TAD-ME1(その1) #ハイレゾ 【ハイレゾ音源再生】
●冒頭の能書き
音響機器との付き合いは中学生時分にアイワ製の「ラジカセ」を買ってもらったことに始まる。当代トレンドの「ダブルカセット」で、FMラジオのランキング番組や友達に借りたカセットから気に入った楽曲を拾い集めてテープを作っていった。
(取説だけ実家に残ってた!)
高校に入るにあたりパイオニアのミニコンポ「プライベート」を買ってもらった。当時の「ミニコンポ」は令和の現在ディスカウントストアに転がってるそれと異なり、「CDプレーヤ」など、単体売りをベースに入門者向けのセット売りとしたものだ。当時の主たる音源は「レコード」であったから、機器は応じて30センチ以上の奥行と幅があった。CDを持ってるほうが珍しい時代だったが、親は「どうせならいいもの買え」とオプションのCDプレーヤをつけて買ってくれた。総額20万円(CD6万)。レコード・CD・チューナー(ラジオ)・メタルテープ対応ダブルカセットデッキ。まぁフル装備である。
(オークションサイトから)
これにウォークマンが追加され、楽曲を拾い集めてメタルテープに「ダビング」し、ウォークマンで聞きまくる没入の日々が始まった。「音質」に目覚めたのは、ラジカセとの圧倒的な違いに気づいたのと、オプションで用意されていたレーザーディスクプレーヤの存在、そして融合した世界として提示されていた「ドルビーサラウンドによるホームシアター」だった。オーディオの次はビデオデッキでしょ、という家庭としての計画もあって、応じた雑誌を読むようになり、「AV機器ガジェオタ」へと順調に進化していった。
なれば、応じた機器類の展示会が開催となればホイホイ出かけるのが当然の流れである。「オーディオフェア」がそれで、CDプレーヤの普及とホームシアターの訴求もあって、最も製品開発が活発に行われた熱い時期であったかと推察される。池袋サンシャインシティでエスカレータで上下しながら各社のブースを回った。ただ、一部のメーカは「試聴室」を隣接ホテルの客室を借りて設けていた。アキュフェーズ、ラックスマン…超高級機器で奏でられる世界。学生身分では当然手が出ないけれども、「質の高いもの聞いてみたい」ただそれだけで予約し、足を向けた。そして、扉を開けると、その機械はあった。
パイオニア・エクスクルーシヴ。同社の物量投入優先のハイブランドである。巨大(質量93kg)かつ美しく仕上げられたスピーカシステムに搭載された発音ユニットこそ、TAD(Technical Audio Devices)との出会いであった。
デモ音源を流してゆく。奏でられる音はただただ美しく、そして正確無比で、恍惚と聞き入った。「クラシック」は美しく再生されると最高に気持ちがいいことを知った。
「いかがでしたか?」
「今すぐには無理ですが、いつかは」
「そうですか」
説明員の男性は、小さく笑んだ。1987年秋。高校2年生。
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