リフレッシュ@白骨温泉&上高地(その2)
その2・上高地
いやさぁ。上高地をブログに書くってなった場合、大体書くこと似通って来るじゃん。変人を自称する者としてはオモシロクないわけですよ。なので違うことを書いてやろうと決めて宿を取ったら「ブラタモリ・上高地」……ちくしょーやられたと。でもまぁ、気を取り直して。
一般に「上高地に行きました」ってぇとこうなるわけですよ。河童橋から撮った穂高連峰。その絶景、美味しい食べ物とお店。ガチ登山勢ならここは入り口に過ぎず、この穂高連峰縦走や、観光散歩道の遥か彼方にそびえる槍ヶ岳とかね。でもここ、「日本列島の成り立ち」という億年スケールのダイナミックな地質活動を教えてくれる地理オタ(ジオジオ勢)の聖地。
とりあえず河童橋渡って梓川右岸(上流から下流へ向かって右手、の意味)に向かうとこういうのが撮れる。河童橋の上でわざわざ撮ることもない。
うーん。
溶結凝灰岩。その名前をネットに放り込んで調べると大抵、真っ白な石の画像が出てくる。火山灰がぎゅーっと押し固められて出来たもの。大分県・臼杵の磨崖仏は溶結凝灰岩に彫られている。じゃぁコイツなんだ?ジオジオなおなまえを「前穂高岳溶結凝灰岩[まえほたかだけようけつぎょうかいがん]」という。言うなればVer.上高地。176万年前の噴火で生じた火山灰が、その1万年後、175万年前の噴火で再溶融し、その噴火で上がってきたマグマ物質と混ざって「雲母」が混じり、黒い点々付きのご当地凝灰岩になったもの。
うひゃひゃw
随分新しいように見えるが、何のことはない。河童橋の向こう連なる穂高連峰の面々は山体がこれである。常日頃ガラガラ崩れて流れており、土石流などを通じて上高地に現在も供給される。え?火山灰が積もって3000メートル級の尖った山になるのか?
大噴火で出来たカルデラの底が日本列島の成立と共にボコッと持ち上がってそそり立ったのが穂高連峰なのよ。天ぷら鍋が左右から押されて横向いて立ち上がったようなもん。
で、次、なんでこの上高地という平坦な高原が出来たか。前に書いた記事と重複するがまぁ。
「みんなオレに尻向けて穂高ばかり撮りやがって」
撮ってやるよ。撮ってやるから火を吹くなよ。焼岳さん。活火山。この人が1万2千前に噴火して梓川の流れをせき止めて湖を作る。これが「古上高地湖」。ここに6000年かけて、上記凝灰岩などが火山活動、地震、氷河で梓川に運ばれて積み上がって行く。梓川は元々深い谷を刻んでいたがそれが実に400メートルこうした岩石で埋め立てられて行った。で、6000年前縄文時代。地震で堰止め湖が決壊、古上高地湖の水は全部松本盆地に流れ出して扇状地を形成する。水が抜けて残った平原が上高地……というわけ。ちなみに鍋底とこの古代の土石流は学説として発表された際「マジかよ」と言われたらしいが、岩石分布や地層の傾きを全部説明できるので今は定説。
着飾ったおにゃのこがヒールの高い靴でソフトクリームぺろぺろしながら映え写真撮ってる場所は、このような途方もない長い時間と大量の質量・エネルギの産物なわけ。ちなみに。
この土石流で散らかってる花崗岩は、その天ぷら鍋が持ち上がる際に一緒に出てきた「日本列島の原材料」そのもの。奥又白花崗岩といい、地球内奥から上がってきたのは6500万年前。そう、白亜紀最終期恐竜がいた頃の石ころ達ですよ。
日本列島を下からかち割る6500万年に渡るダイナミックな地殻変動の産物がヒールで歩ける見目麗しき青き清浄の地というわけ。
その足下の本当の谷底は400メートル以上下。ヒールの砂粒キラリは6500万年前のマグマの一部。
橋で写真撮ってソフトクリームぺろぺろしたら、日本列島の「体幹」と「歴史」に会いに行って上げて下さい。
あージオジオした。
★上高地の何もかもは持って帰っちゃダメよ★
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