マーケットの半分
パナソニックの再起を期したオーディオブランド「テクニクス」のトップマネージャは女性(しかもプロのピアニスト)である。
白物家電ではキッチン関係を中心に女性の幹部は珍しくない。主に使うのが主婦だから当然の帰結である。比してオーディオはどうであろうか。
オーディオ趣味人口の殆どは男である。比して音質への愛好は男だけの属性であろうか。否、であろう。ミュージシャンの男女比率はいい感じのはずである。楽器やマイクにこだわって再生機器はラジカセってことはあるまい。実際、ソニーショップなどイヤホンを試す女性の姿を見かける。が、ハイファイオーディオの売り場にはオッサンがたむろしている。
そりゃまぁ、こんなメカメカしいの女性の部屋に置きたくないわな。
男は多く機能性を体現したキカイを好む。女性はインテリアの一環としてコンセプトの同一性を望む。
個人的にはハイレゾオーディオはオーディオの世界に女性を振り向かせる最後のチャンスだと思っている。ハイレゾはきちんと録音され、再生すれば傑出した音質を獲得でき、自然音の中に音楽が溶け込む。「環境を形成する音の一環として音楽が存在できる」コンセプトの同一性が計れ、女性の心理と親和性が高いのである。
男性は機能性の体現と書いたが、機能性を追求したデザインは必要にして十分なスイッチ類が、一見して全体を掌握し、流れに乗って操作できるように配置される。「機能美」という奴である。素材として備えた美は無駄な自己主張が無いのでどんなコーディネイトにもしっくりなじむ。シンプルにしてゴージャス。流れを有する。不可能ではあるまい。但しハードルは高い。
実はアップル社の携帯端末はその境地を会得した数少ない例であった。機能性は体現している。液晶画面はその全てで「必要にして十分なスイッチ類が、一見して全体を掌握し、流れに乗って操作できるように配置」されている。「例であった」と過去形で書いたのは、6シリーズはあまりにもデカ過ぎ、必要以上のアイコンが並ぶのみならず、とりわけ女性に対して片手での操作性を奪ってしまった。男のオレですら持て余すのだ、女性ではなおのこと(「4くらいがちょうどいい」by仙台エリさん)。何か操作すれば表示領域を圧縮できるらしいが、「何にも寄与しない無駄な部分が出来る」これは「スマート」ホンではあるまい。そして見よ。気がつけば「スマートホン」はいずれもバカでかい画面を備えた手のひらコンピュータばかりではないか。は?ファブレット?その代わり薄い?「うすでぶ」だよ。携帯性を犠牲にした携帯電話に携帯を名乗る資格は無い。iPhone6の次の売れ筋がiPhone5Sとはこの辺を反映したものであろう。何のことはない。今、幅7センチ未満のスマホはiPhone5Sしかないのだ。Z3compactをドコモでしか売らない?それは正しいのか?
ハイレゾは最初そうと分からなくてもそればっか聞いてればそのうちCDサウンドですらスカスカに聞こえるようになる。後はスマホをハイレゾ送り出しに化けさせる、小粋でオシャレで扱いやすい、そんなキカイが必要なのではないのか。今、女性たちは「何でも端末」を手にしている。その手のひらを介して大きな世界が、市場が、広がっているのではないか。
面倒くさいこと(=オトコが喜んでやりたがる結線やスイッチ投入の儀式)は、バックグラウンドで、キカイ同士が無線でコソコソやっとりゃええのじゃ。
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