出口王仁三郎~艮の方角より~
出口王仁三郎(でぐちおにさぶろう)-。
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自分が初めてその名を目にしたのは子ども向けのオカルト本である。ノストラダムス・ブームの最中の一冊で、「日本の預言者」として紹介されていた。もてはやす新聞記事の写真と、警察に弾圧された旨が書いてあったように思う。
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追って目にしたのはオウム事件で「カルト」が注目された時だ。彼と、彼の義母なおの言葉に始まる「大本教」の熱狂を捉えてのことだろうが、自分は同列に見るつもりはさらさらない。ちなみに自分の書棚はこうなっている。高天原に宗教紛争は存在しない。
そんな扱いが一般だったから、NHKが扱うと聞いた日にゃ心底驚いた。と、同時に見るべきだと直感した。出口の活動は大正デモクラシーから太平洋戦争の最中となるが、囲繞する社会状況は現代さながらだからだ。彼が、なおが「見た」のは、実は現代そのものだったのではあるまいか。
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ここで簡単に「預言」のありようを書いておく。端的に言うと神がなおに降るのである。別に驚くに値しない。日本は古来、卑弥呼を筆頭にシャーマンの国だ。同じ事が起こった。それだけだ。神はなおに文字を書かせる。無学で文盲のなおに筆先として降臨し、言葉を書き留めさせて行く。背景には極度の貧困と苦労があり、心理学は絶望がもたらしたゲシュタルト崩壊と解くかも知れない。だが意図して人格を別の何かに形成し直すのがシャーマニズムではある。
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なおは言う。日本は敗北を経験して後、真の勝利を得る。
なおは言う。それは艮(うしとら)の方角からやってきて、日本を変える。
王仁三郎は確信する。日本の国のありさまこそ世界に真の平和をもたらすはずだと。ただ、それは戦争へ邁進する帝国議会の姿では無く、皇(すめらぎ)が自ら政(まつりごと)を執った古来の姿であると。
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しかし100年後の我々が概観した時、なおが宮津から見た艮の小島はあまりにもミクロな視点であった。敗北は、目前の日露戦争を目したものでは恐らく無かった。
王仁三郎の確信は不幸にも軍事的拡張の野心や熱狂とシンクロしてしまった。
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降った神の言葉には幾らか記紀の内容を否定する物があったようである。そこも別に驚くに値しない。例えば聖書には編纂時取り込まれなかった説話が多くあることが知られているし、絶対王政の時代に権威の絶対化(勝負の論理そのものであることに注意)を目して何かいじった可能性は充分あろう。記紀も然り。王仁三郎が自らに降る神と信じた素戔嗚尊や、日本武尊については、双方で記述が異なるほどだ。取捨選択やある程度の改ざんは、朝廷権力のゆえに成されて不思議ではない。
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が、そこを突かれて特高に叩かれる。
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晩年の王仁三郎は芸術に身を投じ、和歌も数十万(単位間違いにあらず。このソースは歌人の笹公人(@sasashihan)さん。番組情報もそもそも笹さんのリツイートで知った)編んだようである。だが、この2013年時点で振り返って、彼らの物言いは決して間違っていなかったと首肯できる。そして、何故、その番組を見ようと思ったのかも自ら納得できる。
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三ぜん世界一度に開く梅の花 艮の金神の世に成りたぞよ
梅で開いて松で治める 神国の世になりたぞよ
日本は神道 神が構はな 行けぬ国であるぞよ
外国は獣類の世 強いもの勝ちの 悪魔ばかりの国であるぞよ
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(出口なお・明治36年)
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艮とは北東を指す。今、日本という国を考え直そうという動きはまさに北東の方角から起こっているのではないか。
★出口王仁三郎は傑出した歌人でもあった。生涯で15万を超える短歌を詠んだと言われる。そこから笹公人が厳選した「王仁三郎歌集」が発売された。
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