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【恋の小話】いつかきっと

 彼女は、僕のことだけは“君”付けで呼んだ。
 他の男子は呼び捨て。『ガキっぽいからだ』野郎共はそう僕を笑う。確かに僕は背は低いし童顔。声変わりだってまだだ。一方彼女は大人びてまるで“お姉さん”。長い髪で歩く姿なんか、とても綺麗だなと純粋に思う。
あこがれがないといえば嘘。でもそれは、到底かなうことのない、遠い、とおい夢。
 だから。
「倉橋君」
 初めて、学校の外で、彼女の方から声をかけられて、僕はとても驚いた。“君”付けイコール問題外の外、学校外では知らん顔、そう思っていたからだ。
 僕は河原に広がる草むらから、堤防道路を見上げた。水色ワンピースの彼女が、自転車から降りて手を振っている。別におしゃれしているわけでもないのだけど、とても似合う気がする。
「あ、やぁ」
 一方僕ときたら気の利いた挨拶の一つもできないふがいなさ。
「何してるの?弟さん?」
 彼女は自転車を押しながら、堤防の斜面を軽い足取りで下りてきた。買い物帰りらしく、前かごにスーパーのビニール袋。
「うん、そう」
 僕は再び気の利かない返事をすると、弟の方を見た。弟は5歳の幼稚園児。今日はこの草むらでバッタ取りに付き合い。
「お兄ちゃ~ん」
 その弟が僕を呼ぶ。呼んだ理由は一つ。好きなバッタ見つけたから捕まえてくれ。
「わかった。動くなよ」
 僕は言うと弟のところへ歩いた。弟が指差すトノサマバッタ。
 息を殺し、背を低くし、バッタの背後から手を伸ばす。一旦手を止め、ゆっくりと息を吸い、ゆっくりと吐きだし、吐き出し終わる前に手を伸ばす。
「捕った!」
 僕より先に弟が言った。確かに捕まえた。しかし手応えがおかしい。
「ちょっと待てな」
 言って僕は手を開く。普通、トノサマバッタは容易に捕まらず、驚くほど長距離を羽ばたいて逃げる。また仮に捕まえた場合でも、その強靱な筋力でじたばた暴れるものだが。
 捕まえたそいつはえらくおとなしい。しかもその身体は柔らかくふにゃふにゃ。
「これなぁ、逃がしてやろうよ」
 僕はまず言った。すると弟は口をとがらせ。
「えー、なんで?」
「皮脱いだばかりなんだよ。身体がまだ丈夫じゃないから。こんなんで虫かご閉じこめたらかわいそうだよ」
「どうして?ちゃんとご飯あげるし」
「飛び跳ねてかごにぶつかったら身体がつぶれるぞ。他にもいるから、こいつは逃がそう。な」
「……わかったよ」
 弟は不承不承、という感じで目を伏せて言うと、他のバッタを探し始めた。
「行っていいよ」
 僕は手のひらのバッタをチョンとつついた。バッタはピョンと跳ねて草の間に戻った。
「優しいね」
 彼女が言った。傍らに立つ彼女の腕がわずかに僕の腕に触れる。
「優しいというか、ムダに死なせることないじゃん、それだけ」
「夜、ネコにえさあげてるのもそれだけ?」
「え……」
 僕は絶句した。何で知ってるんだろう。確かに、生ゴミ回収日の前の晩、町ネコにえさをあげている。でも、いつも、誰もいないことを確認してからあげている。だから誰も知らないはず。
「どうして」
 尋ねても、彼女は笑うだけ。その時。
「お、お兄ちゃん!」
 バッタじゃない。明らかに危機を知らせる弟の声。
 見ると犬。茶色系のミックスであり首輪はない。その毛は乱れ汚れており、明らかに飼い犬ではない。弟に向かい、鼻にしわを寄せ、ウーと低い唸り声。
「くそっ!」
「ちょっと待って」
 石でもぶつけようかと思った僕を、落ち着いた声で彼女が制した。
 犬をまっすぐに見、手のひらを向ける。
 口元が動く。何か言っているようである。しかし何も聞こえない。
 犬の目が彼女に向いた。
 彼女は犬の目を引きつけながら自転車へ歩く。そして買い物ビニールから何か取り出す。
 ビーフジャーキー一本。持って走り出す。
 犬がその後を追う。僕はその間に弟を抱き上げる。
 彼女がジャーキーを対岸へ投げ、犬が流れの中に飛び込んだ。
「今のうち!」
 彼女は自転車を押して堤防を登る。僕は弟を抱えて彼女の後を追う。
 斜面と堤防道路との段差で、自転車が跳ね、はずみで彼女がバランスを崩して転んだ。
「いたっ!」
 駆け寄ると腕をすりむいて出血している。それを……なんと彼女はなめようとした。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
 僕はポケットから傷スプレーを取り出す。弟が良く転ぶので、遊びに出るときはいつも持っている。
 シュッとやって、まず傷口をきれいに拭う。もう一度やって、絆創膏を貼る。でも足らないのでハンカチも巻き付けて結んでおく。
 そのまま堤防の向こう側へ行く。これで犬から姿は見えない。
「ごめんねありがとう。もう大丈夫」
 彼女は言った。そして続けて。
「弟さん……ゆきおくんって言ったっけ。お昼にお肉食べたでしょ。匂いがしてゆきおくん自体を食べ物と思ったみたい。歯は磨かなきゃだめだよ」
 そのセリフに僕は瞠目した。弟の名前とか、お昼に……確かにフライドチキンを食べた。
 どうしてそこまで判る?
「君は……」
「ごめんね。怪しいよね私。なんだかスパイみたいだよね」
 夜な夜な闇に紛れて町中を嗅ぎ回る女スパイ……にはとても見えないが。
 迷ったような表情。そして。
「リナ、に、聞いたの」
「え……」
 その名を聞いて、ぼくが最初に思い浮かべたのは、赤い首輪に鈴つけた、ふんわりした毛並みの三毛猫。首輪にマジックで“リナ”と書いてある。
「あなた、毒エサ事件が起きた後すぐから、ネコたちにご飯あげてくれてるんだね。おかげで、毒エサ食べた子はいないって。それだけ伝えてくれって」
 そこまで聞いて、僕は彼女が何を言っているのか理解した。
 そして、何で弟の名前を知っているのかも、さっきの犬に対する行動も。
「僕がグチ言ってたって?」
「うん」
「数学のテストが最悪だったって?」
「うん」
「参ったなぁ……」
 僕は頭をポリポリかいた。ネコたちに言っていたグチが彼女に筒抜け。つまり。
「このお姉ちゃんは動物とおしゃべりできる」
「うそっ!」
 弟が目を円くする。でも他に言いようがない。
「道理で全部知ってるわけだ」
 果たして彼女は頷いた。
「ごめんなさい。聞かれたくないことまで多分知ってるね私。リナ、おしゃべりだからね。でも、でもね。リナも含めてネコたちが口をそろえて言うのは、あなたがとっても優しい男の子なんだってこと。つばめの子拾って帰ったことも、釣り糸からまったハトを助けたことも、車にはねられた野良犬を病院に連れて行ったことも、いっぱい、いっぱい、あなたの優しさを聞いたよ。だから私、あなたのことが知らない子に思えなくてね。一緒のクラスになったとき、ちょっと嬉しかったんだ」
 彼女は僕が照れるようなことを、桃色の頬ですらすらと言った。
「だからなんかなれなれしくしちゃって、ごめんね」
 ぺこっと頭を下げる。“君”付け。その理由を僕は知った。
「あなたのこと、話題にするとクラスのみんなは色々言う。気弱とかおとなしいとかね。でも、クラスのみんなはあなたが優しい男の子だってこと知らない。あなたの優しさは本当のあなたを隠してしまっているのかも知れない。だけど、最後に本当に必要なのは優しさなんだと私は思う。だから、今は色々言われていても、いつかきっと誰かが気付く。ネコたちが気付いたように。そして、私が気付いたように……」
「え……」
「じゃね。もう行かなくちゃ。ハンカチは明日返すね」
 僕が何も言えないうちに、彼女は自転車に乗って走っていった。
 そしてそれが、僕が彼女を見た最後になった。
 突然、学校に来なくなったのだ。しかも、学校に報告されていた住所が架空のものだったから大騒ぎ。確かに、住所録には、スーパーの番地プラス1で“桜木アパート”とある。単純には公園の位置になる。しかし公園は丁目がちがう。
 ちなみに、スーパーと公園との境目には大きな桜の木が一本あり、その木の根元は町ネコの集会所。“桜木アパート”は言ってみれば集会所だ。
 こんな住所書いて……僕は思いながら、学校の帰り、リナを捜しに、その住所“桜木アパート”に向かった。リナなら彼女の行方を知っているかも、と思ったからだ。僕がリナの話を聞けるわけではないが、メッセージは伝えてもらえる。
 見慣れたしっぽ。
「え……」
 僕は気付いた。
 “彼女”が、前足に、見たことのあるハンカチをまいているのを。

いつかきっと/終

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