実家ネコ、死す
子供の頃から数多昆虫を飼育し、数多死なれたせいか、「来るべき時が来たか」という感慨以上に特段思うところはない。それはそれで冷静に概観できるので時間を追って書いてみようか。
娘が生まれたのとほぼ同時期に弟の家に迷い込んだ子猫である。男の子二人が家を出、夫婦二人のみになった実家に「息子」として住まうことになった。2002年の話。初めて我々を見たとき、彼は毛を逆立ててフー!とやったのであるが、敵じゃないよと鼻先に指を持ってって匂いを嗅がせたら程なく落ち着いた。「下僕3号」に指名された瞬間であった。上記のように生き物は扱いなれているのでその旨感じ取ったであろうし、何より恐らく「オヤジと同じ匂いがした」のであろう。混同したかも知れぬ。
以降、千葉に引っ越して遊びに行く機会も増えると、遠慮無く下僕として使役してくるようになった。遊べ、モフれ、水を飲ませろ、エサはどうした、外に出せ。
猫は頑是無い生き物を理解するので幼い娘の無茶振りに良く耐えて遊んでくれた。どんだけワヤクチャにされても概ね温和にやり過ごした。ただ尻尾を踏まれたときは流石にガリッとやったようだが。
定期的に近所を巡回し、応じて野良と縄張り争いに発展し、敗北を喫したことも。
娘「プリキュア見ると早く治るよ」
ヒーリング・ブレアー!……を、本当にしげしげ見ていたのは大笑いした。
もちろん、そんなんで何か変わるわけではなくw
カラーを嫌がるのでハッパ(またたび)をキメるの図。
さて娘が成長するにつれ、実家を訪れるとマウントを取りたがる(猫地位的に上位を示す「高い場所」に行く)ようになった。また、娘や妻にはどちらかというとつれなく塩対応、対しオレには下僕として使役する。
御主人様にお仕えする喜び pic.twitter.com/dw83ZLoLnz
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殆どヤクザであるw
バステトかお前は。
10歳を過ぎる頃にはあまり猫じゃらしでぴょんぴょん跳ねたり、ということはなくなっていった。自分を優先し、妨害するものには抗議する、よくあるわがまま猫として権勢を振るった。これは暑いので三和土がひんやりキモチイイのである。どけバカ。開かないだろうが。
「おモフりいたします」「うむ、苦しゅうない」
そして父が大病を得ると彼は寄り添い膝の上にいることを好むようになった。猫は良くこれをやるが、死臭を感じて死んだら即食うためだという説もあるがさておき。そして父の最期の朝はずっとみゃぁみゃぁ鳴いており、それで母が異変を察したという。
父の死後、目に見えて衰え始めた。毛並みはボロボロになり、痩せ細り、夜中に大声で鳴き、水を頻繁にほしがる。下僕に甘える。
(奥のミカン箱は上の方でマウント取るべく入って耳だけ出ているミカン箱である)
NECOM は じゃれつく を つかった pic.twitter.com/ES1cw7yugZ
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傷を作ると治らない。免疫不全(猫エイズ)で、水を求めるのは猫の宿命、腎臓の悪化を示唆する。
先の大寒波で1週間の実家勤務を試みた理由は母のサポートだけではない。こいつが耐えきれない懸念があったからだ。母はこいつをこたつに入れるのを嫌ったが、寒い中ひとり(一匹)にしておく方がヤバかった。下僕として父の一周忌までの7日間、そばに居てやろうと思ったのだ。半年ぶりの彼は老いさらばえ痩せ細り、五感も衰え、認知症の症状もあった。この座卓の上にある木の実のようなものは「またたび」の樹皮である。でも反応しない。もう、分からないのだ。下僕に何かして欲しくても「みゃぁ」と鳴くこともない。何かして欲しいのだが、何をして欲しかったか忘れるのであろう。先だって戸を開け電気を付け、水か?ご飯か?と言ってやらないと動かない。そして彼は上の動画のように水を直接蛇口から飲むが、水を流してもそれがどこにあるのかすぐには分からない。右往左往してとんちんかんなところをペロペロなめて、それでも何とか蛇口にたどり着く。視力もかなり低下していたと思われる。
大往生しました。享年20 pic.twitter.com/PrX0DRj4GI
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これは2階にあるトイレに行きたいが、上記のようにいったん忘れて立ち止まり、再度尿意に「そうだトイレだった」と動き出したところである。そのトイレも粗相が多くなったと母は言った。
そして2月17日早朝。胸騒ぎに目を覚ますと母からの着信履歴があり、折り返すと横たわる猫の写真が送られてきたのであった。四本足の生き物が全部投げ出して横たわっているのは、何かあっても逃げられない・起きられない状態に陥ったことを意味する。
(これは類例だが単にリラックスしている状態。頭は起こしている)
「体温が測れないほど低い」
獣医は最後通告をしてきたという。足や尻尾がピクピク動くと言うが、そうした動きは徐々に無くなり、身体は次第に冷たくなり、口腔からの唾液、傷口からの漿液の滲出が止まらなくなり、そして夕刻、天国の父の元へ旅立ったと報告が来た。それは消えゆく線香花火のようであった。徐々に小さくなり、徐々に止まり、弛緩して行く、生き物としての機能の停止の有様であった。まぁ、意思ある生き物としては朝のうちに旅立っており、以後は痛みや苦しみは感じなかったであろう。20歳推定。幼い娘と遊んでくれ、父に最後まで寄り添い、父の死後は母を支えた「家族」であった。父の一周忌法要の際、コタツから出てきてみんなの中にいたのは、君なりの家族の主張であり、別れの挨拶であったのだろう。君の生きた証と最期をここに記録しておく。
ヒト以外の「死体」は基本、「モノ」扱いだが、八王子市の場合は一体1000円で「処理場」へ持ち込むことができる。でも「処分」できる?
一方、そこら辺に埋めるというのは公衆衛生上の問題がある。どんなに深く埋めても動物は絶対嗅ぎつける。
彼は獣医で清めてもらい、ヒトと同じく漏出防止の綿入れなど施し、白い箱に眠っている。
週末、自分は動けないので娘が手伝いに行ってくれるという。
さらばだ。そしてあっち行ったらまた父ちゃんの膝上に乗って困らせてやれ。
「また来たのかよ~」
オヤジのぼやきが聞こえるようだぜ。
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