挽歌
友人が死んだ。
自ら命を絶って死んだ。
花鳥風月の詩を編み、絵を描き、遠い伝説に思いを馳せる、繊細な男ではあった。
会社で昇進しマネジメントの職に就き、しかしそれは彼にとって大きな重荷であったという。傷ついて退職し、一度は北の果て崖の上に立ったという。
「一度、なった方は、二度目を警戒します」
それは、オレが通う心療内科医がオレに言うこと。……だから、何かあったらすぐに相談に来いよ。
彼が不安定な生活環境にあるとは知ってはいた。再度職を手にしたが、色よい話は聞かなかった。
メールの返事が来なくなり、届いた報がそれであった。
鬱傾向、不安定な環境、昨今の経済事情。
加えて孤独である。帰宅した彼を待つのは部屋と調度であり、テレビが流す暗いニュース。
家族と家庭がある自分たちの姿が悪影響か、妻はそう言って涙したがそうではない。むしろそうした報道のせいだろう。自殺者と一致する自分の境遇が自己認識をそう向かわせるのだ。鬱とはそういうものである。不安が不安を呼び、自分の評価を下げてしまう。
「状況証拠」は幾らもある。我々は気付くことが出来なかったのだろうか。
ヒントを求めて彼の本名を検索サイトに放り込む。存在を知らなかった本名で書いたブログを拾った。
沈んだ色調の背景に黒い文字が淡々と続く。内容は防衛・政治問題を主とした非常に扇動的で攻撃的な内容。見知る繊細さと真逆と言って良いアジテーションであり、思わず目を剥く。しかし間違いなく当人である。名と、趣味と、特有の誤字脱字。
攻撃的なのは心傷ついた裏返し。
加えて本名でアジるのは、そうすればレスが付きやすいから。
ネットで論陣を張るなら本名で炎上しろ……そんな評論家の言葉があったのを思い出す。
詮索はするまい。
しても意味はない。
ページを戻ると検索結果は彼のログを表示して寄越す。
それは彼が生きてきた流れである。大学の卒業名簿、大会社にいた頃に発表した論文、肩書き抱えて幕張メッセでイベント講師。
叩き落としてのし上がる。
風に揺れる花に精霊の言伝を聞く彼にとって、「共感」に立脚する彼にとって、生きやすい世界であったとは思われない。
・無理をせず
・安心して仕事をする
・それで生活が成り立つ
・次の世代が希望を持つ
政権を攻撃する最後のブログ記事の中で、彼はこう書いていた。確かに扇動的だが、しかし、そこに隠された本音こそはこれであろう。彼の立脚する「共感」そのものであるから。2009年1月25日。彼が残した確かな足跡である。
彼が相談してくれれば、我々は当然それに乗ったであろう。ただ、彼は自ら相談しようとはしなかったと思われる。なぜなら彼は我々夫婦より年上であり、独り身であり。
男のプライドの何たるかはオレにも判る。だからそう言いきれる。
男が助けを請うのは、本当に最後の最後になってからだ。そしてその相手は、どん底を見せても良いと思う相手に限られる。でも我々は言えたであろうか。「助けますよ」と。否。
彼の死を知らせてくれたその人は言う。「お金に困っていたなら相談してくれれば良かった」と。
同じ悩みを持つ人よ聞いて欲しい。あなたの思う「孤独」は実はこのようにあなたが思っているだけだ。あなたを心配し、いつでも待っている人は必ずいるものだ。人は求められた助けには手をさしのべる。そうやって手を取り合うことができたからこそ、飢餓と極寒を越え、今日の人類があるのだ。それこそが人類の根源力だからだ。
ダメだと思う前にどうか、あなたの携帯にある番号に、パソにあるアドレスに、声を掛けて欲しい。
たとえあなたの側から拒絶したのだとしても、それを「何故」と問う人は必ずいる。
助けてくれ。それは死ぬより恥ずかしいと思うかも知れない。しかしそれは思い過ごしだ。
あなたの砦は、あなたの言葉を待っている。
あなたは一人じゃない。
だから、弔いの言は書かない。畜生馬鹿野郎。死なれる側の身にもなれ。
飯食わすぐらい、工場の中途採用の情報を流すくらい、やったわい。
男同士って、そういうもんだろ。
誕生日も知らないけどよ。
一緒に日食を見たかったよ。
私も…8年前、同じ状況で友人を亡くしました。 小学校からの幼馴染でした。 私も「なんであたしに相談を…?」と思いました…今でも悔やみ切れてないです…。
一方…私は一人暮らし…。 一時…アルコールで精神を病んだ私は、最後の家族だったネコちゃんを、自分で捨てました。 彼女…手のひらに乗るくらいの時に、私自身が、家族として迎え入れたんです…彼女の生涯は、病んでいたとは云え、私の自分勝手に翻弄されたのです…今でもトラウマになっています…。 私のこれからの人生…少なくとも一部でも、彼女の生涯への贖罪だと思っています。
今…私はストリートで歌っていますけど…もしかしたら…一人の寂しさを、唄にぶつけているのかも知れません…。 その行為は、時として私を、より深い孤独に陥れる時も有ります…。 でも…
歌うしか術を知らないのです…
投稿: 新村☆由美子 | 2009年2月27日 (金) 20時58分
新村さま
そのネコちゃんのおかげで、今のあなたがいらっしゃるとお考えになっては如何ですか?だから、その時期を乗り切ることが出来たんだと。
そしてネコちゃんを手放したのは「そうした方が、そのままより良い」と思ったからでしょう。
だったら、そのことに感謝すれば、それで良いと思います。ネコちゃんの存在は貴女を救った。
>歌うしか術を知らないのです…
溢れるものある限り歌い続けて下さい。音と言葉は、あなたの心に入ったあらゆるモノが、あなたの気持ちによって、結晶したモノ。
例えば宝石たちは、遠い宇宙の様々なところで生まれた小さな小さな分子が、地球を形成し火山活動で一つにまとまったモノ。
それは地球が生きている星の証です。
新宿のどの辺で歌ってらっしゃいますか?
投稿: すのぴ | 2009年2月27日 (金) 21時33分
すのぴさんの洞察力には驚きました…。 その当時の私の心理状態を、ほぼ図星に推理されていますね…。 その通り…彼女に、私も、今は亡き両親も救われていました…。 彼女がウチに来てから、家族間の小さな争いが激減しました。
しかし…その子への詫びたい気持ちは、どうしても払拭できないし、また、忘れてはいけないことだと思っています。
話転じて…
すのぴさんは理系に詳しいようですね…実は私は、学生時代、文系より理系に興味を持ち…って、トップ記事を読まれればわかりますか…(^^;。
投稿: 新村☆由美子 | 2009年2月27日 (金) 23時41分
>また、忘れてはいけないことだと思っています。
うん。それでいいと思いますよ。ネコは自分の死を晒さないと言います。存在の証を持つネコちゃんは僅かです。その僅かがあなたの気持ちの中にある。
>理系に興味を持ち…
はい。仕事の道具は回路図とエクセルです。最近は品質工学の布教に努めています。
家でモノ壊れるととりあえずはんだごて登場です。
オーディオは相当に放蕩をしていて、現住アパートの他に実家と車内にそれぞれワンセット入ってます。「プリキュア」をアキュフェーズに突っ込んでDSP-Z11に回したバカは空前絶後的に私だけでしょう。禁断のオレニュース「音楽」カテ。
https://fly-up-fairy.cocolog-nifty.com/blog/cat6471582/index.html
飲み物吹き出してパソ壊れても責任持ちません。PL対象外です
投稿: すのぴ | 2009年2月28日 (土) 19時10分