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【妖精エウリーの小さなお話】大河のように

 夕刻近く。
 ここに来ていつも思うのは、なぜ、わざわざ、彼らがいることを大々的に表示しなくてはならないのか、ということ。
 法律で表示しろということになっている、ようです。だから無闇に汚してはならないし、そういう行為に及ぶ者を拘束する権限が発生すると。要するに注意喚起になるからというわけです。
 でも私は反対です。現代は“大事なもの”をわざと破壊して困らせる、そういう人間さんが跋扈しています。ここだって農村地帯だからいいものの、そういう人間さん達の目に触れたら。
〈まぁ、そう、ピリピリしないで〉
 ゆっくりした調子の意識を私は受け取ります。
 流れの中で揺らぐ影。
 ゆらりと姿を現したのは、ここのヌシ、と言っていいでしょうオオサンショウウオ氏。
Taiga2  御歳45歳とか。全長は60センチを越え、悠然たるものです。
 水面に顔を出した平たい岩の上にあがり、まずは首を出して一呼吸。
 私は、というと、川岸の護岸ブロックの上に腰を下ろして彼を見ています。
 ここは某所…とさせて下さい。オオサンショウウオの生息地として知られる場所で、周辺は畑とまばらな人家。住宅地として造成することは法で規制されています。
 その畑の中を流れる綺麗な小川、それが私たちのいるところ。
 そんな場所ですから、こうやって手のひらサイズの翅持つ娘がサンショウウオと喋っていても、見られる心配はありません。翅持つ娘…ご想像の通り、私は妖精と呼ばれる種族の生き物です。役割は動物や昆虫たちの相談相手。その会話に用いるのは心と心で直接意識を交わすテレパシー能力。
「最近どうですか?」
 私は彼に体調を訪ねます。
〈相変わらず〉
 彼は答えました。まずは安心です。でも、周囲には壊れた炊飯器やら錆びた自転車のタイヤやら。
 ただ、炊飯器は砂に埋もれ、タイヤには枯れたガマの葉がからみついています。先に台風がありましたから、その際上流から流されてきたものでしょう。
「片付けるね」
〈すいません〉
 さて私の身長は15センチ。炊飯器は別にお人形さんのものではありません。人間さんの一般家庭向けごく普通のサイズです。それではどうやって?と疑問を持たれる方もあるかも知れませんが。
 大丈夫です。私は背伸びと同じ動作をします。目を閉じて、深呼吸しながら背伸びをし、そして目を開く。
 視点が一変します。この動作によって私の身長は170センチ。
 伸縮自在。ついでに言うと、背中にありますクサカゲロウとよく似た翅も、縮めて皮下に格納出来ます。これは元より手のひらサイズのケルトのフェアリと、元々人間サイズだったギリシャ神話のニンフとが混交を経た結果であると共に、本来、人間さん達と一緒に暮らしていたためです。ちなみにフェアリはフェアリでご承知のように現存していて、主として植物の方を担当しています。
 伸張終わり。手品の要領で取り出す“不燃ゴミ指定袋”。およそ妖精族の持つものでは無いと言われそうですが、どうにも仕方ありません。
 翅を縮めて流れの中へ入ります。炊飯器を取り出し、砂を払って袋の中へ。
 あと乾電池も見つけたのでこれも入れておきます。屋根瓦のカケラ、錆びた鉄骨が見えたので引っ張り出してみるとコンクリートブロックがイモみたいに出てきました。
 来るたびにこれです。サンショウウオの住む環境として如何なものかと思います、が、人間さんにそういう認識がない以上、どうにも仕方ありません。
 さて問題は自転車のタイヤ。引っ張り出したら本体も一緒。
 手をこまねいていると、サンショウウオ氏がぼちゃんと水中へ。
〈人間ですよ〉
「あ、お掃除ですか?」
 快活で華やかな声に振り向くと女の子。
 小学生…もう少し幼いでしょうか。髪の毛を左右でまとめ、ゴムで留めています。
「お姉さんどこからきたの?」
 尋ねるその手には、私と同じく指定袋と“ゴミはさみ”。
 実は、私たちは人間さんとコミュニケーションを持ってはいけません。“妖精なんかいない”という人間さんの常識を壊してしまうからです。だからもし、私たちを見つけて目の前で消えられたとしても、怒らないでやって下さい。
「相当遠いところ、になるかな」
 私は言いました。ゴミ残して消えるわけにも行きませんので。ちなみに、仮にもし、このようにコミュニケーションしても、妖精族であるとバレなければ、基本的におとがめはないようです。なし崩し的に。
「ふーん。…なんか女神様みたい。あ、服濡れてるよ。大丈夫?」
 女の子は堤防の上から飛び降り、私を上から下まで見つめて言いました。私は今トーガ(toga)と呼ばれる貫頭衣を身につけています。要するにシルクの1枚布をぐるぐる巻き付けただけのもので、神話の挿絵や女神の彫刻でおなじみのスタイル。
「大丈夫。私はエウリディケ。初めまして」
 私は言いました。女の子は少し驚いたよう。
「私、酒井優理子(さかいゆりこ)。外人さん?」
「まぁ、そう、かな?」
「へぇ、良くここ知ってるね」
「自然保護活動してるからね。あ、この辺のゴミは全部取ったよ。残ってるのはこれだけ」
私が自転車を指差すと女の子は呆れたようにため息。
「わざと捨てていくんだよね。どうしよ」
「とりあえず引き上げようか」
 その自転車を私が腰掛けていた護岸ブロックの上へ、というわけです。しかし、護岸の高さは女の子の背丈以上優にあります。
 普段なら翅を使ってしまいますが。
「じゃぁ手伝う」
 女の子が上に上がって二人がかり。
 しかし…実際やって頂くと判りますが、自分の足より下にある物体を引き上げるのは結構至難の業です。
 サンショウウオ氏から意思表示。
〈出ますからその間に〉
 程なく、右後方で水音。
 見なくても判ります。サンショウウオ氏が呼吸のために顔を出したのです。
「あっ!」
 女の子の目線がそちらに向けられます。
 その間に私は翅を伸ばしてひと羽ばたき。バレたら最後です。スリリングじゃないと言ったらウソつき。フッと目線を向けられたらおしまいなのです。非日常は日常から目線を外した位置にあるとか、目に見えるものだけが真実じゃないとか書くと、多少は文学っぽくなるでしょうか。
 果たして、女の子が目を戻すと、私が自転車を伴って隣に立っているという状況。
「ねぇねぇ今あそこに見…あれ?」
 女の子が不思議そうに私を見ます。
「どうやって…」
「よいしょって。出たね、呼吸だね」
「ふ、ふーん」
 女の子は訝しげ。そして思い出したように。
「あ、どうもありがとう。市役所の人に電話して引き取ってもらうよ」
「そう。じゃぁ置いておいていいの?」
「うん」
 で、あれば、片づけは完了です。私はゴミ袋の口を縛ります。
「あ、それ私が持っていっていい?」
 女の子が言いました。
「え?でもゴミだよ」
「いいの。毎回内容調べてレポートしてるの。学校のホームページに載せて…」
 と、どこからか聞こえてくる夕焼け小焼け。
 防災無線を使って5時の時報代わりに流しているのです。
「あ、帰らなくちゃ。じゃね、これは持って行くよ。どうもありがとう」
 女の子は言い、ゴミ袋を持ち、手を振って風のように走り去りました。
 サンショウウオ氏が出てきます。
〈あの子にもありがとうと伝えられたらいいんだがね〉
「ん?だったら」
 私は指をパチン。何をしたのかは後で。
「あーあ。あんな子ばかりなら」
 私は言い、再び護岸に腰を下ろしました。
〈エウリディケさん〉
 サンショウウオ氏が改まって言います。
「なんでしょう」
〈貴女、急ぎすぎてやいませんか?〉
「え?」
 いきなりのその指摘に私はハッ、としました。それは全身が一回びくんと震えるような。それは冷たい水をいきなり浴びせられたような。
 言われてみれば。しかし、声にはなりません。
〈…でしょう。しなくちゃしなくちゃしなくちゃ。貴女から感じるのはそんな意識ばかり。そりゃ、判りますよ。背負ってる義務の重さもね。でもね、でもですよ。いいですか。私はそれでもここでこうして生きてます。取って食う者、売り飛ばす者までは出ていない。そこに目を向けて下さい。ましてやあの子みたいに自主的に掃除しようなんて子どもさんは今までなかった。確かに今は最悪かも知れない。しかしその果てに行き着く状況が何であるかを、子ども達は初めは知識として、そして自然の中に出ることによって、体感として、得つつある。だから、何とかしなくちゃと心から思って動いてくれている。
 要するにですね、種は蒔かれたんだと言えばいいですかね。でも、急に育つ大樹はない。小川はいきなり大河にならない。大事なのは言い続けること。なのに貴女は今すぐに何とかしようと考えている。そんな気がしてならない〉
 サンショウウオ氏は一気に言いました。
 私は、力が、抜けました。
〈失礼な物言いじゃ…〉
「いいえ」
 私は即答しました。それこそ急いでそう言った?いいえ。
「人間さんで困ったという話が多いから、無意識に焦っていたかもね」
 フッとため息が出ます。空回りしていたことに気付いた、そんな気持ち。
 自分が間抜けに見えてきて、自嘲の笑いが出てしまいます。
〈悪いことは目立つもの、でも良いことはそれで当然だから目立つことはない〉
「そうね。…もう少し、ゆったりと構えてみるよ。あなたのように」
〈私ほど悠長に構えられるとまた困ってしまうんですけどね。ああ、その笑顔。それが貴女だ〉
 一番星が輝き出しました。
 彼女の学校宛てに、サンショウウオ差出人でお礼のはがきが届くのは、3日くらい後のことです。
 
大河のように/終

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