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魔女と魔法と魔術と蠱と【8】

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 24時間後。
 横浜。スポーツアリーナの特設スタジオ。
 緞帳の下りたステージで、彼女は出番を待てと言われた。
 暗いステージ。緞帳の向こう側には照明が当たり、タレントの男女が何やら前口上。土石流の話らしい。大げさなアクションが影絵のように緞帳裏に映っている。
 策?
 彼女の意識に、ふっとそんな言葉が浮かんだ。……そういう直感は超感覚の囁き。
『ではご紹介致します。何と私たち番組スタッフをも救い出してしまった、これは最早、奇跡の姫君と申し上げた方がよいでしょう。メディア・ボレアリス・アルフェラッツ王女殿下です!』
 緞帳が上がり、自分に当てられるスポットライト。
 わぁ、とか、おお、とか、感嘆の声がそこここから小さく上がり、それらが集まりひとつの波のようになり、会場全体のどよめきへ成長する。
 ステージ上では、彼女のみが、光の中にあった。
 夜会用の深いブルーのドレスを纏い、彼女はステージ中央に立っていた。
 策。直感のその内容を、彼女は瞬間、把握した。
 ステージから見下ろす、相対的に暗い客席を埋めた子ども達。
 見知った子ども達。冒頭児童館のみならず、病院や保護施設など、〝マジックショー〟で訪ねた多数の施設の子ども達。
 お忍びで、〝相原姫子〟で巡ってきた、そうした施設の子達を集め、自分を驚かせようというテレビ局の企みごと。
 ……しかし、驚きや嬉しさよりも心配が先に立つ。まさか無理強いされた子はいないだろうか。
 策には策。確かこれは生放送。
「みんな元気だった?」
 タレント司会者が何か言う前に、彼女は響く声で言った。
 マイクなど無くても、その声は会場の隅々まで届いた。
 王族の娘である。城の窓から民へ触れを出していた時代からの習わしで、彼女もその辺の発声法は身に付けている。
 タレント司会者が驚く間に、彼女は右手を持ち上げ、指をパチンと鳴らした。
 すると。
 子ども達が一斉に立ち上がり、天井へ向かって、それぞれに手を伸ばし、或いはぴょんぴょんジャンプ。
 まるで一気に花が咲くように会場を手のひらが埋め尽くし、揺れ動く。
 その伸ばす手の先。緩やかに、そして雪降るように大量に、客席へと舞い降りて来るもの。
 それは〝紙ヘリコプター〟であったり、竹とんぼであったり、回り落ちる花を模したセロファン紙細工であったり。
 喜び、はしゃぐ声が会場に満ちあふれる。子ども達は、ステージなど最早どうでもいいかのよう。
『あの……いや、これはどういうことでしょうか……』
 出し抜きイベントを逆手に取られたタレント司会者は言葉が見つからない様子。
 否、全ての子ども達が手を伸ばしているわけではない。彼女は自分への視線を感じ、そちらへ目を向ける。
 ステージ直下、客席との間にセットされた階段の傍らに、花束を抱えた男の子がいる。
 湘南の児童館の男の子。
 術を教えた、あの男の子。
 彼の足元にはヘッドセットの男性がしゃがみ込み、タレント司会者に手のひらを向けている。番組スタッフである。脚本なのか、冊子を丸めて持っており、トーチのように掲げてぐるぐる回した。
 早くしろ、という意だと彼女は解した。自分のイタズラで予定が狂ったということであろう。一瞬だが、睨むような目で自分を見た気がした。
 彼女、王女メディア・ボレアリス・アルフェラッツは、タレント司会者に目を向けると、軽く頷き、手先を向けてどうぞと促した。
 タレント司会者は彼女の手に気付き、魔法の呪縛を解かれたように笑顔を作る。
『いやー驚きました。これも王女様の奇跡でしょうか。もう判っていらっしゃるようで説明は不要でしょう。そうです。今日ここに、姫様に是非お礼をと、多くの子ども達が集まってくれました。代表して』
 花束役が、彼。
『では皆さん拍手で』
 拍手のみならず、歓声とも悲鳴ともつかぬ多くの声が会場を包み、その声を背に、花束の少年が目の前の階段を一歩ずつ上がってくる。
 彼が激しい緊張の裡にあることを彼女は見て取る。それは仕込みのヤラセというより、唐突に抜擢された印象。確か彼は児童館で最年長。今日は電車に乗って子ども達をここまで引率、そこを呼び止められ。そんなところか。
 彼女は膝を曲げ姿勢を下げる。彼我のそもそもの身長差に加え、今日はこんなナリだから踵のある靴を履いている。それに、しゃがんで受けた方がいかにも〝心づくしを受け取る〟風の絵になると思ったから。ドレスがふわりとステージ上に裾を広げ、幻の青い薔薇の如し。
『お礼の言葉と共に、花束をお渡ししたいと思います。ありがとうございました』
 受け取る花束。見た目鮮やかだが、強すぎるライトの光に傷みそうな花と葉と。
 合わせ大合唱。ありがとうございました。
 ここで自分が涙でも流せばテレビ屋さん的には絵になったのであろうが。或いは、そもそもそうなることを狙っていたのかも知れないが。
 泣くどころか、逆にカチンと来た。
 ありがとうござい

 ま・し・た。

 過去形で言わすな。私はこのみんなとずっと友達だ。
「私こそありがとう。今日はみんなの顔が見られて嬉しかったしびっくりしました。またコッソリ行きますからよろしくね」
 会場に向かってそう放つ。これでいいですか、アンド、ざまーみろ。
 少年に目を戻す。
「ありがとね」
「姫様だなんて」
 知らなかったと言うよりは、裏切られた。そんなニュアンスの口調で、彼は呟いた。
 その声は、子ども達の歓声に埋もれていたが、彼女は確かに聞き取った。
 彼が、そのように呟いた理由を、彼女はその時点では判らなかった。
 だから。
「でも、学校通ってあくせく勉強して、テストにびくびくしてる。同じだよ」
「オレなんか……」
 彼はそれだけ、或いはそこまで口にし、振り払うように後ろを向き、駆け出すような動きを見せた。
 しかし、彼女が座して姿勢を変えたことは、ステージ以外が暗いことも相まって、彼の帰路をずらすことになった。
 彼が足を出したそこに、階段はなかった。
 暗闇は高さの距離感を狂わせたと見られる。彼は右手を前に出したが及ばず、そのまま落下し、顔面を強打した。
 叩きつけるような音。
 客席から悲鳴が上がった。
 しかし、階段下にいた脚本片手の番組スタッフよりも早く、狩るカワセミの様に彼の傍らに舞い降りる、深いブルー。
 ステージに残された花束から、花びらが散った。
「大丈夫!?」
 飛び降りた彼女は、状況を見て取り、事態の深刻さをすぐに察知した。
 意識朦朧とし、半眼となった彼の鼻腔から、リズムを打って吹き出す大量の鮮烈な赤。
 鼻の軟骨が根元部分で折れている。その時同時に動脈を切ったのだ。
 動脈血は通常ケガで目にする静脈血に比し、驚くほど鮮明な赤色を呈する。これが同じ血液かと思わず目を見開く程である。そしてその赤は、不安と恐怖の感情を勝手に呼び醒ます。
 命の危機に直結すると、遺伝子の知るが故に。
 と、そこで照明がステージ下の現場を照らした。配慮か、突発自体を絵にするつもりか。
 それは判らない。ただ、照らした先には、青いドレスに血しぶきを散らして少年を抱きかかえる彼女がいた。
 吹き出す血脈は、その脈打つ毎にざっと音を立て、床面に散り飛ぶ。
 生臭さと、歯の奥がギシギシと軋むような鉄さびの匂いの混ざった、血の匂い。
 その状況は凄惨と言って良く、一般にはパニックを誘発したであろう。
 しかし、その場にあってそうしたパニックはなく。
 彼女はハンカチで少年の小鼻を押さえ、叫んだ。
「救急車を。或いは病院へ電話してクルマを。冷たいタオルか氷はありませんか。急いで、早く!」
 対し幾つもの声が応じた。
 会場の子ども達であった。
「姫様これ使える?熱冷ましのヤツ」
「出血抑えるんだよね。このタオル使ってよ」
「姿勢高くするならオレらが抱き上げるぜ」
「ボクの先生に今電話してるよ」
「クルマなら私のお父さんが駐車場に取りに行った」
 子ども達は知っている。パニックになる必要などどこにもないことを。
 リレーされ送られるタオルや熱冷ましジェル。
 恬淡と状況を切り取るハイビジョンテレビカメラ。
 結局、会場を貸しているアリーナ側が担架を用意するより早く、男の子は別の数人の少年達に抱え上げられた。それを見た子ども達は立って自分の椅子を退かして道を作った。
「こっち!」
 クルマを用意したという女の子の案内を受け、彼女たちは走り出す。
 多くの子ども達に見送られ、会場を共に出て行く。
『ご覧下さい。また奇跡がひとつこの会場で……』
 番組?知るか。
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つづく

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