【妖精エウリーの小さなお話】魔法のりぼん
ごあいさつ
どうもこんにちは。一部の方には初めまして。私は名前をエウリディケと言いまして、いわゆる妖精という生き物です(ですから見た目は女ですよ)。今日は、お話になりそうな小さな出来事があったので、書いてもらおうと思って作者の脳味噌の中に遊びに来たんですが、彼が、「その内容じゃガラじゃないから直接書け」と言うので、こうやって書くことにしました。ま、実際は彼は手抜きがしたいだけで、私はダマされて書かされてる…という危惧もないではないんですけど、普段やらないことだし(あたりまえか)、一生懸命書きますので、ちょっとつきあって下さい。じゃ、タイトル。
魔法のりぼん
六月の終わり頃のことです。
その日、私は横浜市の北の外れ、住宅街の中にある雑木林に来ていました。そこは、造成時にそこだけ残して緑地にした、そんな場所で、少々の野鳥が住み着いているほか、カブトムシのような、最近ではあまり見かけなくなった種類の昆虫達もまだいるような場所です。
それで、そこにフクロウの仲間のコノハズクという鳥が営巣しているんですが、“彼”が「最近なんか息苦しいからちょっと来てくれ」と言うので、相談に乗るべく、彼の巣までお邪魔していた、というわけです。ちなみに書き忘れましたが、妖精のうち、私たちの種族の仕事というのは、基本的にこうした、虫や動物達の相談相手です。
そして…ちょっと長引いた夕方近くでしょうか、帰る途中雨になってしまったので、私は近くの公園で咲いていたアジサイの花(正確には花塊ですね)の下に入り込み、雨宿りをしていました。え?そんなところ入れるのかって?実は私たちは身体の大きさを変えられます。めいっぱい縮めると、ティンカーベルでおなじみの小さな妖精のスタイル…大体一五センチくらいになりますから、楽に入れるわけです。
で、それから五分くらいでしょうか、夕刻の雨空を見上げて待っていたら、女の子の泣き声が聞こえてきました。まだちっちゃい子みたいで、もうパニック真っ最中、って感じの火のついたような泣き方で。
どうしたんだろうって思っていたら、女の子が私のいる方へ歩いてきました。私たち、本当は人間さんと接触しちゃいけないことになってるんですけど、放っておけないし、周りに誰もいなかったので、思い切って出て行きました。ちなみにこの時、身体は人間サイズに変えます。身長は…そうなると百七十センチはあるでしょうか。女性としては高い方で、ギリシャ神話に出てくる自然の精霊…ニンフの現代版という感じになります。まあ大体、私が属する種類はそちらに起源を置いていますし、服装も丁度そんな感じの白装束、トーガ(toga、古代ローマに多く見られたあれ)ですし。
ま、それはさておき出て行きますと、私は妖精の象徴たる、カゲロウみたいな背中の翅を傘代わりに広げて、もう雨と涙で顔中くしゃくしゃの女の子を、しゃがんで、抱き留めました。
「どうしたの」
「ママー!」
「ママいなくなっちゃったの?どこから来たの?」
「ママー!」
「お嬢ちゃんお名前は?お姉ちゃんに教えてくれない?」
「ママー!」
「お姉ちゃんが探してあげるから」
「わかんない~」
やっぱりパニックです。このままでは埒があきません。しかもずぶ濡れのままでは風邪をひきます。私は女の子の手を引いて、滑り台の下まで連れて行きました。
それで、とにかくまずハンカチで顔を拭いてあげると、やっと人心地みたいです。大泣きから嗚咽…あの泣き過ぎた子供が示すしゃっくりみたいな状態…になって、涙で腫れたまぶたを開いて、私をじっと見ます。
そこで私はもう一度訊いてみます。
「お嬢ちゃん、ママいなくなっちゃったの?」
「うん」
「どこから来たの?」
「わかんない」
「お名前は?」
「ゆみ」
「何歳?いくつ?」
出てきた指は四本。さあ大変です。迷子になって、多分闇雲に歩いてきたんでしょう。元の道をたどってなんて恐らく無理。
仕方がないので、必殺、妖精の魔法を使うことにします。
「じゃあねえ、お姉ちゃんがママ探してあげるから、ちょっと目をつぶって」
ゆみちゃんは目を閉じました。私は下げているペンダントの鎖をたぐって、その先に付いている、通称、『魔法の石』を取り出します。それは大きさは消しゴムくらいで、色は海色。だから見た目はでっかいサファイアかアクアマリンって感じになります。それで実はこの石、中にコンピュータを積んでいて、私たち妖精の微弱な“力”…人間さんが言うところの超能力をパワーアップする役割を持っています。しかも、コンピュータに命令するのと同じく、声の指令でいろいろと不思議な仕事やってくれるので、傍目には呪文で何か魔法を起こしたように見えます。だから通称が魔法の石。
私はその石を手のひらに握りながら、熱を測るみたいに、自分の額をゆみちゃんの額にあてがいました。
「リクラ・ラクラ・シーア」
指令、すなわち呪文を唱えます。この場合の意味は、私が見たいと思うものをイメージ化して私に見せよ。
目を閉じます。すると、私の見たいもの…ゆみちゃんの記憶している様々な“ママ”の映像が意識を横切ります。今、皆さんがこれを読んで映像をイメージしてますね。それと同じように、私はゆみちゃんの記憶をイメージ映像として見ているのです。それによると、ゆみちゃんのお母さんは若い女性。エプロン姿で台所に立ったり、ゆみちゃんに“おいで”と両腕を広げたり。
その他…恐らくはお母さんに対するゆみちゃんの強い気持ちの反映でしょう。優しくされた記憶の映像ばかりが再生されます。
「ママいっぱい!」
ゆみちゃんが目をまんまるに開き、驚きを声にします。そう、今ゆみちゃんは私と同じ映像を見ています。これは、私の呼び出した映像が、ゆみちゃんの意識を経由して私に届いているためです。
「お姉ちゃん。これ、お姉ちゃんがやったの?」
「そう、ゆみちゃんのママはどんなひとかなって。ゆみちゃんのママ、優しい?」
ゆみちゃんが頷きます。そして幻とは言え、お母さんの映像に安心した様子です。それはまるで、波立っていた海が急に凪いだよう。
海の中を見ようと思うなら、波がある時よりない時の方が楽。
心も同じ。
「ちょっと待ってね。あ、お靴脱いで。びちょびちょで気持ち悪いでしょ」
私はゆみちゃんの靴と靴下を脱がせました。目的は二つ。一つは足を拭いてあげること。
そしてもう一つは、靴や靴下からインスピレーションを得ること。つまり、人の持ち物や遺留物から、その人に関する情報を読みとろうというもので、サイコメトリと呼ばれるやはり超能力(正確には超感覚)の一種です。
私は石と共に超感覚をフルに使って、どんな細かいことでもキャッチしようとします。
でも、有益な情報は彼女の持ち物には含まれていません。心の中が『ママ』で一杯の状態で歩いていたせいか、周りの風景だとか、そういう手がかりになりそうなものが記憶として残されていないのです。
どうしようか…私は考え込みました。しかし良いアイディアはすぐには浮かんできません。
とりあえず先に足を拭きます。脱がした靴下をねじって絞り、次いですっかり冷えてしまった足を私の服で包んで、手で軽く叩くようにして水分を吸わせて。
と、彼女が痛そうに顔をゆがめて、小さい手で私の手を止めました。
「ん?」
「ここおケガしてるの」
指さすそこは膝の外側、八針ぐらい縫った跡があります。
「どうしたの?」
「ゆみがね、三輪車で、わんわんと遊んでいるときに、転んだの。…でもゆみ泣かなかったんだよ。えらいでしょ」
「ほんとお。えらいねえ…。わんわんか…」
私の意識に“思いつき”が光の矢のように飛び込んできたのはその時です。
「ゆみちゃん」
「なあに?」
「お姉ちゃんがもうひとつ魔法見せてあげる。いい?わんわんがいっぱい吠えるよ」
私は言うと立ち上がり、そして…説明は不要でしょう、テレパシーを使って呼びかけました。
〈この近所にいる犬達で、においから足取りがたどれる子、吠えて〉
程なくあちこちから吠え声が返ってきます。
「すごーい」
「一匹来てもらうね。わんわん怖い?」
ゆみちゃんが首を横に振るのを見て、私は再度呼びかけます。
〈その中で自由に動ける子、答えて〉
〈私動けますがね〉
答えたのはかなり歳を取った雄の犬。
〈ああ良かった。協力して欲しいの。公園にいるんだけど、すぐ来られる?〉
〈すぐ行きます。…あなた妖精さんですね。待ってて下さい〉
犬が答えます。私はちょっと安心して小さく息をつくと、すぐ来るよ、とゆみちゃんに言いました。
と、ゆみちゃんがくしゃみ。
「あらら」
私は寒そうに胴震いする彼女を抱きかかえます。そして、彼女の髪の毛…たっぷり水を含み、うなじにべったりと張り付いている髪の毛が、彼女から熱を奪っているらしいことに気付きます。でも、残念なことに、髪の毛を乾かすなんていう都合のいい魔法はありません。
応急処置。
「ちょっと待って」
私は言うと、トーガの今度はすそ周りを細長くビリビリと切り裂きました。まあ、要は服を破っているわけですが、人間さんの服と違って、大きな一枚布を身体にぐるぐる巻き付けただけなので、破れたらもう着られない…ということはありません。
「はい、魔法のりぼん」
私は細長い切れっ端を彼女に見せると、うなじに手を回し、濡れた髪の毛を持ち上げました。とりあえずこれをポニーテールにしておこうというのです。テール結ぶなんて二百年ぶりですが、そこは“昔取った杵柄”(私が使う言葉かしら?)、思い出す前に手が勝手に動いてくれます。ちなみに、私自身の髪の毛は、背中飛び越して腰の辺りまで伸びてますので、テールにしたところでしっぽ髪にはなってくれません。
さあ、余計なことを思っているうちに、束ねて、絞って(!)、まとめて、即席りぼんで結んでハイでき上がり。
と、その時。
「あ、わんわん。へえーお姉ちゃんすごーい」
ゆみちゃんの声に振り向くと、濡れそぼった、なるほど年季を感じる雑種犬が舌を出してこっちを見てます。
「ゆみちゃんにも聞こえるよ、いい?」
私はゆみちゃんの手を握ると、犬に話しかけました。
〈あなたは今答えてくれた子?〉
〈そうです。わあ、本当に妖精さんだ、綺麗ですね〉
〈ありがと、私はエウリディケ、あなたは?〉
〈あたしに名前なんてありません、生まれた時から捨て犬なもんで…〉
〈そう〉
私は答えると犬を招き寄せ、頭をゆっくり撫でてあげます。何と言っても犬は誉めてあげるのが基本ですから。
〈来てくれてありがとうね。…痩せてるみたいだけどちゃんと食べてる?〉
続いて私は訊きます。病的…とまでは行きませんが、骨張った感じであることは一目瞭然。
〈大丈夫です。飼い犬連中でエサ分けてくれるのがいますんでね。満腹とは行きませんが、生きてゆくだけならどうにか〉
〈なるほど〉
私は頷くと、ゆみちゃんにこのわんわんには仲間がいて、彼らからエサを分けてもらっている旨説明します。犬族は本来群の動物、しかも、仲間うちに病気や弱った者がいると、エサを分けてあげるという習性を持ちます。有名な“狼に育てられた少女”は、この習性が人間の幼子にも向けられたと見て良いものです。
〈ところでその子は?〉
私が説明を終わったところで、犬がゆみちゃんを見て尋ねます。そう、肝心なことを彼にまだ頼んでいません。
〈ああ、協力して欲しいってのはこの子のことなの。迷子なんだけど、どこから来たのか判らない〉
〈それであっしがこの子がどこから来たか辿ればいいと〉
〈そゆこと。お願いできる?〉
〈お安いことで〉
〈じゃ、多分この子のお母さんが探してるはずだから、そういう場所に出たら連絡ちょうだい。見つかった、と心に思うだけでいいから〉
〈判りました〉
〈ごめんね。雨なのに〉
〈いいっすよ。誰かの役に立てるならこのくらい。じゃ〉
犬は言うと、濡れたアスファルトに鼻を近づけながら、ゆみちゃんが来た方向へ歩いて行きました。
ゆみちゃんが犬を見送ります。そして、首をひねって私を見ます。
「すごーい…お姉ちゃん、本当の魔法使いなんだ」
ゆみちゃんはもう目と口がまんまるです。私は笑うと、しゃがみこみ、彼女を膝の上に載せました。
「はい、この中に入って」
私は背中の翅を身体の前に引っ張ってくると、ゆみちゃんをそれで包みました。
「わあすべすべ、あったかーい」
ゆみちゃんが翅を撫でながら…彼女はこれが翅だとは判っていないみたいですけど…言います。ちなみにこの翅ですが、爪みたいな材質でできていて、内部には漿液(血液中の透明な成分)が流れています。暖かいのはそのためで、漿液を抜くことにより、縮めてしまい込むことも可能です。
「こうするともっと暖かいよ」
私は翅で彼女を“すまき”みたいにぐるぐる巻きにしました。これで体温の低下が少しは抑えられるはずです。あとは犬から連絡が来るのを待つだけ。
退屈しのぎに魔法を少々。
「このりぼんはね。ゆみちゃんの夢を叶える力を持ってるの。それで今わんわんの声が聞こえたの。今度は…そうだね、そのお膝の傷、消えちゃえ、って考えてごらん」
私は言いました。犬の“声”は、本当は私がテレパシーでゆみちゃんの意識に送り込んだのですが、そこはそれ、ウソも方便。
「うん」
ゆみちゃんが目をつぶって小さな声で唱えます。私はちょっと超能力を使って、ゆみちゃんの傷を消しました。実は、超能力現象をもたらすエネルギーは生命力と同じもの。このくらいの傷なら跡形もなく消せます。心霊治療。知ってる人は知っていますね。
「お目々あけてごらん」
「あ!」
ゆみちゃんはそこで初めて笑顔を作って見せてくれました。もう自分が迷子であることなんか忘れてしまったみたい。
「すごい。すごーい!じゃあ今度はね、鳥さんとお話ししてみたい」
「いいよ」
私は犬の時と同じように呼びかけ、近くで雨宿りしていたメジロに来てもらいました。ゆみちゃんは私の通訳で、『空を飛んでるとどんな気分か』を尋ねます。
そして、すっかり私を信用してくれたゆみちゃんは、メジロと私にいろんなことを話してくれました。幼稚園が面白いこと。小学生のお姉ちゃんがいて大好きなこと。そして将来はピアニストになりたいということ。
「このりぼんがあるからなれるよね」
「大人になったらね」
私は言いました。もちろん大ウソですが、夢を叶える力となるのは“絶対叶えてみせる”という強い信念・確信と努力です。彼女はこれで、その確信を抱いてくれるでしょう。
さあ、ひとしきり遊んでいる間に、待っていた犬からのテレパシーが来ました。
〈エウリディケさん〉
〈はい、どこ?〉
〈そこから道なりに公園を出て、広場の方へずーっとまっすぐ歩いたところです。私動きませんので追って来てください〉
〈判った〉
私は言うと、メジロにサヨナラし、ゆみちゃんを抱き上げて立ち上がりました。
「ママが見つかった。飛ぶよ」
「え?」
ゆみちゃんが私の言葉を理解する前に、翅にモノを言わせて浮上します。雨なのでちょっと重いですが支障はありません。マンションの五階くらいの高さまで浮上し、人に見られないよう注意しながら、犬がテレパシーをくれた方向へ飛びます。
「すごいすごいすごい。さっきメジロさんが言ったのとおんなじ!」
ゆみちゃんがはしゃぎます。そして…そのまま飛んで、本当にすぐです、開けた一帯が見えてきました。
そこは、山を削って、真っ平らにして作った、人工の草っ原。数人の大人達が、雨の中、傘もささずにウロウロしています。
〈…ゆみ、どこなのゆみ〉
テレパシーの反応からして間違いありません。私は姿を見られぬよう、茂みの中に降下しました。
犬が走り寄ってきます。
〈これでよいので?〉
〈よいです。どうもありがと〉
「ばいばーい」
去って行く犬にゆみちゃんが手を振ります。と、前方でその声に敏感に反応し、こちらを見た女性がひとり。
「あ、ママだ!ママー!」
ゆみちゃんがその女性に向かって叫びます。そして私の腕の中から飛び降り、一目散に駆け出します。
女性の表情が緩みます。お母さんです。両腕を広げ、走ってきたゆみちゃんを抱き留めます。
「ゆみ、どこ行ってたのゆみ、ママ探したのよ」
「あのお姉ちゃんと遊んでたんだよ」
ゆみちゃんが私を指さします。私は手を振りましたが、すぐにお母さんの視線に気づいて、手を振るのをやめました。
すごい形相で私のことを睨んでいるのです。ま、時代が時代だから勘違いされても仕方がないとは思いますが、少し悲しいと思ったのは事実です。
だから。
「ママ、あのお姉ちゃんすごいんだよ、魔法持ってるんだよ。ほら見て、傷も治っちゃったし、りぼんももらっちゃった」
「何をバカなことを…あら、本当に傷が…」
と、お母さんがゆみちゃんの膝小僧をのぞいている間に、私はテレポーテーションの呪文を使って、その場から消えました。
その後、ゆみちゃんがピアニストになれたかどうか、私は知りません。
そのせいか、雨の日に白いりぼんをした女の子を見かけると、つい、思い出して気になってしまう私です。
魔法のりぼん/終
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