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2013年8月15日 (木)

昭和88年8月15日

150年前は江戸時代だったと書くと「それしか経ってないの?」となるが、戦争が終わって68年というと「そんなに経ったか」と思う。不思議なものだ。
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昭和45年生まれであるからいわゆる第2次ベビーブームに当たる。父母世代は戦中から戦後にかけての生まれ、祖父母はもろに戦争経験世代である。ただ、自分の場合、母方の祖父(故人)は支那大陸で補給部隊に、父方祖父(故人)は海軍でコックをしていたと言い、物議を醸している「日本の戦争犯罪」に直接関わるような話を聞けたわけではない。ただ、母方の祖父に関していうと、戦後韓国を巡っており、思うところあったのだろう。「ハワイ・軍艦・朝鮮」に残っているが、ある程度の蔑視があったのは否定しない。なお、母方祖父は昭和天皇の陵墓「武蔵野陵」に案内したことがあり、深々と頭を下げていたのが印象的であった。
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母親は空襲を経験している。
福岡大空襲(昭和20年6月19~20日)である。2歳であったはずだが、「母親(つまり祖母)に背負われて逃げたのを覚えている」という。祖母は生前、夏休み遊びに行く度「焼夷弾が落ちてくるヒューヒューという音が忘れられんと」と言っていた。ちなみに対日攻撃用の焼夷弾は木造家屋を高速で燃焼拡大させるための「最適化」がされている。具体的に言うと、燃えながら落ちてきて、落下と同時に火の付いた燃料が周囲に飛び散るのである。そんなのが雨のように降る中逃げる。当たれば死ぬもの、近くに落ちただけで死傷するものが降り注ぐ中を逃げる。
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戦争に是も非も無い。戦争という存在自体絶対悪である。広島市長の平和宣言の言葉を借りれば。
人類はかって全地球で数千人という絶滅寸前の状況下に置かれた事があり、これを相互補助の精神で切り抜けた。一方で農耕牧畜による定住が始まると、その好適地を求め、或いは流浪の民との間で、富の争いが常態化した。
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比して日本は希有であったと言って良い。原始の時代に海洋民族ならではの拡散で半島や大陸に行き着き、それが勢力争いに発展した事例を除けば、列島より外部へ覇の意志を持ったことはない。
「秀吉は」
「アジア侵略肯定者だ」
そうか?それは「そういうものだった」という教科書の物言いを一方的に事実と肯定しているだけではないのか?
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以下2記事を引用させて戴き了とする。世界がどう言おうが、思想の左右がどうであろうかに関わらず、私たちは戦陣に散った方々の犠牲を経て今の平和と生活を享受している。
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終戦の詔勅(玉音放送)書き下し:http://homepage1.nifty.com/tukahara/manshu/syusensyousyo.htm
(塚原様運営「ぼくでんのホームページ」より。引用承認済み)
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A級戦犯「東条英機」(戦時の首相)遺書:http://banmakoto.air-nifty.com/blues/2007/08/post.html
(ブログ「依存の独り言」様より)

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