リンク

  • 創作物語の館@ココログ出張所
    別途お話を書いています。携帯端末で気軽に読めそうな短いのと、携帯端末でどうにか読めそうなデータ量に小刻みに切り分けた長いのと。 メインはファンタジー、冒険、命を守る。先端科学、魔法、超能力、妖精さん、てんこ盛り、暇つぶしにでも覗いてやって。50作少々あるので。
  • 竹谷内医院カイロプラクティックセンター
    ヘルニアや座骨神経痛と闘うあなたに。ここが私の安心サポート。 (カイロプラクティックまとめ記事はこちら)
  • 朋和カイロホームページ
    名古屋におけるオレのケツ腰の守護神。JAC認定カイロプラクティック。さあアナタもLet’sバキボキ

ついったー

  • ついったー(暫定運用)

めーるぼっくす

無料ブログはココログ

2026年5月23日 (土)

頑張れHANASEE @HANASEE_JP

小説やプロットをAIに読み込ませて縦読みマンガを作らせる、というプロジェクト。ベータ版試用サービスに当選したので食わせてみた。

20260523-185754 20260523-185816

夕方から夜に向かうアムステルダム……昼に戻っちゃいやん。ちなみにまだ修正機能が実装されていない。

20260523-192214

ネコはネコです。……ちょっとこれ以上制作を進められる状態じゃない。

【失敗したなと思うところ】
・製作プロセス(コマ単位にプロンプト=設定書・命令文を作成し、基づいて画像にする)をもう少し把握してからAIに与える指示情報を考えるべきであった
・縦読み(縦長紙芝居)に向いた話(セリフが多い。言葉による場面説明の補填が効く)を選ぶべきであった

【改善してほしいところ】
・プロンプトの修正回数に制約がある。納得いくまでいじり倒すことが出来ない
・Aを変更するとBまで変わってしまう。Bを戻すとAがまた変わる……切り分けが意図と一致しない

ユーザーインタビューということで応じる。これでウチのレムリア値踏みされると正直困るのだが、AIは数食わせて場数を踏ませてナンボなので、「いじり倒し」「修正」「下絵の取り込みと改造」を実装してくれるならそれなり課金してもいいよと応じた。ちなみに文章作成や動画などへの応用意思を聞かれたが、文章に関してはプロット立てずにダイレクトに書き始めるので意思はなく、逆に3次元動画化は面白いとしておいた。文章表現で厄介なのは銃器や宇宙船、クリーチャーなど文章で表現しづらい奴らの描写だが、読者想像をアシストする絵が用意出来れば良い相棒になる。ただ例えば「手紙の中身」とか、思索・演繹みたいな文章ならではの部分をスマホサイズ1枚絵でどうデフォルメするか?というのは悩みどころだ。後の伏線になるところだけピックアップ?

Chatgpt-image-202657-19_28_49

(作・ちゃっぴー)

AIはようやく「部分部分について、実用に足る」段階というのが端的な感想。写真風の1枚絵ならこの通り。比してマンガはシステムであって、1枚絵の集合体とはちょっと違う。AIが小説読んで切り出した絵と、文章書くときに書き手のイメージした絵がかなり寄り添わない限り「違うそうじゃねぇ」のリスクはずっと残る。最も、AIが提示したイメージに合わせてアウトプットをアジャストするという手法はあるだろう。マンガ原作のアニメでもそれはマンガのそのまんまトレースでは決してない。本質・趣旨を損なわず「読み手に刺さる」のであれば作者のイメージに拘る必要はどこにもない。むしろAIならではの意表を突いた提示があれば積極的に使用して良い。

未熟で不完全だが伸びしろはあるとみる。食わせて書かせて「こうだろ」として行くことで良くなるもの。ボーカロイドが代わりに歌うツールであるように「コミカライズ代行」であって良い。まぁ、頑張って。

2026年2月17日 (火)

命を与えるというより本来あるもの紡ぎ出すもの

Hbwiswbcaawjwd

……まぁ個人的なポエムですわ。文字通り「オレニュース」やね。

20260217-191007

「このままだとヤバいぞ」という兆候は「バケモノ~」の時に感じていた。え、なぜそれ出す?その必然性、蓋然性は?

蓋然性(がいぜんせい)→うん、そうなるよねって納得度を示す言葉。逆が違和感とでも書くか。

20260217-192132

お話書くのに「Nola」を使っているが、設定項目がいっぱいあってびっくりしている。プロットも立てない(いきなり始まりのイメージが浮かんで書き始める)人間としては「そこまでせんといかんのか」

「そりゃそうだろ。過去があって今があるキャラクタ書くんだから『なぜ、そういう人物なのか』(必然性)を知っている・決めておいて然るべきだ」一理ある。でもさ、作者としてだんだん判って行くのも楽しくないか?ってか、最初から全部判っている出会いなんてないんじゃないの?

ガチガチに決めてしまうとその範囲で動かないといけない=束縛されて身動きが取れず伸びしろがなくなる=キャラクタ自身が成長しない

って思うんだけどどうだろう。

氏の場合、作られたキャラクタというかプログラムされたアンドロイド感がある。こんなキャラクタにしようと考えた挙げ句に細かく決めすぎたか逆にアバウトすぎて個性を感じないと言うべきか。それは当然ストーリーとしての持って行きたい方向と親和性が高いかどうかは別の話で、イメージしたシチュエーションややりたい場面、エンドカードへ「仕向ける」操作が入り込む隙を与える。それは当然、蓋然性は低くなる。

運慶か快慶か忘れたが「その姿に彫ろうと思うのではなく、そのお姿で木の中に居られるのを掘り出すのだ」と残している。モーツァルトは「曲は頭の中で出来上がっていて音を出しており、自分はそれを楽譜に書き付けるだけ」と述懐している。これは物語においてはキャラクタが魂持ってるか?という問いかけに他ならない。作者にコントロールを受けるゲシュタルトではなく、自ら動くからあるべき姿で描けということだ。描きたいこんなシーンやこんな横顔がそのキャラクタの「ならでは」であるなら、それは「いずれこうなる」というキャラクタからのメッセージであるから、どこかで物語がそこへ通じる道が開かれよう。それは無論「そうなると思った」蓋然性に富んだ姿で燦然と現れる。

え?キャラクタの設定がどんどん煮詰まって行く?それはそれこそ「木の中におられる仏を掘り出す」作業と近似ではないか。バックグラウンドや夢やロマンまで開示されればそれは魂持ってあなたの前に現れたということだ。その彼女は髪ゴムをきゅっと結んであなたを正面から見据えて迎えることとなろう。

寄らず物語を紡ぐ方々よ。生きているなら自ら歩き出す。逆に言うとその位の個性がないと読む人見る人魅力的に感じない。形から入ってもいいし憧れの具象化でも良いが、無理矢理は不自然となる。「あるべき・ねばならない」など何も無い。紡ぎたいという思いは描かれるのを待つ誰かに繋がる。

2025年12月 5日 (金)

物語には女神が必要である

41tybtjk87l_sy466_

タイトルは故・平井和正の至言である。魅力的な女性キャラクタのいない物語は面白くない以前に物語として成立しない。

男だけで組織され、科学と暴力で人助けをして行くという物語を書き始めたことがあるが、なんせ科学と暴力で人助けをして行くだけで終わってしまうw揺れ動く感情や喜怒哀楽という成分がないので事象の羅列のみの殺伐になるのだ。感情・感覚の極北であるテレパス使いと魔女を加えて「書いてて楽しい」話に化けた。

さて。

20251205-223211

「惨憺たる」有り様とか。時々Xに宣伝ポストが流れてくるが、インプレッション数が「2桁」とかでびっくりする。氏の作品は「バケモノの子」は円盤があるが、そこで個人的にはストップした。娘は「そばかす」を見に行ったが「円盤を買うほどでは」むう。

実は「バケモノ」は「男同士の物語」である。強くなって見返してやれという「成長」なので脚本としては成り立つ。そしてそういうのは科学と暴力でナントカするのと相性がいい。ただし暴力カタルシスを動いて表現できる映画・アニメーションだから有効なのであって、文字列で表現して行く小説には不向きである。さておく。

「バケモノ」は終盤に言っちゃ悪いが「とってつけたように」女の子が出てくる。でもってこの女の子が大変魅力的ではない。プロットの進行を邪魔するほどで言っちゃ悪いが「童貞の妄想」である。おっぱい要員に割り切った異世界アニメの飾り物の方がまだ見てブヒブヒできるだけマシである。

氏の作品は「その時々の流行・雰囲気」をガチャンガチャンとくっつけて、全部見せられるように無理くり筋書きするような部分があって、それが先鋭化していった過程がここ数作の傾向である。物語の作り方なんて細かく設定を考えようが平井和正みたいに成り行き任せ言霊サマの言う通りでも何でもいいと思うが「魂」が存在しないとただの時系列になる。魂の表出窓口こそは女神であり応じた魅力的な女性、こうなる。魅力的な女性は魅力的な女性と接するか、或いはその逆ばかりから理想像を作るか、要するにステレオタイプやゲシュタルトの集合体では完成しない。そんなガワだけのオンナに豊かな感情や細やかな情動が宿ろうか。

自分自身が惚れるようなオンナ、を据えてくれ(主体となって動いてくれるかどうかは知らんよ)。

 

2025年2月 8日 (土)

DELL 整う

Gjpsgwwbyaehdht

一太郎が届いたので保留にしておいたノートPCの引っ越し作業を再開する。一太郎プレミアムフルセット(花子・calc含む)をインスコしてATOKを専門用語辞書フルセットで同期、ウィルスバスターを引っ越ししてマカフィーを削除(新品PCよくやる行為)、トラックボールとREALFORCEを接続してこの状態。環境移行は済んだのでまとめ。

●キータッチ

Gjqt8tqbaaaf4ws

配列が慣れないのと、キー間隔が少し広いので打ち間違うが、執筆(!)とか本気高速でキーボードをバカスカ叩く時はREALFORCEを使うので一旦はどうでもいい。この手の「光る★」キーボードは初めてだが、暗がりではまぁ便利か。これが必要なほど暗い環境で叩くことはまずないけど。

●画面

Giislszauaa2y0n

スマホで撮ってどーすんだって気もするが、まぁ特段こう何か進歩したとか品質の高さを感じるとかはないわ。動画見たりゲームするようなこともないので遅延などはノーコメント。

●DLNAの母艦として

Digital Living Network Alliance。ネットワーク経由でハードウェアを接続してコントロールしたりデータを再生させたり。ウチではハードディスクに放り込んである音源データを再生したりプレイリストにまとめたりする等に使用。パソコンを経由して(ネットワークで吸い込んでUSBから吐き出す等)音楽データを出力させたくない場合、これを組むより仕方がないが、必要な物と方法を簡単に説明するのが難しいw

Gjqyg1lbaaakriw

初回の本機導入時の記事において「Wi-Fiでも安定している」と書いたが、緊急地震速報やnola等「ネットつなぎっぱ」のアプリケーション動かしつつでも192/24など途切れず再生する。

●そして創作マシーンとして。

Gjqzv43acaaccwl

一太郎ごときハードウェアのスペック無関係なのだが、起動が速いのはイイっちゃイイわ。さぁわが脳と欲望に忠実に従って働けw

2024年2月 2日 (金)

原作と映像化

20240202-185757

まぁ、とてつもなくひどい事件で、火の手はニトログリセリン突っ込まれてどんどん広がるばかりで。

根本的に小説(線で書いてあるので1次元)、マンガ(2次元)、ドラマ・アニメ(3次元)は、それぞれ得手不得手があるので、直接のメディア変換は難しい。画像なら一瞬で済むところを、文章は(読み手にとって)応じた時間を割いて説明する必要があるし、それも踏まえたリズム・テンポを持ったものを、リアルタイムで動画に変換すると間延びしたり、あるいは映像で一瞬の表現にした結果、見落とすなどということもあるかも知れない。応じて詳細化やデフォルメなど、ある程度の「改変」は許容されざるを得ない。

Gfurmqkacaainh8

ただその結果設定やプロットまで変わることについては、それこそ映画の歴史と同等の期間にわたり、延々と賛否が語られてきたのではないか。

日本で最も知名度のある「宮崎アニメ」だが、例えば「風の谷のナウシカ」は映画とマンガ製作が同時に進められ、映画はおおむねマンガの2巻目半分くらいまでの内容をトレースしている。ただ、クシャナの腕についてマンガにはその旨の言及はないし、一方でマンガ版のナウシカは念動(サイコキネシス)を駆使するシーンが出てくる。そも漫画は7巻構成なのでスートリーの相違は推して知るべしである。ただ、どっちも同じ人間が手がけているので批判の立ち入る隙は無い。

魔女宅は小説のビジュアル化なので、そもそも画像化されたキャラクターがオリジナルの存在となる。おおむね原作のエピソードを取り込んでいるが、ウルスラの手がけていた絵は現物(福祉学級の作品)だし、飛行船トラブル以降のエピソードが完全にアニメオリジナルなのはご存じの通り。波乱が無いから付け加えたと言われている。個人的には転調してCメロDメロに持って行く楽曲のようだ。宮崎らしい冒険活劇が顔を覗かせて個人的にはまーいーじゃんだが、角野さんは「お、おう」という感じだったようだ。ただ、波風は立っていない。なお原作はキキがもっと成長するところまで描かれている。

耳すま。「星の瞳のシルエット」大好きなので原作を持っている54歳男性だが、これはほぼ「キャラクタの名前だけは同一の別物」として良い。マンガ原作なのにキャラデザすら似てない(雫はあんなナヨっぽくない)。

Cpupdynuaaabal

聖蹟桜ヶ丘と京王線が聖地にされているが、原作の舞台は栃木で、出てくる鉄道はどー見ても東武宇都宮線である。原作を知る人は映画見て「えーっ!」てなるし、映画から原作を手にした人もこれまた「えー!」になること請け合いである。ただ、これも原作柊さんがジブリ作品大好きなので波風が立つことはない。

幻魔大戦は少々複雑で、最初にこの名を持った作品は原作を平井和正、作画を石ノ森章太郎として1967年に登場した。ただ実態として二人が時にケンカしながらプロットを練っていったようである。これを平井和正自身が「リライト・ノベライズ」として始めたのが小説版幻魔大戦で、シリーズ全体で実に原稿用紙18000枚に及ぶ超大作になっている。ただ、小説版はマンガにおけるニューヨークでの超能力・超科学戦争まではトレースするものの、その後は主人公東丈の「僕は組織を作っていこうと思うんだ」の一言でサイコキネシスは影を潜める。そのくせ角川初のアニメ映画化されたわけだが、これも概ねマンガ版をトレースするも、当時駆け出しの原田知世にアテレコさせるべくオリジナルのキャラクターを出しているし、キャラデザも石ノ森キャラどころか後に「AKIRA」でカリスマとなる大友克彦による全くのオリジナルになっている。ストーリーも同じくニューヨーク以降はオリジナルのシナリオとなって、原作にあった「勢いとスケール」はスポイルされていると言わざるを得ない。なおこのアニメ版は原作両氏はほぼタッチしておらず、後に平井和正は「キャラデザがブスだ」と幻魔の後書きだったと思うが述懐している。

ちなみに作者が全面的に監修し、脚本も手がけたのが「ちびまる子」で、声優も本人判断で「原作通り」である。ただ、ご存じの通りさくらももこは虹の橋を渡ったので、現下アニメやマンガは気心の知れたスタッフによる、しかし言っちゃ悪いが「亡霊」である(原作にあった子供の毒がスポイルされてよい子マンガに成り下がっているので見てない)。

Gakvwh9bsaad3dd_20240202205701

こうして見てみると、近年の「鬼滅の刃」「薬屋のひとりごと」は、応じた端折りデフォルメ付け足しはあるものの、原作のテイストは守られている範疇であろう。メディアミックスとは本来上記各次元の相互乗り入れを誘導し、新たな発見を通じてより深く作品世界に没入する試みであるべきだと思う。「じぶんのかんがえるこのタイトルの作品のあるべき姿」を汚ぇケツの穴からひり出して見せつけるのは相容れないことは明らかで、誰も喜ばない自己満足以外の何物でも無い。

創作物は自分の子供であり分身である。それを「素材」呼ばわりされて好き勝手に改変されるのをお前自身は許容するのか。ということだ。

多少活字になったものを持つ身としてすこぶる胸くそ悪い。作者氏の冥福をお祈りする。

最上位の天使セラフィムは「愛と想像」の守護者なんだぜ。すなわち、想像の力は愛と同等。ないがしろにしたらどうなるかわかるね?

2023年7月 2日 (日)

リアルフォースの本領

彼女が「降りて」来たので書く。

F0bf30sacaewqzg_20230702191001

Nolaプロットや資料整理キャラクタ相関図など、いろいろツールが揃っているが全く使わない成り行き任せなので少々ムダ感はある。対してスマホでもアクセスできるので「書け」と命が下った時に速度はどうあれ書き出せることのメリットは大きい。

元々物語書くがために軽量PCを別途持ち歩いて会社の昼休みにもぱかりんちょ広げていたのであるが、在宅・出張用に支給品を持たされ、「PC2台」って訳にも行かず、考えあぐねた末がこのアプリである。小さい画面でフリックとか「登場人物の話す速度」に比べると甚だ遅いのであるが、最近は多忙とリラックス不足で数行単位でしか進まないので、そう、問題にはならなかった。

今日は少し一息ついたところで「じゃぁ、いいよね」という感じ。ほぼ託宣。リアルフォースに物を言わせて文字通り叩き出す。五千文字だから原稿用紙10枚ちょっとか。小一時間。

「じゃ、また」

あーはいはい。お話書くの楽しい。ただ肩はバキバキ凝るw

2022年12月16日 (金)

小説エディタという奴

執筆(!)は主に会社の昼休みなので、時代時代で極力小さい・軽いノートPCを持ち歩いていたが。

出張&在宅勤務用にタブレット持たされて状況が変わった。そうイザ出社となるとPC2台持ってくことになるわけ。タブレットで書けば「書く」こと自体は解決するのだが、それを私物PCへ引っこ抜かねばならない。定期的に社外へ送られるテキストファイル……怪しいべ?w

ココログに載せてるので、スマホからココログエディタを開いてもいいのだが、区切って載せてるから「とりあえず最後まで書く」にはちょっと向かないのだよ。

Fkfnkxuoaaiuma

小説エディタ「Nora」webあるいはスマホアプリでアクセス。基本無料。保存はクラウド。コピーして外部へテキスト取り出すことも可能。

Fkggckyamaueohj

iPhoneでこう。ちなみにこれ、プロットや設定を書くエリア、資料のアドレスなど書けるように出来てるのだが、プロット立てないいきなり書きなので使ったことないわ。

さておきメリットとしては「ちょこちょこ」書けること。思いつきをメモって後からストーリー展開ではなく、その場で継ぎ足して行ける。レムリアなんか典型的な言霊娘だから、いつ「降臨」するかワカランので、「スッと入れる」のはメリット大きい。

以前のように一気に原稿用紙10枚分とか進まないが、逆にわずかな時間でも手軽に少しずつ進めて行けるのは良きかな。

んで、短歌詠みの端くれとしてはこのスタイルで詠草育てなきゃいかんのだがね。ダラダラ書いてりゃいい物語と収斂芸術は違うわ。

2020年3月 6日 (金)

多様性の方が重要では?

Photo_20200306193401

ロボット系→ハルヒ→魔法少女→なろう系

こんな感じか?最近のアニメの潮流は。

「ウケている潮流に乗る」ってのはマーケティングの基本なんでやんすよ。トレンドに従ったコンテンツには概要の予想がつくのである種の安心感がありますわね。それこそ「スタンダード」ですわ。スタンダードの水準を備えている状態、その充実度を示す指標を「一元的品質」言います。前にも書いた気がするけどね。

Img08

(https://www.juse.or.jp/departmental/point02/08.html )

だから例えば、同じ魔法少女物でも「テンプレ的要素」が揃っていないと叩かれることになる。この図でいう「不満足・不充足」の象限ですわね。「当たり前品質」に達していないわけ。で、そう、気づかれた方多いと思うけど、「なろう系」はテンプレの集合体なので「一元的品質」のエッセンスを集約した形態、と言える。そこに少しずつ「新しい試み」が付加されて、それがどんな作品にも見られるようになる…テンプレ化して「当たり前」の水準が底上げされる。ただ、みんなそれになってしまう…スタンダードになると、「またか」になってしまって一気につまらなくなる。

すると「それまでにない新しい何か」を備えたものが魅力的になる。ハルヒに相当する画期の誕生である。実際には遡ると、子供向けの表現手段であったアニメに「美少女」へフォーカスした「プロジェクトA子」あたりが根本的な画期であって、すべてのアニメは「萌え」を軸とする一元的品質の延長線上にあるかもしれぬ。

さておく。

そうなると画期的作品がもたらした表現や世界観のエッセンスこそが、後進に対してテンプレ要素の提示となり、そこから再び類型の底上げが始まる…の繰り返しであると見えてくる。画期→テンプレ化→飽和→画期…が繰り返されれば幸せな上昇曲線、こうなる。

であれば。

この論評に言う「世界の潮流に倣え」は実に的外れな主張であると言わざるを得ない。真の大人向けだの書いてるが、それはそれで日本が先頭に立ち作ってきた「アニメの潮流」に対して、画期を作ろうという彼らの努力の結果以外の何物でもあるまい。それに感銘を受けたならそれで作ってもらえばよくて、その感銘を正義として押し付けるのは勘違いだ。日常系でもいいじゃないか、ストーリーがなくてもいいじゃないか。スラップスティックでコケティッシュでおっぱいでもいいじゃないか。それもまた画期への試みだし、潮流への反旗で脱力なのだ。宇宙のインフレーションのようにポコポコ多方面作られる日本があるのに、海外をありがたがる意味がない。闇雲にドイツ車をありがたがる、さらに言えば占領下のギブミーチョコレートと何の違いがある。貧しい舶来至上主義にしか感ぜられない。批判、皮肉、芸術性?やりたい奴がやればいい。

テンプレを押し付けんじゃねぇよ。そりゃ画期への胎動…多様化の邪魔だ。

「グローバルスタンダード」を声高に叫ぶ人がいて「多様化」を声高に叫ぶ人がいる。「多様化を受け入れることこそグローバルスタンダードだ」とかね。でも日本の「在り様」ってそういう多様化の一形態じゃないのか。同じ言葉を話すようになった人々で作られた島国という、類例少なき存在ゆえの価値観・在り様じゃないのか。世界樹から見たら枝葉であろう。なぜそこに文句をつけ断ち切ろうとする必要がある。枝葉を幹にする必要がある。まして創作活動に「べき論」かざすとかもってのほか。自由だから多様化を導くのだし、画期の原動力となる。スタンダードに倣えは後追いに過ぎず、画期とは真逆。「みんな一緒」と「多様化」は実は相いれない対義。多様化を標榜する国の実態を、この論評者の奉じる国を見るがよい。「人種差別」を態々法で禁止しないとならない。抑止力がないと「ナチュラルにそういうことをやる」ということだ。いみじくもコロナウィルスがそこ化けの皮を剥がしてくれたじゃないか。

べきとか言い出したら創作なんか無理。おっぱいアニメばっかでイヤなら文句付けてないでそうじゃないの作ればいいだけの話。作りたい人がいて見たい人がいれば「当たり前」は成立する。その成立する位置や形態に何らか束縛を与える無意味さ。

作りたいもの作ればそのうち当たる奴が出る。当たればそれが「画期」となり儲けもの。新たなグローバルスタンダード爆誕。ただそんだけ。

追うな。生み出せ。従ってこんなたわ言はほっとけ。

さーて「超原子」どう使おうかねぇ。

2017年12月31日 (日)

2017年創作活動まとめ【小説】

別ブログの方コンスタントに載せてはいるが旧作混じり。「2017年に完結した」新しいのは実はゼロ。「書き出しておきたい物」は言わば脳内在庫なので、新しい物ゴンゴン放り込んでおかないと枯渇して行く。ただ、歳食って応じた数の事物に触れてくと、興味持って吸収するもの応じて減ってく。OUTがINを上回り在庫は減って行く、こうなる。

それでもまぁ新しく走り出したお話あるので、意欲自体は減っていない模様。お話にしたいと感じるネタがあるかどうか。ネタを一生懸命に探す努力が必要。ただ、自分が興味持てるかどうかは別の話。無理矢理取り込もうとしても身につかない。

10年以上ほったらかしの奴とか、どうにかしたいんだけどね。

2016年4月 8日 (金)

守るためのテクノロジー

緊急警報放送

が、電気・電子・情報の分野で産業の発展に貢献し、国際的に高い評価を受けてきた歴史的業績を表彰する「IEEEマイルストーン」に認定された。

Tw1

日本で開発された技術による同賞は他に

・家庭用ビデオVHS(1976) 日本ビクター
・電卓の先駆的開発(1964-1973) シャープ
・東海道新幹線(1964) JR東海
・富士山頂レーダ(1964) 気象庁館

といった面々で、「マイルストーン」……追って振り返り、「ああ、エポックメイキングだな」と思われる物ばかりである。

さておき。

「東日本大震災」を物語にまとめる、と書いた。それは個人的な救助シミュレーションでもあるのだが、そこでこういうシチュエーションと「対策」を書いてみた。

Tw2

震災では津波の予想高さが後で「10m以上」に修正されたが、停電や携帯電話の混雑でそれを本当に届けたい人には届かなかった。そこで、準天頂衛星から直接個々人の端末に放り込めば、としたのだ。

Tw3

これを、形は少し違うが実際始めるらしい。

Tw4

有料記事なので引用が過ぎると怒られるが。

Pb18

命に関わる話だから少しいいだろ。この図で言うところの右上である。危険な場所にいる人に応じた情報を直接叩き込む。物話の中ではもう少し踏み込み、各自治体で自治体ごとのテンプレ文書を用意しておき、どっちに向かって逃げろとか、避難所へ走れ距離Xmとか、細かく送れ、としてある。まぁ、出来るし、やるべきだろう。ちなみに「マイルストーン」のリストの中にある「富士山レーダ」も、元々は一番高いところに気象レーダを設置し、台風の接近を早い段階でキャッチしようという、同様な救命精神の産物である。準天頂は更に高所から、更にきめ細かく、多様な情報を放り込むように「進化した」と書けるだろうか。

Cjyouiiusaabppi

仙台空港滑走路。海など見えない。だが津波に飲まれたことはご存じの通り。このことは、単に「津波警報」を出しても、自分がその対象かどうか判断できないとダメで、「アンタは危険だから逃げなさい」と直接放り込む必要性を示唆する。

Ce7jcgguiaaktsw

自分のツイッターアカウントは、緊急地震速報が出ると、揺れの広がりを画像付きでツイートするように仕組んである。自分の発言を見ることで、マグニチュードと到達時間を知ることが出来る。ここに「アンタ今ココだ」も出せるようになる、と考えれば良い。

日本は「平和な国だ」という。一方で「守るために戦う」というシチュエーションは大好きだったりする。数多時代劇、正義の味方のヒーローたち、プリキュアだってそうだ。そしてそれを、実際に、日本を守るために、次々に実現させてきた。

これこそ、科学技術の正しい使い方であると、我は信じる。

2026年10月
日 月 火 水 木 金 土
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

最近のトラックバック