戦争は、聞いた話でしかないが
支那の補給部隊にいた、という母方の祖父。
軍艦に乗り組んで調理師をしていたという父方の祖父。
どっちも「直接戦闘の用に供される」状況ではなかった。
母方の祖父は追って朝鮮を一人で回ったようだ。理由は知らぬ。平成になり、武蔵野の陵(昭和天皇陵)に案内したら深々と頭を下げていた姿が印象的だった。
自分は父母とも戦中の生まれだが、父親は長野にいたので特段空襲等の被害はなかった。母は福岡空襲を受けたクチで、雨降る焼夷弾の中、祖母の背中に背負われて逃げた記憶があるという。
八王子で戦争というと、八王子空襲による甲州街道(国道20号)の橋に残る弾痕、そして疎開客を多く乗せた列車への機銃掃射事件が知られる。
66年を経て、半島の根元の方ではミサイルを作り核開発にいそしみ、支那は日本脅威論を勝手にぶち上げて空母もどきをせっせとつくっている。半島の先っぽは「日本海という名は日本の領土野心の証」「対馬は韓国領」と言い張って憚らず「日本に爆弾を落とせ」と教科書に書いて子どもに教えている。
「戦争」はひょっとすると再び差し迫っているのではあるまいか。日本に対する侵略行為は実に元寇以来ないというが、今、仮にそのような事態になったら、我々はどう対応すべきなのだろうか。
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
○2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
英霊に敬意を。
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