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【妖精エウリーの小さなお話】若きフェアリーテールの悩み

前編

 5月の終わり。
 朝もやの池のほとりで、私はトンボの一種、ギンヤンマの羽化を見ています。
 羽化…すなわち、これから翅を持った一人前のトンボに、成虫になるための脱皮です。
「頑張って」
 私は“彼”に話しかけます。彼は今、新しい身体で、幼虫体(ヤゴ)からのけぞる形でぶら下がっているところです。ちなみに…当然のことながら彼は人語を理解しません。だから同時にそういう“意志”を彼に送っています。
 心と心の直接の意志疎通…いわゆるテレパシーですね。
〈しんどい!〉
「だからここにいてこうして励ましておるのでしょうが…待って風が来る」
 私は苦しげに腹部で息をする彼を制します。これから彼はのけぞり状態にある身体を起こし、自らの脱いだ幼虫の殻に掴まって、翅を伸ばすのです。
 しかしその作業が極めて危険。ヘタをして落ちたりすれば、翅を伸ばすことに失敗し、飛べなくなってしまうこともあるのです。
 だから私は彼に動くなと指示したのです。気流が池を渡り、彼が掴まっているガマの草本がゆらりゆらりと大きく揺れます。
〈わ…わ…わ…〉
「耐える。大丈夫。危険になったら私が手を出す」
 私は立ち上がり、トーガと呼ばれる古代ローマの白い衣服の肩ひもを緩めます。そして…彼のものとよく似た背中の器官、翅を伸ばします。
 そう翅です。私は外見上は人間の女性と同じですが人間ではありません。今の私の身長はわずかに15センチ。
 妖精と呼ばれる生き物だと言えば判ってもらえるでしょうか。
〈エウリディケさあ~ん〉
「弱気な声出すんじゃないの。ちゃんとすぐ飛べるように待機してます」
 私は言いました。私の名前は彼が言いました。自己紹介終わり。
 その時です。
「ん?」
 私は背中に幼い視線を感じて振り返りました。
 女の子です。ただし彼女も人間さんではありません。もし彼女が人間さんだったら、私は逃げるか消えるかする必要があります。しかし幸いにも(?)、彼女はそうではありません。
 私達の親類…ちょうちょ型の翅を有した、ケルトの民話で有名な妖精、花のフェアリです。どうも私のことを…詳しいことは判りませんが、“話しかけたいけどどうしよう”そんな気持ちで見ています。
「おいで」
 私は女の子に話しかけます。木の陰からじっと見ているつぶらな瞳。ちらりと見える白い翅。
「いいの?」
「もちろん」
 笑顔を作って私は答えます。すると彼女は背中の翅をパタパタ動かし、こちらへ飛んできます。この時点で、私にはテレパシーにより、彼女について少々のことが判っています。
 すなわち、どうも彼女は深刻な悩みがあり、相談に乗ってくれる存在を捜している様子。
 彼女が隣にふわっと降りました。思った通り幼い子で…人間さんなら6歳くらいに相当するのでしょうか。本当の年齢は知りませんが。
「…」
 彼女がしゃがみます。しかしうつむいたまま何も言いません。どうも遠慮しているようです。
 こういう場合、こちらから訊いたり、急かして言わせるのは私の趣味じゃありません。彼女が私を“相談するに足る相手”と判断すれば、自発的に話してくれるでしょう。私はとりあえず、彼女の手だけ握っておきます。
 彼女が私を見ました。
 風が収まります。
「いいよ」
 私はそこでトンボに指示を出します。すると彼が気合い一閃、その細長い身体を起こすことに成功します。
「ホラ、うまく行った」
 私は思わず笑みを作りながら言いました。これで一安心、私も翅を用意しておく必要はありません。
「後は翅が伸びるだけだね。陽が昇るくらいには何とかなるか」
〈はい。ありがとうございます〉
 彼が答えます。この後、彼の濡れて縮んだ翅は、透明で長い、見慣れたトンボの翅に時間と共に変わって行くことでしょう。
 その時。
「…」
 傍らの彼女が何か言いました。
「なあに?」
「いいな」
 ボソッと、うらやましそうな一言。
「どうして?」
「なんで…あたしうまく行かないんだろう」
 彼女、目を伏せてしまいます。しかもその瞼がだんだん赤くなってきて…。
「一生懸命やってるのに、どうして…」
 目の中に輝きが一杯。…ああ泣かないで。
 しかし。
「…!」
 もう相当に長い間、誰にも何も言えずに感情を押さえ込んでいたのでしょう。彼女は全ての抑制が外れたみたいに泣き出してしまいました。
 あまり描写したくないので、私は彼女をしばらく抱っこしていた、とだけ書いておきます。その間に、ギンヤンマは翅をすっかり伸ばし、初夏の空へと飛び立ちました。
 ようやく彼女が落ち着いてきたのは、ミツバチたちが飛び始める時間帯になってから。
 柔らかい風の中で、彼女がゆっくりと顔を上げます。
「いきなり泣いたりしてごめんなさい…でもお姉ちゃん優しかったから…なんか安心しちゃって」
 真っ赤な目で彼女。
「そんなことないよ。どうしたのかなと思っただけ。私はエウリディケ。あなたは?」
「アイリス…」
 女の子は答えます。で、続けて何か言いかけますが結局それきり。
 まだ遠慮があるみたいです。私はもう少しリラックスしてもらおうと思い、近くに来たミツバチに手招きしました。
 ハチが飛んできます。そして私の前でホバリング…空中静止の状態…になったところで頼み事。
〈なんでしょう〉
「ごめん、ローヤルゼリー余ってたらちょっと…」
〈いいですよ。持ってきましょう。レンゲで作ったものですから栄養満点ですよ〉
 人間さんならさしずめ“OLさん”といったところになるのでしょうか。ベテランという印象の働きバチが答えて、巣に戻って行きます。
 そして程なく、今度は2匹で飛んできました。それぞれ口にはローヤルゼリー…要するに女王バチ向けの蜂蜜ケーキみたいなもの…をくわえています。
〈二つでよろしいですか?〉
「うん、どうもありがとう」
 私は2匹からローヤルゼリーを受け取り、ひとつアイリスちゃんにあげます。白くて…人間さん向けに表現するならお餅みたいな感触。
 ハチたちが飛び去ろうとします。
 その時でした。
「あ、待って」
 立ち上がって2匹を呼び止めたのはアイリスちゃん。
〈なに?〉
「あの…向こうに…シロツメクサ咲いてるから…」
 ローヤルゼリーのお礼なのでしょう。アイリスちゃんはちょっと恥ずかしそうに言いました。ちなみに、シロツメクサはご存じクローバーのことで、地面一杯に広がって群生し、小さい花が幾つも集まった構造の、白い花を咲かせます。
〈あ、そう。あれやっと咲いたの…おかしいなとは思ってたのよ。今年は全然咲かないから…どうもありがとね〉
 ミツバチたち、言うと飛び去りました。
 それを見送ったところで、アイリスちゃんが元通り腰を下ろしてため息。
「そう…。ホントはもっと早く咲くはずだった…でも、あたしのせいでどうしても咲かなくて…結局昨日仲間にやってもらった…」
 アイリスちゃんは遠い東の方を見たまま、話し始めました。
 さて、ここで彼女の話を理解していただくために、私達妖精が普段何をしているか、書いておこうと思います。まず、彼女たちフェアリの仕事は、端的に言って“花を育て、咲かせること”。具体的には「育ってね、きれいに咲いてね」と花に話しかけ、それにより花に生命力を与えることです。
 一方、私達はギリシャ神話の自然の精霊、ニンフに起源を持ち、その仕事は動物や昆虫の相談相手をすること…例えばギンヤンマの彼の場合、羽化するのに一人じゃ不安だからそばにいてくれ。
 つまり私達、同じ妖精だけど種族も仕事も違うのです。翅だって彼女のは小回りが利くちょうちょ型なのに対し、私のはハヤブサを追いかけることも可能な、トンボやカゲロウに似たタイプです。そして更に、私達ニンフ系は、神話の中のニンフと同じ大きさ…人間サイズになることも可能です。
 アイリスちゃんが続けます。
「シロツメクサだけじゃなくて、私が頼まれた花はみんなそう。みんなと同じようにやってるのに咲かないの。みんなに訊いて、教えてもらっても結局ダメで…もうどうしようもなくなったらお姉ちゃんがいて…トンボさんがお姉ちゃんのこと頼ってるのがすごくうらやましくて…ひょっとしてお話聞いてくれるかなって…」
 なるほど…私は彼女の悩みを大体把握しました。つまり「育って、咲いて」とみんなと同じようにやってるのに、花が咲いてくれない。教えてもらってもダメで、何がどう悪いのかも判らない。それで真剣に悩んでしまった。
「判るよ」
 私はひとこと言います。私達も相手は昆虫や動物ではありますが、相談内容が成長の手助けというのはちょくちょくあります。それがうまく行かない。
 成長させなくちゃいけないのにうまく行かない。…重大な責任が果たせないんだから悩んで当然です。でも、彼女がなぜうまく行かないのか、今の時点ではちょっと理由が判りません。
 どうしましょう。こういうノウハウはプロに訊くのが一番の近道です。そして育てのプロといえば?
「しばらく私と一緒にいる?」
 私はアイリスちゃんに提案しました。
 不思議そうに見返す茶色の目。
「私達も似たことするからあなたの悩みは判る。それでね、あなたがうまく行かないのは、やり方が合ってるんなら、多分…“コツ”みたいなことなんだと思う。でも、それは恐らく言葉や感覚じゃ伝えきれない。だから、とにかく一緒にいてもらって、育てのプロを…私の知り合いの“お母さん”達を見てもらって、話を聞いて、あなたが違うとすれば何なのか、考えたいと思うんだけど、どう?」
 アイリスちゃんはほぼ躊躇なく頷きました。
「うん。お姉ちゃんの迷惑じゃないなら…。あたし、このままずっと落ちこぼれなんて絶対いや」
 アイリスちゃん私をじっと見ます。私は頷き、笑顔を作ると彼女を抱き寄せました。
 アイリスちゃん、そのまま私に身を預けてきます。
 と、さっきのミツバチたちが帰ってきました。
 どうやらかなりの蜜が採取できた様子です。これから巣に帰ってみんなに教えると言っています。
「ね、蜜バッチリだったって…」
 私はアイリスちゃんに話しかけようとし、やめました。
 安心したのでしょう。ゆっくり、眠っています。

 

後編

 

 夕刻。
 私は近所で営巣している鳥達の元を回り、アイリスちゃんの昼寝用に借りた、ヒバリの巣へと戻って来ました。
 すると、彼女はヒナたちと楽しそうに遊んでいるところ。
「あ、お姉ちゃん」
 輝くような笑顔。
「元気になった?」
「うん。…可愛いね。あたしのこと、お姉ちゃん、だって」
 くすぐったそうに言います。とりあえず心の傷は癒えた様子。
 であれば。
「ね、アイリスちゃん。私この後ノウサギのお母さんのところ行くんだけど…どうする?」
 私は訊きました。フェアリ達は普通、植物に合わせた生活のため夜は寝ます。ですから夜行くかどうかは彼女の選択。
「行く…一刻でも早く…その“コツ”を知りたい。寝てなんかいられない」
「判った」
 私は答えました。そして、前述のように身体の大きさを変えました。
 背伸びをするようにして…。
「わあ…」
 アイリスちゃんが目を瞠ります。こうなると私の身長は170センチ以上。
 女性としてはかなりの長身になるのではないでしょうか。背中の翅も同時に伸びるので、ハヤブサを追うくらいの速度で飛べることになるわけです。
 ただ、欠点は白装束でとにかく目立つのと、髪の毛が長いので飛ぶ際にちょっと困ること。
 本当は人間さんと一緒に、紛れて暮らせるように、この姿になっているらしいのですが、人間さんが私達を“非科学的だから存在しない”とする以上、私達は姿を現すことが出来ません。
「綺麗…素敵…」
「ありがと。さ、おいで」
 私は彼女を手に載せ、更に肩に座ってもらいます。
「飛ばされちゃうから翅は広げないでね」
「判った。ばいばい」
 アイリスちゃんがヒバリの子達に手を振ります。
 上の方で親鳥の鳴き声。
「挨拶して行こう」
 私は羽ばたきます。周囲にふわっと風が広がり、身体が浮きます。
 垂直上昇。
「わぁ」
 アイリスちゃんが目をまんまるに開きます。それは私達が浮かぶというより、地面の方が下に遠ざかる印象。視界が一気に地平の彼方まで広がります。
 すぐ近くにヒバリのお母さん。
 私は空中に静止し、手のひらを出してお母さんに乗ってもらいます。ちなみにヒバリは地上を歩く鳥なので、スズメのように指先に止まってもらうような脚の構造にはなっていません。
〈ありがとう。ごめんねいきなり頼み込んで〉
 私は言います。
〈いいんですよ。私も大助かりで。子供達気にしないでエサが探せますからね…。彼女はもう大丈夫なの?〉
〈うん。お邪魔しました〉
 アイリスちゃんが答えます。
〈いいえ。子供達と遊んでくれてありがとう。元気でね〉
〈はい。子供達も〉
 ヒバリのお母さん飛び立ちます。そしてそのまま巣へと降下。
「行こうか」
 私達も飛行に移ります。行く先は距離にして20キロほどでしょうか。山の中です。
 普段ならこういう移動は深夜にします。しかし周囲は草むらと湿原。途中に人家はないので、人目を気にする必要はありません。
「はや~い」
 アイリスちゃんが言います。
「大丈夫?息苦しいとかない?」
「うん。気持ちいい」
 アイリスちゃんスピード感を楽しんでくれてる様子。
 そして…そのまま30分は飛んだでしょうか。山間に入って程なく、目印にしている川が見えます。
 ここからは速度を落としてテレパシーを使います。つまり、ウサギのお母さん自身の思考を捕まえ、その所在を探すことにより、居場所を見付けるわけです。でなければ、ウサギの巣は土の中にあるので、見付けだすのはちょっと困難。
 ところがでした。
「!」
 テレパシーが捕まえたウサギのお母さんの思考は、非常に切迫したものでした。
〈苦しい…。子供が…。エウリディケさん。まだですかエウリディケさん〉
 その瞬間、私は恐怖にも似た、背中に闇が迫っているようなイヤな感じを覚えました。
 何か甚大なトラブルです。しかも、恐らく一刻の猶予もならない。
〈すぐ行く!〉
 私は答えると、お母さんの思考を追って飛びました。そして、ここぞと思う場所に降り立ち、走り出します。
 その時。
「そこだって」
 アイリスちゃんが突然言いました。
 私は立ち止まって彼女に意図を尋ねます。すると、
「その倒れた枯れ木の向こうが巣穴…ブナの木精さんが教えてくれた」
 アイリスちゃんが言います。そういえば彼女は花の妖精、植物と意志疎通できるのは当然と言えば当然。
 ご都合主義なんて言わないでください。とにかくこれで、私がテレパシーだけを頼りに探すよりは、大幅に時間は省けたんです。私は彼女が指差す、倒れて苔むした木を飛び越えます。
 すると…すぐありました。土に開いた穴です。地面から浅い角度で奥へ続いてゆく、ウサギの巣穴です。
 私はアイリスちゃんを下ろし、体のサイズを変え、再び小さくなります。
 これで二人同じ大きさ。
「行こう」
 アイリスちゃんの手を引き、巣穴トンネルの中に走って行きます。中は真っ暗。しかも、何度も掘って埋めてを繰り返しているので(ウサギのお母さんは巣を離れる際、入口を埋めて巣穴を隠します)、盛り上がった土で足場はでこぼこ。
 見づらいし、進みにくいので、魔法を使うことにします。首から下げてるペンダントのチェーンを引き上げ…
 金枠に嵌め込まれた青い石を手のひらに載せます。
 そして、音声で命令、すなわち呪文。
「リクラ・ラクラ・ソーラ」
 石が光ります。海色の光がトンネルの中を照らします。私達はその光を頼りに、でこぼこの間をぬって奥へ行きます。
 と、トンネルの広くなっている場所に出ます。まずはペンダントを壁面のでこぼこにぶら下げて照明代わり。
 それで、ウサギのお母さんを見ると…。
「…!」
 私はその光景に息を呑みました。
 それは子供達とお母さん。
 但し子供達は羊膜に包まれたまま地面に横たわり、動いていません。お母さんもぐったりとしていて、呼吸は早く浅く、いかにも苦しそう。しかも、そばには大量に血の流れた跡があります。
 頭が真っ白とはこの状態を言うのでしょう。どうしてという気持ちだけが意識の中を駆けめぐり、何をすべきかうまく思考が紡げません。
〈エウリディケさん…〉
 お母さんが私を見ます。その意識にあるのは一つだけ。子供達は?
「ねえ!」
 アイリスちゃんが子供の一匹を抱き上げて私を見たのはその時です。
「この子、生きてる」
 私はハッとして、残り2匹の子供達に手を触れます。
 身体が小刻みに震えています。確かにまだ生きています。しかし、呼吸をしていません。どうも身体のつくりがお腹にいる時のまま。要するに産声を上げていないのです。
 産声…この現象には重要な意味があります。
 ほ乳類の子供達は、お母さんのお腹の中で、新鮮な酸素をお母さんの血液経由でもらっています。それが、生まれると同時に、自分の肺での呼吸に切り替わります。
 この、自分の肺での呼吸によって、最初に出る声が産声です。また、産声を上げることにより、全身の筋肉が動き、身体のつくりを肺呼吸に対応したものに、急速に移行させるのです。
 だから、産声をあげていないということは、自分で呼吸していないということに他なりません。
 真っ白だった思考が照準を定めて動きました。
 今、私たちのなすべきことは一つ。
「アイリスちゃん!」
 私は彼女を呼びます。そしてテレパシーで必要な行動を具体的に伝えます。すなわち、身体の羊膜を取り、口から体内の羊水を吸い出し、マッサージを施して自発呼吸を促す。
「手伝ってくれる?」
「はい」
 彼女が答えます。二人して早速行動を開始…。
 しようと思ったその時。
「!」
 お母さんの身体を痙攣が捉え、意識が混濁します。
 心臓が止まった。
「お姉ちゃん!」
 アイリスちゃんも気付いたようです。狼狽したような目で私を見ます。
「あなたは赤ちゃんをお願い」
Wakaki2  私は赤ちゃんを彼女に託し、お母さんの傍らに身を移します。簡単なケガなら妖精の魔法でどうにか出来ますが、命そのものは天使様じゃないのでとても無理。
 医学的な方法に頼らざるを得ません。マウストゥマウスの人工呼吸と心臓マッサージを施します。大きく息を吹き込むこと2回。続いて全体重をかけて胸部を押すこと5回。
 これを繰り返します。大変な重労働ですが音を上げるわけには行きません。命が掛かっている以上、疲れても苦しくてもやめるわけには行かない。お母さん頑張って。赤ちゃんはアイリスちゃんが…。
 しかし、そのアイリスちゃんが伝えてきたのは、深刻な不安と焦燥でした。
「あれ…」
 慄然としたような声。
「泣かない…お姉ちゃん、言われた通りやってるのに泣かない…どうして…」
 彼女が目に涙を浮かべ、ぐったりしたままの赤ちゃんを私に見せます。しかし、彼女が私の指示通りマッサージをしているなら、私としてもこれ以上何を言えばいいのでしょう。
「もう少し頑張って」
「お姉ちゃん…私やだよ…私のせいで赤ちゃんまで…そんなのやだよ…」
 彼女の顔が白くなってきます。自分の手の中で、命の火が現在進行形で消えて行こうとしている事実。それを認知する、させられてしまう感覚…。
 その、背中が冷たくなるような恐ろしさは、私にも経験があります。しかも彼女の場合、花が育たないのと同じ事象がこんな時にも…。恐らく、悪夢でも見ている気持ちに違いありません。
 この子もだめなのだろうか…震えるような、悲しい諦めの気持ちが、彼女から伝わってきました。
 私は彼女を見ます。そうなる気持ちは判らないじゃない。しかし、その諦めだけは絶対、絶対持ってはいけない。
「アイリスちゃん!」
 私は蘇生動作を一旦止め、強い調子で彼女を呼びました。
 半ベソの彼女がこちらを見ます。
「諦めないで。絶対に諦めないで。出来るだけのことを出来るだけやってみる。可能性がある限り出来ると信じてやる。その子の命はまだ失われたわけじゃない。その子の命はあなたに掛かってる。あなたが助けなければ誰も助けることはできない。それを意識して」
 私は強く言いました。そう、私達は命を預かっているのです。その命を…勝手な憶測で諦め、途中で放り出すなんて絶対にいけない。
 アイリスちゃん、ぐっと涙をこらえるように唇を噛みしめ、私の目をじっと見ました。
「判った…とにかくやってみる」
 彼女は答えると、こらえた涙を振り払い、一心不乱にマッサージを始めます。生きてと願いつつ、赤ちゃんが鳴き声をあげることを信じて。
 私は私でお母さんの蘇生作業を再開します。脈を見、呼吸を見、心臓マッサージと呼吸を交互に繰り返します。子供達のためにも、絶対、“生き返って”もらわないとなりません。出せるだけの生命力全てを注ぎ込むつもりで、蘇生動作を繰り返し行います。
 更に。
「さあ生きて。目を覚まして。赤ちゃんは私達が助けるから…」
 私は呼びかけ、ひたすらに願い、祈りました。
 すると、心臓部に触れる手のひらに、わずかに反応あり。
「目覚めて!」
 私はその瞬間、全身を声にして強く呼びかけました。
 お母さん、身体をびくりと震わせます。と、同時に痙攣が停止。
〈あれ?…〉
 蘇生成功です。お母さん大丈夫。横になった状態で、目だけ私達を見てます。
〈とりあえず安静にしてて〉
 事態の説明は後です。私はお母さんにじっとしているよう促し、続いて他の赤ちゃんを助けるべく、振り返ります。
 すると。
 私は見ました。
 淡い、白のオーラライトに包まれた彼女の姿を。
 生きて、と、全身と全霊でそう願いながら、幼子を救おうと、一瞬も休むことなくマッサージし続ける彼女の姿を。
 オーラライト…それは心が放つエネルギーが強くなったとき、光の姿として目に見えるもの。
 心が放つエネルギー。それは心で受け取り、心を動かす、計測装置には感知されない、でも確かに存在する、強力なエネルギー。
 いわゆる“思い”。私は今、その思いが彼女から放射されている様子を、この目で光として見ている。
 程なくでした。
「あ」
 幼子が絞り出すように産声を上げます。アイリスちゃんの手の中で、幼い命が、自分の生の始まりを告げるように力強く泣き出します。
「お姉ちゃん…」
「OK。じゃあその子はお母さんに任せて。あとはこの子を。この子は私が」
「はい」
 私達は、同様にぐったりしている残りの2匹に同じようにマッサージを行います。今、自分の手の中で、失われかけた命の炎が、再び明るく燃え上がろうとしています。
 そして。
「ああ」
 今度は2匹ほぼ同時でした。私達はその2匹もお母さんに託します。
 大丈夫、泣き声聞く限り3匹とも元気いっぱい。
 一件落着。
「危なかった」
 私は安堵のため息と共に言うと、ドッと疲れてその場にぺたんと座り込んでしまいました。幼子とお母さん。今でこそ安心して見られる、思わず笑みを作ってしまう幸せな眺めです。
 横になっているお母さんが私を見ました。
〈何が起こっていたかようやく判りました。本当にもう。何とお礼を言って良いやら〉
「それだったら彼女に。初めてでいきなりだからね。私だけだったら手が足りなくて危なかったよ。アイリスちゃん、あなたは子供達を救ったよ」
 私は言い、アイリスちゃんを見ました。
 するとアイリスちゃん、口元をわななかせながら、自分の手のひらを見てます。
「どうしたの」
「あたしが…」
 信じられないという顔。
「あたしが…子供達を…お姉ちゃん、できたんだよね」
 私はゆっくり頷きます。焦りで火照った身体がクールダウンしてゆく感覚の心地よさ。緊張からの開放感。
「出来た…花を育てられないあたしが動物の赤ちゃんを…あたしの手でちゃんと…初めて…。でも、だったらどうして今まで…花を…出来なかったんだろ」
〈あなたから励まされるような力を感じましたよ。花の妖精さん〉
 その思い…テレパシーの主はウサギのお母さん。
〈あなた…私がエウリディケさんのおかげで息を吹き返した時、まず感じたのがあなたの強い思いです。あなたは真剣に、それこそあなた自身のことのように、私の子供達を助けようと思ってくれていました。そして、その強い思いがバイブレーションのように伝わってきて、心に力を与えてくれるのを、私はずっと感じていました〉
 お母さんのセリフに、アイリスちゃんが尋ねるような目で私を見ます。“そんなことあるの?”
「あるよ」
 私は答えました。そして、数瞬前の彼女を、オーラライトに包まれた彼女の姿をテレパシーで彼女に見せながら、こう言います。
「願うとは、心が自分以外の何かに対して、実現するべく働きかけること。そして、働きかけるんだから、当然、エネルギーをそのために注ぐ。それが、心の放つエネルギー」
 アイリスちゃん頷きます。
 私は続けます。
「心が放ったエネルギーは、やはり心で受け取ることが出来る。そして、受け取ったエネルギーは、受け取った相手の中で、いろんな力、状態へと姿を変える。それは例えば頑張ろうという気力であったり、包み込んでくるような優しさやいたわりであったり…」
〈そして生きるための力…生命力であったり〉
 私の言葉に、ウサギのお母さんが追加します。
 アイリスちゃん、ハッと気付いたような表情を私に見せます。そして目線をゆっくりとウサギのお母さんに移します。
〈花の妖精さん〉
「はい…」
〈あなたは、一生懸命な気持ちで、私の子供達に生命力を与え、無事こうして生きる道筋を与えてくれました。あなたの悩み…花達が育たないのはなぜで、どうすればいいか、これで多分判ったと思いますけれど〉
「…」
 アイリスちゃん、しばらくの間、まばたきをせずにウサギのお母さんを見つめました。
 そして、こくんと頷きました。
「私…一生懸命じゃなかったかも知れない」
 告白するように一言。
「教えられたやり方でただ単にやればいい。何も考えず、そう思っていたのかも知れない。育ってね、綺麗に咲いてねって、呼びかければそれでいいと思ってた…でも、それが間違いだった」
〈そう〉
 と、ウサギのお母さん。
〈生き物はただ言われた通りに、書いてある通りにすれば育つわけじゃないの。…だって生き物だから〉
 その言葉に、アイリスちゃんは深く頷くと私を見ました。そこで私は彼女に、テレパシーでこんなことを話します。それは恐らく…これを読んでる人間さんの皆さんにも経験のあること。
 すなわち。
 皆さんは、落ち込んでいるとき、お友達からかけられた優しい言葉に元気づけられたことはありませんか?
 しかも例えば、同じ言葉は他の友達からも聞いたけど、元気づけられたのはその人だけだった、なんてことはありませんでしたか?
 その時、皆さんはなぜ、その人からだけ、元気づけられたのでしょう。
 その人は、元気を出して欲しいという気持ちが真摯なものだった…皆さんはそう感じたはずです。では、口先だけの優しい言葉と、本当に心からの優しい言葉と、内容的には全く同じ言葉であり音波であるのに、皆さんはどこで両者を区別したのでしょう。
 心…以外にありませんよね。そうです。皆さんは言葉と共に送られる、心からの気持ちの有無を直感的に見抜いたのです。そして、受け取った気持ちが、見事に、元気という力に変わったのです。
 生きて欲しいという気持ちが動植物を育てる。元気になって欲しい気持ちがあなたを勇気づける。あながち的はずれなアナロジーじゃないと思いますが如何でしょう。
「一生懸命やってみる」
 アイリスちゃんが意を決したように言いました。
「私の花達が育つかどうかは私にかかってる。私に責任がある。そういう気持ちでちゃんとやってみる」
 アイリスちゃん私の目を見ます。
 私は彼女に笑って見せます。今回、私は最初に彼女の話を聞いたとき…先に書きましたがもう一度書きましょう。とにかくいろんな“お母さん”の姿を彼女に見てもらおうと、まず思いました。そうすればお母さん達に出来ることがなぜ彼女に出来ないのか、その違い、コツの部分が明白になるだろうと思ったのです。だからヒバリのお母さんのところに行ったし、ここに来たのです。
 そして、今、これ以上他のお母さんの姿を見せる必要はなくなりました。
「あたし…お姉ちゃんに相談してよかった。一緒にここに来てよかった…。
 ありがとうお姉ちゃん」
 アイリスちゃんは言いました。

 その後、私達は様子を見る意味も込めてそのまま巣穴で一夜を過ごし、翌朝、親子とも全く問題ないことを確認した上で巣を離れ、元の草むらで別れました。
 そして、昆虫たちから聞いたところによると、フキノトウが6月に出てきたり、7月にようやくツクシが出てきたりと、遅れを取り戻すよう頑張っているみたいです。
 だから、もし、全然咲く気配もなかったあなたの花が急に咲いたり、あなたの近くの草木が季節外れの花を付けたりしたら、それはひょっとすると、彼女の担当だったのかも知れませんよ。

 

若きフェアリーテールの悩み/終
inspired from "KITANO JUNKO"s fairys.

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