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2014年4月18日 (金)

災害を詳しく知る意味は

そこから間違いや見落としを見つけ出し、貴い教訓を得て再発を防止すること。

なのであるが。

・重心より高い位置に増築してトップヘビー
・乗客名簿が参考にならぬほどの違法・無法な乗客の多数存在
・荷物の固定不備
・不適切な航路選択
・現場に出て来ない船長
・未熟な操舵手による異常時の不適切な操船
・避難誘導指示皆無
・ライフジャケットや救命ボートが適切に使用されていない
・救助初動の遅延かつ方法の不適切(短時間に一気に行うべき)

大体災害というのは「まさか」と思うような見落としが原因があったりするのだが、あらゆるセオリーに反していては起こるべくして起きた愚昧な事象と唾棄する以外書きようが無い。

フクイチと同じでひたすら胸くそが悪い。

以下は先日書いた計画の試作。実体験に基づくが創作の一部なので相当フェイクが入っている。ただ書き起こせば5分の出来事がこんな感じである。
 

 14時46分。
 相原は勤務先実験室から執務室デスクに戻り、コーヒーを淹れたところであった。
 工場内“研究棟”と呼ばれる建屋で、地上部分は2階建ての白ビル。中は7割方がフルオープン壁なしのオフィススペース。パソコンの置かれたデスクがズラリと並び、課ごとに机の集合体“島”を作っている。島の机は学校給食の“班”に近いか、向かいあわせを一組とし、これを幾つか横に並べた形で、モニタの向こう側に、両隣に、同じ開発を行うチームがいる。島の末端に係長なり課長なりの机が配されている。そんな状況。青い作業服の技術者達は、殆どが建物地下の実験室“ラボ”に詰めており、大体3時を目処に午後の休憩。相原は試験装置の使用順もあり、先んじて戻って来た形。
 一方、レムリアはグループ5人で行動中で、件の遊園地内の池で実施されていたショーを見ていた。
 相原がパソコンにログオンする。CTRL+Alt+DEL。
 緊急地震速報の画面がポップアップ。但し、オフィスであり音は出してない。
「ん、来たか」
 緊急地震速報。揺れを検知し、震度を推計し、テレビや携帯電話に流すシステムとして知られる。しかし、実はテレビや電話に流されるのは、その中でも緊急性の高いもの(「警報」と呼称)である。すなわち、最大震度5弱以上であり、かつ、住んでいる地域、電話の所在する地域で震度4以上と推定される場合、である。但し、研究家、専門家向けには検知情報自体は全てインターネット経由で流される。それを使ったフリーウェアの速報表示ソフトを相原は使っている。
 さてここで、相原の「来たか」の背景を記しておく。この2日前、3月9日に僅かな津波を伴う宮城県沖の地震があった。マグニチュード7.3であった。宮城県沖では30年間隔前後でマグニチュード7.5前後の「宮城県沖地震」が発生しており、前回の同地震は1978年であるから、2011年時点「30年以内の発生確率99%」とされていた。9日同地震はそれにも思われたが、発生場所が従前の宮城県沖と異なり、規模も小さかったことから、別物、前触れ、と相原は見ていた。もってしての「本当の宮城県沖」が「来たか」であった。
 画面表示は当初マグニチュード7.2であった。地震発生から5秒後にあたる。この時点で彼は9日の余震とまずは思った。だが、15秒ほどで7.6に変わった。
 9日より大きい。これは宮城県沖の本体だ。
 動こう。彼は独断した。職場防災隊の類いは良く新人の仕事にされる。なぜなら、マニュアル化された避難訓練が主なイベントであり、知識や経験は必要ない。一方で避難場所を覚えたり、名簿チェックの必要から、職場に溶け込む上で最低限必要な情報を把握せざるを得ないからである。
「地震来まーす」
 彼は一帯に声を発した。
「え?」
「相原。大丈夫か。何も鳴ってないぞ」
 非難の意を含んだ疑念の目が彼に集まり、3時から本社に出向くというスーツ姿の上司が眉をひそめる。「何も鳴っていない」は携帯電話の緊急地震速報を意味する。
 説明が続くが容赦願いたい。この時点、緊急地震速報は上記7.2の時点で、上記震度条件に当てはまった宮城県等に流された。だが、リアルタイムで更新される情報に応じて警報を出し直すシステムは備わっていなかったのである。このため、本来なら速報対象であった関東一円に警報は出されなかった(NHKだけは地域によらず警報が出れば放送に載せるので他の地域でも判る)。
「宮城県地震の本物です。一昨日より大きく揺れます」
「相原いい加減にしろ!」
「各位机の下に潜り、ヘルメットを手にして下さい。到達まで30秒」
 上司は怒鳴ったのであったが、相原は己の信じるままに声を発した。
 7秒後、速報システムのマグニチュードは7.7。
 彼のパソコンモニタを覗き込んだ同僚が「げっ」と叫ぶ。
「通常の宮城県沖よりデカいです」
 相原は来るであろう震動に身構えて足を前後に広げ、自分のパソコンからメールを飛ばした。“massive quake.protect yourself and friends.”向け先はもちろんレムリアである。
 初期微動が達する。
「あっ」
 相原の職場は工場であり、部署は付帯する開発部門である。建屋は鉄筋2階建て。神奈川県内としておくが、以下時系列は東京の記録に基づく。
 14時47分50秒。速報のマグニチュードは7.9を表示し、東京に主要動が到達した。
 ガタン、建屋が音を発し、ユサユサと表現される横揺れが始まる。
 マグニチュード7.9。それは関東大震災のそれと値を同じくする。相原は確信した。これは通常の宮城県沖では無い。文献に“過去起きた形跡がある”とされた、宮城県沖と隣の震源域が連動したマグニチュード8超クラスだ。
「うわ本当に来た!」
「潜って下さい!机の下に潜って下さい!窓ガラスから離れて下さい!」
 相原は叫び、自ら机の下に身を潜め、携帯からメールを打った。
“warning MEGAQUAKE about 3-5min.”
 揺れが続く。次第にユサユサが大きくなり、オフィス内の諸々がガシャガシャと音を立てる。机上に乱雑に積まれた書類がバサバサ落ち、課と課を区切る背の低い書類棚の上に並んだパイプファイルが床面に落ちる。吊り天井のボードが擦れ合って粉塵を煙のように広げ、オフィス什器類がガタガタと音を立て、或いはきしみ、キャ、という女性社員の小さな悲鳴や、おお、という男性社員の小さな驚愕。
 揺れが収まらない。ユサユサと揺れ続ける。
「長いな」
 落ち着いた声は部長であった。
「どうなんだ相原」
 問われて彼が思い浮かべたのは2004年、スマトラのマグニチュード9であり、古文書から推定したという1707年宝永地震、マグニチュード8.6であった。
 スマトラは7分揺れたという。宝永地震は3~5分は揺れたであろうと言われる。なお、宝永地震の揺動時間は、何歩歩く間とか、煙草を何回吸う間、と言った表現で揺れた時間を記録している。
「これは巨大な、あっ」
 揺れ始めて1分30秒。
 擬音語を使えば“ビシッ”に“ズシッ”が混じったと書けようか。
 ひときわ大きな揺れが東京近辺に来襲する。それは震動モードが遷移したことを示した。
 これまでに、経験したことの無い、巨大な地震であると、相原は直感した。
 ビシッ、は、建物鉄骨が一斉に応力で変形し、音を発したのであった。
 ズシッ、は、他でもない大地岩盤の空気震わす音であった。
「何だぁ?」
「身を隠して下さい。机の下に」
 それは船に乗っているようなゆーらゆーらした動きと、従前来のユッサユッサが重畳された揺れであった。双方の位相が重なって振幅が大きくなった時には応じて大きな動きになり、位相が逆になった時は例えば右に動きながら左にも動いているような違和感を与えた。
 コーヒーが溢れ出して机の端から垂れて落ちる。
 コピー機キャスターのロックが外れ、ゴロゴロ動いてスペースを区切る移動壁、パーティションに衝突した。
 その衝撃でパーティション裏側にあった給茶機が転倒し、ドンと大きな音を発する。この手の落下破壊に伴う音は恐怖心を増幅させる。
「給茶機が倒れただけだ」
 女性社員の悲鳴に相原は冷静に応じた。給茶機はL字金具で床面にボルト止め固定されていたが、繰り返す揺れに耐えきれず、コピー機の一撃でボルトが折損したのであった。
 隣接する茶箪笥が倒れる。ガラスと陶器が甲高い音を立てて割れ砕ける。
 この手のガチャン系の音は最もパニックをあおる。
「キャー」
「もうやだ」
「何これ、ねぇ何なのこれ」
 深甚な恐怖とパニックが女性社員らを捉え始める。
「本物の大地震です。潜って身を守って下さい。3分から5分は見て下さい。どうしても耐えきれない時は逆に足踏みするといいです」
 相原は机の中から声を発した。四つん這いになっていると床面は明らかに右に左に斜めに傾き、戻り、を繰り返していた。まるで大地自体が大きなヘビか何かのようにのたうち、這い進むかの如くであった。
 古代、地震は「なゐ」と呼んだ。「地大いに震う(なう)」などと書いた。それはこのじわじわと這い進むような大地の挙動を示した擬態語なのではないか。
 この本州という島体の北半分が揃って動いているのであった。
 ユサユサとした揺れが収まってくる。が、船に乗ったような揺れは続く。
 長周期地震動である。この揺れはオフィス内の移動書架を動かした。高さ2メートル幅1メートル。びっしりとレポートファイルの詰まった、明らかに100キログラム超あるキャスター付きのこれが、可動範囲の右端、左端と動き回り、がしゃん、がしゃん、と音を発した。会議室など区画していたパーティションは合わせ目や天上との接続点に破断が発生した。ただ、空港や体育館で数多見られた吊り天井のボードや照明落下は相原の職場では起きなかった。
 揺れが収まり始める。人々も慣れ始める。書庫の動きもようやく止まる。ピークは過ぎたと相原は判断した。だが、長周期は継続しており、更に次の余震(14時51分)が繋がってしまっていた。トータルで5分間ほどの揺れになった。これが応じた「酔い」を惹起した。
「まだぐらぐらしているみたいで気持ち悪い」
「地震酔いです。無理して立たないで」
 とはいえ相原は立ち上がる。デスク上はあふれこぼれたコーヒーで湖。仕方ないのでボツにしたプリントアウトを並べて吸い取らせ、パソコンでニュースサイトを開く。
 唐突な構内放送。『従業員の皆さんにお知らせしますただいま地震を感じております……』
「遅えよ」
 相原は鼻で笑い、開いたサイトの文字に戦慄した。

 宮城北部で震度7。大津波警報発令。

「震度7。津波警報」
 相原は言い、ヘルメットを被り、フロア内に声を出す。
「ケガされた方はいませんか。点呼です。開発一課はここにいた全員は無事です。二課」
「二課……3人、多分、問題なし」
「電子制御」
「全員ラボだわ」
 答えたのは執務担当のいわゆるお局さん。
「材料技術」
「ミーティングじゃね?金曜この時間だし」
 二課から声。
「各課ラボへ連絡を取って……」
 相原は言いかけ、課長へ向き直った。
「課長」
「なんだ。終わっただろ、いつまでもそんなもん被ってないで仕事しろ」
「ラボ室の全員引き上げを上申します。余震による重量物の倒壊や落下、可燃物の拡散が懸念されます」
「お前バカか。そんなデカいのが2度も3度も来るか」
「巨大地震の余震はマグニチュードを1引いた……」
「黙れ。大体お前はだな。反物質とか夢物語ばかり考えてるから……」
「坂口!お前が黙れ」
 課長の声を遮ったのは部長であった。
「え?は?」
 部長は自らもスーツ姿にヘルメットを被り、接客スペースのテレビを付けていた。震度と津波警報を表示し、気仙沼(けせんぬま)からの中継画像。
「相原は安全委員のマニュアル通りに行動しているだけだ。何が悪い。それにこれ見ろ。マグニチュード8近いんだぞ。化けもんみたいな地震なんだ。従業員の安全第一が我々の役目だ。違うか。それからこの後の本社会議は中止だ。メールが来た。電車が全部止まった」
「判りました……申し訳ありません」
 課長は頭を垂れ、そのまま相原をじろりと睨んだ。
「相原」
 部長に呼ばれ、相原は応じ、居心地の悪いその場を離れる。
「はい」
「ラボ室を引き上げさせ、ここに集めろ。今後の行動について全員に指示を出す。材技(ざいぎ)も招集しろ」
「判りました。各課聞いた通りです。ラボ室を引き上げさせて下さい。恒温槽(こうおんそう※)も含め全部の電源を落として執務室へ。河合(かわい)さん。給茶機のコンセントを。給水管の破損状況を確認して下さい。ひょっとしたら貴重な水源になるかも知れない」
 河合さんというのはそのお局さんである。
「あ、はい」
 相原の指示に河合女史が応じ、相原は構内PHSでラボ室に電話する。
「一課相原です。部長指示により全員撤収し、執務室へ集合のこと。電源は恒温槽含め主幹から全落としで。繰り返しますが部長指示です」
『恒温槽も?本気か?理由は』
 ラボ室の親分格たる男性は半ば怒鳴るように返した。時間のかかる試験データがリセットされるからであろう。
「余震で何かが落ちたり埋もれたりして、その状況で電気火災が発生したら近づけなくなるからです。ものすごい地震が起きました。必ず余震が来ます」
『……判った。了解した。指示するよ』
 ここで一つ余震が起こる。東京の震度は2。電話の向こうはただちに、と言いかけたところで切れた。
 執務室はどよもす。
「おお」
「これは収まらんぞ」
 男達は次々ヘルメットを被り始めた。
 相原のPHSが着信した。呼び出し音の鳴り方は外線。
 発信者はレムリアであった。

※恒温槽:高温・低温・高湿度など極端な環境を実験するための密閉室。家庭用冷蔵庫サイズから体育館ほどの大きさのものまで様々

……皆さんも極力克明に書き起こしておくと、記憶の上書きになり、「次」への備えになります。

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