ネパール・中国国境の洪水。当初国境検問所のツアー客など300人が不明とか伝えられたが。
なんだこれは。

原因系の情報が錯綜し、ダムや堰止め湖の決壊、その時起きた地震でそれらが誘発とか色々言われた。たしかにUSGSが地震を拾っているがそうではなかった。
この大規模な土砂災害でM5.2相当の地震波を記録したらしいのだ。
ヒマラヤはインド亜大陸が南から衝突していて激しく盛り上がっているまっただ中であり、確かに「地震の巣」であり、ご承知のように非常な高山地帯であり、氷河や山崩れ等に起因する堰止め湖が多数ある。
で、地震波からの推定や現地の衛星画像から現時点で言われているメカニズムがこう。
・ネパール側のランタン・リルン峰(Langtang Lirung)付近の氷河の下部(標高約5,200m付近)が崩壊し、約1,200m下の谷底に落下(上記渡邉先生の解析はこれ)。
・氷と岩の大量の塊が落下して土砂を巻き込み、チベット側のLhende(Lhende Khola)川に流入。一時的に川をせき止めて自然ダムを形成した後、決壊して大量の水・泥・岩・がれきが下流に一気に流れ出した。
・この流れがネパールのラスワ郡(Rasuwa)などを通り、Bhote Koshi(ボテコシ)川/Trishuli(トリシュリ)川沿いに壊滅的な鉄砲水・土石流を引き起こした。
当初「土石流は下流から上流へ流れている、フェイクだ」という声もあった。が、そうではなく、合流点に一気に流れ込んだ土石流が合流先の上流側にも広がったのを捉えた動画だったのだ。大規模で、標高差が大きく、破壊したモノを巻き込みながら(ビルや巨岩を伴って)80キロという距離を駆け下ったという。青空の下、警報はおろか何の天変地異もなく突如地震の如き揺れを伴い時速50キロで襲いかかる文字通りの「山津波」であり、その破壊の規模と人的犠牲は全容が知れぬ。
さて実は類例は日本でも過去に起きている。「ご開帳」お参りの人々が多数圧死した「善光寺地震」(1847年)では、岩倉山が崩壊して犀川をせき止めて湖を形成。地震から19日後に決壊して「川中島の戦い」で知られる川中島の一帯を襲ったほか、「飛越地震」(1858年)では常願寺川が2度にわたって決壊を起こしている。

そして、前にも書いたと思うが、長野・岐阜県境の著名な観光地「上高地」も実は同様な「堰止め湖」に溜まった土砂が作った平原で、溜まっていた水は地震で決壊し梓川を駆け下って安曇野へ押し寄せ、流れた土砂は積み上がって「丸田面」と呼ばれる台地を形成した。

(信州大学)
ここの場合、堰止め湖の発生から決壊までは実に「5000年以上」だったらしい。ちなみに丸田面の上から縄文時代の遺構が見つかっており、この大規模土石流発生はその頃のイベントであると共に、それ以前に住んでいた人々がいたならば、まぁ、ひとたまりも無かったことは想像に難くない。
本件「氷河の崩壊」は温暖化の影響を誰もが指摘するであろう。そしてもちろん、同様な現象は今後も起こりうるであろう。日本だって地震や冬の積雪による堰き止めは、今でもこの先も起こりうる。そして堰止め湖は、堰き止めた水と土砂の量の故に決壊するモノであり、引き起こされる土石流の規模と速度は人の手に負えぬ。
教訓として。1人でも多く助かることを祈って。
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