立ち会い出産体験記【11】
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「赤ちゃんの頭が見えてきたよ」
素晴らしい言葉が私たちを包みました。私はもう妻が、いちいち指示せずとも自分で看護婦さんの言葉を咀嚼し、行動に移せることに気づきました。
最終工程です。天からの贈り物を届けてくれるのはドクターでした。麻酔処置を施し、吸引分娩のシステムが作動します。そして程なく、羊水が満ち潮のように、そして新しい命のスタートを先導するかのように、勢いよく、産道から流れ出します。
赤ちゃんの頭が出ます。目に見えぬ何かの力が作用したかのように、なめらかにその頭が回転します。
最後の回旋。
「もういきまなくていいよ」
妻は教わったとおり、両腕を胸に乗せ、ファーファーと声を出しました。
赤ちゃんが、するりと、妻の体を、離れました。
「生まれたよ」
私は言いました。次いで
「良かったね、おめでとう、生まれたよ、女の子、16時41分」
用意していた言葉ではありません。勝手に出てきた言葉です。
同時に私の意識に反抗するかのように、目からこみ上げ、あふれ出す液体。
別に感動したとか、特別な形容詞で表現される感情があったわけではありません(赤ちゃんが産声を上げ、妻が無事であるかを気にしていた)。でも、でも、なぜか、なぜか、涙腺から液体が溢れ、流れ出してしまうのです。ここに生まれた小さな命。今スタートラインに立った小さな命。母から確かにバトンを受け取った小さな命。
私たちの子ども。
赤ちゃんが羊水吸引の処置を受けます。その間に私はビデオカメラをスタートさせ、看護婦さんに撮影を依頼します。そう、私は取り乱してはいないし、我を失っていたわけではないのです。でも、でも、涙が止まらない。ぼろぼろぼろぼろ勝手に流れて止まらない。意識は全く正常なのに涙が制御できない。
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