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【恋の小話】小さな駅で大きなお世話

 美紀(みき)ってその女子はクラスの男子の嫌われ者だ。突っかかってくるような話し方をするし、何かってえと
「だから男子キライ」
 オレたちゃそんなお前が大っキライだよ。
 その大っキライな美紀とオレは週に一度必ず密室に押し込まれる。海沿いの街の塾まで行くのに一緒の列車に乗るからだ。ワンマン運転のレールバス1輛編成!それに乗らないと次の発車は1時間30分後。どうしても乗らなくちゃいけないのだ。ただ、美紀のヤツは塾まで一緒というわけじゃなくて、途中の駅で降りる。楽譜を出して右手を動かしたりしてるから、ピアノか何かなんだろう、と思う。
 で、今日は発車1分前になっても来なかったので、やったオレ一人か!と思ったら、列車の到着ギリギリに走って来て間に合った。駅は遠いので学校から直接歩いて来ないと間に合わない。家に寄ったのか?どうでもいいけど。
 美紀はハァハァ言いながら車両に乗り込むと、あっちの隅っこ座り、慌てたように楽譜を取り出して手をパタパタ始める。オレはこっちの隅っこで、美紀と顔を合わさないように外を見る。短い車両でもギリギリまで離れていたい。どうせ話すことなんかないし。
「発車します」
 運転手さんが放送してブザーと共にドアが閉まる。バウンとエンジンの音がして次に全開。ゴーゴー言いながらレールバスは走り出す。
 JRの電車なんかと違ってゆさゆさ揺れるしケツにゴツゴツする。そのくせ速度は出ない。でも冷房だけはついているのでまだいいのか。
 ゆっくり走る。緑色の畑が……うねるって言うヤツだろうか、なだらかに上がったり下がったりずっと続き、青い空には雲がぽわぽわ。田舎の風景で絵を描けって言われたら絶対オレ金賞取れる。
 2つの駅に止まる。どっちも乗る人なし。
「お降りの方ございませんか」
 いないよ。オレと美紀と、いつもオレと一緒に終点まで乗って行くおばあちゃんだけだもん。
「発車します」
 たまには全開でぶっ飛ばそうよ。ど~せ誰も乗ったり降りたりしないし。
 でものんびり走る。ヒノキの林をカーブで抜けると“桧山(ひやま)”って駅。大好きなタイガースの選手と同じ名前だし。
 ……美紀のヤツが降りるのでしっかり覚えてる。
「桧山でーす」
 キキーと音立ててレールバスが止まった。美紀が立ち上がって……オレはそこまで確認して窓の外。
 ……発車しないな。
「困りますねお客さん」
 イライラしてるみたいな運転手さんの声。
 見ると美紀が焦った顔で布のカバンに手を突っ込んでゴソゴソ探してる。
「あれ?あれ……おかしいな……お財布……」
 バカでぇ。
 と、思ったら美紀がオレのことを見た。
 お前まさかオレが取ったとか。
「無賃ですと一旦本社までおいで頂くことになりますが」
 運転手さん更にイライラ。
「お財布ないよ~。今日テストなのに……」
 半べそ。
 ……素直な話ザマー見ろなんだけど、あいつオレのこと知ってるわけで、ここでシカトしたら後で学校で何言われるか。
 列車も遅れるし。
 オレは立ち上がって運賃箱にここまでのお金を二人分入れた。
 ただ、それはオレもここで降りなくちゃいけないことを意味した。このまま街まで行ったら、帰りのお金が足らない。
「一緒です。ほら同じクラス」
 運転手さんに名札を見せると頷いた。
 するともちろん?美紀は目を円くした。
「でも……」
「いいから降りろよ。発車できないだろ」
「う、うん」
 美紀をせっついて降りるとレールバスはすぐにドアを閉めて発車。
 ここでオレが考えたこと。今日の塾は無断で休むことになる。当然親に怒られるわけで。
「あの……」
 美紀が言ってオレを見た。
 余計なお世話、とか言われると思ったら、困ったような顔。
 オレが見返したら照れたように目を外した。
 青春マンガみたいだ、と思ったけど、ここはミカン畑の中の小さな駅。狭くて短い土盛りホーム。駅舎は壊れかけていて、昔話の“貧乏なおじいさんとおばあさんの家”みたい。もちろん駅員なんかいなくて、“顔を見たら110番”のポスターと時刻表。
 戻る列車は今のヤツが町まで出て折り返してくる。
 70分待ち。
「いいから行けよ。テストなんだろ?今日」
 オレは言った。
「え、でも、真崎(まさき)君は……」
「遅れるんじゃねぇの?」
 すると美紀は何も言わずくるりと後ろを向き、錆びた改札口を抜けて田舎道を走って行った。
 さてと。
 親に何か言われる前に何か言っておこうと改札を出て公衆電話を探す……けど、んなものこんなヘンピな駅にあるわけがなかった。携帯電話は小学生には早いって言われて持ってない。しかも確かこの辺って圏外。
 駅前の道に出てみる。ずーっと向こうを走る美紀の姿が畑の緑に隠されるところ。
 見渡す限り家もナシ。……ああ、美紀にくっついてピアノ教室から電話させてもらえばいいのか。
 でも、絶対その途中が気まずいだろうな。話すこともナニもないし。
 で、オレがナニ始めたかってホームに腰掛けてノートに絵を描き始めた。青い空と緑の畑と、この線路、それだけの風景。もう少し詳しく言うと西側にはそのヒノキの林の一番はじっこの部分。それから……遠くには空と混じってるみたいに霞んでハッキリ見えないけど、海が見えてるっぽい。
 じゃ、ハッキリ海描いちゃえ。犬吠埼の灯台も勝手に移設して。九十九里は100メートルに圧縮。
 左が林で右に灯台。すると真ん中が寂しくなった。
 マンガだとこういう場合女の子だよな。
 幸い?毎週見てしまうので思い出しやすく、しかもついさっき見て記憶に新しい女の子がいる。横からならすぐ描ける。
 スカート履かせて少し背を高くして。
 本人そのままじゃ面白くないから三つ編みにでもしようか。
 熱中したらしく1時間。
「それってあたし?」
「んばう!」
 後ろから突然女の子の声がして、首筋に氷のような冷たさが走って、オレは思わず謎の生物みたいな声を上げた。
 振り返ると……美紀。ニコニコ顔。
 だったが、オレが相当怒った顔していたせいだろう。さっきみたいに困った顔になった。
「おどかしてごめん……」
「べ、別にいいよ」
 オレは慌てて絵を隠した。見られ…てるよな既に。すると美紀は手のひらの缶……首筋ヒヤリの正体をオレに差し出した。
 “マックスコーヒー”この地方でだけ売ってる缶コーヒーというかコーヒー牛乳というか。
「これ……そのお礼というか……とにかく助かったよ。ありがとう」
 って、言われても、何言えばいいんだろう。普段オレ聞こえよがしに最悪とか言ってるわけで。
 いらねーよそんなの……って言ったら?
「おかげでテスト間にあった。合格した」
 美紀は嬉しそうに布カバンから新品の楽譜を取り出した。ハノンと書いてある。
「ハノン?」
 オレはとりあえずそれだけ言って、マックスコーヒーを受け取るとじゃばじゃば振ってからフタを開けた。もちろん、ハノンってのがスゴいんだか何だか知らない。書いてるのを読んだだけ。
「そう。ツェルニー終わったから。薬指が吊るから覚悟してねって言われた」
 薬指をメチャクチャ使うという意味だろう。ケガするかも知れないような話をニコニコ……それほど嬉しいのか。
「先に飲めよ」
 オレはフタを開けたマックスコーヒーを美紀に差し出した。
「えっ?」
「お・め・で・と・さ・ん。オレに感謝しろよ」
 勝った。
 すると。
「ありがと」
 美紀は真っ赤になってうつむき、顔を上に向けて、
 飲み口が口に触らないように
 どきっ
 一口飲んで、オレに返した。
「もういいのかよ」
「うん」
 頷いた目が見る間に真っ赤になり、涙がぽろぽろ。
 泣き出したわけだ。そりゃビビッたさ。
「な、なんだよ。オレが何か……」
「違う。……嬉しい……」
 言って、泣きながら、こっち見てニコッ。
 どーしたらいいんだ?と、思っていたら。
「あたしって嫌われてるよね」
 違うって言ったらウソだろ……でも、オレは声に出すタイミングが無かった。
「このこと学校で話す?……いいよ、判ってるから。でもつい言っちゃうんだ。だって男子掃除とかサボるし……あたしピアノ真面目に頑張ってるのに全然合格しないし……今日も学校で練習してたら遅くなって……どこかでサイフ落としたみたいで」
「それって」
「うん八つ当たり。でも……なんかそんなでしょ。だから見てたらイラッとしてきてさ……そしたら最悪最悪って……自分がみじめになった」
 美紀はハンカチで一回目を拭いて、俺の方を見た。
 濡れた睫毛がきらきらしてる目で。
「だから。真崎君の親切驚いたけどすごく嬉しかった。そして助かった。テスト受かったのも、間に合ったってホッとした気持ちのせいもあると思う。どうもありがとう」
 気をつけの姿勢からぺこりと頭を下げられてしまった。
 そして、もう一度向き直って、オレのこと見てる目が、後ろからの夕方近い日射しで金色に光ってる。
 もう、最悪とか言う“材料”がないじゃないか。
「女の子って、かわいいんだな」
 何故か出てきたのがそんな言葉。
 言ってからものすご~い意味に気付いてオレが真っ赤になった。
「えっ!?」
「な、なんでもねーよ」
 ごまかしごまかし。えーとえーと。
「お前そのままそこで立ってろ」
 さっきのノートの次のページ。真ん中にホームと延びる線路。右側に金色の太陽。
 左側に金色の女の子。
「記念に描いてやるよ」
 真っ正面から見た美紀を描くのは当然初めてだけど、輪郭とか髪型とか知ってるし、別に苦労はなかった。
 胸に抱えたカバンに“ハノン”っと。
「ほれ」
「……これあたし?」
「明日から、男共に何か言われたらオレに言ってこいよ」
 かっこ付けて言って、マックスコーヒーを飲む。
「う~わチョー甘っ!」
 ……日本一甘い缶コーヒーだと知るのは、原材料名:加糖練乳と読めるようになってから。

                                                      小さな駅で大きなお世話/終

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