天然色の原点
自分の記憶の最も奥底にある「鉄道の風景」はツートンカラー時代の東武である。一方で亡き祖母曰く「汽車さえ見せておけばおとなしかった」子供だったという。生まれつきの鉄オタだったのだと首肯したのであるが。
ここに掲げる写真は父親の隠し資産(!)の有無を調査中発掘されたもので、祖母に連れられた自分である。別の写真から祖母方の一家と揃って小倉城・国鉄小倉工場見学に行ったときのものと推定される。
C57形式151号機。「あっ!」と思う方もおられよう。この機関車は鹿児島市内の平川動物園に保存されている。
デフレクタ(除煙板)に「富士と羽衣」が描かれたり、お召し列車牽引に用いられたりなど、華やかな経歴の持ち主。1973年9月休車。その後廃車。要するに自分、「3歳以前のどこか」で、「保存車ではないガチ現役の蒸気機関車」を何度も見ていることになる。高齢の方は国鉄の長距離列車をひっくるめて汽車と呼ぶが、自分の「汽車を見せていれば」は、ガチ蒸気機関車と言うことになる。まぁ、こんなダイナミックで迫力のある動くキカイを見せられたら、大抵の男の子はイチコロである。ただし自分の場合、この頃既に「できあがって」いて、応じて見せている際のスナップ、という方が正解であろう。
惜しむらくはまったくこの子の記憶を持たないことだ。済まんね。
« 同情するならカネをくれ | トップページ | 受け継いだもの »
コメント