科学嫌いねぇ
うぃんどうず11は業務用であろうとお節介にも画面の隅っこにニュースを出してくる。で、出てたのがこんなの。
読むとなんか理屈書いてあるが……うーん多分そんな難しいことじゃないと思うよ?
自分が理系に進んだのは「電車と虫と星が好きだった」から。そのなれの果て・当然の帰結として生かせる道を選んだ、である。裏返すとそういう「素地」がないと理系を選ぶ・科学を好きになる動機は持ちづらい。
機械が好きになったり自然に慣れ親しむのはプリミティブな衝動と言って良い。男の子は動く機械やカブトクワガタ好きだし、女の子は「蝶よ花よ」の言葉のごとく綺麗な・可愛い物好む。ジェンダーな説明はさておく。
そこに「なぜ」という疑問に答えたり、興味を助長する「さらなる情報」を与えたとする。「電車が動き始めるところを見てみようか」「織姫星は図体が太陽の3倍近くあって遠心力でぶっ壊れる寸前のスピードで回転してるんだぞ」(夢を壊すとも言うw)。
SiCかこの子は pic.twitter.com/F1voOuoRne
— すのぴ@キュア会社員 (@sunop2000) April 9, 2023
「見てるだけ」では分からないことを分かるようになることで、より深く対象を知ることが出来る。好きなモノへの知識が深まると更に深い知識を理解できるようになる。虫を育てようとするとエサになる植物の知識も身につくし、植物を守るためには害虫の知識が欠かせない。行き着く先は「原理原則」で、それが分かれば色々と応用が利くので「好き」以外も理解できるようになる。=科学に触れるのが楽しくなる。
んだが。
まず最近の傾向として「自然にあまり触れさせない」傾向があるのではないか。要するにスマホでアンパンマン見せておけば大人しいので、公園で咲く花や飛んでくるチョウを見せたり(その説明をしてあげたり)、旅行中に風景を見たり地図上のどこに自分がいるか知る機会もない。
スマホを見せておけば事足りるのでスマホの中にしか興味を示さない子供が出来上がる。
のである。
で、高校に入って物理でいきなり原理原則F=maとかやられても、その理解を助ける具体的な経験が無いので、闇雲な数式との戦いに終始し、嫌いになるのは当然であろう。ちなみに物理では加速度と速度と距離を別々の式で教えているが。
加速度←微分・積分→速度←微分・積分→距離
こういう関係があって、実験からここを導き出したのがアイザック・ニュートンである。だが悲しいかな微分積分は数学で教えている。そうニュートンの「なんでリンゴは落ちてくんねん」から始まった業績が、数学と物理で、更に物理では3つの別々の数式に分かれてしまっているのだ。なお、「面積を求める公式」も全部積分で導かれる。
興味を持つ機会もない。教える方法も良くない……そりゃぁダメだろ、というのが単純な「原理原則」であろう。
足下を見てみぃ、何かいるだろうが。
ISSを探せw #きぼうを見よう pic.twitter.com/VpWEpjXAxG
— すのぴ@キュア会社員 (@sunop2000) July 8, 2024
空を見上げてみい、何か見えるだろうが。
科学する心の原点は知的好奇心。それは「ホモサピエンス」にしか芽生えないもの。育てるかしおれることに気づかないか。
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