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2021年3月28日 (日)

その時は来る

Kako

ご存じ「南海トラフの発生間隔」。慶長地震ってどうなのよ、って正直思うし、昭和の南海・東南海は濃尾地震でサイクル狂ったという説もあるがさておき、安政の地震から200年が経過し、これまでの南海トラフが近畿地方での地震活動活発化後50年程度で起こるというパターンからすると、2050年までに南海トラフは来るであろう。

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政府の予測が2020年版に更新。されど「確率」なんかどうでも良くて、震度と被害に注力した方がよさそう。青い領域は南海トラフで持ち上がる可能性があるところ。

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震度。わーい「7」じゃなくて「6強」だ。

6強。家自体は耐震設計なので耐えるであろう。が、中の物は応じた対策をしないと倒れ、落ちて、壊れる。

いつ起きるか判ったとしても、その時身の安全を確保できなければ無意味なのである。

そしてその後も、沿岸なら津波、都市部なら火災、逃げ延びて食いつなぐ必要がある。

猶予はないよ。

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このエリアの全ての皆さん。

2021年3月13日 (土)

リマインド大震災(行動の反省)

きれい事抜きに振り返ってみたが、10年たって思うに、もっとできたこと、すべきこと、今だからできるようになったこと、いろいろある。書き留めておきたい

●日頃の備え

一部充分で有効に働いたが、不足していたところもある。模型鉄道が潰れたところはつっかい棒を噛ましていたのであったが、メンテ不足で緩くなっていた。食料の備蓄も結果として問題なかったが、南海トラフの「事後」の長期化を考えて多くすべきであろう。

●その10秒前~瞬間

机の下に潜るべきだったが、なまじ詳細な速報装置を持ってる故に「どこで起きたか・影響はどのくらいか」見定めようとしちゃう。これは悪い癖になっており反省要素。「まず、身を守る」そのために各所で「今ここで起きたらどうすべきか」シミュレーションしておく必要あり。もちろんそのために公的な避難場所はチェックしておく必要あり。今現在会社で避難誘導担当だから声を上げる必要があるんだけどね。

●事後

大切な人が無事かどうか確認しに行く、のではなく、自分は無事だと発すること。出しておけばそのうち届く。大切な人も大変なので手間を取らせてはいけない。
それから余震をはじめ「その後に起こること」は家族間でよく知見を共有しておく必要あり。実はこの時、娘は帰宅してすぐランドセルほっぽって友達の家に遊びに行った。友達はまだ帰っていなかったものの、そこで15時15分に遭遇し、後片付けを手伝って帰ってきたという。原発事故は論外にせよ、「余震」は当然起こるし、自宅は無事でも近隣で「火災」の可能性はある。津波以外に「液状化」「川の堤防決壊」による洪水も懸念される。この辺は地勢や自治体のハザードマップできちんと把握しておきたい。

●今だからできるようになったこと

地震マグニチュードの推定不足による津波高さの見誤りは、「修正されたとき、停電でテレビが見えていなかった」という深刻な事態を招いた。この現象は「伊勢湾台風」(1959年)の時、停電でラジオ(※)から暴風や高潮の警報が得られなかったという事象の再来である。電池式ラジオならそれと知ることができたわけだが、タイミングが悪すぎた。10年経た今、みんな手のひらに持っているのはスマートホンである。ビジュアルで伝えることができ、ただし電池の制限がある。しかし「今いる位置に応じた」情報が得られる。応じた「防災アプリ」の開発と導入が進んでいる。

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名古屋市のもの

・自分が、生き延びること
・そして誰かを守り、救うこと

本当は防災アプリなんか全国一律で、ハザードマップ・避難所案内も居場所に合わせてシームレスに切り替えて提示されるのがあるべき姿だとは思うが、まぁ無いよりはまし。

 

「震度7が5分間」「揺れが収まらないうちに10mの津波」

我々は生き延びられるか。

(終)

●参考資料

気象庁、Hi-Net、「1944年東南海地震当日の水準測量から推定するプレスリップ」「遠州沖大地震所感」(今村明恒)

2021年3月12日 (金)

リマインド大震災(3月12日の記)

11日の夜は会議室が仮眠用に開放された。しかし時々刻々大きくなる被害の有様に「寝る」という気分にならない。一方でビールかっくらってがーがー寝ている人も。

東海道新幹線が動き出したので、鎌倉住まいの方は「新横浜まで行く」と退社した。その先は「何とかする」とか。

自分は千葉であって、JRの総武・京葉、京成の3ルート存在するが、地下鉄・京成は12日始発から動かす予定との情報を得ていた。そこで同じ千葉方面の方と始発で東西線西船橋へ抜け、JR・京成どっちが動いても対応できるようにしよう、となった。

多少うとうとしただろうか、午前4時前。

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緊急地震速報に起こされる。付けっぱなしの会議室のテレビを覗くと、長野県北部…栄村?

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父親の郷里は須坂である。

「起きてた?」
「起きてた。やばいな。通じないかも知れないけれど確認するだけしとき」
「おう」

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夜が明けてくる。始発電車に向けて退社するタイミングである。同じ千葉の方とオフィスを後にする。

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オフィスビルは欠けた壁材がポロポロとこぼれている。ガラスが割れているところは無い。地下道にはパイロンとロープで仕切られた雑魚寝スペースが作られている。だが、幾ら空調された地下道とはいえ、冷たいコンクリ床に寝ている人はいなかった。

地下鉄東西線は意に反して座ることが出来た。ただ走り出すと、

「ごんごんごんごん」「ごろごろごろごろ」

車輪が真円じゃない故の騒音と振動。「タイヤフラット」というのだが、急ブレーキで車輪がロックされ、レールの上をスリップすることで削られて出来る。恐らくは緊急地震速報に伴う急停止の繰り返し。

行ってるそばから止まる「緊急地震速報を受信しました」

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普通なら、この規模と距離の地震で東京に速報は出ない。破損して動かない地震計が多く、速報精度が落ちているのだ。電車は幾度か速報で動いて止まりを繰り返し、西船橋まで1時間。が、総武線のホームに回ると「運転開始は未定です」。理由は速報が来たので線路の安全確認。再開までは当分掛かりそう。

「僕はここから歩いても帰れるから」

とはその一緒に来た会社の人。

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なら、後は自分勝手に動いて良い。歩いて京成西船。

上野から超満員の電車が来たが構わず押し込む。カバンを身から離さないようにするのが精一杯。

駅に着くたび、一旦人が降りて、その駅で本当に降りる人が降りて、詰め込みがあって、何度もドアの閉め直しをして。

隣の駅まで5分要する。乗換駅津田沼まで1時間。

千葉行きは既に満員。構わず乗り込んで超満員。

「もう一本乗り継ぎを待ってからの発車となります」

正気か京成。

超満員の電車が到着し、超満員に乗り込んできて息苦しいほど。

そこから千葉まで1時間。何と家に帰り着くまで総計5時間。もう昼前だ。

駅前のコンビニで新聞を求める。惣菜やパンの棚はすっからかんだ。千葉は農業県だが物流が止まって食い物が無いというのはありうる。

パン屋に寄ると営業中。機械類は無事なのでいつも通り営業を始めた由。家族3人1食分多めに求めて帰る。

妻子の顔を見てホッとする、家の被害は軽微、花瓶が割れたのと、スピーカーを載せていた突っ張り棒が倒れたのと。

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鉄道模型の線路が潰されたくらい。

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凄絶すぎて言葉も無い。

昨日の出来事を妻と娘に聞く。

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自宅PCにはウェザーニューズの「Last10-second」が入れてある。

「作動して地震が来るのは分かった。でも最初「震度2」だったから、こんなに大きくなるとは思わなかった」

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地震で飛び出す食器棚のストッパー。これは活躍し、扉は開かなかった。但し、扉の内側で皿は落ちて割れている。開けるのに一工夫要したという。

娘は学校が終わって帰宅途中だった。とはいえ住んでるアパートから子供の足で徒歩5分というところ。

「変な感じがあって揺れてることが分かった。1号棟の壁のところでしゃがんでいたら通りがかりの郵便局の人がそばまで来てくれた」

耐震設計され、その通りの強度を発揮したオフィスビル。フラットだらけになりながらも走ってくれた電車。長く大きな揺れの中、ランドセルの女の子そばまで来てくれた見知らぬ人。

我々は守られ、生き延びた。感謝し、そして祈った。

続く

2021年3月11日 (木)

リマインド大震災(3月11日の記)

地震の当日。2011年3月11日金曜日。

「14時46分」以前の記憶はそれ以後に上書きされてほぼ皆無である。週末だから出勤はグリーン車(※)で寝て行ったであろうと思う。定時後は歓送迎会が予定されていた(※関東地方は普通列車にグリーン車を連結している。定期券+グリーン料金で乗れる)。

毎週月曜は週次報告なので、金曜午後は週報を作成する。15時ちょっと前にコーヒーを淹れるのがルーチン。

14時46分。

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クリックで動画)

揺れ始める。カタカタ・カタカタと什器や机上のものどもが音を立てて振動が伝わる。30秒を過ぎて次第に大きくなり、その揺れ方は2日前を彷彿させる。宮城県沖本体、ついに来たか。

が、長い。主要動に遷移した、と認識してから30秒、トータル1分過ぎても収まる兆しを見せない。

その瞬間。

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「ズシッ」

2000年代になって落成した最新鋭の超高層ビルが全体から音を発したのを覚えている。コーヒーが紙コップから飛び出す。棚の上のパイプファイルが落ち始め、パーティションの合わせ目がギィギィ音を立てながらパカパカ動く。

「おおっ!」
男性社員達が一斉に顔を上げる。女性社員からは幾らか悲鳴も。
上下の揺れと左右の揺れと、更に周期を異にして前後にも揺れる。

あらゆる方向に船のようにゆさゆさ揺れる。コンクリートの構造物がギッ、ギッ、ときしみ、長いワイヤのような物が唸りながらぶつかるパシーン、パシーンという音が響く(多分エレベータ)。

「東海地震来ましたかね」

先輩社員とそんな会話をしたのを覚えている。自分の身体が水平から傾いているのが分かるのであり、それは「ビルの11階にいる」という認識によって、このビルが倒れる状況を真剣に想起させた。それは2001年米国同時多発テロのビルのように、自分は巨大な建造物の中のゴミのようなサイズになろう。その間の30秒が何と長く感じられたことか。

そのフロアは「破壊・落下・倒壊」がほぼ無かったことは幸いであったかも知れぬ。パーティションは外れて傾き、移動書庫がゴロゴロガシャーン、ゴロゴロガシャーンと音を立てたけれど、そこまで。

3分を経過し、揺れは収束してはいないけれど、慣れてきた。個人の危機は脱した。

防災用ヘルメットを被り、携帯(当時ガラケー)で妻へメール「大丈夫か」…通信困難であろうから返事は期待しない。及び自宅は鉄筋アパートであるから、倒壊の可能性は無い。

ここでようやくビルの自動放送が反応する『地震が発生しました。このビルは安全です。落ち着いて行動して下さい』うぃー、うぃー。いやそのサイレン怖いって、そして遅いって。

ヤフーを開く。庶務ギャルの方が早い「宮城震度7だって」。この時点M7.9。

宮城県沖にしては大きすぎるのではないか。

「地震の連動」の可能性はこの時点で知識として持っていた。「宝永地震」は東海・東南海・南海の連動であろうと。宮城県沖でそれが起きたか。

大津波警報が出る。さもありなん。ちなみにこの時いつまでも身体が揺れているような感覚があったことを記憶している「地震酔い」という奴だ。

「あれ火事じゃない?」

庶務ギャルの声が上がり、窓際に人が集まる。

「え~やばくない?」
「はいはい仕事に戻って」

M7.9。大津波。「大きな宮城県沖」と思った。この時点では。

15時15分。

 

ずしん。

「また来たー」

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余震、知識はそう教える。余震は本震のマグニチュードから1引いたくらい、そういう経験値があると知っていた。

「やべー」
「終わらないぞこれ」

流石に今度は机の下にもぐる。この時点で「今日、電車が動く」ことは無いだろうと直感する。そして、余震が東京でこんな震度になるなら、

本当にさっきのはマグニチュード7.9だったのか?

仕事なんかそぞろ。ワンセグでテレビ「M8.4 大津波10m」。

「業務中ですよ」

ああ、はい。しかし。

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余震が来る。余震が来る。余震が来る。

地震の発生日 地震の発生時刻 震央地名 緯度 経度 深さ 最大震度 検索対象最大震度
2011/3/11 14:46:18 三陸沖 38°06.2′N 142°51.6′E 24 km 9 震度7 震度5強
2011/3/11 14:51:20 福島県沖 37°18.6′N 142°14.2′E 33 km 6.8 震度5弱 震度3
2011/3/11 14:54:31 福島県沖 37°30.4′N 141°21.1′E 34 km 6.1 震度5弱 震度2
2011/3/11 14:55:53 茨城県沖 36°29.5′N 141°46.3′E 55 km 6 震度3 震度2
2011/3/11 14:58:06 福島県沖 37°41.3′N 141°56.0′E 35 km 6.6 震度5弱 震度2
2011/3/11 15:03:59 茨城県沖 36°19.7′N 141°57.7′E 17 km 6 震度3 震度1
2011/3/11 15:05:06 福島県沖 37°31.1′N 141°37.3′E 22 km 5.9 震度4 震度1
2011/3/11 15:06:11 岩手県沖 39°02.6′N 142°23.8′E 29 km 6.5 震度5弱 震度2
2011/3/11 15:07:16 茨城県沖 36°18.1′N 142°13.5′E 20 km 6.5 震度4 震度2
2011/3/11 15:08:53 岩手県沖 39°49.2′N 142°46.0′E 32 km 7.4 震度5弱 震度2
2011/3/11 15:11:19 茨城県北部 36°51.8′N 140°37.1′E 6 km 5.5 震度4 震度2
2011/3/11 15:12:59 福島県沖 37°13.6′N 141°38.7′E 39 km 6.7 震度5弱 震度2
2011/3/11 15:15:34 茨城県沖 36°07.2′N 141°15.1′E 43 km 7.6 震度6強 震度4
2011/3/11 15:19:03 茨城県沖 36°17.4′N 141°07.5′E 33 km 5.7 震度4 震度2
2011/3/11 15:20:02 茨城県沖 36°05.6′N 141°45.9′E 34 km 5.8 震度4 震度2
2011/3/11 15:20:44 茨城県沖 36°35.3′N 141°43.4′E 62 km 5.7 震度3 震度2
2011/3/11 15:21:28 三陸沖 38°16.5′N 142°50.5′E 6 km 6.2 震度3 震度1
2011/3/11 15:23:06 岩手県沖 39°01.2′N 142°24.6′E 31 km 6.1 震度4 震度1
2011/3/11 15:25:44 三陸沖 37°54.8′N 144°45.0′E 11 km 7.5 震度4 震度3
2011/3/11 15:25:47 茨城県沖 36°38.2′N 141°04.6′E 40 km 4.6 震度3 震度2
2011/3/11 15:28:48 茨城県沖 35°54.3′N 141°18.4′E 25 km 5.2 震度3 震度2
2011/3/11 15:29:15 三陸沖 37°56.0′N 143°55.9′E 15 km 6.9 震度3 震度1
2011/3/11 15:30:12 茨城県沖 36°03.9′N 141°04.3′E 35 km 4.5 震度2 震度1
2011/3/11 15:31:32 福島県沖 37°22.7′N 141°53.7′E 16 km 5.7 震度3 震度1
2011/3/11 15:33:16 福島県沖 37°29.5′N 143°31.8′E 40 km 6.4 震度3 震度1
2011/3/11 15:34:45 福島県沖 37°03.9′N 142°07.8′E 39 km 5.5 震度3 震度1
2011/3/11 15:35:25 茨城県沖 36°02.3′N 141°02.1′E 38 km 5.1 震度4 震度2
2011/3/11 15:36:34 宮城県沖 38°25.7′N 142°14.3′E 16 km 5.1 震度3 震度1
2011/3/11 15:37:36 茨城県沖 36°44.2′N 141°04.8′E 33 km 4.8 震度3 震度1
2011/3/11 15:38:07 茨城県沖 36°10.9′N 141°51.1′E 24 km 5.6 震度3 震度1
2011/3/11 15:44:08 宮城県沖 38°44.7′N 142°12.9′E 40 km 5.4 震度4 震度2
2011/3/11 15:49:50 岩手県沖 40°06.5′N 142°37.0′E 7 km 5.9 震度4 震度1
2011/3/11 15:54:13 福島県沖 37°11.0′N 141°26.3′E 48 km 5.2 震度3 震度1
2011/3/11 15:55:41 茨城県沖 36°34.7′N 142°01.6′E 79 km 5.4 震度3 震度1
2011/3/11 15:57:13 千葉県東方沖 35°49.1′N 141°10.9′E 28 km 6.2 震度4 震度2
2011/3/11 15:59:01 福島県沖 37°31.9′N 144°25.9′E 50 km 6.8 震度2 震度1
2011/3/11 16:00:33 茨城県沖 36°37.9′N 140°53.7′E 46 km 4 震度2 震度1
2011/3/11 16:03:01 三陸沖 38°08.7′N 142°47.3′E 23 km 5.8 震度3 震度1
2011/3/11 16:04:16 宮城県沖 38°59.0′N 142°25.6′E 24 km 5.7 震度4 震度1
2011/3/11 16:09:11 福島県沖 36°41.6′N 141°59.3′E 37 km 5.5 震度3 震度1
2011/3/11 16:10:56 三陸沖 37°49.1′N 142°51.5′E 27 km 6.2 震度3 震度1
2011/3/11 16:13:46 茨城県沖 35°57.1′N 141°58.5′E 50 km 5.8 震度3 震度1
2011/3/11 16:14:57 茨城県沖 36°33.4′N 142°02.4′E 25 km 6.8 震度4 震度2
2011/3/11 16:16:56 福島県沖 37°08.4′N 141°25.0′E 48 km 5.3 震度3 震度1
2011/3/11 16:17:43 福島県沖 37°08.5′N 142°35.4′E 20 km 6.5 震度4 震度2
2011/3/11 16:25:36 三陸沖 38°03.8′N 144°30.1′E 40 km 6.2 震度3 震度1
2011/3/11 16:29:00 岩手県沖 39°01.3′N 142°18.6′E 17 km 6.6 震度5強 震度2
2011/3/11 16:31:19 茨城県沖 36°09.0′N 141°30.3′E 39 km 5.4 震度3 震度1
2011/3/11 16:31:54 岩手県沖 39°38.5′N 142°36.5′E 22 km 5.5 震度2 震度1
2011/3/11 16:42:55 茨城県沖 36°04.7′N 141°13.9′E 37 km 5.4 震度3 震度2
2011/3/11 16:43:51 福島県沖 37°08.0′N 142°32.3′E 46 km 5.5 震度2 震度1
2011/3/11 16:44:29 茨城県沖 36°18.0′N 141°54.0′E 60 km 5.6 震度4 震度2
2011/3/11 16:45:22 茨城県沖 35°59.6′N 141°04.4′E 41 km 5 震度3 震度1
2011/3/11 16:49:45 茨城県沖 36°33.3′N 141°58.0′E 34 km 5.5 震度3 震度1
2011/3/11 16:56:09 福島県沖 37°02.9′N 142°34.1′E 11 km 6.2 震度3 震度1

「…」
「ちょ…」

仕事しろと言う方が無理。

5時になりみんなして会議室に行ってテレビをつける。

「M8.8観測史上最大」

未曾有の大災害が生じたことに間違いは無かった。当然、電車なんか動いていない。

「飲み会どうしましょうか。キャンセルならお店に連絡しないと」

すると部長が。

「いや、行くぞ。いつ帰れるか分からんし、次、いつ食えるか分からん」

ちなみにオフィスのあるビルの地下は食堂街。電車が止まっているので帰宅不能になった人達が「とりあえず飯」でごった返している。

「さっきの地震でガスが止まって電気コンロ1台でやってますので時間掛かります」
「時間気にしてる奴なんかいないよ」

テレビ見ながらみんな黙々と天ぷらコースを食う。この時点みんな「今そこにある危機」に手一杯だし、深刻な災害の常として「本当に被害の大きな所」の情報は入ってこない。

妻からメールが返ってくる。「玄関の花瓶が落ちて割れた」娘は無事。ならええ。今夜は帰れない。

弟ともメールが通じ、実家も無事。家族全員問題なきことを確認。

結局天ぷらには2時間を要し、8時過ぎてオフィスへ戻ることにする。店を出るとコンビニのレジ待ちが通路にはみ出していると共に、他の飲食店はキャンセル等を材料にしたらしくお弁当を作って500円でワゴン販売。

週報だけは作って仕事としては〆。あとはテレビ。

 

これは…何が起こっている?そういや津波の被害は?

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は?

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壊滅状態って何だ?

日本国、やばいんじゃないのか。

続く

2021年3月10日 (水)

リマインド大震災(3月10日の記)

この日は「地震」なんか全く気にせず過ごした。9日昼前から11日「起きる寸前」までの三陸沖地震活動の時系列を示す。

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だんだん地震同士の間隔が開いていって、11日は午前7時過ぎから鳴りを潜めた。そのあとを予測しろとか無理だろう。

1944年12月7日の「東南海地震」の直前、大規模地震の周期性に気付きその啓蒙をライフワークとしていた今村明恒(いまむらあきつね)らのチームは、静岡県掛川で測量をしていて、往路と復路で数値が違う、どころか「水準」が取れない事態に陥り、困り果てていたところ地震が来た、としている。その時のデータを元に、地震直前の地面の動きを復元したのがこれである。

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言い換えると「地震直前に地面がズルズル動き出して測量機がマトモに使えないほどになった」ということになるが、これを「プレスリップ」と称し、また同じ事が起きるという前提の元、応じたセンサーを大量に設置したのが現在の「南海トラフ予知活動」の正体と書いたらどんな感想を抱かれるだろう。バリバリ監置網を張り巡らしたスゲーと感じるか、昭和19年の観測事実のみに依拠した頼りない一本足打法と思うか。

言うまでも無いが「似たようなことが北日本でも起こる」ことについてはノーマークで、応じて可能性検討はおろか、発生直後の規模推定にも手間取ったのであるが、これは「貞観地震」(869年)の評価不足が悔やまれる。

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「表現が大げさすぎる」「多賀城まで津波が来るのか?」

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…埋め立て地の存在さっ引いたら、決してそれは「大げさ」ではなかっただろう。なお、この可能性に言及した論文は2011年3月当時査読に掛かるタイミングだったとか。

似たような話は南海トラフ・関東地震系統にもあって。

鎌倉の大仏様は今でこそ雨ざらしで酸性雨に襲われて申し訳ないのであるが、元々は奈良・東大寺と同じく上屋があった。これは「1495年津波で流された」という記述があったのだが、1498年に南海トラフ地震(明応地震)があったことから「年号書き間違いとちゃうか」「にしちゃ明応地震で大仏まで津波が来るか?何か違わないか?」という議論があって、「大仏まで津波が達する南海トラフ地震のパターン」をシミュレータでああでもないこうでもないずっとやっていたのだが。

何のことはない。1495年は大正(1923年)→元禄(1703年)→その前にあたる「明応関東地震」が起こったのだ。ちなみにこれを認めると→永仁(1293年)と「関東地震のサイクル」にも載ってくる。言われてみれば「ああ、なんだ」だが、これがマトモに論文に出てきたのが「2014年」である。

これらのことは、昔の人は科学的知見がなかったから、記述は曖昧だ、大げさだ、と切って捨てる姿勢は現代に生きる我々の「驕り」であることを示唆しよう。昔の人は昔の人なりに、後世に記憶を伝え、再発防止を願うべく、可能な限りの表現で「正確に」一定の誇張を含んで「重大さ」を伝えようとし、残そうとしたのだ。安政東海地震など「どこそこまで歩く時間」「たばこを吸う間の時間」揺れたと書いてあり、それから逆算すると数分揺れ動いたことになるが、果たして東北地方太平洋沖地震では東京ですら3分以上にわたって揺れ続けたのはご存じの通りである。なれば、電気通信革命を経た我々が今なすべきは、昔の人の表現・記録と合致する科学的知見との整合を取ることだ。土砂崩れを「黒い大蛇」と良く書くが、土砂を含んで真っ黒になった水が崖の上から筒状に飛び出した姿は「黒い大蛇」であろうし、極めて強い雨を「白い雨」と書くが、これは雨粒同士がぶつかって霧状に広がって真っ白に見える様と分かる。時間雨量120mmを越す有様を示す。

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再掲になるが、これはナゴヤドームにほど近い「大幸八幡社」にある濃尾地震(1891年)の紀念碑である。ここに、こんな記述がある。

「我が大字堤防用水路の如き悉く崩潰せしを以て一朝洪水に際せば」 

堤防が、用水路の如く、ことごとく崩潰。

明治24年である。用水路ってね、土を盛った堤に故意に切れ目を入れて(堰を切って)田んぼに通水するのよ。そういう用水路みたいに、川の堤防がくしゃっと潰れた。

現代でそれは液状化現象という言葉で説明される。地域の河川(矢田川)の堤防があちこちで用水路の堰の如く液状化で崩壊し、地域に洪水が襲った…地震で川沿いに洪水が起きたという事実を知ることが出来る。

日本は千年前の自国の文書をそのまま読める希有な国である。しからば、そこに記録された記憶を科学的知見でリヴァイズし、自らの知見とし、更に後世に申し送ることこそ、我々の使命であろう。

続く

2021年3月 9日 (火)

リマインド大震災(3月9日の記)

「東日本大震災」という言葉は「東北地方太平洋沖地震」で生じた災害(建造物倒壊・がけ崩れ・山崩れ・地割れ・液状化・津波)を指す言葉であって「生じた事態の甚大さ」を表現したものだが、地震という現象自体・そのメカニズムに対する視点が少々ぼやけるきらいがあり、結果として「怖いね。自分の所で起きないで欲しい」で終わってしまい、「日頃の備え・心構え・その時何が起こるのか」の理解へ繋がらない気がしてならず、個人的にこの災害を論ずる際にはあまり使いたくはない。それはとりもなおさず次なる類似の内容・規模の災害として南海トラフが控えているからだ。振り返って震えているだけでは二の舞は必定であろうし、それは19689の御霊に申し訳ない結果にしかならない。もう少し「意味ある行動」に結びつくような活動にしたい。なので「その前」「その時」「その後」「今は何が違って何が出来るか・何をすべきか」を書くことにしたい。

2011年3月9日というと、後に「前震」と呼ばれるM7.2の地震が11:46に発生している。

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職場(都内・ビル11階)でも初期微動~主要動が感ぜられ(この間30秒)、その時間差は遠地の大きな地震である事を示唆し、程なく震源が宮城県沖でマグニチュード7.2の情報が入った。それは35年程度の間隔で起きている「宮城県沖地震」が先回1978年であり、それとも思われたのだが。

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・震源が浅い
・震源が遠い

ことから違うようだと判断した。なおこの当時、この地震はユーラシアプレート内部のものと言われたが、現在では通常の宮城県沖と同じユーラシア=太平洋プレート境界で生じた逆断層で、ただ、震源が宮城県沖より遠く浅いものだったと判明している。ユーラシアプレートが動いたので、その末端に載ってる関東・東京も揺れを感じたという仕組みになる。

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ただ、どちらにせよ、

・宮城県沖ではない
・近く発生するだろうからその周辺で起きるのはしょうがないよね

程度で、それ以上調べたり、「その後」を気にすることもなかった。

続く

2021年2月14日 (日)

令和3年2月13日23時08分頃の福島県沖の地震について

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「10年」を区切りのように思っちゃうのは人間だけで。

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・マグニチュードの割に広範囲で揺れた
・津波がなかった
→いずれも震源が深い(東北地方太平洋沖地震は24km)から

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垂直方向の小刻みな揺れ成分が多かった。小さな構造物やガラス・壁が壊れやすく、土砂崩れも起きやすい。一方で家屋の倒壊は少なくなる。

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逆断層タイプで位置的にも東北地方太平洋沖地震の余震活動の一環、以上がこの地震の理屈。

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「特別」「新た」な何かは見いだせないと書いておいてもいいかな。この辺で定期的に起きてる地震は東北地方太平洋沖地震と同時に起きたか、それをトリガに余震活動の一環として起きてる。というのがこの表の意図。

ただ、東北地方太平洋沖地震はその前の3月9日M7.2があったのはご存じの通りで、今しばらく大きな揺れに警戒。

(資料等は全部気象庁)

2021年1月17日 (日)

26年目の今日を迎えて

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兵庫県南部地震/阪神・淡路大震災。

何度も書いているが幾らでも書いておく。その日は静岡の社員寮で6時半に目覚めた。揺れには気付かず、テレビをつけて地震を知った。

その時点で神戸の震度は表示されておらず、人的被害の話も「けが人」程度であった。いつもの通りに慌ただしく朝食を採り、出勤した。

次に情報を得たのは昼休みになってからである。会議室に弁当を持ち込んで食うのだが、そこのテレビをつけて全員目が点になり箸が止まった。

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(https://www2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009030267_00000)

なんだこれは。

実家が尼崎という課長が血相を変える。「携帯電話ってレンタル無いのか」。1995年当時、インターネットは一般の道具とは言い切れず、携帯電話を持っていたのは部長より上と個人の好事家程度であった。

「京都からむこうへ行く電車動いてないですよ」
「歩く。しばらく休暇にするから。何かあったら部長で頼む」

震度7という階級は、福井地震(1948年)の揺れの強さを当時最大級の表現であった「震度6・烈震」でも不足と考えて設けられたもので、兵庫県南部地震が初の適用である。それはこの地震の激しさを物語る。

26年が経過した今、我々はこの地震で得た教訓に基づき、「命を守れる」ようになったであろうか。

この地震を契機に導入が加速したのが、テレビや携帯電話の「あの音」でおなじみ緊急地震速報である。

 

ただし、このシステムは複数の地震計から震源、大きさを計算して処置するので、それこそ兵庫県南部地震のような直下型では間に合わないし、単純に距離と伝搬速度で計算できない「深発地震」では速報が出ない。

また、現在の「耐震」住宅も兵庫県南部地震が契機になっている。

それでも、熊本地震や大阪北部地震など、ここ数年でも人的被害を抑え切れていないことから分かるように、「知る」「備える」についてはまだまだである。そしてこれも都度書いているが、

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その福井地震(1948)-濃尾地震(1891)-三河地震(1945)の震源域は一直線に並んでおり、その並びのただ中に「名古屋」が存在する。このことは似たような断層が名古屋市の真下を横切っている可能性を示唆する。だが、今更そんな調査は出来ないほどに名古屋は都市化された。同様に各地の大都市は「地下の構造が分からないまま」人々が集まって住んでいる。最近顕在化した一例が熊本地震であり、大阪北部地震であろう。断層地図に書いてないから大丈夫、なのではない、まだ分かっていないのだ。

日本列島はその誕生自体プレートテクトニクスに由来し、動き続けるそれに翻弄され続ける宿命にある。3300万年後にはユーラシア大陸と合体し、2億5千万年後には北米・オーストラリアも合体した超大陸「アメイジア」の一部に成り果てる。要するに地震・火山はこの地の宿命であり、我々は子々孫々までその災禍に立ち向かい、守る術を伝える義務を負う。

今は当時の動画や写真、論文にネットで簡単にアクセス出来る。四半世紀昔のことと思わず、見て、感じて、考える必要がある。

6434の御霊に祈りを。

●気象庁特設サイト

https://www.data.jma.go.jp/svd/eqev/data/1995_01_17_hyogonanbu/kiroku.html

 

2021年1月 7日 (木)

地獄の来襲に備えよ

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寒冷前線が通過して。

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応じて雪が舞い、

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名古屋は一気に氷点下。地獄のように寒い。

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天気図は来たるべき者の怖さを語る。凍えるような寒さは悪魔を呼び寄せる。

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どひー。

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可能な最大でそれに備えよ。

2021年1月 5日 (火)

遊び半分の悲劇

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何とも痛ましい話で。

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フォークリフトってこんな姿で車重が1トン以上あるんですよ。トヨタの代表的な乗用車「カローラ」とほぼ同じ。なんでか?

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「お姫様抱っこ」というと、アニメや結婚式広告の定番ビジュアルだったりしますが。

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(何か不適切だな)

ふつーに成長した女性は少なくとも40kgはあるわけですね。単純に腕で支えようとすると「前へ」転げ落ちようとするわけですよ。なので、のけぞるか、腰を落として重心を下げるか余儀なくされる。その姿がスタイリッシュじゃないというなら自分が重くなるしかない。

フォークリフトってお姫様抱っこそのもので、フォークに荷物抱えてのけぞるわけに行かない。応じて重いわけですよ。この「事故」はフォークに子供を乗せてぐるぐる旋回していて子供が落ちたとか。そこですわ「重いコマ」状態の機械が止まれるわけもなく。圧力=質量÷面積であって、すぐどかせばというわけでもない。

この父親を糾弾することは簡単だが、それは「フォークリフトに子供を乗せるとかバカか」ではなく、根本的に「業務」の場に「子供」という「私」を入れてはいかんという結果を再認識させる。業務の現場には安全規則というものがあると思うが、それはそこを「遊び場」にすることは考慮していない。業務上の注意は業務遂行にのみ適用される。

落ちる・倒れる・巻き込まれる。そこに子供を居合わすな。

ご安全に。

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