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【妖精エウリーの小さなお話】命のバリア

1

 夜の草むら。
 月明かりに照らされて、私は、仔猫たちと遊んでいます。
「こっちだよ。ホラ走って」
 私は肉球可愛い手のひら(?)が、私に触れるのを寸前でかわしながら飛び続けます。
 飛ぶ…そう、私は今飛んでいる真っ最中。
 但し何らかの機械を使っているわけではありません。私自身に飛ぶ力が備わっているのです。
 自己紹介をしておきましょう。
 私の名前はエウリディケ。姿形は人間さんの女性そのもの。
でも背中にはカゲロウのそれに良く似た翅があります。俗に妖精と呼ばれている生き物なんです。
 身長は15センチ。ただ、有名なティンカーベルやケルトのフェアリ…花の妖精と異なり、私の血統にはギリシャ神話のニンフのものが含まれています。ですから体のサイズをニンフ同等…人間サイズに変えることが出来ます。
 そして、仕事も私は花関係ではなく、昆虫や動物たちの相談相手。あ、そうそう衣服は…そうですね、神話の女神様が着ているだぶだぶの白い服、トーガ(toga)を着せてくださいな。
〈すいませんありがとう〉
 言葉にすればこういう感じの“意思”が意識の中枢にパッと訪れます。くれたのは仔猫たちのお母さん。このお母さん、夜道で車に接触し、足を大ケガ。そこで私がお母さんの代わりに仔猫たちの遊び相手を…というわけです。ちなみに、私たちと動物たちとの意思疎通は、このように心と心で直接思念を交わす…いわゆる超能力の一種テレパシーで行います。超能力と魔法…妖精ですのでどちらも標準装備(?)。必要に応じて使っています。
 元に戻って。
「ううん。…しかし二人とも元気ね。私の方が疲れそう」
 私は2匹に代わる代わる追いかけられながら、お母さんにそう答えます。実は仔猫たちの追いかけっこは“狩りの練習”。半分遊びではあるものの手は抜けません。一生懸命、逃げないと。
 でもそろそろ捕まりましょうか。
〈捕まえっ!〉
 お兄ちゃんの方が私に肉球で触れることに成功します。私は“撃墜”されたように草の上に降下。
「負けた~」
〈勝ったー〉
 お兄ちゃん得意げ。
 すると妹さんが。
〈バカじゃない?捕まえさせてもらったのに〉
 つんとして言い放ち、ぷいとそっぽを向きます。それから長いしっぽを一回振ってお母さんの傍らに丸くなり“ねこだんご”。
〈…〉
 お兄ちゃんしょんぼり。
「まあまあ」
 私は小さく笑うと、うつむいて目を潤ませているお兄ちゃんをなだめます。感情の揺らぎが極端というか、感受性が強いのか。
 …誰か来る気配を感じたのはその時です。
〈あの〉
「待って」
 一気に緊張の度合いを高める猫の親子を私は制します。
 それから、ゆっくり、気配を感じた方へ移動。
「はあい。どうしました?」
 尋ねると、草の中からヒキガエル(通称ガマガエル)のお母さんが顔を出しました。
 重大な相談がある…私はすぐに察知します。でも、猫の存在が本能的な怯えを生んでいるらしく、それ以上動こうとしません。
〈妖精さん〉
 呼んだのは猫のお母さん。
「はい?」
〈あの、私達、失礼しますから…〉
「え?そんな、いいよ。私…」
 私は言いかけます。だからって親子がこの場を離れる必要はありません。私がカエルのお母さんと移動すれば済むだけの話。
〈じゃなくて…〉
「え?」
 猫のお母さんは“この子達を見て”という意思を送ってきました。
 私は言われた通り子供達を見ます。すると、遊び疲れたのか、子供達ふたりともお母さんのそばですっかりお眠。
 “遊んでるかと思ったら気が付くと寝てる”…猫を飼ったことのある方は経験ありますよね。
「あらら」
〈ですから。ね〉
「判った。じゃあ送って…」
〈いえいえ大丈夫です。ホラホラ起きて〉
 促されて、子供たち、不承不承体を起こします。
〈ぶー。…まだ眠ったばっかじゃん〉
〈だから帰るの。…妖精さん。どうもありがとう。また…〉
「いいの?本当に送って行かなくて…」
〈ええ。もうこの子達くわえて運ぶ必要ないですから〉
 猫のお母さんは(意思の上で)笑って言いました。
「判った。じゃあまた何かあったら呼んで」
〈はい、それでは…〉
 お母さん。子供たちを急かしながら、草むらを後にします。ちなみにこの一家、この近所の家をあちこちめぐりながら餌をもらって暮らしている、いわゆる“地域ネコ”。家によって呼ばれ方が違う彷徨(さすらい)猫、いますでしょ?
〈…行き…ました?〉
 恐る恐る尋ねたのはカエルのお母さん。
「ええ帰りましたよ。それで?どうされました?」
 私はカエルのお母さんを振り返ります。
 するとお母さんはゆっくり歩いて来ながら…
〈それがですね…私に限らず、私の仲間達みんなに共通することなんですが…〉
 ホッとしたように話し始めます。私はお母さんの方へ歩いて行き、小石の上に座ります。
 と、そこでお母さんは立ち止まって。
〈最近卵が孵(かえ)らないんですよ〉
「は…」
 私は一瞬理解が遅れます。あっさり言われたとんでもないこと。
 そう、それはとんでもないこと。何ですって?卵が孵化しない?
「本当に?」
〈本当です。仲間達みんな言ってます。沢山産んでも孵るのはほんの僅か…これじゃ殆ど育たないよって〉
「それって…。あ、まさか…」
 私は考え込み、そしてハッと思い出します。
 実は…ご存じの方もおいでかも知れませんが、この20世紀末、世界のあちこちで“両生類無尾目”すなわちカエル類が激減中なのです。例えば、毎年春になると集団で産卵するのに、ある年を境に忽然と姿を消した。突然、ある種の卵が孵化しなくなった。エトセトラ、エトセトラ…。
 理由は色々言われていますが、これだというのはまだ見つかっていません。環境変化や水質変化、食物の不足や変成、“カエル”という種族そのものの寿命だという説もあります。ちなみに両生類自体の出現は4億年前。カエル類の出現は1億6千万年前です。
 同じ事例が、このカエルのお母さん達にも、起こっているというのでしょうか。
「あなたの卵もなの?」
〈判らないんです。だからちょっと躊躇があって、遅れて今日産んだのですが…どうなるのか不安でどうしようかと思って。そしたらあなたがいらっしゃって…〉
 その言葉に私はゆっくり頷きました。
 そういうことなら、するべきことは一つ。
「卵の場所へ連れてって」
〈は?ええ。それは構いませんが…でも見てお判りになるんですか?〉
「何か変化があれば感じると思う。だからずっと見てる」
〈ずっと?…ですか??〉
「うん。ずっと」
 驚くお母さんに私は答えました。先ほど書きましたように私には超能力(超感覚)があります。“命”に何か変化があればそれで察知できるはずです。
 だったら、ずっと見ていれば、いつか判る。
〈…それってものすごく大変な気がしますが…判りましたとにかくご案内します。こちらです〉
 カエルのお母さんは言うと、ゆっくりと歩き出しました。
 私はその後をついて行きます。本当はお母さん持って飛びたいところですが、何せヒキガエルは大きさが大きさですから、身長15センチの今の私にそれは不可能。かと言ってこんな住宅街のそばで大きくなるのは危険。
 危険…そう、私たちは人間さんに姿を見られてはならないのです。理由は一つ、人間さんが“妖精なんか存在しない”と決めているから。私たちは人間さんの意思に背くことは許されていないのです。
〈ここです〉
 お母さんの後について歩くこと10分ほど、案内されたのは休耕田に出来た水たまり。
但し深く、周りには水辺の植物が生え、水中には水草も結構目に付きます。恐らく出来てからかなり時間が経っているのでしょう。殆ど“池”と言って良い感じ。
〈それです〉
 示されて水中を見るとなるほど卵があります。ゼリー状のチューブの中に白い粒々が沢山。見たことある方、いらっしゃいますね。
「いつもここで?」
 私は訊きます。見た感じゴミはないし、油が浮いているような様子もありません。産卵場所として不適な感じは皆無。
〈…はい〉
「異変が起き始めたのはいつから?」
〈そうですね。みんなして『やっぱり何かおかしい』と意見が一致したのは去年ですね〉
 その言葉に私は頷くと、今度は水の中、水草の林の奥の方を覗き込みます。
 真っ暗です。が、目を凝らすと黄昏というかセピアというか、そんな感じの色使いでおぼろげながら見えてきます。これも超能力…透視というには大げさですね、暗視と言っておきましょうか。水草に掴まるミズカマキリやミジンコなどの水生生物の姿が見えます。
「水は綺麗なんだ」
 私は言います。これで水質的には全く問題ないことを確認。
〈はい。だから安心してここに産んでいるのですが…〉
 カエルのお母さん、少し困惑したような言葉。
 私は頷きました。確かにこれでは卵に対して不安を持つ方が変です。
「で?みんなの卵っていうのは…どういうふうに…その、なっちゃうの?」
 私は訊きました。卵に生じる異変の内容が考えつきません。これが例えば水質に問題があるなら、汚染物質で卵自体に傷が付く…などと予想できるのですが…。
〈それが私もよく判らないんです。聞いた話だと、翌日見に行くと、あるいは気が付くともうだめ。つまりいつの間にか…そんな感じらしくて〉
「なるほど…」
 私は考え込みました。最も、この問題は世界中の動物学者、環境研究家が取り組んでいるのに明確な答えが見つかっていないもの。
 私ごときがちょっと聞いただけで判らないのは当然と言えば当然。
「とにかく見てみるよ。あなたはいつも通りにしていて」
〈いえ、おつきあいします。他ならぬ私の卵ですもの。あなたに任せっぱなしにするわけには〉
「…でも、いつ終わるか判らないよ。ひょっとすると何日も…かも」
〈構いません〉
「…勧めないなあ」
〈お願いします〉
 私はため息を付きます。この調子では幾ら断っても駄目でしょう。母の責任、そんな言葉が脳裏をチラッと走ります。
「判った。でも無理はしないでね」
〈ありがとうございます〉
 お母さんは言うと私の隣に穴を掘りはじめます。そう、ヒキガエルたちは、昼の間は穴や土の中で過ごし、夜に活動するのが普通。
 お母さん土の中に収まります。
 私はそれを確認すると目を閉じます。眠るのではありません。感覚を“超感覚”のみにして、僅かな変化を探ろうというのです。それは…例えるなら“雰囲気”を感じようと心の目を開き耳を済ます…そんな感じでしょうか。
〈妖精さん?〉
 お母さんがちょっとビックリしたように呟きます。お母さんとはテレパシーで心がつながっていますから、恐らく私の状態(超感覚の鋭敏化…難しい言葉でごめんなさい)が手に取るように判ったのでしょう。
 時間が過ぎて行きます。夜半が過ぎ、月が沈み、夜と言うより朝と言った方が良い時間を迎え。
 陽が昇ります。虫達が動き出し、動物たちが活動を始めます。
 人間さんの生活時間帯になります。学校へ行く子供達、幼稚園の送迎バス。
 竿竹屋さんのトラック。
 その時でした。
「…!!」
 私は感じます。沢山の卵が次々死んで行く。
 まるで悪夢です。何の前触れもなく、突然命がその活動を停止する。
「いやーっ!」
 私は反射的に叫んでいました。身体を人間サイズにし、走り出します。
 人の目も自分の立場も念頭にありません。夢中で池の中に飛び込みます。そして慌てて、掬えるだけの卵を掬ってだぶだぶの私の服で、トーガで包みます。
 生きてる…私が掬った卵は生きてる…。
 だけど…だけど…。
 言葉にしたくない。
〈妖精さん…〉
「判らない。判らない。でも確かに何かが起こった。そして今、生きているのは私が持っている…」
 私は言います。言葉が満足にまとまりません。こんな経験は初めてです。心が動揺しきってしまい、思うままにならない。
 自分で自分の心がコントロールできない。
 ただ判っているのはこの生きている卵達をここに戻してはいけないこと。
 絶対安全なところへ運ぶ必要があること…。
 絶対安全…。
「…」
 叫び出したい気持ちの中、どうにか残っている理性で私は必死に考えます。まず浮かんだのはこのままでは姿を見られるということ。でも、こうして卵を抱えている以上、身体を小さくするわけには行きません。しかしだからってこのままどこかに移動しようとすれば絶対目撃される。
 であるなら。
「ごめん。また後で来る」
 私はカエルのお母さんに向かって言います。お母さんは私の心の状況が理解できないらしく、困惑気味。
〈妖精さん…〉
「この卵は絶対守る!詳しいことは後で話す。じゃ」
 私はそれだけ言うと、妖精の魔法…跳躍の呪文を口にしました。跳躍する先、それは…
「リクラ・ラクラ・シャングリラ!」
 私は星のような輝きと、風船が破裂するようなバチンという音を残して、そこから、消えました。

 

2

 

 どこまでも、どこまでも続くひたすらな草むら。
 遠くの方には所々森の影が濃い緑色で見えています。風がないこともあって周囲は至って静か。少し離れたところでマルハナバチが蜜を集めていますが、その羽音が、心地よい感じで、さっきから耳に聞こえています。
「ふう」
 私はため息をつくと、サラダ用の木のボウル片手にしゃがみ込みました。しゃがみ込んだ手前は小さな池。そしてボウルの中はカエルの卵。
「ここなら大丈夫だから」
 私は卵に言い聞かせるように呟きながら、ボウルの中身を池に沈めます。そう。ここが私の思いついた絶対に卵を守れる安全な場所。しかも、人間さんに姿を見られる心配は絶対にありません。
 なぜなら。
 ここは私の家のすぐそば。
 そして。
 ここは人間さんには絶対に来られない場所。
 フェアリーランド。すなわち…妖精の国と呼ばれる、人間さんには異次元の世界だからです。
 位置的には天国の一部ということになりましょうか。時間の働きが違うのでここのみんなはとても長生き。
 私だってもう既に200年以上生きているのです。そして多分、あと800年は死なない。ケルト(紀元前イギリスに居住した民族)の伝説に出てくる常若の国ティル・ナ・ノーグと似た感じと捉えて下さい。
 説明はこれくらいにして。
「はあ…」
 私はもう一度のため息と共に、ボウルを戻しに家に向かいます。この卵はこれでいい。
 だけど。
 今後の卵はどうしよう。
 それ以前に現象の原因は。解決法は…。
 その時。
〈どうしたんですか?悩める乙女って雰囲気ですけど〉
 ダイニングのテーブルにボウルをコロンと転がしたところで、軽妙な“声”がかかります。
 玄関口に大きな鳥…猛禽。
 近所に住んでるトビ(とんび)の男の子。現在独り立ちの修行中でよく遊びに来てくれます。
「ちょっとジンセイに疲れちゃって」
 私は椅子に座って彼に言いました。私の家は…こういう言い方が適当かどうか判りませんが木造平屋建て。いわゆるログハウス風と捉えていただければ結構です。ただ古い家なのですでに柱も壁も材木が黒光りしてますが。
〈深刻そうですね〉
「まあね。どうやって解決したらいいか皆目見当も付かない」
 すっかり冷めたジャスミンティを一口。
 すると。
〈だったらガイア様に相談してみては如何ですか?〉
 トビの彼があっさりひとこと。
「へ…」
 私は目をしばたたきました。
 ガイア様。ご存じの方もいるでしょう。ギリシャ神話で“大地の女神”として伝わる方で、このフェアリーランドの女神様でもいらっしゃる方です。すなわち

 

 この星、地球の精霊。

 

「…」
 私はしばらく言葉を発せずトビの彼を眺めます。普段一人でいるせいか、誰かに相談するという発想が思いつかなかったのもさることながら、その相手がガイア様というのも思いも寄らなかったこと。
〈一人でどうにも出来なかったら相談すればいいんです。そして判らないことは判るひとに訊く。違いますか?〉
「…そうだね」
 私は彼を見て頷きました。そう彼の言う通り、判らないなら判るひとに訊いてみる、単純なことです。
 そして恐らく…相手がガイア様というのは正しい選択。
 ご存じでいらっしゃるだろうし、
 きっと相談に乗ってくださる。
「ありがとう」
 私は彼に言いました。元気が出てきます。悩む脳は一つより二つ!(ホントかな?)
 彼は嬉しそう。
〈お役に立てまして?〉
「立った立った。うん。ガイア様に相談してみるよ」
〈よかった…エウリディケさんにはいつもいろいろ遊んでもらってるから、たまには役に立たないとね〉
 彼は(心の中で)笑顔を作って言ってくれました。
 さて私はガイア様にアポイントを求めることにします。基本的には王宮にいらっしゃるのですが、何せご身分がご身分で、ここだけの女神様というわけではありませんから、お会いするのは簡単ではありません。
 とりあえず王宮受付にテレパシーで問い合わせ…。
〈OKだよ〉
 あっさり返答。
〈というか予感がおありだったみたい。必要とされているので尋ねられたら教えてっておっしゃってた〉
〈私を?予感されてた?〉
〈だと思う。重要なことなんじゃないのかな。とにかくいらっしゃいよ〉
〈…判った〉
 私はすぐ行くことにします。ちなみに相手の口調が馴れ馴れしいのは私の知り合いだから。私は王宮科学アカデミーの出で、今も研究員として籍を置いているので王宮自体にはちょくちょく行くのです。
「というわけで行ってくるよ」
 私はトビの彼に言いながら家を出ます。ドアを閉めて翅を伸長。
〈いいなあ、透明で長い翅〉
「ふあふあ羽毛の頑丈な翼も魅力的だよ」
 私は言い、彼と共に飛び立ちます。王宮はここから私の翅で20分。
「じゃね。ありがと」
 空中で彼と別れ、太陽を左手に見る方向へ向かいます。
 王宮があるのは山間の湖のほとりです。眼下に広がるのはしばらく草原。
 穏和な眺めに居眠り飛行(!)しそうになるころ、なだらかだった地表が波を打ち出し、やがて前方に山並みが姿を見せます。尾根と尾根の間に進み、森を越え、川に沿って飛び、霧の多い谷を渡って。
 次第に土地が高くなるのを気温の低下で感じます。
 そして、一山越えて着いたのは涼しい風の吹く湖のほとり。
「はあ…」
 私は降り立つと、翅を縮め、水辺を埋めた短い草の中に立って、しばらく風景に見とれます。
 それは緑濃い山をバックに立つ古代ギリシャ風の神殿。
 パルテノンの丘からそっくりそのまま持ってきたような、ため息の出るほど高貴で豪奢な作り。
 これがガイア様の王宮です。ちなみにこの王宮神殿、実際の古代ギリシャのものにはカラフルに彩色がされていたようですが、この王宮は大理石の地肌そのままの白亜の建物です。緑の中に建っているので、あえて色付けしなかったのでしょう。
 息が落ち着いたところで王宮へ歩いて行きます。ちなみに中にはアカデミー付属の図書館や…知っている方は知っている“管理部門”もあるので仲間の一人にも出会いそうなものですが、今のところその気配はなし。
 ごく低いステップを数段上がってエントランスホールへ入ります。中はがらんとしていて、奥の方は毎度のことですが薄暗くてよく見えません。静かに整然と並ぶエンタシスの柱。
「ああ、ディケ」
 背後から声がかかり、私と同じ白いトーガの女性がこちらへ歩いてきます。
 私より年上の“お姉さん”という言葉がぴったりする美人の名はミレイさん。先ほどテレパシーで相手をしてくれた知り合いとはこのひと。
「あのね、ガイア様いつでもどうぞって。ただ“声”だけですけどって」
「判りました」
 言伝に私は頷きます。“声”だけ…すなわち直接はお会いできないわけでちょっと寂しいですが、今日の用事はお会いできるかどうかには無関係。
「こっち」
Baria2  ミレイさんは私を…王宮に二つある回廊の向かって左側、正式呼称東回廊へと先導します。この回廊を通って行く場所はただ一つ、ガイア様の謁見室。
 王宮の最も奥まった場所へ行きます。2回直角に曲がり、外光が入ってこない位置。
 大きな、…観音開き…ですね、日本風の表現をすれば。木製のドアがあります。
 私は立ち止まってドアを見上げます。
〈どうぞ〉
 意志の声がありました。
 ミレイさん私を見て首を小さく傾けます。それは“どうぞお入りなさい”の意。
 私は目で頷いて木のドアに…触れます。
 触れただけでドアは音もなく開きます。中は曇り空の明るさ。但し照明があるわけではありません。
 中に入ります。ドアが閉まり。室内には私一人…。
 音はありません。しんとしています。見回すと…広さはこれも日本的に表現するなら6畳、になるのでしょうか。ふかふかの赤いカーペットが敷かれており、部屋の四隅にはコリント様式の装飾を持つ円柱、天井は円筒の内側のように湾曲していて星座の絵が描いてあります。そして正面、一段高いいわゆる玉座のある位置には、カーテンが下がっていて人の気配はなし。
 ではなく。
〈お待ちしていました。…ご相談がおありとか〉
 気配が生じ、意志の声が私を迎えてくれます。そうガイア様の声。暖かく柔らかな…春の陽射しのようなガイア様のお声。
 しかし。
〈ごめんなさいね。今、別の時空におりますので…〉
 “声”だけはやっぱり正直なところ少し寂しい感じ。
 そこで私は目を閉じます。こうすれば声が聞こえるだけ。何せテレパシーの声は聴覚中枢に直接聞こえますから、とても身近に感じられるのです。
「いえ、お話を伺っていただけるだけで光栄です」
 私は気持ちを素直に言葉にしました。
 するとガイア様は意志で微笑みを示されて…。
〈そう言っていただけると気持ちが軽くなります…〉
 という言葉と共に、私に相談内容を意志でお尋ねになりました。
「はい…」
 私は答えて…記憶と気持ちをガイア様にお見せします。
 ガイア様はそれをご覧になりました。
 そして。
〈…判りました。それはちょっとすぐに判る内容ではありませんね〉
「はい」
〈では…そうですね。あなたがお思いのように、環境に要因があるなら、それなりの装置で調べてみればよいと思いますがいかがでしょう〉
 それを聞いて、私は思わず目を開いて玉座を…姿はないのに…見てしまいました。
「装置…ですか?」
〈ええ。こちらです〉
 言葉と共に“下を見て”という示唆。
 私は真下の絨毯に目を向けます。と、手のひらサイズの手帳のような平たい機械。
 コンピュータ。
「へ…」
 私はそれを手に取ります。蓋を開くと液晶画面とキーボード。やはり小型のコンピュータです。
 そして画面の表示によると、この中には環境に関わるあらゆる“標準値・自然のままのデータ”が収められており、測定する環境で標準から外れるデータを検出すると警報を出すとのこと。
 もちろんコンピュータですから、使う側の工夫次第で他にも色々応用可能。
「なるほど…」
〈それで調べてみては如何でしょう〉
 ガイア様はおっしゃると、私が返事をする前に気配を消されました。
 ガイア様、ありがとうございます。これを使ってみることにします。

 

3

 

 その晩。もう夜明けに近い頃。
 私は再び、カエルのお母さんが卵を産んだ池に来ました。
〈妖精さん〉
 同じお母さんが私を見つけて声を掛けてくれます。そして傍らには別のお母さん。
「こんばんは、初めまして。エウリディケといいます」
 私はもうひとりのお母さんに挨拶しました。そして。
「あのね…」
 と、生き残った卵の処置について、ふたりにテレパシーで伝えます。そして別のお母さんには、今日は一旦産卵を待ってもらうか一時的に同じ処置にして、原因と対策をきちっと施してから安心して…。
〈ああ。それなら彼女、さっき自分の卵を…〉
 先のお母さんが言いました。
〈はい…〉
 もうひとりのお母さんが頷きます。お母さんは更に。
〈それで…彼女から聞いたんですけど…異常について調査なさってらっしゃるとか?〉
「うん」
 私は頷くと、借り受けた文明の利器を袖の中から取りだしてふたりに見せました。
「異常検出装置」
〈はあ…〉
 ふたりはまるで蒸気機関車を初めて目にした幕府の役人みたいな顔。
〈それで…判るんですか?〉
 と、もうひとりのお母さん。
「私ひとりよりはマシだと思う。とにかくこれで調べてみたい」
 私は言いました。ちなみに画面を開くと…びっしり並んだ文字と数値の中に、恐らく排気ガスの成分でしょう。難しい名前の物質が検出されていますが、異常な数値ではありません。
〈私の卵で調べていただけますか?〉
 もうひとりのお母さんが言いました。
「え…」
〈みんなのためです。ひょっとすると私の卵は全滅かも知れない。でもみんなの卵がダメになるよりはずっといい〉
「そんな…いいよ。これで一日の大気の成分調べるだけだから。あなたの卵はまだ産んでいなかったことにして私が…」
〈それではいけません。私のだけなんて不公平です。それに、機械の反応と卵の反応は違うかも知れない〉
 もうひとりのお母さんは言うと、私の傍ら、土のくぼみに身を丸めました。
〈そうそう。さあしっかり見届けましょう〉
 それを見て先のお母さんも土を掘り始めます。どうやらふたりとも何を言っても聞く耳を持たないみたいです。仲間の、種族の将来のためなら。

 

 “母親”てなんて強いんでしょう。

 

「…判りました。でも」
〈判ってます。無理はしません。時間がかかるようなら彼女と交代で見に来ますよ〉
 先のお母さんが掘った穴に入りながら言いました。
 ふたりと一緒に監視を始めることにします。機械があるので身体を小さくすることは出来ません。高い草の間にしゃがんで、コンピュータにデータの記録を開始させます。ちなみにこの装置、画面に出てきた説明によれば“標準値を越えたり下回った場合、警告音を出す”とあります。私はデータの異常はコンピュータに任せることにし、昨日同様目を閉じ、超感覚で命の変化を追いかけます。
 時間が経過。
 夜が明けます。確か昨日変化が生じたのは、朝と昼の中間、10時くらい。
 私は待ちます。人間さん達の生活の音。
 行き過ぎる幼稚園バス。
 子供達を送り出したお母さん達がそれぞれ家に向かいます。
 その時でした。
 コンピュータがブザー音を発します。
 警告!
「えっ!」
 卵に異常はありません。私は何ごとかと慌てて画面を見ます。
 すると。
 “異常値観測・UV”
 UV…UltraVaiolet(ウルトラバイオレット)。
 紫外線。
「…」
 再び警告音。今度は前よりブザーが長い。
 途切れる。少ししてまたブザー。もっと長い。
 以降、だんだんブザーの鳴る時間が長くなり、途切れる時間が短くなります。
 そしてついには鳴りっぱなし。
「…」
 私はそれから一つの可能性…疑いと言うべきでしょうか…を抱きます。
 それはそう、この池で生じた、“卵が孵化しない”事件の犯人がこの紫外線ではないかということ。
 実は紫外線は生物にとって無害ではありません。エネルギーが強く、細胞の奥まで入り込み、細胞の最も重要な部分、遺伝子を破壊してしまいます。これにより細胞は正常な分裂が出来なくなったり死んでしまったりします。このため、生物たちはその対策と言える機構を進化論的に獲得していて、例えばカエルの場合、光分解酵素という酵素で紫外線の影響を抑えているのですが…。
 こうした、自然に得た防衛機構が効力を有するのは、自然のままの、すなわち、“標準的な”紫外線に対して。
 ご存じの方も多いと思いますが、現在地表に降り注ぐ紫外線量は着実に増加しています。これは、地球自身が大気の中に持っている紫外線吸収層…オゾン層が破壊されつつあるせいです。
 なおかつ、現在…すなわち20世紀末は、11年周期で訪れる太陽活動が最も活発な時期にあたります。すなわち太陽自身が放射する紫外線量も増えているのです。
 オゾン層…言うなれば地球が用意した“命のバリア”が薄くなったところへ、紫外線が増加する。
 全地球規模で起こっている“カエルの激減”と、全地球規模で進んでいる命のバリアの破壊。
 両者を結びつけるのは、早計でしょうか。
「…」
 程なく私は昨日と同様、卵の成長が次々停止してゆくのを感じ取ります。
〈妖精さん、ダメですよ〉
 思わず立ち上がった私を制したのはもうひとりのお母さん。
〈あなたのお気持ちはとても嬉しい。でもそれはあなた達に許されてはいないはず〉
 その言葉に、私は意に反して足を大地に釘付けにされた気分になります。
 お母さんの言う通り。私は卵を救い出したい…しかしそれは許されない。
 なぜなら、オゾン層破壊は意図的になされたものでないから。
 確かに人間さんの活動に起因した現象かも知れません。しかしそれは破壊を意図した活動の結果ではないのです。人間さんは人間さんで、暮らしを豊かに、生活を楽にしようとしただけ。それは生き物として当然の意識であって。

 

 すなわち、それも、自然の成り行きの一部。

 

 そういう場合、私たちは手を施すことは許されないのです。なぜならここはフェアリーランドではない。
 人間さんの住む世界。
〈妖精さん〉
 もうひとりのお母さんが続けて言います。
〈あなたが今考えているように、卵を運んでくださるのだとしたら、あなたは種族全ての卵を運ばねばなりません。私たちは種族の繁栄のために生きているのであって、私の卵だけが助かって欲しいのではないのですから…〉
 私はゆっくり頷きました。
「ごめんなさい…」
 思わず口をついて出る言葉。すると先のお母さんが。
〈どうしてあなたが謝るのですか。あなたは私たちのために可能な最大限をしてくれました。私たちはそれをとても嬉く思います〉
 その言葉に私は思わずお母さんを見ました。
「でも…」
〈私たちはオゾン層がどうのという難しいことは良く知りません。でも、人間さん達はそのことに気付いているのでしょう?卓越した技術でここまでの世界を作り上げた種族です。きっと何とかしてくれますよ〉
 慰めてくれてる…私は気付きます。恐らく、お母さん達には私が今思っていることが見えているのでしょう。
 すなわち。
 オゾン層が形成されたのは6億年前であり、地球が生まれてから実に40億年もの歳月を要していること。
 未だ科学で制御不能な大自然が、それだけかかって作り上げたものが、科学の力で簡単に元に戻るとはとうてい思えないということ。
 悲観するなと言われても、希望は持てない。
 と、思った。
 その時、でした。
「あ」
 私は、もう一つの解決の道が突如示されたことに気付きました。
 そこに目を向けます。それは、死滅してしまったと思われた卵の塊。
 その中に、わずかはありますが、この強力な紫外線が降り注ぐ環境下でも生き延びているものがあるのです。
 それは、葉っぱの下に入っていたとか、そういう偶然の産物ではありません。この紫外線を受けながらもしっかり耐え、生まれ出るための細胞分裂を続けている個体があるのです。
 もう一つの解決の道。
 それは地球生物、DNAを遺伝に使う生命体特有の現象。
 “突然変異”。
 すなわち、“進化の予兆”。
「…」
 私は涙でも出そうな気持ちでその認識に頷きます。そう。生物がこのように多種多様に分化・進化し、地球のどこにでも住み着けるようになったのは、この突然変異がもたらす“進化”という能力のゆえ。
 過去幾度となく訪れた“大量絶滅”の危機を乗り越え、この地球を“生命満ちあふれる星”にしたのは、命が持つ進化の力。
 他ならぬカエル達だってそうです。白亜紀末の大絶滅、度重なる氷河期…彼らはそれらをくぐり抜け、ここにこうして生きている。
 なら、多分…
「頑張ってる…」
 私は呟きます。そして涙を引っ込めてゆっくり深呼吸します。
 諦める必要はない。
 そう多分、いいえ恐らくない。
「命の潜在能力に任せてみようか」
 私はお母さんの達に向かって言いました。
「命は…そう、思ったよりも弱くない。だから、今、あなた達の種族は減り続けてるけれど、なくなることは絶対にない。一時的に少なくなったり消滅する種もあるかもしれないけれど…。
 また、そこから増え続ける。実際、あなた達の種族は幾度も訪れた大量絶滅の危難を乗り越えてここにこうして生きている」

 

「だから、大丈夫」

 

 私はお母さん達と共に、私自身にも言い聞かせるように言いました。
 命は強い。
 その旺盛な環境適応力が有効に作用するうちは。
 だから、望みは捨てなくていい。
 命という名のパンドラの箱にも、“希望”は最後まで残ってくれている。
 私は、それを信じたい。ううん、信じていい。
 命は常に進化している…。

 

命のバリア/終

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