今日は宇宙の日
毛利衛さんが宇宙へ飛び立った日を記念している。
科学的知見に基づいて人体を宇宙へ放り出そうという試みが最初に出てくるのは17世紀シラノ・ド・ベルジュラック「月世界旅行」であろうか。
Vous saurez donc que la flamme ayant dévoré un rang de fusées (car on les avait disposées six à six, par le moyen d’une amorce qui bordait chaque demi-douzaine) un autre étage s’embrasait, puis un autre, en sorte que le salpêtre embrasé éloignait le péril en le croissant./ロケットの列の一列が炎に飲み込まれたことを理解するでしょう(それらは1/2ダースずつ配置されていたため、各半ダースごとに境界を持つ導火線を使って)。別の段階が燃え上がり、次に別の段階が燃え上がり、したがって燃える硝石が危険を遠ざけるために増加していったのです。(ChatGPT)
多段式ロケットの萌芽が見られる。
SFの範疇でくくって良いのはベルヌ(1865年)で、月へ行くのに大砲をぶっ放す点がちょっとアレだが、無重力への言及など知見に基づく考証が入ってくる。
実現性が見えてきたのはロケットモーターの開発になり、ゴダードが1919年にロケットによる月への到達に言及し、26年最初の液体燃料ロケットの発射に成功、一方、ロシアのツイオルコフスキーは1903年に多段式ロケットや宇宙船の基本構想を発表し、ここに「後は実際作るだけ」の状態が整う。
開発はしばらくソ連が先行し、1957年に人工衛星、1961年にガガーリンによる有人宇宙飛行に成功する。これにアメリカがヒートアップ、ガガーリンの1ヶ月後にぐるっと1周に成功、1962年、ようやく人工衛星軌道に人間を投入する。月に到達するのはその7年後。
日本人の宇宙飛行は出来合いのシステムに便乗させてもらう形になり、TBSの秋山氏が1990年2月にソユーズで宇宙へ、そして毛利さんが1992年9月12日、スペースシャトルで旅立つことになる。
で、30年経つのだが、「オールジャパン」で宇宙へ行く日は来るのだろうか?宇宙ステーションの一部をなす「きぼう」への荷物輸送に使われた「こうのとり」は所要の気圧を与えており、人が乗ろうと思えば乗れると言われている。ただ、「日本が単独で実施する必然性」がないので、まぁ、当面は主としてアメリカのシステムに便乗する形が続くであろう。
夢を現実にした時代に生きています我々。
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