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手のひら端末でも読めそうな「夢見るようなファンタジーで、命を守る」お話を、ぼちぼちリストして行きます。

・魔法少女レムリアシリーズ「14歳の密かな欲望」(5/7・隔週水曜日12:00更新)
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・理絵子の夜話シリーズ「空き教室の理由」(5/17・毎週土曜日12:00更新)
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 お話カタログ

●連載タイプ(掟破りの携帯で長編)
魔法少女レムリアのお話(現在15編)
超感覚学級委員理絵子の夜話(現在13編)

●長編
「天使のアルバイト」
天使が、人に近い属性を備える理由、そして、だからこその過ち。その結果。
(目次

●短編集
大人向けの童話(現在10編)
恋の小話(現在13編)
妖精エウリーの小さなお話(現在22編)
(分類不能)「蟷螂の斧」

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色んな切り口色んな長さ。他の「ココログ小説」の方々の物語。「へぇ、こういうのもアリだな」そんな発見をどうぞ!

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2025年5月21日 (水)

【魔法少女レムリアシリーズ】14歳の密かな欲望 -11-

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 奈良井は涙を溢れさせ、幼い女の子のように泣き出してしまった。
「ああ、ごめんなさい……ごめんなさい……どうしましょう、感動というか、あなたの言葉に心揺さぶられて涙が止まらない……」
 慌ててバッグのハンカチを取り出そうとする奈良井の元に猫が降りてきて前足、“手”をそっと添える。

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(イメージ)

「あら……心配してくれてるの?大丈夫よ。あなたが姫子ちゃんと一緒にいたがる理由が判ったところ……」
 奈良井はそんな言い方をすると、目元の涙を拭って猫に笑って見せた。
 それはそれで姫子にとって意外な言葉ではあった。猫は「そうかい」と言わんばかりにくるりと向きを変えると、尻尾の先で奈良井に触れ、ベッドを経由しオーディオの上に戻った。
 キバのような犬歯を剥き出しにしてあくびをし、アンモナイトのように丸くなる。「ワタシの役目は終わったからね」あたりか。
「何度も取り乱してごめんなさい。職務に戻りますよ。実は姫子さんに対しての評判は大きく二つに分かれます。そのうちの一つが、あなたと話すことで人生観が変わった、というものです。何を大げさなと正直思いましたが今判りました。あなたが医者を志すとは誰からも聞いてないので、あなたはそのことをクラスの誰かに話したことはないのでしょう。でも、恐らく、あなたの言葉の端々には、あなたが経験してきた修羅場、命の危機に直面した人の|有り様《ありよう》をフィードバックした、人としてあるべき姿に対する、重くて強い決意や判断が反映されているのです。それは聞いた子の心を動かし、恐らく、あなたに夢中になる。……教師の言うことじゃないね。でも、多分そう。例えば大桑さん、彼女は最初、あなたのことをひどく嫌っていた。でも、一瞬であなたのファンになった。あなたが彼女の本質を捉えていたから、彼女はあなたを理解者と判断したのでしょう。さて、主導権を大分取り戻したと思うので、もう一つ、あなたに対してネガティブな反応も伝えておきますね。発言が奔放で特に下ネタというか性的な内容を軽々に口にしすぎる。女の子のくせにデリカシーがない」
「へ?」
 何を言われるか、身構えて出てきたそれに、姫子は眉毛をへの字にした。

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2025年5月17日 (土)

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -055-

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「あなたの学校の生徒さんが、みんなあなたのように彼女のことを思えば、彼女も浮かばれますでしょうに」
 住職は言い、是非にと、赤外線監視装置のついたくぐり戸を通って、理絵子を墓地へ案内した。
 理絵子が手を合わせている間に、住職は二宮宅が家を壊すに至った理由を話してくれた。
「彼女は成績が悪くて受験で上手く行きそうもない。だから教師の評判を落とそうと当てつけに暴走族と付き合っている、という怪文書が出回ってね」
 理絵子は目を剥いた。
「そんな、だって……」
「その通り。彼女は純粋にその少年を引き戻そうとしただけだ。だが、狂った歯車は止められなかった。石が投げられ火が付けられ、そして彼女は死を選んだ」
 理絵子は思わず彼女を呼んだ。聞いてる?私の声が聞こえてる?
 あなたは悪くない。あなたが引きずり込んでるとは私には思えない。
 どこにいるの?あなたに会いたい。あなたと話をしたい。

一番可哀相なのは他でもないあなた!

 ポケットで震えるものがあり、理絵子を現実に引き戻す。
 携帯電話である。発信者は朝倉。
 緊急コールか。
「担任です。その当事者の1人です。ちょっと失礼します」
「ああ、いいよ」
 理絵子は着信ボタンを押した。
「黒野です。先生大丈夫ですか?どうかされましたか?」
 戻ってきたのは泣きじゃくる声。
「落ち着いて」
 といったが無理であろう。やったことはないが電話越しのテレパシーを試みる。
 荒らされた室内のイメージ。
 発作ではない。侵入者がありドロボウよろしく引っかき回したのだ。
「誰かが入り込んだんですか?」
 理絵子は問うた。
『買い物に、買い物に出たの。調子が良くなったから。それで…帰ったら、帰ったら部屋の中がメチャクチャ……』
 それは怖いだろう。
「判りましたすぐ伺います。警察にも連絡を」
『それはいや!』
 朝倉は即座に、しかも叫ぶような声でそう返した。その意味、頼りにしているのは理絵子だけ。
「……判りました。とにかくすぐ伺います。怖いようでしたらお宅ではなく、駅までいらしてください。そこでお会いしましょう」
 理絵子は言い、電話を切った。

(つづく)

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2025年5月10日 (土)

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -054-

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「まぁ麦茶でもお上がりな……」
 住職は木の盆に湯飲みを載せてお堂に来、立ったまま菩薩と対峙している少女に目を剥いた。
「そろそろ、話しかけてもいいかな、天耳他心の娘さん」
「あ……」
 理絵子はようやく住職の存在に気付き、振り返った。
 遅まきながら自己紹介。
 意図を説明する。中学校の伝説が自殺事件をベースにしていたと聞き、心が動揺、何か彼女のために出来ることはないかと、彼女が住んでいたこの地に来た。
「ああ、あの子も今の君のように、菩薩様を立って眺めていた。いいや、話していたと言うべきかな。今一瞬、あの子かと思ったくらいだよ」
 住職は彼女が、『人の心』について、よく自分に質問したり、観音像の前に立って、或いは座って、瞑想していた、と教えてくれた。
「可哀相だったよ。誰も彼女のことを理解しない。真実に目を向けようとしない。表面を自分の都合のいいように捉える。私も彼女に的確な答えを与えることは出来なかった」
 暴走化して行く彼。引き戻そうとする彼女。離れろと言う周囲。
 本質は何故彼が暴走を始めたかにある。そこをすっ飛ばして単に彼から離れろでは、何の解決にもならない。
「学校の伝説では、彼女が幽霊となり、その禁じられた教室に入って来た生徒を、死へ引き込む、となっています。でも、話を聞けば聞くほど、調べるほど、彼女はそんな子じゃなかった」
 理絵子は言った。
「そのようだね。だからうちへ来る君んとこの生徒さんは基本的に全てお断りだ。墓所を蔑ろにしているのがあからさまだからね」
「墓所?」
「おうちの方が、当院に良く来ていた事をご存じでね。家は壊したが、弔いはうちにとのことで」
「……では中学の生徒はここへ肝試しに」
 住職は頷いた。
 理絵子はショックと、置き場のない恥ずかしさに思わず涙が一粒こぼれてしまった。詳しい経緯を知らないとはいえ、死を弄ぶとは何事か。

(つづく)

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2025年5月 7日 (水)

【魔法少女レムリアシリーズ】14歳の密かな欲望 -10-

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 ついでに志望校も説明しておく。近隣ではトップクラスの都立高校にまずは入り、そこから、名前からして女子しか通っていないであろう医大を目指す。目的が医師免許の取得であるから、同校の日本における知名度や医学界でのヒエラルキーは気にしない。
「凄い……えーと、あと、志望動機を書け……ということになってるんだけど、なぜその、医者、じゃなくて、心臓外科医特定なの?差し支えなければ」
 姫子はキャスター書庫を戻すと、立ったまま、真っ直ぐに奈良井の目を見た。
「それは心臓が命の根源だからです。ヒトとして、生き物として機能の根幹は『心臓と血流』です。ボランティアで訪れる場所はおおよそ貧しくて、薬もない設備もない。そういう沢山の医療が貧弱な地域で、正直慣れてしまう位に目の前で死なれました。持って行く薬や設備にも限界がある。そうなると残された手段は自然治癒力だけ、という場合も出てくるのです。その時、最低限、必要なのは心臓が動いて血が巡っていること。重い怪我でも病気でも、心臓さえ動いていれば、ヒトの身体は自然治癒力で治そうとする。心臓さえ動かせておけるならば、どんな怪我や難病でも生き延びる道が開ける。ゼロではなくなる。逆に心臓が手出し出来ないなら、他に幾ら手を尽くしても血が巡って来ないことになります。だから最低限、心臓を守りたい。心臓を治せる医者になりたい」
 姫子は息継ぎもせず一気に話した。奈良井は途中からその目を大きく開き始め、そして、まばたきもしない。
 それは動揺が奈良井を捉え、何らか発する言葉を紡げない状態であることを意味した。自分の言葉が“重すぎる”からだと判ってはいた。
 だが、仕方がない。それに遊び半分と見られるようでは、担任自身の報告書にもならないであろう。
「のみならず、どんな強い薬を使っても、どんな難しい手術を成功させても、全ては心臓と血流が確保されてこそです。先進国の最先端であっても、心臓が動いていなければどうにもならないのです。だから、心臓を治せる医者になりたい。命を守りたいと志してこの道を選んだ以上、その根源から治せる者でありたい」
「あなたは……」

(つづく)

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2025年5月 3日 (土)

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -053-

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……この寺が観音菩薩を祀っていると知ったのは、口から出任せを言うに際し、もっともらしいことを言おうとして、起動中の超感覚が無意識に働いたゆえである。但し、悲しい気持ちについて、心の整理も兼ねて、仏と語り合いたいという気持ちは本音でもある。
「人様に申しますと、色々と誤解を受けることもございますが、わたくしには、“判ってしまう”法力が備わっております。畏れ多くも天耳(てんに)と他心(たしん)に当たるとか。おんあろりきゃそわか」
 理絵子は目を伏せてそう言った。それは仏様が持っているとされる超常能力を指す語で、ひっくるめて超心理学の用語で言うところのテレパシーである。こういう職にある方には、敢えて超自然的な方法と言った方が、自然な場合があるのだ(文章で書くと不自然だが)。
 なお、理絵子のセリフの日本語でない部分は、観音菩薩の幾つかの変化のうち聖観音(しょうかんのん)の真言である。つまりこれを口にすると、観音菩薩に直接コンタクトを試みる、ということになる。
 住職氏は目を見張った。
「さて、普段なら門前払いするところだが、凡百の嘘つきとは言い回しが異なるようだ。以前、高尾山の行者さんに黒曜石の目をした天耳と他心の女の子がいると聞いたことがあったが……」
「自分で言うのも恥ずかしいのですが、大事にしろ口外するなと言われたことはございます」
 理絵子は言った。幼少の頃、滝行場が登山道脇にあり、通りがかりの自分に驚いたという行者さんにそのように言われた記憶がある。
「それはそれは……まぁ、お上がりなさい」
 理絵子は中に通される。お堂の中に安置された観自在菩薩像。
 じっと見つめる。座した姿の静謐な表情に、清水が体内をすーっと流れて行くような感覚が訪れる。ゴチャゴチャしたものが一旦リセットされるというか、絡み合った毛糸が解けるというか。
 清水が汚れを洗い流してくれる感じ。

(つづく)

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2025年4月26日 (土)

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -052-

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 他のクラスの見知らぬ女子。朝の廊下で展開された教頭との半イザコザを見ていたらしい。
……いい子ぶりっこらしいけど、教頭に目を付けられたらダメだね。でもマジで4階行ったのかな。
 いつの間にか自分が4階へ“行った”という過去形で、ゆえに教頭がトサカに来た、ということになっているようだ。今後どんなウワサに発展して吹聴されるやら。
 足が止まった。
 強いイメージ。左方は寺である。こんもりとした小山であり、石段が上へ続いて門が見えている。受けたイメージは、傷だらけの男の子を、女の子が両腕広げてかばっている、というもの。
 良くあるパターンと男女逆の構図、だが、その女の子こそあゆみちゃんであると逆にすぐ判った。
 寺から住職が出てきて一喝。男の子に暴力を振るっていた一団が退散し、記憶の事件は終了を見た。
「あんた、中学の子かい?」
 訝しげに問う男性の声に、理絵子は現実に戻った。
 気が付けば階段を上がった寺の境内であり、すっかり歳を取った住職が、竹ぼうきで清掃中。イメージを追ううちに門をくぐったようだ。
「あ、はい。すいません勝手に入り込んで」
「オバケなら出ないよ。帰りな」
「は?」
「違うんかい?」
 理絵子はピンと来た。
「それってひょっとしてあゆみちゃんって女の子の……」
「なんだ、やっぱりそうかい」
「私自身は彼女の幽霊を探しているわけではありません。ただ、悲しい話だなと思って、人ごととは思えなくて、そうしたらこちらが目に入って、よろしければちょっと菩薩様にお目に掛かりたいと思いまして……」
 すると住職はほうきを動かす手を止めた。
「よく知ってるね。……ウチに以前来たことがあるのかな?」
「いいえ」
「ではなぜウチが菩薩様を祀っていると」
 しまった。

(つづく)

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2025年4月23日 (水)

【魔法少女レムリアシリーズ】14歳の密かな欲望 -09-

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 3

「どうぞ」
 姫子は内開きになっている木のドアを開いた。猫が出入りするので少し隙間を開けており、ノブを回す必要はなく、押すだけ。
「失礼しますね……あら、さっきの猫ちゃん」
 調度はシンプル、というか、14の娘の部屋としては何もないと言った方が良いかも知れぬ。押入れ引き戸はドアと同様木目で、床もフローリングですなわち木。天井と壁紙は白。部屋の過半を塞ぐベッドと、丸テーブルにイス。ベッドの向こう、北側に出窓があって、小ぶりな銀色のオーディオ装置と、その両脇を挟むスピーカーシステム。銀色装置に座っている件の猫。
「寒いなり暑いなりあんたアンプの上好きだねぇ」
 姫子が言ったら猫は口だけ開いた。ニャァという口まねをしているかのよう。
「これで本人は声を出してるんですよ。超音波領域になっているので人間には聞こえないだけ。親愛の情です……」
 姫子は振り返って奈良井に説明しようとし、その瞠目に気がついた。
「殺風景だって驚かれてますか?日本の“カワイイおへや”を知らないんです私。どうぞ、そちらの椅子に。あ、パソコン邪魔ですね」
「あ、ええ、ありがとう」
 姫子はテーブル上のノートパソコンをベッドに動かし、奈良井に着席を促した。
 奈良井は椅子に腰掛け、テーブル上にノートを広げた。
「ごめんなさい。お母様にはお手間を」
「いいえこちらこそ。まぁガキの分際で看護師言うなら、当然成人したらガチ看護師になりたいと答えるのが普通ですからね。なのに何故か説明した方がいいですかね」
 奈良井は気を取り直して、とばかりにペンを持つ。
「そう……ですね。えっとまず、医師となると大変な学力を要求されます。勉強の計画はどの程度?」
 姫子はベッドを立つと、その下に格納されていたキャスター付きの物入れをガラガラと引き出した。
 英語背表紙の専門書がズラリ。
「こっちは先に現物色々見てきたので、医師はどこを見て何をしていたのか、その補填をしてます。基礎学力については、日本語喋れますけど教科書で習ったわけではないし、数学と理科は弱いと自覚があるので、クラスの得意な人に教えてもらいの塾に通いので水準を高めようとしています」

(つづく)

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2025年4月19日 (土)

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -051-

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 その目線に、理絵子はオーバー気味なため息を返した。確かに朝倉は、自身の発作を心配した挙げ句“空き教室”に行き着き、死に至った例があると話した。その点では“空き教室に行くと死ぬ”というだけより、真実に近い伝承。
 だがしかし、朝倉が殺したわけではないので、彼の発言は失礼。
「今夜枕元に出てもいい?」
 理絵子は表情を変えず、両手を“うらめしや”の形にして彼に言った。
「まじで?まじで?来る?黒野が俺んとこ来る?」
 目尻が下がっておふざけモード。教室の氷は一気に溶けた。何も担任の過去を周知させたり、笑いものにする必要はない。
 授業が終わって下校する。一旦帰宅し、カーディガンを羽織り、Gパンポケットに携帯を押し込み、再度外出。セーラーをクリーニングに出して向かった先は、土日に断念した二宮あゆみの旧居。
 普通なら夜まで待つところだが、担任が“発作”を起こした以上、急いだ方がいいと強く感じる。事の始まり……心霊写真……からの経過をさらうと、担任に対し現出する事象は、明らかに悪い方へと転がっている。
 バスと徒歩で跡地に向かう。ちなみに、不意にイメージが飛び込んできた場合に危険なので、こういう時に自転車は使わない。
 駐車場にたどり着く。整地され、跡形もないこの場所に、超感覚で拾えるようなものは何もない。そこまでは判っている。
 通学路に沿って、中学校へ向けて歩く。帰宅時間中であり、生徒達の存在によって、通学路を比較的正確に辿ることが出来る。
 川沿いの松並木。週末はここを少し歩いただけ。
 もう少し進んでみる。思春期の男女の通り道であり、いろんな思いが風景と一体化し、十重二十重に織り込まれている。夢や希望、挫折、破れた恋。木陰で誰もいないことを重々確認して、初めての口づけ……。
 かと思うと、男の子がずらり並んで川へ向かって“自然トイレ”。男子中学生は時代を問わずバカである。
 そこで理絵子は突如現実に引き戻される。すれ違った帰宅途中の生徒が、自分に対して何か言っているのを鼓膜が捉えたのである。

(つづく)

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2025年4月12日 (土)

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -050-

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 学校に戻った二人は、職員室へ報告に行った。
 教頭が何か絡んでいる、と、判った以上、教頭には連絡しづらいのだが、この調査行の責任者が教頭だから、どうにもしようがない。
 最も、朝倉が教頭をかばう以上、教頭が朝倉にその辺の口止めをした可能性があるので、二人は電車の中でさんざ考えて“報告書のシナリオ”を作っておいた。
 だが。
「教頭先生は会議で外出されましたよ?」
 現・学年主任である、志村という女性教諭のこの一言で拍子抜け。
 理絵子は保健室にあるという予備のセーラーに着替えた。……と書くとご都合主義的だが、汚れたり破れたりした際に予備が無くて困ったという卒業生達が寄贈したものだ。保健担当の教諭は、「クラスの女子が困ったらここにあると教えてあげて」と理絵子に伝えた。ちなみに、男子が着ている詰め襟の予備はない。
 4限目途中から授業に復帰する。昼休みには当然質問攻め。
「生きてた?」
「ちゃんといたか?あいつ」
「なんだ生きてるのか」
 口さがない。
 その中で男子が1人。
「あいつの“発作”だろ?」
 その男子は朝倉に“奇行癖”があると、得意に話した。
……内容は恐らくムチャクチャだが、彼の言を否定するとかえって火に油。
「うん。確かに精神的に非常に不安定な状態だった。あんたの言ったことはすごく失礼だけどね」
 理絵子はそれだけ言った。
「お前、気をつけろよ」
 男子はケロッとしてそう言い返した。
「何を?」
「あいつの発作に関わると死ぬんだってよ」
 その一言に、昼休みの教室は、凍り付いたように静かになった。
 理絵子に集まる幾つかの目線。

(つづく)

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2025年4月 9日 (水)

【魔法少女レムリアシリーズ】14歳の密かな欲望 -08-

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 “捏造”しながらなので、姫子は目線を外して話していたのだが、昨日の作戦と辻褄が合ったな、と思って顔を戻したら、奈良井は涙ボロボロであった。
「先生?」
「ごめんなさい取り乱して。ご両親と離れてなんて初めて聞いたので動揺してしまって……」
 みんなを笑わす日常の言動は、無理して気丈に振る舞っているのではないかと心配、と奈良井は付け加えた。要するに『可哀想な境遇ね』ということなのだが、作り話なので悲壮感は無くて当然で気丈もへったくれもなく。要するに先生嘘つきでごめんなさい。でも本当の素性をお話しするわけには行かない。
「今は大丈夫です。香お母さんがいて、クラスにたくさんの友達も出来ました」
 ニッコリ笑う。わざとらしいが仕方がない。
「本当に?」
「ええ。そんなわけで人間関係は逆に恵まれています」
「本当ね。じゃあ、時間もないので次に行かせて下さい。卒業後の進路ですが、今聞いたお話しだとやはり看護師さんかな。14歳の密かな欲望ってところを教えてくれるかな?」
 奈良井は少し軽い調子で尋ね、湯呑みを手にした(なお、密かな……が、昭和年代の歌のタイトルをもじったものだと姫子が知るのはかなり後のこと)。
 合わせて、“母”香がこちらを見る。え?決まってるの?ああ、そういう先のことは話したことはなかったか。後で謝って説明しなきゃ。
 姫子は奈良井を真っ直ぐに見、
「心臓外科医」
「え!」
 それは奈良井に取って非常な驚きを与えたようだ。手元ビクリと大きく動き、湯呑みの茶をひっくり返した。座卓からお茶が流れてキュロットスカートに染みを作って行く。
「ああ!すいません!」
 奈良井と姫子は同時に言った。
「お母さん雑巾は」
「そんな相原さんが謝ることでは……」
「先生それアイロンをサッとやっちゃうので脱いでらして。姫ちゃん、私の部屋に野暮ったいジャージがあるから先生に穿いていただいて。確かこの後生徒の部屋に入って秘密のお話、ですよね」
 母親がテキパキ指示。
「え、ええ、でも……」
「そのままじゃオシッコ漏らしたみたいですよ」
 かくして、白い三本線の入った青いジャージのズボンを穿いて、奈良井は階段を上がっていった。生徒の部屋に入るのは学習環境の確認がお題目。“秘密のお話”は学校側が把握している生徒の素行や評判に基づき、より伸ばすところと改善すべきところを“こっそり”伝える場で、二人きりで行うのだという。

(つづく)

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2025年4月 6日 (日)

信じる?信じない?

ここのお話はプロットを立てて肉付けをして、という教科書的な製作過程に則っていません。勝手に動くので追いかけて書いてるだけというか、示唆・託宣に近い物があります。自動書記という現象が知られますがそう書くとおこがましい気もします。

さて今回書いてた話は途中で「ちょっと待て」とばかりに進行が止まりました。そのタイミングで起こった出来事がこれ。

20250406-124612

そう。彗星(C/2024G3 ATLAS)。ただしこの子、日本でも「スマホ彗星」として話題になった紫金山・アトラス彗星(C/2023A3)

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(自撮り)

と、見え方がちょっと違う。わかりますか?

そして待たされていたお話はまた動き出したのです。ナニイッテンダオマエって?まぁそれは当該のお話を載っけた時に判るでしょう。レムリアのお話とだけしておきます。年の単位で随分先の予定。

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2025年4月 5日 (土)

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -049-

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 朝倉は少し考え、涙を、一筋、流した。
「……主任であった教頭に相談したのは私。学校に連れて行きますと電話して、子どもたち連れて行ったらパトカーがもういたわ」
 溢れ出す。後悔の涙が、朝倉の目から大粒の滴が、ぼろぼろと流れ出す。
「そう。私が主任に相談などしなければ、一人で対応してあげてさえいれば、あんなことには、あんなことには……」
 泣き伏せる。
 理絵子は朝倉の肩に手を回した。
 判ったが違う。それが理絵子の感想である。当初聞いたのと違うのは、朝倉が自身の判断で警察に電話した。のではなく、現教頭に相談したら勝手に警察を呼ばれた、と言うこと。それが真実の告白であるとしたら、朝倉は教頭をかばっていることになる。
 対し、教頭の異様なまでの“空き教室”への執着。出がけのトラブル。
 キーパーソンは教頭か?
 朝倉と、当時学年主任だった教頭との間に何かあったのか。
 しかし、ここで言葉で訊いても出てくると思わない、と理絵子は知る。朝倉が隠しているのは明らかなのだが、超能力で誘導してすら隠すのだから、朝倉の人格根幹に関わるような内容であり、容易に出てくるものではない、という感覚が強くある。これ以上聞き出すのは今の朝倉には心理的負担が重い。“教頭が絡んでいる”という大きな告白だけで今は十分。
「先生、今日は私たちこれで失礼します。大変お疲れになっていらっしゃると感じます。ごゆっくりお休み下さい」
 朝倉の嗚咽が収まるのを待ち、理絵子は言った。
 朝倉はゆっくり顔を上げ、腫れた目で理絵子を見た。
「ごめんなさい。ありがとう……」
「もし、一人で不安をお感じになる様でしたら、私の携帯に電話をください。飛んで参ります」
 理絵子は番号を伝えた。朝倉が自らの携帯電話に番号を入れようとしたが、震えるのかうまく入らないので、代わりに理絵子が入れる。一度発呼させ、すぐ切れば、次掛ける時はリダイヤル一発。
「重ね重ねありがとう。あなたには、あなたには……救われる……」
 またぞろ泣き出す朝倉を理絵子は布団に寝かせた。カーテンを開けたままにしておくよう指示して部屋を辞する。
 なお、朝倉の一人芝居で登場した男の子の名に理絵子は引っかかるモノを感じたが、その理由が現時点では判らなかったことを記しておく。

(つづく)

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2025年3月29日 (土)

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -048-

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 横須賀の顔色が変わり始める。“空き教室の理由”がそれであると知ったのである。
 ただ、理絵子としては今ひとつ納得が行かない。端的に言って朝倉が見ている二宮あゆみの“亡霊”は、朝倉自身が保有する恐怖の象徴表現であり、意識中の擬似人格であって、実際の幽霊ではない。無論、実際には二宮あゆみ本人で、朝倉の……自分で言うのもなんだが“お気に入り”の生徒を死に至らしめ、もって朝倉を苦しめることによって復讐をしているのだ、という理屈は成り立つ。
 成り立つがしかし。自分が彼女を感じないのはなぜか。
 感知されるのを避けて出てこないのか。それは“午前2時の訪問者”たちが好んで自分の周囲に出てくることと矛盾する。気付いて欲しいから“見える”人のところに現れる。のが普通である。実際、朝倉にも有象無象が憑いていた。
 横須賀が恐る恐る訊く。
「朝倉先生はお一人で抱えてらしたんですか?誰かに相談などされたことは……。そういえば教頭先生ってこの件すごく厳しくていらっしゃいますけど、教頭先生には何か?」
 朝倉は肩をびくっと震わせた。
 理絵子は急いで朝倉の手を握る。
「当時、教頭先生は学年主任でいらした」
 朝倉はぼそっと呟いた。
「……だから、よ」
 この言い回しが不自然と感じた向きは多かろう。理絵子も最前見た“一人芝居の空白”と同じ“無意識による隠蔽”を感じた。心理学に言う抑圧だ。
 そこで朝倉は理絵子にゆっくりと顔を向けた。
「そういえば黒野さんのお父様……この事件、担当してらしたわね……」
 その言に理絵子は頷き、
「ええ、ですから、父に訊けば、先生がご存じない部分も判るかも知れません」
 少し挑戦的なカマ掛け。

つづく)

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2025年3月26日 (水)

【魔法少女レムリアシリーズ】14歳の密かな欲望 -07-

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 キッチンに向かうと客間で談笑する香と奈良井の声が聞こえる。家庭訪問で先生をお迎えするとか何年ぶりかですわ。息子の時はあのバカ宇宙飛行士になりたいとかほざくもんだから親と先生二人で阿呆馬鹿間抜けととっちめたもんです。……姫子は聞きながら笑った。彼が、自分と、本当に宇宙に行ったことがあるなんて、誰にも話すことはあるまい。
「お待たせしました」
 姫子は客間に入ると膝に手をしてスッと正座し、窯変ようへんで黒みが付いた常滑とこなめ焼の茶碗を乗せたお盆を置き、奈良井と、香と、自分の座る位置に並べた。
「お楽になさってください」
「はい。って、……えーと、オランダにいた、だっけ、そんな風に見えないわ。どこでそんな大和撫子の作法を身につけたの?」
 本日最後、および、この場にいるのが全員女、という気楽さも手伝っていようか、奈良井は足を崩して横座りになった。
「あら、欧州で日本のカワイイは大ブームなんですよ。髪の毛のお姫様カットとか。見た目こんなナリですから、出来て当然みたいに言われましたので」
「なるほどね。……で、言い出しにくいんですけど、本題に入りますね。その、家庭環境について、進路指導や、提出する資料にも関わりますので、少し詳しくお伺いしないといけなくて。あら、凄いお茶碗」

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(スゴイお茶碗)

 奈良井が調書と思しき書面を取り出し、お茶を手に取ったところで、香が彼女に目配せ。その説明は任せて。
「姫子ちゃんの父親は相原隆(たかし)と申しまして……」
 それは本当は香の夫、学の父親である。但し、交通事故で他界。なので“ダシに使った”と彼女は理解した。
 証券マンとしてアムステルダムに在し、欧州そこかしこを飛び回っていた。が、客死して一人残った彼女を従妹である香が引き取ることになった……。
「え?じゃぁご両親とも存命でない……」
 香は“しまった!”という顔をしたが。
「母は知りません。家にいない父とそりが合わなかったようで、物心ついた時にはいませんでした。その流れで現地の日曜学校を通じて孤児院を手伝うようになって、まぁ応じて看護師が必要な場面が出てくるんですよ。で、あっちの医療ボランティアに所属して看護師の資格を取りました。なのでボランティア活動もやってたんですが、最近戦役災害が多くて出動出動になってしまって。学業に支障を来すからもう来るなと。金なし居場所無しで頼ったのがおばさま、という次第です」

(つづく)

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2025年3月22日 (土)

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -047-

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 朝倉が横須賀の存在に気付き、理絵子と交互に見る。気がつくと訪問者ありという状況に対する困惑は感じるが、意識精神は安らかに落ち着いている。
「ごめんなさい。お手数を掛けまして……昨晩遅くから意識がなかったようです」
 謝る朝倉に横須賀がペットボトルのお茶と、総菜パンを勧める。朝倉は上半身を起こし、お茶を口にした。
 肩を動かして安堵の吐息。
「夢を見てたの」
 朝倉は真正面、重なった衣装ケースの方を見ながらつぶやく。
 それこそ夢から覚めた少女のように。
「怖い夢。でも不思議ね。黒野さん、あなたが救い出してくれた。どうやってかは覚えてないけどあれは確かにあなた」
 朝倉は言って沈黙した。
 目は開いたまま。記憶の断片でも追っているのだろうか。
 横須賀も女性であり、朝倉が何か思考に埋没しているとすぐに判ったようである。特段問うでなく、朝倉の反応を待つ。
「予感がするの」
 少し経って、朝倉は唐突に言った。
「それは、どんな、ですか」
 理絵子は問いかける。ゆっくりと。
 それこそ予感がする。核心が担任朝倉の重い口を開いて出てくる。
「あなたなら、黒野さんなら、大丈夫」
 朝倉は言った。
「そう思われる前は?」
「あの子と……二宮あゆみと似た娘を見ると、私は彼女のことを思い出してしまう。……ただ、普通はそのまま卒業。でも、中にはやはり感づく子がいてね、親切に気にしないでと言ってくれた。だけど……そういう子に訳を話すと、どうしても気になるらしいのね。行くのよ。あそこに。そうすると」
「そして伝説が繰り返される」
 理絵子の指摘に、朝倉は頷いた。

(つづく)

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2025年3月15日 (土)

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -046-

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「先生大丈夫、私です。黒野です」
「くろのさん……」
 理絵子に目を向ける。まるで親に出会えた迷子の幼女である。担任は見る間に穏和な表情になり、人形の空気が抜ける様に弛緩し、再び眠りに落ちていった。
 横須賀が大きなビニールを抱えて戻ってきた。
「教頭先生には問題ないと電話しておいた。まだやすんでらっしゃる?」
「ええ」
 理絵子は着替えとして差し出されたジャージの上下に手早く着替えた。赤紫色で白線三本、特価980円。値段相応にダサいしダブダブだが、選り好みはできない。セーラーは学校へ着て行ける状態ではない。
 ジャージの入っていたビニールにセーラーを押し込み、横須賀の買ってきたペットボトルのお茶を手にする。
「朝倉先生の発作っていつからかご存じですか?」
「私が転任してきて最初の職員会議」
 横須賀は即答した。
「ショッキングな出来事だったからよく覚えてる。4階に監視カメラをつけようかどうしようかという話でね。突然立ち上がって、まるで亡霊から逃げるみたいに『やめて、来ないで』って。爪で顔を掻きむしって血が出たわ……」
 理絵子はそこで横須賀を制した。
 担任が目を覚ますと判ったからだ。
 静かな朝の目覚めさながらに、担任がまぶたを開けた。時たま父親が大音響で鳴らしているベートーベンの「田園」だ。
「お加減いかがですか、先生」
 理絵子は担任の顔を覗き込み、横須賀の顔が見えないようにして、努めて柔らかい口調で言った。
「黒野さん……さっきはありがとう。助けてくれて……」
「え?朝倉先生覚えてい……」
 言いかける横須賀を理絵子は後ろ手で制する。朝倉は“夢の中の助けに現れた黒野理絵子”と目の前の理絵子がごっちゃになっているのだ。
「横須賀先生とご様子を伺いに参りました。学校にお見えにならないので」
 理絵子は言ってから、ゆっくり朝倉の眼前から顔を引っ込めた。

(つづく)

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2025年3月12日 (水)

【魔法少女レムリアシリーズ】14歳の密かな欲望 -06-

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 翌日。
 初夏の兆しも見えて日射しの強い日。
 家庭訪問週間は、授業は午前打ち切りとなり、午後に教員が駆けずり回る。
“今日巡る家庭では最も学校に近い”ということで、最後になった姫子の居所に、担任奈良井は予定より30分遅れて現れた。
 呼び鈴が押される5秒前に玄関ドアを開けると、奈良井は驚いたように往来から顔を上げた。少し疲れているように見え、そして暑いのだろう、脱いだカーディガンを小脇に抱えている。迎える姫子は水色の半袖ワンピース。
「ごめんね、遅れちゃって」
「いいえ。順調に遅れるから焦るなと、叔母……ですが母と呼んでおります。母から聞いてましたので。どうぞ」
 姫子は話しながら玄関前の4段を降り、門扉を開けて奈良井を招き入れた。5~6軒ずつ7日に分けてと聞いている。先に終わった友人達からしんどかった、という話は聞いていたので、日々しんどい×5の担任の負担は相当なものであろう。
 玄関には相原香が迎えに出てきた。
「遅れまして申し訳ありません。担任の奈良井と申します」
「いいえお疲れ様です。姫子の叔母に当たります相原香です。どうぞお上がりください」
 相原香は玄関マットにスリッパを並べる。玄関から廊下を真っ直ぐ突き当たるとリビングであり、その扉は閉じられ、比して途中左手の襖が開かれているのが客間である。
 その客間から、廊下を挟んで向かい側、2階に向かう階段途中から見ている三毛猫。
 尻尾を緩く左右に振っている。一般に猫が尻尾を動かしているのは苛立っている証左とされるが。
「あら、猫ちゃん」
「何?お水?」
 靴を脱ぐ奈良井の背後から姫子が声を掛けると、猫は素早く階段を駆け上がって姿を消した。
「逃げられちゃった」
「嫌ってるわけじゃないと思います。お茶をお出ししたいのですが、温かい緑茶、冷たいウーロン茶、どちらがお好みですか?」
「……規則でご遠慮、と言いたいけど、正直に温かいお茶を下さい。あちこちで冷たいの出していただいてお腹が冷えそう」
 苦笑する奈良井に姫子は笑顔で応じた。

(つづく)

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2025年3月 8日 (土)

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -045-

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 その時、あろうことか、彼はあゆみちゃんを伴っていた。ターゲットとその手段は当然。その結果……。
「彼は私を守ろうとして刺してしまった。彼が悪いんじゃない。のこのこついて行った私が悪い」
 担任は髪を振り乱し、責任を自己に帰そうとするあゆみちゃんを表現した。
 その後担任はあゆみちゃん、岩村少年、岩村少年の家族を交えて、善後策を協議しようとしたようである。
 だがそこで担任の記憶の演劇は進まなくなる。麻酔でも打たれたように、台詞が紡がれなくなり。
「ごめんなさい……ごめんなさい……私が……すべては私が……」
 一瞬の空白の後、担任はそう言ってぼろぼろ泣いていた。しゃがみ込んだ目の前には……あえて書こう、校舎前アスファルトの上、どぎついほど鮮烈に赤い、そして花びらのように広がる、血の海に横たわる少女。
 後頭部より落下したらしく、耳朶がアスファルトに接触している。すなわち、耳朶より後方の頭部は挫滅した状態。当然、血の海の中には脳と思われる灰白色の組織塊が幾つか確認できる。瞳は見開かれたままで、その拡大状態の瞳孔の奥は闇が支配している。水晶体に映る担任の姿を、感情無く見つめ返しているかのようだ。血液が失われて真っ白になった顔と相まって、変な表現だが、リアルすぎる人形のように生々しい。
「あの時……私が……しなければ……しさえしなければこんなことには……ごめんなさい。ごめんなさい……」
 担任は泣き、叫び、苦悶の表情で自分の手指の爪を立て、自らの顔を掴もうとした。
 放っておけば再度“発作”に進行し、自傷行為になり、ネグリジェならぬ自分の身体を引き裂くことになろう。真相は“一瞬の空白”にあるのだろうが限界である。理絵子は担任の額に手を当てた。

(つづく)

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2025年3月 1日 (土)

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -044-

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 こういうのは、自分で納得して口にしないと、副作用の方が大きい。
「先生、先生の抱えてらっしゃること、お話しいただけませんか?」
 理絵子は寝ている担任に話しかけた。
 その髪を、頬を、優しく、撫でながら。
「誰にも言いません。私たちだけの秘密です。学校も知りません。彼女と、最初に出会ったのは、いつだったんですか?」
 理絵子の問いに応じるように、担任の口から吐息が漏れる。
 理絵子は、担任の手を、そっと握る。
「……先生、岩村君のことなんだけど」
 担任は少女のトーンで、まるで劇の脚本を読んでいる様な口調で言った。
 理絵子が眠っている担任の意識に接触し、働きかけたのである。一種の催眠術と言って良い。
 以下担任朝倉の一人舞台の様相を呈したのでまとめる。まず“たこぶえ”の連中は、全ての事の始まりとなる男の子の転入を小学5年と言っていたが、朝倉が二人を知るのは彼らの中学入学当初から。あゆみ達の担任となり、彼のことで相談を受けるようになっていった。男の子の名は岩村正樹(いわむらまさき)。みんなと遊ぶというよりは、ひとりで本を読んでいるのが好きなタイプであったらしい。しかしそれが、よそから来たくせにいい子ぶりっこ、という反感を周囲に抱かせた。
 よそ者いじめである。これに彼女……あゆみちゃんが攻撃の矢面に立つ。ここまでは良かった。
 男の子に不幸が訪れる。両親が借金苦で自殺したのである。そもそもこの地へ引っ越して事自体、夜逃げ同然であったらしい。今に言う多重債務だ。当時サラ金地獄などと言ったが、理絵子はそんな語は知らぬ。
 なぜオレばっかり……自暴自棄になった彼は暴走を始める。虐げられた人間は、他を虐げたり、頂点に立つことによって、心の傷を補おうとするが、実際彼は、周囲が自分を避ける様を、離れ始めるのを、心地よいとすら思っていたようである。ただ、彼女だけは、それはいけないと言い続けた。彼も、彼女だけは裏切ろうとしなかった。
 そして、事件は起こった。
 台頭する彼の組織に対抗する他校の組織が、待ち伏せ攻撃を仕掛けたのである。

(つづく)

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2025年2月26日 (水)

【魔法少女レムリアシリーズ】14歳の密かな欲望 -05-

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「かといって本当のこと言うと萎縮するだろなぁ。王家の娘と言ったら皇族なみの対応が必要と考えちゃうからなぁ」
 相原学は高校時代から普段着にしている野暮ったい体操ジャージの袖を腕組みして言った。
「だよねぇ。嘘つくか。イヤだけど」
「そこまでせんでも。学校には外国の親戚を引き取りました、としか言ってないんだっけ?」
「そう」
「あと言ってあるのは?」
「外国のボランティアに参加して看護師の資格持ってます。但しEFMMとは言ってません」
 EFMM……国際医療ボランティア〝欧州自由意志医療派遣団(European Free-will Medical care Mission……EFMM)”である。彼女はそこで世界中を駆け回っていた。戦争・疫病・災害……北緯20度以南が多く、応じて炎天下の活動が多い。結果が日焼け優勢の肌である。なお、相原学とはその過程で知り合い、活動を共にし、年の差を超えて好き合った、とだけしておく。ちなみに同団所属のガチの姫様としてテレビに出たことがあるが、学校にはその娘と他人の空似ということにしてある。数名にはバレているようだが。
「じゃぁEFMMが余りに多忙で現地の学校に通えなくなったので、日本の親戚を頼ることにしました。そのまま社会人まで学習するつもりですって言っておき。定住、進学はウソじゃないんだから」
「うん」

(つづく)

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