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魔女と魔法と魔術と蠱と【11】

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 マジックショーは昼前。
 その前にお手洗い……から戻ってきた彼女は、金縁スーツにシルクハットのマジシャンモード。
「持って来てたのそれ」
 彼は訊いた。
「まぁね」
「でも……オレ」
 シャツにジーンズ。
「しかも手品とか知らないぞ。じゃない、知りません」
「ちゃんと用意してるし、シナリオは児童館の時と同じだから。ただ私の役どころをあなたがやるだけ」
「え?でも……」
「やれば出来るって。ハイハイ時間ですよ行きましょう」
 躊躇う彼の背中を構わずグイグイ押して、小児病棟の休憩コーナーへ向かう。
 ドアを開けると、椅子テーブルをのけて作られた急ごしらえの会場に、子ども達が沢山と看護師数名。
「すっげー。ホントにテレビのお姫様だ」
「あ、落っこちた兄ちゃんも一緒だ」
「ホンマや落ちたあんちゃんや」
 口さがない〝事実の確認〟と笑いを受けて彼はうつむいた。大阪弁の女の子は難病治療でここ横浜まで、であろう。
 彼女はそれを受けて、
「でも、このあんちゃん、ホンマはすごいマジシャンねんで。変身するさかいに見とってちょ」
 ……ちょ、って名古屋弁だっけ。
 ま、いいや。彼女は口に指を当て、見ている子ども達に向かって〝しーっ〟とやる。
 子ども達が静かになり、何が始まるかとキラキラ光る瞳で彼女達を見る。
「儀式をします」
 彼女は厳かに言い、彼に身体を向け、右手人差し指を一本立てて、まっすぐ腕を伸ばし、天井を指し示す。
「我らを見守りし月の精霊よ……」
 医師に聞かせたのと同じである。ただ、その後が違う。
「(微笑みと歓びの稀なる力を友の手先へ)」
 原語記述は控える。彼女は窓の外、白昼の白い月へと右手を伸ばし、指を開き、手のひらを向け、月を掴むかのように握って拳とし、胸元に引き寄せた。
「今、私のこの手の中に、月の力が宿っています」
 囁く。小声に呼応するように、じっと見守る子ども達。
 彼女は空いてる左手で、シルクハットを頭から取り、彼に持たせた。
 彼がシルクハットを持ったところで、その中に左手を入れる。次いで中から引っ張り出したのは、カーテンのような大きな布一枚。
 広げながら、彼に頭からばさっとかぶせる。
「あっ!」
 布の中からちょっと抗議。
「5秒待つべし。さてこれは幽霊ではありません。まだ昼間だしね」
 小笑い。
「ワン・ツー・スリー」
 声に出し、月を掴んで握った手を彼に向け、魔法の粉振り掛けるようにパッと開く。
 布を外す。
「ち~ん!。お待たせしました出来上がりです」
 それは電子レンジの真似。彼女が布をサッと取ると、中からは同じくスーツ姿にシルクハットの彼。但しスーツの飾りは銀縁。
 子ども達は大きな歓声。
「すっげー!」
 最も、更に驚いたのは彼本人。
「え?これどうやっ……え?」
「細かいこと気にしない。私の帽子ちょうだい」
「え?あ、うん」
 戻されたシルクハットに、彼女は大きなその布をぎゅーぎゅー押し込みながら。
「ではこの現れ出でたるスーパーマジシャンとしばしお付き合いを……うう、入らん。あんたちょっとボケッと見てないで手伝いや」
 彼に要求。
「あ、はい」
 要領を得ていないぎこちなさで彼が手伝う。自分の取るべき行動が不明なのである。最も、この辺り全くのアドリブであって、事前に彼女が言った〝児童館の時と同じ〟とは大きく異なるので当然なのだが。
「何や奥さんの尻に敷かれとるダンナみたいや」
 大阪なツッコミに笑い。
 彼女はツッコミに手のひらをパタパタ左右に振って、
「敷いてへん敷いてへん。尻ちっこいから敷けへんねんて。ホレ、もっと力入れて押し込みや」
 彼女は言うと、帽子のツバを両手で持って足を踏ん張り、彼に押し込ませた。
「これ、入らないんじゃないの?」
 彼は真面目に困惑顔。
「入らん言うてもここから出したがね」
「それ名古屋弁になっとるばい」
「自分、アムステルダムに住んでる江戸っ子じゃけぇのお。ホレ、そこで屁が出ない程度にグッと踏ん張る」
 言われたように彼が一押しすると、布地は掃除機に吸われたティッシュのように、ズボッと帽子の中へ入った。
 代わりに、彼が被っていたシルクハットの中が盛り上がり、布地が彼の頭の上にはみ出た。
 人一人包める布地が、帽子から帽子へ移動したのである。つまり立派にマジックである。
 看護師数名から感嘆の声が上がり、説明を受けた子ども達がようやく理解し、遅れて「おおすげえ」。
 無論、既にショーの中身なのである。このように明確な開始点を与えないことで、〝日常〟と〝非日常〟の境目を彼女は敢えて付けない。
「尻敷かないで頭に乗っかっとんねん……て、折角入れたのに何でそっちから出すねん」
 笑い。彼は唐突に出現した頭の荷重を、瞠目しながらズルズル引きずり出した。
「だから出すなってばよ。入れろ言うたのに出してどないすんねん」
「だってさっきそっち……」
「マジシャンが手品見て悩むな。タネがバレてまうがな。アンタがな、そっちの帽子の中の変なボタンを押したんや」
「えっ?」
 彼の顔に如実に困惑と戸惑いが浮かぶ。そんなことしてないよ……。
 しかし、彼女はお構いなし。むしろ彼のそうした反応に対応して場を繋いでいる。
「いい加減使い方覚え。ホレ、あんたの帽子貸して」
 布地はみ出てズルズル状態の帽子を、彼は彼女に渡した。
 彼女は、二つの帽子を、割った直後の卵の殻のように両手に持った。
「え~タマゴが割れてしまった場合は、このように流れた白身を元に戻すと元通りになります」
 布地をそれこそ白身戻すようにタマゴ形に丸め、二つの帽子で挟む。
「ならへんて~」
「なるて~」
 彼女は言い、合わせた帽子を再びタマゴのように左右にパカッ。
 人の頭ほどもある白い大きなタマゴが現れ、床の上にドタッと落ちる。
 布地がタマゴに変わった。
「ホレ見い戻ったやろ……て、タマゴそのものやないかいこれ。大マジシャン、これが例のチョ~美味しいタマゴってヤツかい?」
 彼女は彼に水を向けたが、彼は言葉に詰まる。
 すると観客から、
「なぁ、ホンマのマジシャンはお姫様だけちゃうんけ?」
「ちゃうちゃう。私の方がこの人にこうしろ言われてやってるだけやねん。せやからホラ、私がこのタマゴ割ろうとしても割れへん」
 彼女は大タマゴをひっぱたき蹴っ飛ばし、割れろと言い開けゴマと言ったが、タマゴの返す反応質感は発泡スチロールのそれ。
「ところが大マジシャンが帽子でコンと叩くと」
 そのためにシルクハットの片方を彼に戻すと、彼は言われた通り、帽子のツバでタマゴをコン。
 タマゴは左右にパカッと割れ、中からクッキーが山ほど。
 この〝何かを割るとお菓子山ほど〟は、彼女が児童館で見せた冒頭ツカミと同様である。
 ここで前言通り〝児童館と同じ〟に乗ったわけだ。それは彼も気づいたようである。
 実は、彼女のマジックは基本的に全てアドリブだ。その場にある物を移動させたり、出したり消したり。その場にいる小鳥や動物の応援を頼んだり、昆虫を使ったり。
 同じことを繰り返すことはまず無い。今回は、ナニワなツッコミが入ったので、そこから始めただけ。そして彼が付いて来られるように児童館のパターンを踏襲するだけ。
「ふっふっふ。オレサマの実力を見たかい?みんな」
 これは彼のアドリブ。
 そこで彼女は一つ得心する。彼は児童館の中で最年長、自ずからリーダーご指名。
 でもそれは〝失敗してはいけない〟というプレッシャーを常時彼に課していると見られる。結果彼の行動には自信が伴わず〝これでいいのかな?〟という不安が常に存在したのだ。だから恋も魔法に頼るのだし、緊張の故に階段から落ち、このショーでも自ら動こうとせず受身なのだ。
 そしてだからこそ、この先を把握している展開へ転じた途端、コトバに確信と自信が生じた。
「ようやく威張ったね。それでいい。じゃ、お菓子配るよ」
「おう」
 タマゴの左右を二人それぞれ持ち、中のお菓子を配って歩く。
 幾らか足りない。
 悲しそうな顔を見せる男の子の前で、彼が彼女の言葉に応じ、手のひらを握り、開く。
 現れたのはお煎餅。……食物アレルギーに対する考慮。
 以下児童館の時と役どころを変えただけで同じ内容で進めた。彼はそれこそリーダーの杵柄であろう、次第に自らがイニシアティブを取って、彼女と丁々発止のやりとりを展開、子ども達の見方も〝落ちた兄ちゃん〟から〝大マジシャン〟へと変わって行った。
 最後のマジック。
「これは一緒に」
 彼は彼女に会わせ、シンクロナイズドスイミングのように同じ動作。
 まず、自分の手を拍手するように音を立てて合わせ、合わせた手を左右に開く。
 開いた手に現れるステッキ。そこにシルクハットを載せ、皿回しの要領で帽子をくるくる。
 帽子から遠心力で振り撒かれるように舞い散る、紙コプターにセロファン紙の花。すなわち、テレビ中継の時と同じもの。
 あの番組を、テレビの向こうで見ていてくれたであろう、見ているだけであったであろう子ども達は、喜んでくれた。
 彼の衣服を元に戻し、30分のショーはアンコールを謝りつつ断りながら終了した。
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つづく

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