立ち会い出産体験記【10】
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「さぁゴールだよ。もう少しだからね」
私たちはゆっくりと分娩室に入ります。既に身も心も極限状態。
事前のバースプランで、私たちは「音楽」と「ビデオ撮影」を希望していました。しかしその時の正直な心境といえば「んなものどうでもいい。早く生まれて欲しい。妻を楽にしてあげたい」
妻が音楽も聞けないような状態であれば私は実際そうしたでしょう。でも、妻はきちんと意識を保っていました。誇り高き母の目で私を見ていました。
これなら行ける。私はお母様にお願いし、用意してきたカセットテープを看護婦さんに渡してもらいます。流れてきたのはENYA。
ENYA…実は私たちが知り合ったきっかけはインターネット上の絵描きさんのHPでした。そのHPでBGMに使っていたのがENYAだったのです。
聞き慣れた音…妻はそれに意識を向け、パニックに陥ろうとする己れを押しとどめたと言います。音楽は理性を越え、意識の状態に関わりなく、感性に直接訴えかける能力を持ちます。それがここで、最終局面で、妻に落ち着くよりどころを与えてくれたのです。
心拍モニターが再度セットされます。ラストスパートです。私は看護婦さんの「陣痛が来たら、2回深呼吸して一番痛みが強いところでいきむ」という言葉を受け取り、「深呼吸、いきむ、ストップ」と、個々の動作に分解して妻に伝えます。深呼吸、いきむ、脱力。
再び繰り返す時間が始まります。しかし今度のそれが短いことは火を見るより明らか。それが証拠に赤ちゃんの心拍数は100前後で推移しており、連続的に負荷がかかっている…すなわち産道内を出口へ、私たちの所へ、その間近まで来ていることを示しています。
「もうすぐ、もうすぐ」私は何度も言いながら、汗を拭き、水分を補給し、いきむ妻に手を貸します。
程なく、いきむ時の姿勢を変えるよう看護婦さんから指示があります。両腿を抱え、体を曲げ、へそのあたりを見るようにしていきむ。
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