正直で堂々とした大人の一形態
大きな製品の中である程度の機能を持つユニットは、自分の工場でそれがために製造ラインを置くよりも、外部から出来合いを買ってくる方が安くなることがある。従前、そういうのの生産委託先は、地縁や会社同士の付き合い、OBがいるなど、ある程度消極的な理由で選ばれた会社が多かった。
が、こうコストコスト言われると、コスト優先でドコでもいいというパターンに変わってくる。すなわちいわゆる「EMS(electronics manufacturing service)」の会社からコストと納期でコンペを開いて決定する。
ある会社が手を上げて選定され、打ち合わせを持った。現在の現物と、外観などの図面を見せて「作れますか?」と聞いたら、ホイホイ答えて「納入図面」をドサドサ持ってきた。部品がくっついてりゃいい、という場所にさえ寸法と公差が記してある。
「最初は厳しく、が当社の社風ですから」(キリッ)
そこまでは鼻息荒かった。が、
イザ量産準備、となるとがらりと変わった。そのクソ細けぇ寸法どうやって担保するんでぇ。
「金型の精度を上げて」
「使ってるウチにずれてくるでしょ。それどう管理してるの?」
「…」
おいおい。結果試作1号はメタメタで宿題をいっぱい持ち帰っていただくことになった。
「間違えず、同じ物が誰にでも、作れる工程であること。を証明出来るように、手順書とか作って出して下さい」
で、2回目。
「課題1は?」
「まだ反映出来ていません」
「課題2は?」
「確認します…」
万事こんな調子。流石に温和な口調で言うのも辛くなる。
「これ、工程技術(仮称)に問い合わせました?」
「やってません」(きっぱり)
「まさかと思いますが、課題はメールに書いて送りましたよね。スケジュールチャートに落として管理して下さいって…」
「チャート作れてません」(明快)
時あたかも色々嘘と裏がバレて、見苦しい言い訳と自己正当化に終始する議員とか精神科医とか世間を賑わせておるわけだが。
ここまで正々堂々と宿題忘れた言い切れる大人もすごい。ちなみに「大人の宿題」ってすなわち「仕事」とちゃうん?
「成形機の温度を60℃にするんですね」
「はい」
「本当に60℃であることをどうやって確認してます?」
「調節器の目盛りが5の辺りで」
「そうじゃなくて、成形機の中に温度計突っ込んで60℃かどうか測らんでええんですか?」
ちなみにそれでも充分ペイできる不良率なんだと。でもそれって単純に確率の支配下で、たまたま、ペイ出来る範囲に収まってるだけとちゃうん?
「いやー、御社お厳しい」
またまたお戯れを…。
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