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魔女と魔法と魔術と蠱と【7】

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 翌日夕刻。中継場所の施設はスコールの中。
 熱帯雨林地域のこの種の驟雨は度肝を抜くほどの雨量である。文字通り滝の中にいるか、天の神様がバケツをひっくり返して注いでいるか。
 比して施設は粗末である。端的には木造の小屋を幾棟も連結しただけ。そこに蔓植物が幾重にも輻輳してからみつき、好き放題葉が茂っている。その蔓と枝葉は体よく日射しを遮るそうだが、引き替えに雨漏りが酷く、屋根の用をなさない。見かねたテレビスタッフが、取材車からビニールシートを取り出して屋根に敷いた程。要するに疎んじられ追いやられた施設なのである。実際、施設自体、村はずれであり、傍らには見上げる崖。この雨のため、崖の上から泥水がまさに滝だが、いつものことで気にしない、と施設スタッフは言った。
 過去にも誰か心配して訪れたようなことはないという。つまり、自立支援と対極。
「この国においては、知的・身体的ハンディを持つ方に対して、まだまだ強い偏見があります」
 土砂降りの中、レインコートにヘッドセット姿で彼女は話す。しかし、跳ね返り降り込む雨はあまりに強く、粒が大きく、多分コートなどなくても同じ。それでも屋外からの中継としたのは、撮影に使う強いライトが、脳の神経信号伝達に悪影響を与えるのを恐れてのこと。
 地鳴りがして地面が揺れた。
「地震かっ!?」
 テレビスタッフが身をすくめる。彼女も巨大地震の記憶が脳裏をよぎった。しかし、だとすれば、この地に着いた時点で、鳥や動物が尋常ではあるまい。
「違う……」
 続ける彼女の言葉を事象がかき消した。
 崖崩れである。地震様の小刻みで鋭い振動が彼らを襲い、恐怖を覚えたか撮影クルーは反射的にしゃがみ込む。その目の前で、頑強そうだった崖がまるで変身するように泥の壁と化し、溶けるように崩れ、水さながらの姿と速度で流れ出し押し寄せる。
 テレビ画面を横切る黒い津波。
 生じた土石流は施設を直撃し、一気に押し流した。
 地下水をくみ上げるポンプのパイプが引きちぎれ、壁や屋根材が割れて内部が剥き出しとなる。しかし、建物を囲うように絡んだ蔓が、残った建物の床面を篭のように抱え込み、そのまま浮かんで流れて行く。
 悲鳴を上げ手を伸ばす施設のスタッフ。
 対し彼女は手を伸ばし、駆け出そうとする。
 その手をテレビスタッフが掴み、さらに団長が身体を捉えて抱え込む。
 しかしどちらの腕も、泥と雨の故に滑った。
 彼女は束縛から躍り出る。転んで全身泥まみれになったが、同様にバランスを崩した男達より、身軽さの故に先に立ち上がり、土石流の中で浮き沈みする建物へと走る。
「プリンセス!」
 団長のその叫び声は、雨の中で声を拾うために感度を上げたマイクを歪ませ。
 同時に、彼女の以下の意の文言をかき消した。
「(火よ土よ、風よ水よ、この流れの向きを変えよ)」
 原語で書くことは控える。
「ライト!ライトオン!」
 団長の言葉にテレビスタッフが撮影ライトを向けた時、彼女はどこをどう伝ったか、流れ行く施設の屋根の上にいた。
 ドッと風が吹く。いや空気の固まりがぶつかってくる。このスコールをもたらした積乱雲から吹き下ろす冷気塊、ダウンバースト。
 この風に反応したのが、施設に絡んだ蔓と枝葉。
 風圧が浮かぶ施設を回転させ、向きを変える。土石流に乗って流れ来る小さな木々やその根が、蔓植物に絡み付き、船の碇のように大地に引き留め、施設の動きを鈍くする。
 その次の刹那。
 天が白銀の光で皆の目を眩ませた。
 天そのものが爆発したかの如き破裂音がし、中継設備一式が炎に包まれた。
 落雷であった。中継用の電力設備は、雨も加わり天地間電気抵抗を周囲より低いものとし、ゆえに雷にとって格好の電路となり、落雷を誘発したのだ。
 正確な電路は崩れ残った崖上の大木より、崖の側面から突き出た大木の根を経由し、パラボラアンテナへアークを引いた。
 そして、その巨大な電気エネルギは瞬時に熱と化し、大木を引き裂き、ガケの一部を爆発的に破壊した。
 消えた中継ライトの代わりに、燃える中継車の炎が続きを映し出す。まず、破壊されたガケから、巨岩がパズルのピースのように外れ、地響きと共に転がり落ちる。巨岩は施設に絡んだ寄生植物の根を押さえ込み、同時に土石流に対してダムの作用を持った。
 施設に押し寄せていた土石流は巨岩によって遮られ、テレビスタッフら周囲に泥水が貯まり始める。
 みるみるうちに増える水かさ。
「こちらへ!今のうちに!」
 燃え上がる中継車の傍ら、濁流と炎の狭間に残された数名の男達は、その炎の照らす中、女神が旗を持ち導く姿を見た。
 否、施設屋根の上でレインコートを振っている彼女であった。
 男達は炎によって流木と流木の隙間を見いだし、石と岩とが形成する階段を探し、施設の屋根へ達した。
 中継車の電力源であったディーゼル発電機の燃料タンクに火が入り、発電機は爆発し、中継車を破壊した。
「大丈夫ですか!みなさんケガはありませんか!ここでケガをすると破傷風の恐れがあります。かすり傷でも油断しないで。男の勲章だなんて威張れませんよ。ヒル吸い付いてませんか」
 彼女は豪雨に負けじと叫び、男達の手足に顔に、首筋に目を配る。
「あなたは……」
 カメラマンが彼女を見た。
 落命すれすれの恐怖体験の故だろう。その歯はガチガチと音を立てて鳴り、身体も震えている。その身体の震えを、自ら抱きしめるようにして押さえながら、それでも録画状態の家庭用レコーダーを手に、彼女にレンズを向ける。
「人類とは、土と水と風の中に生き、唯一、更に火を手にした生き物です」
 彼女は瞳に炎を蔵してそう言い、震えるカメラマンの肩にレインコートを羽織らせた。
 と、屋根の下方から声がある。施設内の現地スタッフから全員無事である旨報告を受ける。
「Good Luck!(よかった!)」
 彼女は応じ、両の手をパチンと叩いた。
「奇跡だ。あなたは、奇跡を起こす姫君……」
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つづく

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