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2010年3月15日 (月)

カローラフィールダー2年経過+

この間、トラブルらしいトラブルと言えばバッテリが2度上がったこと。
1度は室内灯の付けっぱなしでまぁ自責だが、もう1度が不明。バッテリ自体はショップで再充電してもらってその後問題なし。昨今の燃費重視のクルマは、「電圧が下がったら充電する」設計だが、その時にコンピュータの電源電位まで下がってしまうと、コンピュータが動かず、根本的にナニも出来なくなってしまう。「要充電」と認識する閾値もある程度余裕を持って欲しいし、コンピュータとバッテリが一蓮托生ではなく、別途コンデンサでも抱えて欲しい。情報源が悶絶していたらヒトはナニしていいかワカラン。

他は大過ない。燃費、走行性、騒音、に変化はなく、エアコンや電装品などのトラブルもない。基本街乗り(バレエ送り迎え)、たまに10キロ程度の買い物や、房総半島内でミニレジャー、そんな使い方。走行は6000キロ。内蔵燃費計は11キロ/リットルくらい。高速は100キロ巡航で15~20キロ程度。

カローラについてはそんなもん。ここから先はタイトルの「+」

昨今トヨタ品質問題。
最初のこのブログ観察記録で、「ブレーキが自動的にエンジンブレーキ併用となり、ペダル踏力が変化するので違和感多い。しかもそれが生じる条件が良くワカラン。ブレーキは他の機能と交絡するな」と書いた。
このエンジンブレーキの妙な作動を、電力回生ブレーキに置き換えれば、プリウスの「違和感」が理解できる。似たようなコトしてるんじゃないか。
加えて、回生ブレーキ特有の難しさがある。回生ブレーキの先達は電車だが、レールの上を走るので「路面摩擦」には基本的に変化はない。また、回生の失敗(回生失効という)に備え、瞬時に機械ブレーキが立ち上がるように設計されている。
他方、クルマの路面摩擦はコロコロ変わる。ブレーキを掛けている真っ只中であっても変化する。一定の回生力を得るのは結構難しいと想像できる。これに対して「感覚的な問題です」この物言いは正確じゃないだろトヨタ。ゴルァ。
これは、回生・機械併用を基本とし(どうせ運動エネルギを全部吸収できるほど今の電池は高性能じゃないので、回生だけでは制動力不足)、回生と機械の配分をリアルタイムでコントロールして、トータルブレーキ力を一定に保つか、シフトダウンによるエンジンブレーキ要求時のみ回生を働かせる、すなわち回生の要否はドライバーの意志に委ねる、が根本解決だろう。但し後者の場合も即座にエンジンブレーキがバックアップできる設計とすべきである。なお、一部の電車には回生しながら下り坂を一定速で下りる機能を持つ物がある。「抑速回生ブレーキ」という。

一方急加速問題。
何だかブレーキとプリウスの話もゴッチャになって「プリウスは暴走する」とか妙な話が出てきているが、素朴な疑問が2点。

・なぜ、アメリカばかりなのか
・なぜ、検証再現がされないのか

ぶっちゃけ、この問題のほとんどは踏み間違いだと思っている。ブレーキのつもりでアクセルを踏んでいるので、加速するとびっくりして「ブレーキ」を余計に踏み込んでしまうのだ。加速すれば加速するほどブレーキのつもりでアクセルをベタ踏みする。
この場合の正解は「一旦足を離せ」である。ただこの「とりあえず離す」という行動は、とっさの場合中々出てこない。「異常=ブレーキ踏んで止める」をカラダが覚えているので、「とにかく踏む」にどうしてもなってしまう。訓練が必要である。ちなみに、オートマ車の「左足ブレーキ」(ゴーカート的な運転)は邪道と言われるが、この問題の対策には実はかなり有効かも知れない。なお、以上念頭に置いた上で、例の「恥を知れ」おばさんの物言いを聞いてみると、クルマを止めた「神様」の正体が見えてくるのではないか。

オートマチック・トランスミッションは、クルマの運転を容易にした一方で、クラッチワークによる「動力接続の儀式」を、「加速スイッチ」に置き換えてしまった。実はこの点、マニュアルでの加速は必ず両足を使うことになるので踏み間違いが発生しづらいのだ。仮にブレーキとまちがえて踏んだ場合も、低速であればノッキング→エンストするし、高速ではトルクのステップ変化になるため、機械的な振動が必ず発生する。足先・体感でそれと判る。また、左足専用のペダルが存在し、「クラッチを切る」というブレーキ以外のもう一段の回避手段を提供している。

昨今の電子化は、設計自体も「スイッチ」的発想になってきている気がしてならない。対してこれは非常に重要なことだが、機械は物理的破損さえなければ機能が損失することはないのに対して、電子回路は外部からの電磁波によって原理上何だって起こりうる。これは、電子化を進めるならば、最悪の状態に陥っても機械的にどうにか出来る仕組みを残しておく必要性を示唆する。

トヨタの工場にだって、工作機械には全て赤くてでかい非常停止ボタンが付いてるであろう。同じこと。そして、それ使ってライン止めると(チョコ停)現場上長がこう言うんだってね。
「止めてくれてありがとう」
危険や不良の流出を未然に阻止してくれたねって。

何も起こさないのは勿論大事だけれども、何か起こっても最小限でコトを納めるってのはもっと大事なんじゃないのかな。

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