【大人向けの童話】夢色絵の具
(投稿サイト「セルバンテス」併施)
え?これで描いた作品が貼ってあるんじゃないのかって?
ごめんなさい違うんです。でも、でもね……。
……
夢色絵の具
犬のジョンのお散歩は、みきちゃんの大事なお仕事。
今日も夕ご飯の前に、みきちゃんは散歩に行きます。
すると。
いつも通り道にしている公園のベンチに、忘れ物でしょうか、大きなカバン。
黒い革のカバンで、大男のお弁当箱みたいに四角くて、あちこち傷だらけでなんだか古そう。
忘れた人はきっと困ってる…みきちゃんはおうちのママに持って行こうとカバンの取っ手を引っ張りました。
そしたら。
がっしゃ~ん!
「あっ!」
留め金が外れていたのでしょうか。蓋が開いて、カバンの中身を全部地面にばらまいてしまいました。
「あ~」
いけないことやっちゃった…そんな気持ちがみきちゃんを泣きべそにしてしまいます。でも、ばらまいてしまったら、後かたづけをしなくてはいけません。
「ちょっと待っててね」
みきちゃんはジョンのひもをを滑り台のハシゴに結ぶと、ひっくり返ったカバンのそばに座ります。大事なものかな、汚しちゃったかな。ちょっと心配。
裏返しのカバンを持ち上げます。
「わあ~」
みきちゃんは思わず大きな声を出しました。それは絵。キャンバスに描かれた綺麗な(でもちょっと古そうな)女の人の横顔です。ひっくり返った中身は他にも数枚のキャンバスと、絵を描く道具。
絵の女の人が見たいですが、お片づけが先です。みきちゃんはキャンバスをベンチの上に載せると、パレットと絵筆を拾いました。
そして絵の具。“そらいろ”に“うみいろ”…海色?
「あれ?」
みきちゃんは気がつきます。みきちゃんも小学校のお絵かきの時間に絵の具を使うので12色の絵の具を持っています。
バラまいちゃった絵の具も12色です。でもみきちゃんの全然知らない、不思議な色ばかり。
はるいろ、なついろ、あきいろ、ふゆいろ、そらいろ、うみいろ、かぜいろ、にじいろ。
つきいろ、ほしいろ、こいいろ(恋色)。
そして、ゆめいろ。
「…」
一体どんな色なの?みきちゃんはパレットを見ます。パレットにはいろんな色が混じった跡があります。
キャンバスはどうでしょう。女の人の絵の他は…下描きでしょうか、鉛筆で木をスケッチしたものが一枚と、何も描いていないまっさらが二枚。
と、その時。
「お嬢ちゃん。どうしたんだい?」
黒いスーツに鍔のある帽子をかぶった、おじいちゃん(に、みきちゃんには見えた)男の人が声をかけました。
「あのね、みきがこのカバン忘れ物かなと思ってママのところに持って行こうとしたら蓋が開いてこぼれちゃったの」
みきちゃんは言いました。ひょっとしてこれ、このおじいちゃんのものなのかな。こぼしたって怒られるかな。見たって怒られるかな。
すると、
「そっか。それおじちゃんのだよ。ちょっと電話をしていたんだよ」
おじちゃん(なんだ、おじちゃんか)はニッコリ笑って言いました。
でも、悪いコトしちゃったのは確か。
「ごめんなさい…」
「いいんだよいいんだよ。留め金が壊れていてね。もう古いカバンだからね。どれ、おじちゃんが片づけようか」
男の人はベンチのそばにしゃがむと散らばっている絵の具を集めます。不思議な絵の具、見たこともない絵の具。
どんな色なの!?
「おじちゃん」
みきちゃんは我慢できずに話しかけました。
「なんだい?」
「その絵の具、どんな色なの?みきも絵の具持ってるけど全然違う…」
男の人は少しの間みきちゃんを見ました。
そしてニッコリ笑って。
「じゃあ教えてあげよう…でも内緒だよ」
男の人は言うとパレットを手に取り、絵筆を持ちました。そして、下描きの木のキャンバスを、ベンチの背もたれに立てかけます。
「お嬢ちゃんは、これ、何の木に見える?」
みきちゃんは枝振りが目の前の桜の木に似ていると思ったから。
「桜!」
と答えます。すると男の人は“はるいろ”の絵の具を一ひねり。
出てきた色は桜色。
「ピンクだったんだ」
男の人が筆先でちょんちょんと桜の花を描くのを見ながらみきちゃんは言いました。
男の人が筆を止めます。そしてみきちゃんを見ると。
「さあ、桜の花が咲いたよ。お嬢ちゃんなら、あと何を描く?」
「ちょうちょ!」
みきちゃんは言いました。春のお花が一杯咲いているところをちょうちょが飛んでいるのは大好き。
男の人はピンク…に見える春色の絵の具をもう一度筆に取ります。
すると。
「わ!なんで?」
みきちゃんはびっくりしました。確かにピンク色の絵の具のはずなのに、男の人は黄色と黒のアゲハチョウの絵を描いているからです。
「どっちも春だからさ。春色の絵の具で描けるんだよ」
男の人は笑いました。
「便利でしょ」
男の人は言うと、今度は風色の絵の具を出します。その絵の具は一見水色。でも筆に載せて、サッとキャンバスを払うように筆を走らせると。
「わぁ…」
なんと、描いた桜が桜吹雪。
まるで魔法。
「この絵の具はね、描きたい人が“こうなって欲しい”と思うと、その通りになるんだ。おじさんの宝物さ」
「へぇ~いいなぁ~欲しいなぁ~どこで売ってるのぉ?」
みきちゃんは訊きました。思い通りの色なんて。
欲しい。絶対欲しい!
すると男の人は残念そうな顔になりました。
「どこにも売ってないんだ。おじさんが若い頃に、町中で、たった一つきり店にあったのを買ったものだからね」
「ふーん…なんだぁ。つまんないのぉ」
「ごめんね。あ、でも待って」
男の人は言うと、絵の具の中から一つ取り出して、みきちゃんの手に載せ、握らせました。
「あげる」
「え?」
「おじさんはもうその絵の具が使えなくなったからね。お嬢ちゃんならまだまだ一杯使えるし、何でも描ける」
男の人は言うと手を離しました。みきちゃんは握った絵の具を見ようと手を開きます。
“ゆめいろ”
「わあおじちゃんありがとう!…あれ?おじちゃん?」
みきちゃんは男の人にお礼を言おうとしました。
でも男の人もカバンも、どこにも見あたりません。
あっという間にいなくなってしまったようです。でもみきちゃんにはそれよりも絵の具にわくわく。
「…いいや。わーい、使ってみよう。何が描けるんだろう!楽しみ」
みきちゃんは笑うと、絵の具をポケットに入れて、ジョンのひもをほどきに行きました。
夢色絵の具/終
……
そして現代の技術は、そんな絵の具をどうやら本当に作ってしまったようです。
「ゆめいろのえのぐ」
あなたなら、何を描きますか?
(東京工科大学の許可を得てリンク)
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