画質という名の冷めた情熱
実家用にこいつを手配した。三菱LCD-32BHR35。ブルーレイ/HDDレコーダ内蔵32インチ。
「2012年モデルじゃ・・・」
その通り。だからジョーシンが深夜に通販サイトで在庫処分始めたのを見つけてポチッた。齢70の両親にオーディオビジュアルの質を追求する趣味はなく、ブルーレイを喜ぶとは思わぬが、円盤系一通り再生出来、逆に例えばCD再生まで出来るので、「取りあえずテレビで何でも」は便利に使えるのでは、と思う。
ちなみに今、三菱電機のテレビは液晶パネルは外部調達、録画機はこの内蔵型しか売ってない。「VHS創始五社」の一角にして「大画面テレビによるホームシアター」を開拓した時代の寵児この体たらくである。オーディオビジュアルはピュアを目指してデジタル化を至高と突っ走って来たが、絵も音も放送もデジタル化達成した極北がこの有様である。
「2年前でも大した違いは無い」
デジタル化と液晶パネルはほぼ車の両輪と言って良いが、これは罪なことに「最高」のレベルを束縛した。動画の表現は液晶の反応を越えるものではなく、「水平解像度」なんて過去の言葉。1920×1080pxlで30f/sを必死こいて次々並べる。それ以上でもそれ以下でもないのである。否、酷い物は徹底的に酷いと言えるかも知れぬ。ことに外国製だが、ずれた色表現、妙な輪郭強調でグダグダになっているもの見受ける。ただまぁ、調整すればある程度のレベルにはなる。ゴーストもクロスカラーもドット妨害もない。そしてそれ以上追求する余地も無い。「画質」はフォーマットの範疇を越えることは出来ないのである。
「玄関先で新旧交換」
「設置出来るのか?」
「アンテナ線刺してCASカード刺してスイッチ入れればガイド画面が出るよ。指示通り突っ込んで行けばいい」
まぁLAN繋いでDLNA構築してドンシャリ画質落ち着かせる位はやる余地あるか。往時「ハイビジョン」は至高の画質を意味する言葉であった。それがデジタルになって12センチ円盤に入るなどパーフェクトだったはずだが、この冷めた感覚は一体どうしたことか。
「安いから」液晶ディスプレイで本当にいいのか。まぁ気にくわなきゃテレビ局用のモニタでも買えばいいんだが。
デジタルは安くて便利で皆一緒。画質という名の冷めた情熱
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