白骨のお宿共通の特徴として、朝飯には温泉粥が提供される。普通の観光客は日曜出てってそのままおうちに帰るので、月曜の朝はがら空きだ。

サテ今回の旅は乗鞍岳がメインで、月曜日のイベントとしては「長野の農産物を買う」しか決めていたモノはなかったが。
「八島湿原行っていい?」
「いいよ」
「写真撮ろうと思って行けてないところがあって」
クルマで移動80キロ。

八島湿原。令和の現在正式な物言いは「八島ヶ原湿原」(天然記念物指定名称:霧ヶ峰湿原植物群落)である。ちょくちょく載せてる。ただ、有名になりすぎて本当のハイシーズンは避けているので、天候もあって公式サイトみたいな写真は載せてない。今回も前日が前日なのでシンドイかと思ったが。

はい。被写界深度は正義。
尾瀬みたいに木道があっててくてく巡れる。上高地は谷底で周りを山に囲われているが、こっちは山のてっぺんなので開放感抜群。
「行きたいところは?」
「旧御射山神社」

歩いている間にジオジオな側面を書いておきましょうかね。この写ってる草原は霧ヶ峰の火山活動が一服した今から約12000年前頃に形成された盆地で。

(作図:ちゃっぴー)
湧水地なので湖沼になり、その湧水に運ばれた土砂が溜まって行き、応じてミズゴケなどの湿地植物が繁茂、で、ここが大事なのだが冷涼地なので枯れても腐らんのよ、そのまま積もって泥炭となる。これが長い時間繰り返されて湖沼が埋め立てられて行くと雑草が生えるようになり、湿地に仕上がる。だがやがて泥炭が積もりすぎると周りの水が流れ込めなくなり、腐らんと書いたが皆無ではないので「腐植酸」と呼ばれる酸性物質が溶け出してミズゴケ程度しか成長出来ない状態に戻る。以下、ミズゴケが成長して泥炭化。そこは周囲より高いので水は低いところに集まってミズゴケが成長し泥炭化……と表面の凸凹をミズゴケが埋めながら年間1ミリずつ泥炭層が積もっていって8メートルを越えたのがこの姿、というわけ。

基本的に昆虫と植物の楽園で。

少しは逃げる素振りを見せろよw

「これ、毒です」
「トリカブト!」(ツクバトリカブト:Aconitum japonicum subsp. maritimum……ここらに繁茂してるこいつは亜種なんだって)
「おおー、初めて見た」

いい時間になったので、そのお社近くのヒュッテでカレーを頂く。ハイシーズンの休日はずらーっと並んで待っているが、ド平日ならまぁ。

ヒュッテから30秒で目的地「旧御射山社」。御射山というのは鎌倉時代ここで流鏑馬などの弓の腕前を競うチャンピオン大会みたいなイベントを開いたからで、集まった見物人は10万とか(!)。時代を下ってそれは全国区の諏訪大社・下社に会場を移してここは原初の姿に還った。
ただ、それをここで行ったのは元々ここが祭祀の場所であったからで、その記憶の遺構がこの小さな祠というわけ。丁度湧き水がここに出ていて(歩くと靴に染みる)、水神様を祀る諏訪信仰の原点の一つとも。
人が入ったのは旧石器時代らしく、このすぐ近くから黒曜石の石器がまとまって出土(教科書ネタで知られる「野尻湖」の黒曜石もここ)。縄文時代も人が住み続け、石鏃なども出土している。が、で、次の「明確な人間活動の痕跡」が鎌倉時代の大型イベントというのが興味を引かれるところ。ずっと人がいたわけではなく、不連続なのだ。
ここからの出土品は2026年現在文字通り「なう」で見なおし再評価が行われているので結果にウズウズしているが、縄文以降の「断絶」は、寒冷化で農地に不適で石器の原料も不要になり「くそ寒い霧ヶ峰」に上るメリットがなくなったから、と単純に考えているが果たして。

ここに鎌倉武士が10万集まって流鏑馬のイベント!

1万年が積もっている。おや、雲行きが怪しくなってきた。クルマに戻ろうか。

「……では、写真撮影したら順番に歩いて行きます」
「「「はーい!」」」
「校外学習?」
「こことか羨ましい」

「降ってきたよ……」
「あんなに晴れてたのに」
「校外学習可哀想」
てかようここまで晴れてくれたわ。
★神社にはしっかりお礼をしてきました
(もうひとつ何か書く)
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