音楽を「買い集めない」時代に備えよ
アップルが「始める」と言ったら、
That'sが「やめる」と言い出してお手上げである。
家に音用サーバ抱えているのは常々書いている通りだが、離れた部屋へWiFiで飛ばす分において、CDレベルの音質なら途切れるなどの不都合は発生したことはない。このことは当然、4G(LTE)ストリーミングで、ほぼストレスなくCDレベル配信できることを示唆する。光ディスクに限った話ではない。「自分の聴きたい曲は自分で保存する」というシステムは崩壊寸前ということである。ストリーミング…すなわち常にサーバにアクセスして音楽を流し込む聞き方の障壁は、「端末の電池がどれだけ持つか」にほぼ絞られたと言って良い。ナニ?バックボーンを圧迫する?バックアップ兼ねて各地にサーバを分散配置すれば良かろうが。
戻る。「一旦記録する」という音楽の聴き方は、化け物のようにデータの多いハイレゾリューションは残るであろうが、一般的な「音楽を聴く」は、その必要を排除するであろう。アップルの端末ならSiriに向かってアーティストの名を言えば良い。季節と時間に応じて、ひょっとしたら声音や心拍の有り様に応じて、その人に相応しいと思う楽曲が呼び出されて流される。
ちなみにストリーミングに期待するのは、であれば「コピー」の氾濫を憂う心配はないこと(その端末でだけ再生出来るようにライセンス購入制にすれば良い。LINE MUSICの「シェア」も拡散手段としてOKでは)。そして、再生回数に応じた確実なアーティストへの分配が可能となる点である。もちろん、アーティスト自身がサーバを立てる手もあろう。ハッとした方あるかも知れぬ。オレがこよなく嫌う集金団体「JASRAC」のシステムが破壊できる(※)のである。「好きな歌手いるが究極の音質求めるわけではない」なら、ストリーミングに行った方がきっとスッキリする。応じてハイレゾと二極分化が進むであろう。円盤は過去の保存とバックアップのレガシーデバイスに成り下がる。
いつぞや「適当にキチガイ価格」のスーパーオーディオCD再生機が欲しいと書いた。そして待てしばしと自分で書いた。それはひょっとするとほんの1年2年の間に、HDMIとUSB、各種デジタル入力を備えた単なるDAコンバータとして姿を現すのかも知れぬ。DA変換だけに心血を注いだエレクトロニクスの塊が。
(OPPO BDP-103JP。全ての円盤を回せ、全てのデジタル音声信号が出せる)
そして我が敬愛するミュージシャンの皆さん。どうぞこの機を逸することなく。応じた知識を要としますが、皆さんの努力に応じた対価が確実にバックされる仕組みであることもまた確か。今、みんなの手のひらには、皆さんの音を届ける窓がバックライトで光って待っています。
※だから連中は言いがかりに近い方法で今のうちにふっかけて回ってるんじゃないかって勝手に思っている。正当に課金したなら聞き方使い方くらい好きにさせろ。それでアーティストが損をするのか?
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