遊びに出るというので見送り、ディーラーへ。
手続きして受け取り、とりあえずガソリン。
…ブレーキからアクセルの踏み替えに少しクセ有り。
にしてもまぁ低い回転で速度上がること。マニュアルミッション原理主義の方には申し訳ないが、省エネ走行に関する限りCVT+電子制御は上回った。
てなわけで20リッターだけ入れる。ちなみにセルフで119円/リットルである。
終わって昼飯掻き込んで出社。とはいえ会議とデータ整理でおしまい。
帰宅後妻子に新車レクチャー。
で、現行車である。とりあえずオーディオを外さねばならぬ。
…350キロ走って実家に着いた。
今日からの相棒。ナンバーのカナが「ぬ」なのでとりあえず仮名ぬーちゃん(笑)
どっかから引っ張ってきたネタで書くのは好きではないが。
午前 会議会議
午後 会議会議
残業 データ処理
で、風呂メシ寝るではブログにならぬ。
お題1
北米トヨタ社長からクライスラーグループ社長へと転身し、話題をさらったジム・プレス氏が、仰天発言で業界を驚かせた。その内容は、「トヨタのハイブリッド車『プリウス』は100%日本政府による支援で作られた」と、日米の競争の裏で日本政府が暗躍していた、とも取られかねないもの。
んなアホな。仮に政府がカネ出すにしても秘密裏にやるこっちゃないって。しかもこの手のハイブリッドシステムの概念が機械学会などに出てきたのは80年代。
ええ、ここで昔聞きかじったアメリカンジョークを一つ。
砂漠のガソリンスタンドに、男がクライスラーで乗り付け、ガソリン満タンと言った。
しかし待てど暮らせど満タンにならない。しびれを切らした男はスタンドの店長に食ってかかった。
「オヤジ、本当にガソリン入ってるのか?」
「ダンナ、エンジン切ってくれないと永久に満タンになりませんぜ」
お題2
マイクロソフト、文書フォーマット「OOXML」がISO標準に承認
4月3日8時34分配信 日刊工業新聞
マイクロソフト(MS、東京都渋谷区、樋口泰行社長、03・4332・5300)は2日、米本社が提唱する文書フォーマット「オープンオフィスXML(OOXML)」が、国際標準として承認されたと発表した。
正気の沙汰とは思えない。だってさ。
お題3
「マハラノビス演算逆行列の計算が大変でしょ」
「ええ、でもエクセルのナンタラ関数で」
「あああれ、計算ミスありますよ。元の行列と積取っても単位行列にならないことありますから」
なんですと?
計算ソフトの計算が正常に行われない?
→ぐーぐる中→
52行52列までの逆行列計算は問題なくできるのですが、53行53列以上の逆行列計算ができないようです。
( ・o・)
「エクセル関数って時々信用ならないですよ」
…正気の沙汰じゃない理由。ええのか、マクロ規模であんなん使って。地球がフリーズしても知らんぞ。
てゆーか。
あの国に地球を委ねるな。
ボッテヌと立ち上がり(ヤな立ち上がりだなおい)。
Oパブ氏が高熱を発して途中退場。
首記の内容の仕事をして、
夕刻近場のイオンに向かうと事故現場。…何度目だこれで。
昨日より安定剤が変わっている。腹に来ることはない感じ。
ほぉ。方や5連勝こなた5連敗。
4月1日
4月1日というと思い出すのは入社式の行事である。延々新入社員の名前を呼ぶので、みんな疲れて寝始める。そこで社長が言うのだ。
「全新入社員、脱衣!」
本社体育館を下着姿で走り回れと言うのである。
冗談も過ぎる。と、フレッシュな我々が失笑しながら顔を見合わせていると、ブリーフ一枚で胸に直接「気合い!」とマジックで書いた連中が、バカでかいハリセンでパンパンと床を叩きながら、そこここの出入り口より乱入して来るではないか。
曰く1年先輩で昨年同じ立場。男女別なく下着姿で10周し、終わったら「天突き体操」と呼ばれるスクワットじみた運動を行うのが恒例行事だというのである。羞恥心を捨てて滅私奉公の精神を叩き込むと共に、同じ恥を掻いた仲間同士としての親睦を深め合うため、というのだ。
「拒否したらもっと恥ずかしいことになると思え」
すると率先して脱いだのは何と社長氏。ロマンスグレーのおじさまが、ブリーフ1枚でアリーナに降り立ち、エジプトのレリーフのように両手を広げ、「タマルサ!」とか叫びながら走り始める。
タマルサというのは古代スクンラトの共同作業で、例えば重量物をロープで引くとか、イ・テンパルリフ川に投じた網を引き上げるなど、「みんなで揃って力を合わせる」際に使った掛け声だとか。ネット時代になって少し調べたが、言ってみれば呪文・真言と同じ類で、みんなで繰り返すことにより、「声のウェーブ」とでもいうか、一種のトランス状態を作り、普段脳の制御下で封印されている「火事場の馬鹿力」を引き出すための物らしい。つまり社員一人一人でなく、総力のシナジー効果引き出す…そんな願いが込められているようだ。
さておき社長が始めてしまっては新入社員もやらないわけにはいかない。ハリセンにパンパンせき立てられながら、みんな渋々脱いで走り始める。ひとり、またひとりと社長の後ろに付き、同様にエジプトのレリーフみたいに両手を広げて、「タマルサ!」。次々並び、列が伸び、「タマルサ!」さすがに1000人を越す社員が並ぶと後ろにぞろりと長くなる。どどどどぞぞぞぞみんなで並び、社長が先に「タマルサ!」続いてみんなが「タマルサ!」。広いので若干タイムラグがあり、タマルサ!がさながら列の前から後ろへ波のように伝わって行く。
タマルサ、タマルサ!。タマルサ、タマルサ!
声はうねり体育館を満たし、反響し脳に響く。
走る音は地鳴りとなり、唸りのような声が混じる。寄せて返すまさに波動。
その浮遊にも似た感覚は恍惚を呼び、タマルサ!と発声する事自体を快感と思わせる。麗しきタマルサ!。痺れるかなタマルサ!。
幾周走ったかなんてもう誰も数えていない。ああまるで翼を広げた白鳥の群れが舞い踊るようではないか。その流れに身を任せ、その流れの一部となり。そうだね。こうやってみんな一つになってこの会社を背負って行くんだ。
ところでここまで真剣に読んで下さったあなたへ。
4月1日って書いてあるでしょ。
…新入社員の皆さん、駆け引きと騙し合いのオトナ社会へようこそ。
不覚を取って「くそ~」な方は、是非コメント欄から恨み節を。
※スクンラト/タマルサ…逆から読んでグーグルで検索すると正体が判る
※イ・テンパルリフ…逆から並べ替え、ナカグロ「・」を取って、思い切り大声で読んでみましょう
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