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2014年11月18日 (火)

昭和は遠くなりにけり

タイトル元ネタは

降る雪や明治は遠くなりにけり(中村草田男/昭和6年)

である。

高倉健氏が逝った。昭和の象徴がまた一つ去った。2014年は昭和で言えば89年。このことはご健在の「明治生まれ」が100歳以上であることを意味する。昭和も遠くなるわけである。

言い換えるとおっさんなわけだが、「昭和」は日本、のみならず人類の歴史でも最も「激動の」という形容詞が似合う時代ではなかろうか。ちょっと前後も含めて主なエポックを書き並べる。

大正12年(1923)関東大震災

昭和元年(1926)高柳健次郎ブラウン管テレビ開発

昭和5年(1930)昭和恐慌(世界恐慌)

昭和11年(1936)二・二六事件

昭和16年(1941)真珠湾攻撃(太平洋戦争始まる)

昭和19年(1944)東南海地震

昭和20年(1945)終戦

昭和21年(1946)南海地震

昭和25年(1950)朝鮮戦争

昭和27年(1952)主権回復(占領の終了)

昭和28年(1953)テレビ放送開始

昭和30年(1955)高度経済成長の始まり

昭和34年(1959)伊勢湾台風

昭和39年(1964)東京オリンピック・東海道新幹線開通

昭和43年(1968)三億円事件

昭和48年(1973)オイルショック

昭和50年(1975)家庭用ビデオデッキ発売・蒸気機関車営業運転終了

昭和54年(1979)「ウォークマン」発売

昭和57年(1982)コンパクトディスク(CD)発売/パソコン「PC9801」登場

昭和60年(1985)日航ジャンボ機墜落事故

昭和64年(1989)昭和天皇崩御・平成へ。国内IPネットワーク米国へ接続(インターネット開通)

平成4年(1992)インターネットプロバイダ誕生(ネットの一般開放)

平成5年(1993)デジタル携帯電話サービス(PDC方式・現行「3G」の一つ前)開始

「激動」でなくてなんであろうや。方や「テレビジョン」なるものの発明であり、こなたインターネット・携帯電話黎明なのだ。戦争があり、復興から経済成長、電子化へ突っ走り、一気に生活・技術水準の底上げと平均化が図られた。そんなところか。ちなみに著名なアニメで言うと「火垂るの墓」が戦争の頃であり、「となりのトトロ」が30年代、「サザエさん」が30年代後半から40年代前半、「ちびまる子ちゃん」が40年代後半から50年代である。パソコンから後ろが自分の親世代ついて行けず、CDから前は自分の子世代見たこともあるまい。

ともあれ、昭和世代のなすべき最も重要なことは「戦争」を語り継ぐことであろう。歴史の授業では時間配分のゆえにうやむやにされやすく、また政治的プロパガンダの恣意的な解釈・改変も後を絶たないが、戦争の悲劇はもちろん、「どういう経緯で日本は戦争に至ったか」は客観的事実を把握しておく必要がある。ただそれは教科書ですら客観性に疑問符が付く。国内外の文献なども参考に、冷静に。

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(確実にどちらかのバイアスが掛かっている)

良く書くが、母親(娘にとっての祖母)は、祖母に負ぶわれて福岡空襲の最中を逃げた。そして母方の祖父はシナ戦線の補給線に従軍し、戦後慰霊と謝罪を込めて大陸と半島を回っている。父方の祖父は軍艦内の調理師であった。このことは我々の子供世代が「生の戦争を知っている人から、直接その辺の話を聞くことが出来る」最後の機会であること意味する。くそくだらねぇプロパガンダで子供の洗脳を計るより「事実をありのまま」が本当に必要なことではないのか。その点で昨今のとりわけテレビ放送の低俗化、単なる集金デバイス化は目に余ると共に、憂慮する所ではあるのだ。「何も考えなくて良いテレビ」何も考えず見ていると考えなくてはならないことすら考えずに言われたまま。

ひとくくって大東亜戦争を生み出した背景は主権制限と情報統制である。比して現代、情報は溺れるほど溢れており、逆に言えば統制は不可能である。だからこそ、「何が事実なのか」を「自分で」判断する能力が問われる。さもないと耳当たりの良いことばかり選んでしまい、その論調に引きずられることになる。それこそ勇猛果敢な昭和ヒトケタのメディアプロパガンダの二の舞である。

戦後70年弱を日本は平和裏に過ごしてきた。ただそれは「自ら仕掛けたことが無い」のみならず、「仕掛けられないような」有形無形の力が働いていた証左とも言える。攻めないことが平和なのでは無い。今に至った経緯をよく知り、伝えて行く責務が昭和を生きた我々には課せられている。

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