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2011年5月30日 (月)

流光昼のごとく隠映す

タイトルは貞観地震に関する理科年表の記述より。更なるネタ元は「日本三代実録」

東北地方太平洋沖地震は貞観地震との類似性が指摘されていて「古文書にデカい津波書いてあるがや。何で考えとらんかったんじゃ!」とオレもぎゃーぎゃー言ってるわけだが、「古文書」と「電力会社や学界の反応」を見てると、

・古文書の記述は大げさ(でかすぎる・あり得ない)

という認識が先に立ち、正面から向き合ってこなかったような姿勢がうかがえる。確かに、古文書の破滅伝承というのは、サントリーニ島の崩壊が大陸ひとつ丸ごとにされたアトランティス伝承、肌の色が濃く背の低い海洋民族の伝承がコロボックルに発展するなど、文面通り受け取ると説明が付かない現象がままある。似たような内容で日本にも「冠島伝説」があるし、この日本三代実録の貞観地震の記述においても

流光如晝隱映(流れる光が昼のように照らし)…夜空がピカピカ光った

とこうなる。その後に

去海數十百里(内陸部まで何十百里と水浸しとなり)

と続き、なるほど、夜空の光を説明する理屈(※文末参照)がない以上、科学的価値に疑問を抱く向きがいてもおかしくはないなと思えるのである。

一方、文面通り受け取れば

海口哮吼 聲似雷霆 驚濤涌潮
溺死者千許 資産苗稼 殆無孑遺焉
(海が雷のごとく吠えて湧き立ち/千人の溺死者が出て田んぼも何もかも無くなった)

と、津波が大地を轟き走り、水田地帯に流れ込み、多くの人命が失われ、財産がことごとく流されたという状況が浮かび上がる。今回仙台平野で起こったことと、よく似た出来事が当時もあったと現実味を持って伺えるのである。しかしこれは、現実を見知った者の後出しじゃんけんなのだろうか。

貞観地震の再評価は宮城県沖地震の切迫などから21世紀に入ってから本格化し、福島・宮城で土壌サンプルの採取が行われ、津波の到達状況から震源を逆算する試みが繰り返された(海砂利や貝殻が積もるのでそれと判る)。その結果の一つが「宮城県沖には連動タイプがあり、M8クラスの場合がある」というものだ。しかし、それよりでかい地震の可能性は検討されなかった。その背景にあったのは「日本の最大級の地震は宝永地震(M8.7クラス)で、それ以上は起こりえない」というある種の神話だった。実際、津波シミュレーションで想定された震源パターンに「全部動いてM9」というのは見当たらない。日本は世界でもっとも古くから地震記録が残されている国だが、それでも奈良時代が限界である。千数百年間の記録に基づいて千年周期の地震を語るのは信ぴょう性に欠ける(その間に1度しか起こらない…類例がないので大げさと見積もられても仕方ない)。それもあって、記録にないから起こっていないという前提が出来ていたようだ。こういう「前例がないからやってみない」という考え方は、良くも悪くも日本人の特徴であろう。日本に起業家が少ないと常々言われていることに通じる。
余談はさておき。
最も、同様にM9にはならないと言われていたスマトラでM9が起きたことにより、日本でM9になりうるのはどんな場合か?という逆の考え方が生じ始めたのは良い方向だったように思う。そして、この可能性に基づき、再度貞観地震の評価を行おうとしたところに…来てしまったのが今回の地震だ。残念ながらアクションが少し遅かったのである。ちなみに、マグニチュードは動いた地殻量を示すことになるが、チリやスマトラが「断層の長さ」によってM値が上がったのに対して、東北地方太平洋沖地震は「ずれた量」が大きかったことがM値に作用し、ひいては津波の高さにつながった。

現在真剣に「東海地震は連動タイプでM9クラスの可能性がある」と言われているのはこのブログでも書いているとおりである。東海地震は過去(その1500年余りの記録の範囲では、であるが)単独で起きたことは無く、必ず東南海あるいは南海地震と連動し、M8クラスで収まるものではないことは確定と言ってよい。巨大化の理由は日向灘沖、更には南西諸島までの連動が考察され、証拠として海岸段丘の成立年代が挙げられている。東北地方太平洋沖地震では地震に際して海岸沿いの土地が沈降したが、震源地近く海底では持ち上がった。東海地震系統は震源が陸域に近く(一部食い込み)、発生すると海岸沿いの土地が持ち上がる。持ち上がりを繰り返すことで海岸に段々の地形ができる。この中にはドカーンと大規模に持ち上がったものがあって、四国沖から南西諸島まで、同時期に動いた可能性があるらしいことが見えてきたのだ。その周期1500~1700年程度というが、サンプルが少ないこともあって明確な値とは言えない。このため、津波調査も併施して「周期・大きさ・震源域」を探っている最中だという。いずれにせよ「そういう可能性」は念頭に置いておいた方が良い。
前にも書いたが日本では縄文の貝塚がパタリと途絶えているほか、旧石器時代の生活址も少ない。旧石器時代は氷河期真っ只中であり、当時の人々はより温暖な南に、そしてより気温と食糧の安定している海よりに暮らしていたであろう。我々の祖先は過去幾度も津波による喪失と再構築を繰り返してきたのかもしれない。

参考文献:この辺の論文等
 
註:本稿中、宝永地震およびスマトラ、東北地方太平洋沖地震のマグニチュードはモーメントマグニチュード、宮城県沖連動型は気象庁マグニチュード。尚、東北地方太平洋沖地震を気象庁マグニチュードで表記すると8.4。

※発光の正体
・上記サイトの論文中では不明としている。
・「昼の如く」という表現から夜に起こったと見られる
・宏観異常のひとつ発光現象という考え方がある
・発生日廿六日=26日であって、太陰暦であるから、ほぼ月齢と同じ。従って月の出は夜明け近くとなり、月光とは考えにくい
・現在の暦で7月13日であり、流星群等とは考えにくい
・彗星・いん石の記録は無い
★個人的には火災が生じ、燃えながら流され、その炎が煙や雲に照り返した有様のようにも見受けられる

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