文字通りマス「ゴミ」 #台風19号
令和元年台風19号(台風1919号ハギビス)は42年ぶりに命名されることになった。応じた甚大な被害をもたらしたわけだが。
……テレビはムサコのタワマンかニコタマの話ばっかり。終わったと思ったら「り地域」の法相がどうたら。
今やるの?バカでしょ。
ムサコのタワマンがクソまみれになってクサコになろうがどうでもいいのである(暴言)あんなもん東京に近いからやってるだけ。
本当の危険は千曲川や阿武隈川、那珂川の事例にこそ多くある。だからそこを掘り下げるべき。千曲川の「千の曲がり」は蛇行の多さから付いたとされるがさておく。この川は善光寺地震(1874)や21世紀に起きた新潟県中越地震(2004)等を起こした「長野県西縁断層帯」のワレメの底を流れている。
(どっちも出典)
こう、地勢図を2枚並べると成因が一目瞭然であろう。千曲川が上流から持ってきた土砂が堆積して断層の段差を埋めたのが長野盆地である。地質時代、千曲川がこの盆地の中を気ままにうねうね流れを変えながら谷底を土砂で埋めていったわけだ。現在でもその活動は続いており、今回、決壊に至った。「起こるべくして」理屈だけ見るとそういう結論になる。「だから」応じた備えが必要だった。治水は一般にダムと堤防だが、千曲川の場合豊富な土砂を運んでくるので、ダムでは浚渫をしっかり実施しないと治水効果を発揮しない……などが見えてくる。そして、大雨が度を超すと川は真っ直ぐぶち抜くように流れる道を選ぶであろう、とも予想が付く。治水の手段とメンテまでちゃんと計画が必要、こうなる。
でも、そういうこと言わない。センセーショナルな画像と大げさな文言ばかり並べている。肝心なのは「類例が身近で起こるかも」という危機感の周知と対策への動機を与えることではないのか。ニコタマムサコを言うなとは言わない。だが洪水のパターンは千差万別であり、ニコタマムサコばかり取り上げるのは無意味の一言。駅で30分並んだ?知るか。そんなもん住民以外にはどうでもいい。
情報が遅い上に偏りがあり上っ面だけで本質がない。もはやマスコミはクソ程の役にも立たない。申し訳ないがありがたがって新聞を読む人の気が知れない。新聞ならではの存在価値があるとは寸毫も思えない。え?俳句や短歌?ネットでやりゃいいじゃん。
災害記事はアーカイブとしての意義は過去にはあったが、今はそれもネットで調達出来、むしろ動画等、より現実味を持った形態で接触出来る。論文もただで読めるし、よしんば有料であってもワレモノ包み紙1ヶ月3千円以下の値段で入手出来る。サブリミナル的にちりばめられたプロパガンダの仕込まれたポエム社説読むよりよほど実用的だ。
くたばってえしめえ。
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