【大人向けの童話】隣の家の謎の人
ようすけの家と、通う小学校との間に、もう一つ“小学校”がある。
そこは、呼吸するのに機械が必要とか、大人のサポートが必要とか、ようすけ達の市立小には通うことが出来ない子ども達のための学校である。設立者の名を冠し、“大多喜学園”という。
私設の学校であるが、歩いて5分という近さもあって、市立小とは随分前から交流が進んでいる。演劇、合奏、紙芝居…。学年ごと順繰りに、市立小の方から公演に行く。最も、学園の子ども達が出来ることには限りがあるので、しばらくの間は“交流”とはいえ、このような一方通行だった。しかし、21世紀に入ってから、技術の進歩がこの一方通行を文字通り“交流”に変えた。
パソコンとインターネットだ。
指はもちろんのこと、声で、目線で、文字が入力できる。公演の感想は電子メールで市立小に寄せられ、学園から添付ファイルで送られた脚本が劇になった。学校対抗でオンライン将棋大会をやったし、市立小の運動会をネットで学園に生中継した。悲惨な少年事件が起こると、スクリーンに画面を映して、チャットでなぜかと話し合った。
“IT時代ならでは”とかで、地元のテレビも何度か取材に来た。でも、出来上がった番組に、市立小の子ども達はいつもカチンと来た。
“障害児学級との交流”という見出しでありアナウンスだ。
確かに、学園のような施設を、世間一般では障害児学級とか言うらしい。でも、“障害”と書くと、“正常を遮るもの・普通じゃないこと”みたいな印象があって、市立小でそう呼ぶ児童は一人もいない。確かに、自力で動くことが出来ないというのはハンディキャップかも知れない。でも、メールやってる分には何のことはない。単なる“隣の学校の子”、だからだ。
“市立側からの奉仕”みたいな捉え方も頭に来る。お義理じゃなくて好きだからやっているのだ。運動会の開会式で延々挨拶だけしてすぐいなくなった来賓が、学校通信に“学園の方々にも喜んでもらえたようで”みたいなコメント書いてるのを見ると、“こんなの学園の子に見せたらどれだけ傷つくか”といつも思う。学園とのやりとりを通じ、市立小の児童達が学ぶというかよ~く思い知るのが、“オトナってのはテーサイだけの生き物だ”ということだ。そのせいか、市立小の卒業文集には、職業に対する夢は書いても、“オトナ”になりたいと書く児童は一人もいない。が、それに気付いた教諭はまだいない。
さて前置きはこのくらいにして本題に入る。その学園のとなりに大きな敷地を有する平屋の空き家がある。なまじ広いうえ、植え込みに囲まれて中が見えないため、夜になると闇に包まれ、暗がりにボワンと佇む不気味さから“幽霊屋敷”と呼ばれていた。
その“幽霊屋敷”に誰かいるらしいというウワサが広まったのだ。それはちょうど、全学年にまたがる“鉄道おたく部”が、放課後集まって鉄道模型の出張運転(並べた机の上に持ち寄った線路をつなげ、電車を走らせる)に出かけていた際の出来事であり、ウワサは翌日には学校中に広まった。
“がしゃんと音がした”
“ヘンな音楽が聞こえた”
“あーっという声が聞こえた”
10人以上が同時に感じたことなので、信憑性の高さでは比類が無く、しかも、隣の学園の事情もあり、犯罪を背景にした何かがあるのでは、という不安を煽った。
「それはようすけ達の考えすぎ」
食器を洗いながらお母さんは言った。
「あそこはね。元々、その幽霊屋敷と学校の敷地が一つの土地で、屋敷にはおじいさんとおばあさんが住んでいたの。亡くなった後ソウゾクゼイというのを払う必要が出てね。土地を切り取って売ったわけ。そこに出来たのが学園。でも屋敷自体は、おじいさんおばあさんの親類の方が引き継いだの。でも外国にいるからここには住めなくてね。その音とか声は、屋敷の管理を頼まれてる人が掃除しに来たのよ」
「でも…」
音と声は説明つくにしても、“変な音楽”はどうだろう。
「子ども探偵はマンガだけにしてちょうだい。何かあれば学校なり自治会報なりで連絡が来ます。宿題は終わったの?」
「まだで~す」
ようすけはしぶしぶ引き上げた。
翌日、学校でその話題は下火になっていた。ようすけと同じ説明を受け、納得した子どもが多かったのだ。
しかし、しかしである。
「さっきパソ室行ってようめい君のメール開いたらさ、今までは掃除する前には学園に挨拶があったんだって。ホラ、ホコリでぜんそく起こしたりすることもあるからさ」
「やっぱり怪しいんだよ」
「どうよ」
平沢ようすけ。匠こういち。永井やすとし。3年1組探偵団がここに結成された。
ようめい君へメール。
Re:隣の家の謎の人
今夜突入して調べる!(^^)v
夜8時過ぎ、3人は星座の観測とウソをついて学園前に集まった。
「合言葉決めようぜ」
「じゃぁ『ノコギリ』で『カブトムシ』だ」
「ノコギリクワガタじゃねーのか?」
「当たり前じゃ合言葉になんねーじゃん」
「判った」
まず入口を捜す。門は背が高く、細いパイプを縦に並べた形をしている。手足を引っかける場所が無く、登れる感じではない。
植え込みに沿って歩き、入れそうな場所を探す。
学園との境目にあるフェンスによじ登り、屋敷の北側へ。
北側に回ると、植え込みの下の方に隙間が空いていた。日当たりの影響で、植え込みの木が下の方に葉を付けないのだ。
這って潜り込む。
そのまま這って建物に近づく。下は土だが、急に冷たいものに触れた。
「おっと」
「どうした?」
「待て」
懐中電灯で照らす。レンズに赤いセロファンが貼ってあって光は目立たないようになっている。ちなみに、本当の天体観測の場で懐中電灯を使う場合は、この赤セロファン使用がマナーだ。
映ったのは鉄の棒…棒2本。いや、その構造は。
「線路だ」
「は?」
「ミニSLってあんじゃん。あれだよ」
「ああ。でも何で?」
「知らねーよ」
線路を越えて建物に接近。
壁に背を付け、窓の下へ移動。
そうっと立ち上がり、窓から中を見る。
当然真っ暗。誰かいる気配はない。
「カーテンでよく見えない」
ようすけは電灯で窓から中を照らした。
その途端。
「き・み・た・ち」
「!」
3人の発した叫び声は、近隣の家々に窓を開けさせるに充分なものであった。
凍り付く3人を見つめているのは、物々しい姿の警備員、警官、そして学園のスタッフに3人の母親。
3人がフェンスによじ登ったことで、学園の警備システムが反応、警察が動き、市立小の 防犯メール情報が流れたというわけだ。
「あの、あの…」
「ばかちん」
ようすけの頭をお母さんがポン。
「いやぁ、なまじ隠しておいた方が悪かったようだね」
初めて聞く、低い男性の声がした。一見して高級と判る黒縞のスーツを着た、背の高い男性である。
「犯人はボクだよ」
「…は?」
3人は屋敷の中に案内された。電灯が点くと、屋敷内部一杯に広がるジオラマ。
未完成であり、所々ベニヤ板むき出しではある。しかし、エッフェル塔や、インドの何とか言う寺院(作者註:タージマハル)など、見たことのある建物があるのが判る。
「ボクは大多喜慶吾(けいご)。ここの学園長の息子さ。君たち市立小のみんなのこと聞いてね。ボクにも何かできないかと思って、ここを買い取ってイタズラしようとしたんだよ」
男性曰く、商社マンで世界中を飛び回る仕事をしているが、それを利用して、あちこちの知人宅にカメラを置かせてもらったと。
「このジオラマにあちこち小型のテレビを置いてね、ジオラマの元になった風景をネットで中継して映すんだ。他にも…」
男性はタージマハルの前に手をかざした。
…謎の音楽。これか!
「センサーで反応するようになってるんだ。学園の子たちが、君たちの所の鉄道模型を結構面白がるって話聞いてね。外に大きいのも用意したし」
男性は、“模型の車輌に仕込んだカメラで、模型が走る風景を映し出すシステム”を使い、このジオラマに線路を敷き、電車が通過すると、各地方の音楽が出るようにするつもり、と話した。
学園の子達にコンピュータ制御で自由に電車を動かしてもらい、ジオラマで世界旅行が出来るというわけだ。更に、ジオラマ内のモニターで、実際の風景をも見ることが出来る。
「こっそり完成させて突然公開の予定だったんだが、おととい潜って配線していたら頭をぶつけてしまってね」
声と音が出た。そういうことか。
「どうだい、探偵団の推理はどこまで合ってたんだい?」
ふくれっ面のお母さん。
「勝手に入り込んですいませんでした」
探偵団は解散した。
ジオラマを1番列車が走るのは、それから2ヶ月後のことである。
Re:Re:Re:隣の家の謎の人
> どうだった?
ごめん。親につかまっちゃった(^^ゞ
隣の家の謎の人/終
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