ヒーリンバッドな話
ドツボにハマった設計者があったらこっちに寄越せとしてある。要は駆け込み寺である。何かしらミスがあるなら、同期や後輩のいるフロアで指摘して恥をかかせることもねーだろという側面もある。
「金曜日ひとり行かせたいんですけどいいでしょうか?」
「ええよ。ただ、状況把握しておけば朝までに考える時間ができるから、現状なにがどう困ってるのか本人から連絡させて」
「おかのした」
程なくメールで設計書がドカドカ飛んできてTEAMSで動画通話。
「あの……」
目の下クマできとるがや。
・「コンデンサ」を生産中止アナウンスが来たので置き換える
・カタログスペックは問題ないが、オンオフ耐久試験をクリアできない
「熱破壊してるとメーカに言われるんですが、温度センサでずーっと計っていても許容値余裕でクリアしてて。何でなんだろうって」
当該は「フィルムコンデンサ」で、故障品の分解写真を見ると、電極として蒸着してあるアルミが溶けて失われている。
ああん。
「フィルムコンデンサのヒーリング効果とかクリアリング効果って聞いたことある?」
「ヒーリング?癒やし?」
「そう。えーとね」
「ハムだけのサンドイッチ」を想像して下せえ(マーガリンは考えるな。大船軒を感じろ)。フィルムコンデンサという奴は、ハムがプラスチックフィルム、パンの部分は蒸着された薄いアルミ箔。
「で、フィルムも均一にできてるわけじゃないんで、(ハムの)一番薄いところに電流が大量に流れるのよ。すると、その電流で蒸着アルミが電気抵抗で発熱して溶ける(パンに穴が空く)。溶けると、当然、電流が流れる部分が切れてしまうことになるので(ハムの薄い部分の上のパンがなくなる)、弱いところは全体から切り離される。結果として、弱い部分がなくなり、特性は復帰する。自分で自分を癒やして回復するからヒーリング効果」
「ですから温度は」
「通常運転中は一定でしょ。それは分かる。でも、電源を入れるときは?」
空っぽのグラスの上にビンを逆さまに置いて、ビンの蓋をぶった切ったら?……ドバドバ流れ込みますわね。そしてそれはその都度、最も弱いところを流れようとする。
「オンオフ耐久試験の『オン』の都度、どこかしら電極焼いてヒーリングが繰り返されて(パンが虫食い状にどんどん失われて)、それは長い目で見るとコンデンサが弱い部分からじわじわ破壊されることになる。そうした現象が起こっている可能性が高い」
「理解できました」
ヒーリング効果はその言葉通り本来悪い現象ではない。使っているうちに弱い部分が切り離されていって、健全な部分だけ残り、所望の特性を設計寿命の間発揮できるようになる。昨今特にオーディオ機器での採用が多いが、ヒーリングで弱いところが除却できれば当然音質がドンドン良くなる。ただ、それは音楽信号が通る場所に用いられ、電源投入時にドーンと電流が流れたりしない。
ってまぁ「電流が流れることによる構造体の物理的な変化」って回路シミュレータじゃ分かりません罠。
「まぁ、対策はあるから、本当にこの現象が起きているのかの確認を含め、今後の進め方を相談しましょう」
「はい」
今夜はとっとと帰ってうどんでも食ってぐっすり寝ろ。お大事に。
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