VVVFインバータという奴(その8・最終回)
●ベクトル制御
やる?
本当に?w←責任持って書け
・ベクトル制御の目的
見るからに面倒くさいのだが、それでも採用したからにはそれなりに理由がある。端的には前にも書いたシーメンスのドレミファがベクトル制御で、通常のVVVF制御(V/f比一定制御orすべり周波数制御)より省エネ性能が高かったから各社なびいた……という噂話を聞いた方もあるだろう。実は誘導機はVVVF与えておけば負荷(お客様の数、レールと車輪の粘着状態)に応じて、適当にズルズル滑りつつも回ってくれる。対して空転が始まるとモータ周波数が与えた正弦波周波数に追いついてしまうので更に回転が早くなるという「どつぼ」にハマるので、モータ回転数を監視して、本来欲しかった回転数になるまでインバータ周波数を下げてやらねばならない。なお、逆にトルク不足については電圧上げる(トルクブースト。弱め界磁の逆「強め界磁」)という力業で絞り出すことが出来る(※)。
それでもリアルタイムにトルク監視して制御できるこいつが採用されたのは、モータ電力が大きいので、空転→下げよう→加速やりなおし……でチョイチョイ生じるムダが「塵も積もれば」的に大きくなるので、ベクトル導入による効果が結構大きいから、というのが一つ。もう一つはベクトル出始めの頃には磁石モータの可能性が既に見えていて、こいつは逆に滑っちゃいけない。どういうことか?誘導機はかご形導体に電流を発生させるために正弦波周波数をモータ周波数より少し高くしてやる必要があるが、磁石モータは最初から磁力を持っている=励磁されているのでそうした特性は不要で、むしろ正弦波周波数と全く同一の周波数で運転してやる必要がある。なぜなら磁石部分に電流を発生させてはいけないのである。その電流が生じる熱で高価なレアメタルの磁力が減少してしまう(減磁という)。出力周波数とモータ周波数を精度良く一致させるには「瞬時に」必要なトルクを確保する必要がある。その方法はベクトルしかない。ベクトル開発する意義がある、というわけだ。
※負荷に対してトルクが不足するとモータは回転を維持できず失速(ストール:Stall)する。モータは過大な電流が流れて過熱し危険な状態になるため避けなければならない。
・ベクトル制御の考え方
馬が3頭のメリーゴーラウンドを考えてもらいたい。その3頭の位置を方程式で示せという課題が出たらどうするか。ターンテーブル回ってるし馬は上下に動いてるし、しかも3つ。途方に暮れる。でも、アナタがターンテーブルの上に乗っていれば話は別だ。馬の位置と上下運動だけ考えれば良い。更にどれか1頭の馬に乗っていれば、自分の馬と他の馬の差だけ表現できれば良い。その差の表現に高校数学の最難関3次元空間のベクトル表記「空間ベクトル」を使うのだ。
・手順
行列式並べてもしょうがないのでかいつまんで。あ、クソ面倒くさいので、結果だけ欲しい方は下の方の「要するに」まで飛んでください。
①三相→二相変換
1頭の馬に乗って他の2頭を表記する。
(ソース以下同)
モータ出力u相をα軸として固定し、vとwを見ると、それぞれ常に120度ずつ差を持って表現できる。この位相差は常に固定なので、ベクトルの合成で表現できる。
②1次巻き線(モータコイル)2次巻き線(かご形導体をトランスと見なした)の分離
固定子を座標軸上に固定すると、回転子(かご形導体)はそこからある角度離れ、角速度ωで回転している。
③固定子と回転子の座標軸合わせ
上に方に出てくるめちゃくちゃ面倒そうな行列式は③を出す物(dq変換……ベクトル制御の技術上のキーワード)である。
④すべり周波数を用いた回転座標系による表記
「地上とメリーゴーラウンドターンテーブルの関係を式で表現」としておく。この図がピク誌図18に相当する。
ωs:すべり角周波数(註:すべり周波数自体はfで、ω=2πf),i1:モータに与えている電流,φ2:回転磁束(=トルクの元になる磁力成分)。
・要するに
で、欲しいトルクは、これがベクトル化した最大の効能だと思うのだが、
ベクトルの外積演算で立体方向に答えが突き出てくる。「ベクトルなんか習ってどうするんだよ」……ここで使ったでしょw。なおこれは電流と磁束と更に直交して生じる力、すなわち「フレミングの左手の法則」に合致すると書いたら少しは感動してもらえるか。
τ=トルク,p:コイルの数,MとかL:モータコイルのインダクタンス(モータに少し電流を流して測る),ω1=モータ回転周波数+すべり周波数→θ1が積分で得られる。
これより、ベクトル空間の計算のお約束によって、モータで測定して得られる固有の電気定数と、すべり周波数の検出によって、必要なトルクと、それを得るのに出すべき電流値が算出できる。
すべり周波数を観測して瞬時に最適なトルクを提供できるモータ制御機が爆誕する。なお、家庭用においても、洗濯機や、エアコン・冷蔵庫のコンプレッサなどでは、1回転内でトルクが脈動するため、ベクトル制御を導入すると騒音低減・省エネの効果が大きい。
お疲れ様でした。令和最新型に到達です。
・SiC素子のMOS-FETを使う
スイッチ用の半導体素子紹介してきたが、あれらはいずれも「シリコン」すなわちケイ素で出来ている。水晶・石英が二酸化ケイ素であるから、要するに地球の主要構成要素の「石」である。このため、真空管スイッチに対して石と呼んだりする。
(石)
「シリコンカーバイド」Silicon carbideはそのシリコンと炭素の化合物、炭化ケイ素である。
(まだまだデカく作れない)
シリコン半導体に対するメリットは
・耐圧が高い
・かなり高温まで動ける
ここで「耐圧」はぶっちゃけ素子を分厚く作ることで確保する。お見せしたIGBTの実物で「コレクタは裏」と書いた。表と裏の間に母線電圧が加わる。厚み=距離であるから、電子なりホールなりが通過すると応じた電気抵抗で発熱する。比してSiCはそもそも耐圧が高いので、薄く作れる。IGBTでも「板」に見えたと思うが、SiCになると、
スケスケレベルになる←他の書き方は無いのか。
MOS-FETのところで「耐圧と大電流の両立が難しい」と書いたが、耐圧の高いMOS-FET=分厚いMOS-FET=内部抵抗の大きなMOS-FETとなるからだ。対してSiCならスケスケレベルなので抵抗値ももちろん小さい……高耐圧大電流の夢の素子爆誕、というわけだ。
鉄道用SiCのモジュールはスペックが公開されていない(輸出貿易管理令該当=輸出するのに経産相の許可が必要なレベル)ので産業用で申し訳ないが、
rDS(on)のところに25℃で4.9mΩという文字が見えると思う。オームの法則よりP=RI2であるから、300A目一杯流しても損失は441W。同じくスペック表を書いた3300V1200AのIGBTがオン電圧2.0V(25℃)とあるので、同じく300A流すとP=E×Iで600W。オフからオンに要する時間は0.25マイクロ秒(SiC-MOSFET)、1.4マイクロ秒(IGBT)……画期的な理由がお分かり頂けるだろう。なお、FWDは「ショットキバリアダイオード」という方式を採用している。これは、ヴァルタ・ショットキ(Walter Schottky)という物理学者が発見した「ショットキ障壁」という性質を使ったダイオードで、「金属と半導体を接触させる」だけで実現でき、早くて損失が少ない。また、シリコンのダイオードでショットキを作ると、電圧が逆(カソード電圧が高い)時に漏れ電流が大きいという弱点があったが、SiCはその弱点が前に出てこない。早い・簡単・低損失というわけだ。なので先にFWDだけSiCにした「ハイブリッドタイプ」のスイッチモジュールが存在するのはご存じの通りである。
小さな素子で大きな電流が流せて損失が小さい……電車用インバータ装置はGTO時代の1/3のサイズになったとか。そして小さいのでモータ一つ一つにインバータ装置をあてがうことが出来、モータの特性を測定する必要があるベクトル制御のメリットを最大限発揮できる、こうなるわけだ。永久磁石同期電動機(PermanentMagnetSynchronousMotor:PMSM)磁極センサレスベクトル制御SiCインバータ……現下最新最高性能の電気車推進装置の姿である。
(こっそり:ピク誌図11なんか違わないか?SiCは基底周波数が高く取れるんじゃなくて、実印加電圧が高く取れるから応じて基底が少し伸ばせるんじゃないのか)
・用語の補遺
ピク誌しれっと説明せずに出してる用語を追加説明。
IPM:インテリジェントパワーモジュール。実物紹介したIGBTやMOS-FETのモジュールに、これらのオンオフ用回路や、過電流遮断回路、遮断が働いたことをマイコンへお知らせする回路などを内蔵したもの。ただ、VVVF駆動信号はあくまでマイコンが生成。インテリジェントと言うわりに脳は持ってない。
PGセンサ:パルスジェネレータ方式の回転数検出器。ガラスの円盤に1024本とかバーコードみたいに放射線状の線が書いてあって、モータの回転軸に取り付ける。光が反射する/しないでモータの角度や回転数を検出する。
レゾルバ:小さな発電機で同じくモータ軸に取り付けて回転方向・回転数の検出に使う。
●まとめ
①VVVFインバータは6つのスイッチセットを高速でオンオフさせて、擬似的に三相交流を生成して、誘導電動機や同期電動機を任意の速度やトルクで駆動する電子回路である
②VVVF駆動装置から発生する音は、高速のオンオフで発生する磁力急変に伴ってモータコイルなどから発生している
③VVVF装置は、スイッチ用半導体や制御するマイクロコンピュータの進歩に合わせ、時代時代で小型・低損失・低価格を追求してきた。この結果、「音」も時代と共に変化してきた
④現下最新の構成はSiC半導体で構成したスイッチセットで永久磁石モータを駆動する装置である。モータ個々の特性値を学習させ、ベクトル制御で瞬時に最適なトルクを発生させることが出来る
路面電車に1セットだけ乗せて恐る恐る……から、40年でモータの特性を学習して瞬時トルク制御でこなすようになりました。
以上お付き合い頂いた方お疲れ様でした。
(おわり)
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