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2021年3月10日 (水)

リマインド大震災(3月10日の記)

この日は「地震」なんか全く気にせず過ごした。9日昼前から11日「起きる寸前」までの三陸沖地震活動の時系列を示す。

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だんだん地震同士の間隔が開いていって、11日は午前7時過ぎから鳴りを潜めた。そのあとを予測しろとか無理だろう。

1944年12月7日の「東南海地震」の直前、大規模地震の周期性に気付きその啓蒙をライフワークとしていた今村明恒(いまむらあきつね)らのチームは、静岡県掛川で測量をしていて、往路と復路で数値が違う、どころか「水準」が取れない事態に陥り、困り果てていたところ地震が来た、としている。その時のデータを元に、地震直前の地面の動きを復元したのがこれである。

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言い換えると「地震直前に地面がズルズル動き出して測量機がマトモに使えないほどになった」ということになるが、これを「プレスリップ」と称し、また同じ事が起きるという前提の元、応じたセンサーを大量に設置したのが現在の「南海トラフ予知活動」の正体と書いたらどんな感想を抱かれるだろう。バリバリ監置網を張り巡らしたスゲーと感じるか、昭和19年の観測事実のみに依拠した頼りない一本足打法と思うか。

言うまでも無いが「似たようなことが北日本でも起こる」ことについてはノーマークで、応じて可能性検討はおろか、発生直後の規模推定にも手間取ったのであるが、これは「貞観地震」(869年)の評価不足が悔やまれる。

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「表現が大げさすぎる」「多賀城まで津波が来るのか?」

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…埋め立て地の存在さっ引いたら、決してそれは「大げさ」ではなかっただろう。なお、この可能性に言及した論文は2011年3月当時査読に掛かるタイミングだったとか。

似たような話は南海トラフ・関東地震系統にもあって。

鎌倉の大仏様は今でこそ雨ざらしで酸性雨に襲われて申し訳ないのであるが、元々は奈良・東大寺と同じく上屋があった。これは「1495年津波で流された」という記述があったのだが、1498年に南海トラフ地震(明応地震)があったことから「年号書き間違いとちゃうか」「にしちゃ明応地震で大仏まで津波が来るか?何か違わないか?」という議論があって、「大仏まで津波が達する南海トラフ地震のパターン」をシミュレータでああでもないこうでもないずっとやっていたのだが。

何のことはない。1495年は大正(1923年)→元禄(1703年)→その前にあたる「明応関東地震」が起こったのだ。ちなみにこれを認めると→永仁(1293年)と「関東地震のサイクル」にも載ってくる。言われてみれば「ああ、なんだ」だが、これがマトモに論文に出てきたのが「2014年」である。

これらのことは、昔の人は科学的知見がなかったから、記述は曖昧だ、大げさだ、と切って捨てる姿勢は現代に生きる我々の「驕り」であることを示唆しよう。昔の人は昔の人なりに、後世に記憶を伝え、再発防止を願うべく、可能な限りの表現で「正確に」一定の誇張を含んで「重大さ」を伝えようとし、残そうとしたのだ。安政東海地震など「どこそこまで歩く時間」「たばこを吸う間の時間」揺れたと書いてあり、それから逆算すると数分揺れ動いたことになるが、果たして東北地方太平洋沖地震では東京ですら3分以上にわたって揺れ続けたのはご存じの通りである。なれば、電気通信革命を経た我々が今なすべきは、昔の人の表現・記録と合致する科学的知見との整合を取ることだ。土砂崩れを「黒い大蛇」と良く書くが、土砂を含んで真っ黒になった水が崖の上から筒状に飛び出した姿は「黒い大蛇」であろうし、極めて強い雨を「白い雨」と書くが、これは雨粒同士がぶつかって霧状に広がって真っ白に見える様と分かる。時間雨量120mmを越す有様を示す。

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再掲になるが、これはナゴヤドームにほど近い「大幸八幡社」にある濃尾地震(1891年)の紀念碑である。ここに、こんな記述がある。

「我が大字堤防用水路の如き悉く崩潰せしを以て一朝洪水に際せば」 

堤防が、用水路の如く、ことごとく崩潰。

明治24年である。用水路ってね、土を盛った堤に故意に切れ目を入れて(堰を切って)田んぼに通水するのよ。そういう用水路みたいに、川の堤防がくしゃっと潰れた。

現代でそれは液状化現象という言葉で説明される。地域の河川(矢田川)の堤防があちこちで用水路の堰の如く液状化で崩壊し、地域に洪水が襲った…地震で川沿いに洪水が起きたという事実を知ることが出来る。

日本は千年前の自国の文書をそのまま読める希有な国である。しからば、そこに記録された記憶を科学的知見でリヴァイズし、自らの知見とし、更に後世に申し送ることこそ、我々の使命であろう。

続く

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