2016年5月16日21時23分の茨城県南部の地震について
腰が痛いので会社休んでこれ書いてる。
世間の目が熊本に向いてる最中で、え?なに?南海トラフの「予言」とやらがあった最中、「揺れがきてから緊急地震速報」そりゃ度肝抜かれますわな。驚いたお子さんが二段ベッドから落ちてケガしたとか。まぁ関東の一定年齢以上のお子さんは3.11体験してるわけで、パニックになるのは仕方が無い。
さておき、この地域のこの規模の地震は、実は「おなじみさん」である。自分も何回か書いている。
理由はざっくりこの通り。関東の地下では4枚のプレートがギシギシ重なり合っている(人によってはドコにも属さない小プレート「関東フラグメント」を考えている)。
で、各々プレート間のずれ合い、プレート内部のひび割れなどで地震が生じる。
今回の場合、震源が地表から地下へ向かって綺麗に並ぶ一帯(プレートの境目)で、そうしたエリアの最も浅いところ、なおかつ、北西と南東で押し合って跳ね上がった逆断層型、より、フィリピン海プレート=北アメリカプレート(本州北半分が乗る)の地下の境目、と考えられる。
(②タイプ)
余震は直後は無かったが夜明けて2回。なおこの地域では「龍ケ崎地震」(1921・M7.0)「千葉県東方沖地震」(1987・M6.5)が知られるが、これらは余震の多さ(=断層タイプ)など、挙動の類似性から、フィリピン海プレートの中のひび割れ、と今では言われている(③タイプ)。すなわち、これら大きなモノとは機構が違う。
ただ、首都圏で注意すべきは「3.11」の余震域が千葉・茨城付近でビシッと切れていること。
3.11のメカニズムは「北アメリカプレート=太平洋プレート間」で、対して関東では、太平洋プレートはフィリピン海プレートの更に下となり、いわば、間に入り込んだフィリピン海プレートが「邪魔」をして、歪みと破壊の南進を食い止めている、といえるが、それは逆に言うと「破壊したいのに邪魔されて出来ない」というストレスをここに溜め込んでいる事でもある。
関東地方は1293-1495-1703-1923とほぼ200年間隔で「関東大地震」が発生し、その前100年から内陸の地震が増え始めることが記録から読み取れる。その点で「22世紀関東地震」まで100年を切ったのであり。応じて「首都直下M7」…すなわち、阪神・熊本クラスがいつ起きてもいいような状態になっている。しかも、起こると誘発される火災等の規模がハンパない。
一方、関東の地震は、「関東大震災とその子分」という言われ方がずっとされてきたが、そこに3.11がどんな影響を与えたか、誰も何も言えない。隣のM9から受けたストレスはどこに流れたのか、或いは溜まっているのか。
今一度、お住まいの地域の過去と、用意されている対応の確認を。
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