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【妖精エウリーの小さなお話】もう一人の私

Watasi2  山懐の高原に、1軒だけ建つ白壁の別荘。
 その2階の窓から、白いワンピースのうら若き乙女が外を見ている。
 なんて書き出したら、ちょっとロマンティックな物語の始まり、という印象がありますよね。
 でも、私が見つけた彼女は、次の瞬間、とんでもない行動に出ました。
 その窓から身を乗り出し、虚空にわが身を放ったのです。
 まるで、乱雑に捨てられた白いランの花のように。
 飛び降り自殺。
 私はどうするべきでしょう。実は、詳しいことは後で書く機会があると思いますが、私たち種族は人間さんと触れ合うことを許可されていません。でも、だからと言って、放って置くわけには行かない。
「リクラ・ラクラ・テレポータ!」
 私はほぼ反射的に、そう叫んでいました。胸元のペンダントを手の中に握り締めて。
 一瞬の後、私は彼女の落下点直下に出現します。
 それは超心理学の用語を使えば瞬間移動、すなわちテレポーテーションと呼ばれる現象。
 彼女が落ちてきます。滞空時間1秒と少し。
 彼女と目が合います。そしてその時、彼女は私の身体の両側に薄く膜状に広がり、陽光に煌く何かを見たはずです。
 その煌く薄膜がぶんと羽ばたきます。
 突然の竜巻を思わせる暴風が生じます。その風は下から上へ向かって吹き、落下する彼女の体を重力に逆らわせます。
 次いで、私の身体が地上を離れます。
 私は浮き上がり、両腕を広げ、落下速度にブレーキの掛かった彼女の体を抱き止めます。
「何すんの!」
 強い声が私の耳を捉えます。そして続いて。
「何で助けるの?死なせて!どうせ治らないし生きてる価値なんかないんだから!」
 うつぶせ状態のまま、彼女は叫びます。ウェーブの掛かった黒髪を振り乱し、いかにも“怒りに任せて”という感じで、もがきながら声を限りに叫びます。
「私の病気は治らない!天使が奇跡でも起こさない限り私はどうにもならない!!こんなのイヤ!ただ生きてるだけなんてイヤ!!お願いだから私を死なせて!」
 彼女が暴れつづけます。このままでは本当に彼女を落としてしまいます。
 私は彼女を小脇に抱えるようにして、そのまますーっと降下しました。
 足がガレージのコンクリートに着きます。
「余計なことを!やっと死ねると思ったのにッ!!」
 彼女の声は喉張り裂けんばかり。
 その直後です。彼女が激しく肩を上下させながら、苦しげな呼吸を始めたのは。
 身体は呼吸の動作をしている。だけど空気が入ってこない様子。
 病気の発作のようです。
「大丈夫」
 私は彼女を抱き締めます。そして背後、首の部分に手を当て、そのままゆっくりと背中の上部をなでるようにします。と言っても医学的知識からそうしているのではありません。私達種族の流儀に従い、患部に手のひらを当て、治って、おさまってと願っているだけ。
 彼女が落ち着いてきました。
「息…できる?」
 私は彼女に尋ねます。喉に何か詰まったような、いかにも苦しそうな呼吸音が、子どもの寝息のように、静かで、優しい音に変わって行きます。
「死なせて欲しかったのに」
 彼女が呟くように言いました。
 声音からして、普段は情緒が安定し、しかも頭の回転が結構早いお嬢さんのようです。
「私の病気は治らない。治れば奇跡だって医者に言われた。ここが天国であなたが天使なら納得が行くのに」
「天使ならあなたが言うように奇跡を起こしてあなたを治してしまいます。あなたが治りたいと願い、そのための努力を続けていれば、天使はあなたに力を貸すでしょう」
 私は言いました。確信を持って言いますが、彼女は本当の自殺志願者ではありません。“絶対に治らないんだから”はイコールだから何とかしてという心の叫び。さもなければ、発作がおさまったこの状況を安心を持って受け入れたりはしないでしょう。“天使”という発言も、救って欲しい気持ちの裏返しだと思います。
 彼女が顔を上げました。
「あんた新興宗教?」
 私に向けられる糾弾のまなざし。
 ところが。
「へ?…」
 私を見た瞬間、彼女の顔から毒気が抜かれ、糾弾の目は驚愕に真ん円く見開かれました。
 そして、…それは恐らく私も同じ。驚いて彼女を見ている自分がいます。
 なぜなら。
 二人はそっくり。
 違うのは、彼女の髪がウェーブなのに私のはストレートであること。
 あとは私の衣服がギリシャ神話の挿絵でおなじみ、白い貫頭衣(toga…トーガ)で、白い革のサンダル履きであること。
 それ以外は、背格好から顔かたちから本当にそっくりです。まるで双子の姉妹のよう。
 だから、彼女が、ほっそりした感じの美人であると書いたら、いわゆるひとつの自惚れでしょうか?。年の頃は従って18か19。
 思わず見詰め合ってしまいます。お互い声が出ません。
 しかし。
「あのう…」
 彼女が小さい、私より上品なトーンの発声で沈黙を破りました。最前の怒りに満ちた声がウソのような、あくまでソフトな、いわゆる“お嬢様”風の声音。
「あの…ぶしつけで悪いんだけど、ひとつ聞かせてね。あなたは一体誰?なんで私とそっくりなの?どうやって私を助け…てか、あなた空中で私受け止めなかった!?」
 質問はひとつどころか矢継ぎ早。
 無理もありません。しかし、私が答えを準備する時間はありませんでした。
 邸内から声が聞こえたのはその時です。
 人を呼ぶ声。アキラ、アキラ、どこなの?中高年の女性です。
 その声に、彼女が困ったような顔をしていることに私は気付きました。その目が語るには、自分を見つけられては困る、と。
「いらっしゃい」
 私は何の躊躇もなく彼女の手を取ります。…ああなんて華奢で折れそうな手でしょうか。きめ細かくて滑らかな肌は、外に出て陽光に当たっていないし水仕事もしていない。
 私は手の中のペンダントを握りなおし、唱えます。
「リクラ・ラクラ・テレポータ」
「え?」
 彼女の声が終わらぬうち、私はもう一度唱えます。
 もう一回、更にもう一回。
 瞬間移動は一回につき10メートルがいいとこ。私たちは別荘の庭の隅、別荘へ向かう未舗装の細い坂道、そして道を外れた雑木林の入口と、3度跳躍しました。
 しかしまだ別荘から目が届きます。
「あなた走れ…ないよね」
 彼女は素足。しかも、呼吸器系の病気なら、激しい運動は非常な負担。
 となれば。
「ムリかな?」
 私は彼女を両腕で抱えあげます。結婚式場の広告で新郎が新婦にするような…いわゆる“お姫様抱っこ”。
 腕にずっしり。さっき落ちてくる彼女を受け止めるのは何ともなかったのは、夢中だったせいでしょうか。
「ほっ!」
 あらやだおばさん臭い。
 それでも何とか抱えられます。彼女はその背格好からすればずっと軽いです。推定体重38キロ。ただ、私自身がもくろんだ移動方法はムリ。
「走るよ」
 私は言い、地を蹴ります。
 といっても“新婦運びレース”のようにドタバタ走るのではありません。
 “風になる”と言ったほうが適切でしょうか。地面すれすれを高速で滑ってゆきます。彼女には、自分が風になって木々の間をすり抜けて行くように感じられるはずです。木の葉のざわめきが耳元をかすめて後方へと流れます。
 木立の向こうに空を映した水面が見えてきました。
「湖」
 と彼女。
「うん」
 私はうなずくと、その湖水のほとりまで風となり、止まりました。
 湖の周囲は一面の草原です。まるで手入れされた庭園のように綺麗な緑一色の広場です。普通草むらには、ススキとか、ガマとか、他に低い木が混じって生えていたりするものですが、ここではそういうことはありません。高地なので高く伸びる草本がないのです。
 草の上に彼女を降ろします。裸足ですが、そういうわけでケガする要素はないので問題ないでしょう。
 彼女がおっかなびっくり、草の上でバランスを取ります。
「大丈夫だよ」
 私は言いました。そして続けて。
「自己紹介をしないといけないよね。ごめんね。驚かして」
「ううん。えーと、とりあえずありがとう…」
 彼女は言い、再び私を見ます。不思議そうな光をたたえたその目は、まるで幼い女の子のよう。
 そして、その目が…気付いたのでしょう、ハッと大きく見開かれます。
「あなたは一体…」
「右手を出して、手のひら広げて」
 私は言いました。口で言うより手っ取り早い説明方法がある。
「はい」
 彼女が手を出したのを確認し、私は“縮こまろう”と頭に思い浮かべます。…寒い夜に布団の中で円くなるイメージですね。
 そして。
「こういう者です」
 私は、彼女に言いました。
 彼女の手のひらの上で。
 “縮んだ”私の身長は15センチ。背中には彼女が気付いたもの、陽光に煌いた薄膜。
 それは私達種族の象徴、カゲロウのそれに似た1対の翅。
「妖精…」
 私は頷きます。
「名をエウリディケといいます。よろしく」
「うそ…」
 彼女は言葉が出てこない。
「嘘じゃないよ。天国に来たわけでもない。ごめんね、天使じゃなくて」
 私は彼女の手から飛び降りました。
 と、同時に今度は“背伸び”します。
 これで私の身長は元通り170センチ。
 伸縮自在です。妖精というと手のひらサイズという印象があるかと思います。確かにケルト直系のフェアリー達はそうです。でも私達にはギリシャ神話で知られるニンフの血が入っているのです。なので双方の特徴を備え、結果伸縮自在。
 ちなみにこの“人間サイズ”になれるのは、私達が元々人間さん達と共に暮らしてもいいようになっている…からのようです。実際、神話のニンフ達は…私の同じ名前の彼女がそうですが…人間さんと結婚したりしてますからね。でも、今は暮らすどころか姿を見られることすら許可されません。なぜなら、人間さんが私たちを存在しないと決めているからです。もし私達が“当たり前のように”存在したら、人間さんたちの世界観を壊してしまうのでます。
 ですから本来、私は彼女を助けたら即姿を消すべきだったのです。まぁ最も、今この状態を監視されていて、程なく連れ戻されるのかも知れませんが。
 しかし。
「こうして会ったのも、私達がそっくりなのも、何かの意味があるのでしょう。だから、奇跡を起こすことは出来ないけれど、お友達になら、なれると思う」
 私は言うと、背中の翅を縮めました。ええ一部の昆虫と同じく翅も伸縮できます。この大きさで翅を引っ込めたら絶対にそれと判りません。
「お友達…」
 彼女はあんぐりと口をあけたまま、オウム返しのように言いました。オトモダチ、18かそこいらの女性には少し幼なすぎる言葉でしょうか。
 彼女はそのまま、しばらく私の姿を見詰めました。
 そして、瞳に揺らめきを浮かべたかと思うと。
 弾けたゴムのように私に抱きついて来ました。
「…!」
 わぁわぁ大声で、それこそ幼い女の子のように、彼女が泣きます。それはまるで、抑えていたものが、誰かに言いたくて言い出せなかったこれまでの全てが、洪水となって溢れ出したかのよう。
 私は彼女の首の後ろを撫でさすりながら、洪水が行きすぎるのを待ちます。確か発作の類は精神状態も影響を与えるはず。だったら我慢してとは言いません。心赴くままに、心満たされるまで、思いの全てを洗い流して。
 数分後。
 彼女がやっと顔を上げます。
「ごめんね。いきなり泣いたりして、びっくりしたでしょ。ごめんね」
「そんなことない。気にしないで」
 私の言葉に、彼女は真っ赤な目で笑顔を作って答えます。
 …なんてすっきりした、晴れやかな笑顔でしょう。私は思わず微笑んでしまいます。
 彼女が姿勢を改めました。
「今度は私が自己紹介しなくちゃね。私はあきら。水晶の晶であきらと読ませる。姫野晶(ひめのあきら)。18歳です」
「晶…」
 私はそれを聞いて目が円くなりました。女の子で、晶の字使って。読みはあきら。
「かっこいい~」
 私は思わず言いました。だって水晶の晶で結晶の晶ですよ。文字が持つ透明感とか無垢なイメージは天使とか女神につながるもの。そのくせ読感は全く男性的でシンプル。
 総じてクールでスマートな印象です。やや古典的ですが女性の名前としてはめちゃ(!)かっこいいんじゃないですか?
「そ、そう?」
 私のセリフに、晶(呼び捨て書きの方がしっくり来ますね)が、ちょっとはにかんで、そして少し驚いたように言います。
「私自身は好きじゃないけどね。病院でいっつも怪訝な顔される」
「そりゃ相手のセンスがないだけ。私は好きだよ。それに、名前の読みがこうだから男性だ女性だって考え方は差別じゃない。あなたは堂々としてればいいと思う。そうすれば相手だって自分の方が間違ってたって思うよ」
 晶は目を見開いて私を見ました。
「あなたみたいなこと言う人は始めて」
「そう?最も私は人間さんじゃないからね。違うのかも知れない」
 私は言いました。
 不思議、不思議な気持ちが私を支配します。何だかいつもと違います。瓜二つだからでしょうか?あまり種族の違いを意識しません。
 一方晶も不思議そうな目でじっと私を見ています。
「つくづくそっくりだよね。でも…あなたは人間じゃない。人間じゃないあなたが実在して、そのあなたとそっくりで、平気で喋ってる私。何なのこれ」
「さぁ。ただね、あなたとこうして喋ってること自体は、すごくしっくり来るよ」
「それは私もそう。しっくりくる。何て言うの?元々友達で、しばらくぶりに会った、みたいな。私、小さい頃からここにいて、友達らしい友達なんかいないはずなのに…」
「小さい頃から?」
 私は目を瞠りました。ここは別荘地。しかもその外れです。一番近い人家ですら10キロはあるでしょう。
 人が常時いるところではないのです。…だから私も平気で人間サイズでいられるくらいで。
「あなたの発作ってかなり頻繁なのかな?」
 私は訊きました。そこまでしなくてはいけないものなのでしょうか。
「うん」
 晶は頷きます。そして、小さい頃からのいきさつをからめて理由を説明してくれました。
 彼女の病気はアレルギー反応の一種で、気管が腫れあがり、その結果空気の出入り口が塞がれ、呼吸困難に陥るというものです。
 そして彼女の場合は慢性で、気管が空気中の僅かなアレルゲン(アレルギー反応を起こす物質)にも反応してしまうため、空気がキレイで、なおかつホコリを撒き散らす生物…“人”のいないところに行くしかなかったのだそう。しかも、過度に興奮したり、急激な、或いは長時間の運動も良くないのだそう。
「だから小学校も1ヶ月行ったかな?くらい。あとは通信教育の文字通り一人っ子。親は海外だし、さっきあたしのこと呼んでた叔母と、もろもろの配達の人が来るだけ。まぁ最初は、一応学校行ったんで、クラスメートってことでクラスの子たちも手紙くれてたけど、一人減り二人減り…ぷっつん。退屈?確かに誰もいないし運動も出来ないけど退屈自体はしてないんだ。オモチャはやたらあったし最近ならインターネットあるしね。でも…あれって知りすぎちゃってかえってダメだね。あんなのもある、世間じゃこんなものが流行ってる。でも私はだめなんだってことになっちゃう。逆にストレスたまってね。結局私はただここでただ生きてるだけだって思い知らされてさ。それで…」
 晶は私に手首を見せてくれました。
 躊躇い傷。
 ここまで聞けば判らぬではありません。でも…ここにいるというだけなら単なる“現状維持”。治療自体はどうなっているんでしょうか。
「治らないの?」
「無理。と医者には言われた」
 彼女はそれだけ答えて目線を外します。
 横顔によぎる諦念の影。
 私は唇をキュッと噛みます。それは多分私であれば、相手に絶対言わない言葉。
「それって絶対の話?」
 その言葉で、私は彼女を再び振り向かせることに成功します。
「え?」
「治らないのは証明されたことなの?」
「証明って…」
 晶はちょっと困ったような表情。
「じゃぁ医者が勝手にそう言ってるのをあなたは信じてるだけってわけだ」
 晶は目を瞠りました。
「確かに慢性疾患かもしれない。でもイコール絶対治らないって誰が決めたの?。そもそも病気の治る治らないって決めるもの?違うでしょ。治った治らなかったっていう、結果はあるかも知れない。でも、その結果は最初からあるものではない」
 晶はしばらく声が出ません。私の言葉が彼女の心の中の塊…治らないという固定観念、前提を叩き割ったことは間違いありません。
 少し経って。
「そんなこと考えたこともなかった…医者に言外にそう言われた瞬間、そうなんだって思っただけ」
 晶は呟くように言いました。
 全くもう、と私は思います。病気を治すのは薬や外科手術そのものではありません。身体そのものの治癒力です。薬はそれを手助けし、手術は復帰不可能な部分を排除するというだけ。どっちも“アシスト”に過ぎません。従って万能ではないし頼るものでもありません。それどころか。
「心身相関現象って知ってる?」
 私は晶に問います。
「神経性胃炎とか、学校がイヤだイヤだ思ってると朝お腹が痛くなるとかいうあれでしょ。気持ちの持ち方で…」
 晶はそこまで話して言葉をちぎりました。
 ハッと気付いたような目で私を見ます。
 判ったようです。
「私が治らないと決め込んでるから治らない…あなたはそう言いたいわけ?」
 晶は言いました。
 私は頷きます。
「そう。単に気分的な問題じゃなくて、前向きな姿勢は血の巡りをスムーズにし、体の機能を活性化させる。だから当然、病気の治りも早くなる」
 晶はしばらく私の目をじっと見つめます。
 が、ふっと目を伏せます。
「ありがとう。でもね、親にはずっと治る治ると聞かされてたの。私も信じて薬飲んで、色々やった。でもね、治らずにここにいる自分があるわけ」
「あきらめちゃったわけだ」
「でも10年。10年だよ。10年頑張った。それなのにどうにもならなかった。もう疲れちゃったよ」
「10年か」
 私は言いました。
 確かに、それだけ頑張って何も変化がなければ、あきらめたくなる気持ちも判ります。
 でも、でもです。
「きついこと言うよ。そんなの、頑張ったうちに入らない」
 その言葉に、晶は、最初会った時を思い出させる、きつい目で私を見ました。
「まだまだ頑張れる。今まではただ言われた通りにやっただけでしょ?それ以上のことしてみた?」
「なにそれ…」
 晶の声が糾弾の色を帯びます。憤慨と悲しさ。裏切られたという気持ち。
「死ぬほどの勇気を、あなたは生きるために使ってみた?」
 何か言い出そうとする晶の機先を制して、私は言いました。
「知ってるでしょう。あなたの病気の症状改善の心構え。言ってみて」
 彼女は九九でも暗誦するかのように唱えました。きれいな空気、適度な運動、体質改善、ストレス回避と情緒安定…。
「やろうよ」
 私は言いました。
 晶が呆気に取られたような表情。
「やる…って?」
「その通りやって、でもそれだけじゃなくて、もっとできること探して、体質変えようよ。あなたに合った運動方法を探そうよ。きれいな空気はある。あとはあなたの行動次第」
「そうは言ってもねぇ。歩いたりとかしたんだよ。でも毎日ただ歩くだけじゃ…」
「この大自然の中、歩くだけじゃもったいない」
 私は言って、足元の小さな花を指さします。
 小さくて黄色いキスゲの一種。
「可愛い花」
「この花ね、本当はもっといっぱいここにあったの。一面黄色く見えるくらいここに咲き誇ってた。でも、今はこうやって草に埋もれてる。それだけじゃない。本当はこんな雑木林、ここにできてちゃいけない」
「どういうこと?」
「本当はもっと低い土地、平地にあるべき植物がここに生え、ここに元々生えていた植物が消えているということ。この花の群落はもっと標高の高いところに移ってる」
 晶は少し考え、答えを提示しました。
「地球温暖化」
「その通り」
「なるほど…」
 晶は頷き、周囲をぐるりと見回します。雑木林と、その途切れたところに広がる草原、湖沼。別段不思議な情景ではないかもしれません。
 でもここは以前、潅木がまばらに生える湿地帯だったのです。
「一見ただの自然の風景。でも調べてみればってわけ。ただ歩くんじゃなくて、例えばそういう…」
「あのー」
 晶が私の声をさえぎりました。
「なに?」
「あのさ。話の腰折って悪いんだけどさ、あれって…クマ、だよねぇ」
「え?」
「あ、子熊もいる。可愛い。あれ?」
 晶の見ている方向…湖を挟んだ少し離れた位置…に私は目を向けます。
 すると確かに親子のツキノワグマ。
 ただ、母親の方が変です。足元がふらふらしており、まっすぐ歩けません。
 どお、と倒れます。
「行ってみよう」
 私は晶に言います。
「大丈夫なの?」
「それが私の仕事。大丈夫、向こうも心得てる」
 私は晶の手を取り走り出します。呼吸の状態を見ながら池を回り、数十秒。
 横たわる母グマ。寄り添う子グマ。
 子グマが私達を見つけます。
 逃げ出そうとするのを母グマが前脚…手で制します。
〈大丈夫、この方は敵ではない。妖精さん〉
 それは母グマの意識です。
 私はそれを私自身の意識で直接感じ取りました。
 私達はそうやって動物達とコミュニケーションが取れます。すなわち精神感応…テレパシー。
 その状況は握った手を通じて晶にも伝わっています。晶が驚いているのが文字通り“手に取るように”判ります。
〈妖精さん。お母さんがおかしいの〉
 子グマが訴えました。
〈判った〉
 私は答えて母グマを診ます。と言っても、手のひらをあてがってテレパシーを働かすだけ。
 震え、呼吸困難、四肢の麻痺。
〈妖精さん、私には追っ手が付いています。私はいいからあなたはここから離れて。人間に見られてはいけないのでしょう?〉
〈そんなこと言わないで。それにこの彼女は人間です〉
 私は言い、母グマの身体を手のひらで当たって行きます。どうも神経が何かに侵されているようです。毒草でも食べたのでしょうか。
 違いました。
 わき腹に出血が固まり、毛がこわばっている部分があります。
「いや…」
 傷を見つけたのでしょう。“むごい”と言いたげな晶。
 ここから何か毒物質が体内に侵入したのでしょう。かくなる上は…妖精なのになぜと思われるかもしれませんが。
 手のひらサイズ液晶コンピュータ。
 手品の手法で登場したそれに、晶が感心の面持ち。
 どうして、私が、およそ妖精にあるまじきこんなものを持たされているか、説明しなくてはいけないでしょう。私達の仕事は動物・昆虫の相談相手、だから当然、関係するもろもろの基礎知識は備えています。
 でも、この現代地上世界には、それだけでは対応出来ないさまざま物質があふれています。更に言うと、私達に備わった本能、超常感覚では感知出来ない危険が存在しているのです。
 そこで、こうした事態に対処するため持たされたのがこれです。
 逆に言えばそのくらい、この地上世界には自然ならざる(しかも危険な)状況に置かれているわけです。
 元に戻って。
 私はクマの傷口に出来たカサブタをめくり、新たに滲み出た血液を一滴、コンピュータで分析しました。
 画面にズラリと棒グラフが伸び、答えがすぐ出ます。
 鉛。高濃度の鉛。
 このクマは鉛中毒なのです。そして、なぜそうなったかと言うと。
〈撃たれたのはいつ?〉
 私は母グマに訊きました。
〈3日くらい前〉
 母グマは言い、ついで言外に人間の畑まで食べ物を取りに行った旨伝えてきます。
 そして今日も、ここより低い位置にある、10キロ離れた有名別荘地に生ゴミを探しに行った。そこで目撃され、今逃げてきたところ。
 私達の会話に晶が疑問の意。曰くどういう意味?
「散弾銃で撃たれて鉛中毒を起こした」
 私は言いました。散弾銃は多量の鉛の小粒を獲物に撃ち込むものです。ですので、急所を外れて生き延びても、その鉛が血液中に溶けて身体を巡り、鉛中毒を起こすのです。同例はやはり標的にされるシカ、イノシシ、カモの類でも確認されているほか、“標的”を外れて飛び散った鉛弾を、鳥が砂と間違えて食べてしまい、中毒を起こすという別のパターンも多く起きています。
 ついでに書いておくと、私が今回この地を訪れた理由はまさにそれ。クマが、その10キロ向こうの別荘地に出没、撃たれたり事故に遭ったり。
 と、母グマの意識が途切れました。
 すぐに復活。いえ、途切れ途切れ。
 脳障害。鉛中毒の症状のひとつ。
〈お母さん、お母さん〉
 子グマが呼びかけます。
〈妖精さん、お母さん死んじゃうの?妖精さん…〉
 私は唇を噛み締めました。私達の受ける相談には、病気や怪我といったものもあります。ですので、そういう動物に遭遇した場合、治すこともあります。
 ただ、それは、あくまで自然の中で、あるがままの状態での怪我や病気だけ。
 というのも、私達にできるのは、自然治癒力を高めること、だけだからです。
 もちろん仲間には(私もそうですが)薬草の幾つかを心得ていて、それを使う場合もあります。
 しかしどちらにせよ、対応できるのは“自然”の範囲内。
 それしか能力として与えられていないのです。なぜなら、コンピュータもそうですが、自然に生きるものを相手にする以上、本来はそれで充分なはずだし、そこから外れてしまうと、死ぬはずの者まで生き延びて、生態系が混乱するから。
 妖精族として人間さんの言ういわゆる超能力は一通り備えています。でも、キリストのような、天使のような、万能さまでは与えられていない。生殺与奪の権限階級ではない。
「死んじゃうの?」
 晶が言いました。今にも泣き出しそうな声です。
 と、母グマの瞳が、振り絞るように見開かれました。
 晶を見ます。ハッとする晶。
〈死なないよ、人間のお嬢さん。死んでたまりますか。私にはこの子がいるんだ。死ねと言われても死なないよ。撃たれようが何されようが私はこの子のために生きる。だって私はこの子が育つのを見極めるために生まれてきたんだから。生まれて、生きたからには、徹底的に生きる。生まれるのは生きるため。そうでしょ?違うかい人間のお嬢さん。簡単に命を奪う人間なんかに生まれちゃったお嬢さん〉
 母グマは言いました。
 晶の瞳が揺らぎます。揺らぐ瞳で、まばたきすらせず、母グマを見つめます。
 母グマの上半身に力が入ります。筋肉が盛り上がり、前脚が動き出します。
 震える前脚が大地に立ちました。
 体を起こそうというのです。
 銃で撃たれた身体は、鉛中毒である上、どうやら内部に大量の出血もあるようです。瀕死に近い重傷といっても良い。なのに、何というすさまじい生命力でしょうか。なんという生への強い気持ちでしょうか。
〈襲ったりしないよ〉
 これは母グマが晶にむけた言葉。
 晶は頷きます。
 母グマに向けたその瞳を震わせて。透明なしずくをたたえて。
 私はその間に、何か中毒を除く方法はないか、コンピュータで探ります。
 あるにはあります。薬で体内の鉛を分解し、普通の排せつ生理で体外に出す。
 しかし。
 しかし。
 それでは間に合わない。
「もっと即効性のある方法は…」
 私は歯噛みします。奥の手というのもあるにはあります。それはフェアリーランド…すなわち私達妖精の国に連れ去ってしまうこと。天国の一部です。どうにかなります。
 ただそれは最大の禁忌。なぜ?同じような状況の動物はいっぱいいるのにこのクマだけ助かってしまう。
 …結局、私にできるのはただこのクマを撫でさすることだけ。
 妖精族の流儀に従い、患部に手のひらを当て、治って、おさまってと願うだけ。
「あたし、ネットで探して来ようか?」
 晶が提案したのはその時です。
 私はハッと彼女を見ます。インターネット…
「結構医学的に深い情報も載ってるんだ。見てくるよ。あなたはクマさん見てて」
 晶は言うと、走り出そうとし、
 足を止めました。
〈来たね〉
 クマのお母さん。
 その意味がやっと判ります。立ち止まった晶の目線の先、
 銃を構えた猟師さんが何人か。
 それに、先ほど聞いた晶を呼ぶ女性の声。
「晶!あんた…ちょっと何してるの!?」
 驚愕しているその女性…晶の叔母様の傍らには、制服姿の警官が二人います。驚いた様子で私達を見ています。
 そりゃそうでしょう。人を襲うかも知れぬ手負いのクマの近くに、女が二人いるのですから。
「撃つの?」
 晶が誰にでもなく問いました。
「お嬢さん。お気持ちは判るんですがねぇ、そのクマは何度も下に出没してるんですよ。危険ですし、役所の許可も出てるし」
 警官の一人が答えます。しかし晶は動じません。
「危険?私ここでこうしてて、このクマは私に何もしません。第一ひどい怪我をして動けないんです。危険どころか保護するべきじゃないですか?それに子グマもいるんですよ。この子をどうしろと?」
「そりゃ動けねーだろ。そのひどい怪我はどうせ致命傷なんですよ。内蔵がもう大概どうにかなってるはずだ。俺が撃ったから間違いない。だから安楽死の意味も込めて」
 猟師さんの一人が言いました。
 晶が私を振り返ります。
「そうなの?」
 さっきも書きましたが大変な出血なのは確か。
 頷かざるを得ません。
 しかし。
〈私の身体がズタズタで何も食べられなくても、この子に食べるものは上げられる〉
 母グマが言いました。その言葉は私を通じて晶へ。
 晶は小さく頷きます。そして、意を決したように、再度猟師さんたちを振り返ります。
 彼女は、大の字に、両腕を広げました。
「帰りなさい。このクマを撃つことは私が許さない。撃ちたければ私を撃ちなさい」
「晶!」
 叔母様が叫びます。猟師さんたち、警官に戸惑いの表情。
「お嬢さん、そんなムチャな」
「ムチャはあなたたちでしょう。クマだからみなしご作っていいわけ?それに大体、別荘地に出没して危険ってゴミの回収ちゃんとしないからでしょ?…確かにそうね、人間って簡単に命を奪う!放っといても生きられるから一生懸命生きるって言葉もないし意味も知らない!どうせ死ぬ?安楽死?楽に死ぬなんて言葉なんかあるもんか。生きるより死ぬほうが怖いし苦しいにきま…」
 晶は怒鳴るように言いました。そして、そのまま胸元を押さえて倒れこみます。
「晶!」
 私と叔母様は同時に叫びました。
 発作です。私は反射的に彼女の元へ身を向けました。
 …つまり、クマから見れば、晶という盾と、私という壁がなくなったのです。
 散弾銃の撃鉄が引き起こされる。
〈お姉ちゃん大丈夫?〉
 子グマの意識が届き、ついでお姉ちゃん…晶の方へ走り出します。
 それを猟師さん達は危険…子グマが晶に襲いかかると取ったようです。
 銃口が子グマに向く。
 危ない。その瞬間。
 野生の雄たけびが背後から沸き起こりました。
 母グマが、お母さんグマが、後ろ足で仁王立ちになったのです。
 銃口は再び母グマに向けられました。
 撃つな…私は猟師さん達に命じるように念じました。
 私の思いが、強い思いが、念動力となり、衝撃波を形成して私の身体から放射されます。
 同時に、ペンダントに手を伸ばし、瞬間移動の呪文。
「リクラ・ラ…」
 しかし、衝撃波も呪文も、その瞬間には間に合いませんでした。
 撃鉄が薬莢を叩きます。
 忘れることの出来ない、爆竹のそれに似た乾いた破裂音が、数発、山間にこだましました。
 遅れて、猟師さんたちが相次いで仰向けにひっくり返ります。
 念動力が作用したのです。しかし、それは既に手遅れ。
 終末の時。
 野生が、倒れます。
〈お嬢さん、あなたの優しさに感謝しますよ…最後の最後に…私は…人間を信じられた…ありがとう…〉
 母グマは意志で伝えて来、そのまま“途切れ”ました。
 地鳴りと共に、野生の巨体が、草の上に崩折れます。
 広がる重々しい余韻。その消滅。
 晶が母グマを見ます。声が出ません。ただ、ただ、涙がぼろぼろと、ぼろぼろと。
〈お母さん…〉
 母を呼ぶ子グマ。
 しかし母からの返事は来ない。
 晶が子グマを抱き締めます。そしてわぁわぁと泣き始めます。
 なんというひどい結末でしょう。やはり、私はさっき、この母子を禁を侵してでも天へ上げておくべきだったのでしょうか。
 猟師さん達と警官が歩いてきます。私達を遠巻きに見、そして母グマの身体に寄ります。
 猟師さんの一人が母グマの生死を確認しようと手を伸ばします。
 その時でした。
「触るな!」
 晶が一喝しました。
 猟師さんが驚いて手を引っ込め、晶を見ます。
「お嬢さん、我々はね、決して命を弄んでるわけじゃないんだよ。ただ、あなたや、下の別荘の人たちの危険を考えると…」
「判ってる。でも…触って欲しくない。判ってるけど、触って欲しくない…。だって、このお母さん、一生懸命生きようとしてた…。人間が、他の生き物の命を犠牲にして生きていることは知ってる。でも…」
 晶の言いたいことは判る気がします。恐らくそれは、人間さんの生まれながらの罪であり、そしてその断罪は人間という存在自体の否定。
〈お姉ちゃん〉
 クマの子が呟きます。それは晶に宛てた言葉。
〈ありがとう〉
 ふわりと温かいメッセージに、晶はゆっくり、身体を起こしました。
 そして私に意志。伝えて欲しい、それはどういう意味?
〈お姉ちゃん、お母さんをかばってくれた。僕のこと、心配してくれた〉
〈でも私は何も出来なかった。君のお母さんは…君は一人ぼっちになってしまった〉
〈それなら大丈夫、こっちのお姉ちゃんが新しくお母さんになってくれるひとを知ってる〉
 私は晶に頷きます。ちょうど逆に…やはり不幸なことですが、交通事故で子どもを失った母親がいるのです。
〈僕のことを守ってくれて、人間さんにかばってもらえて、僕は僕のお母さんを誇りに思うよ〉
 クマの子は言いました。
 晶は、ゆっくり、頷きます。
〈それに僕はひとりぼっちじゃない。新しいお母さん探してもらえるし、お姉ちゃんもいるもん〉
 楽しそうな、弾むような言葉。
 晶は真っ赤な目で、小さく、微笑を浮かべました。
 私を見ます。
「える…えう…」
「エウリーでいいよ」
「じゃエウリー。私…今、これだ、って思ったんだけどね。こういう、一生懸命生きている動物たちの手助けが出来たらと思うんだ。病気がどうなるかは判らない。でも私は今、あなたの手伝いとまでは言えないけど、多少でもこんな出来事がなくなれば、そのために動ければいいなと強く思った。動物たちはただ単に野生のままに行動しているだけ。それが人間にはたまたま邪魔であったり迷惑であったり危険だったりしてるだけ。でも、動物たちにはそんな事判らない。あなたのような能力の持ち主ばかりじゃない。だったら、人間の方が理解して動くべきだと思う。追い出すとか殺すとかいう方法じゃなくてね。元々ここは彼らの棲みかであって、そこに立ち入ってるのは私達人間の方、なのに彼らの方を排除するなんて本末転倒」
「お嬢さん」
 と、猟師さんの一人。
「あたしもね、まぁ時々こういう依頼受けるんですけど、忍びないのは忍びないんですよ。連中エサ探しに来ただけだしね。どうだろ、町の議員に知り合いがいるんで、何ができるか、一度話してみるかい?」
「本当ですか?」
「もちろんだ。町としても安全な別荘地にしたいしね」
「判りました。ありがとうございます。よろしくお願いします」
 晶はそれこそ水晶が弾いた陽光のような笑顔で言い、頭を下げました。
「じゃぁ、このクマ、調べていいかな?」
 晶は頷きます。
 その瞬間、天国へ連れて行ったほうが良かったか、回答が与えられます。連れて行かなくて正解。もし連れて行ったなら、晶はこんなこと思わなかったでしょうし、猟師さんはまた忍びない仕事を引き受けることになったでしょう。
 その猟師さん達と警察官が母グマを取り囲み“検分”を始めます。本当は土に還したいところですが、この人たちもそれが仕事なのです。邪魔はできません。
 でも、子グマは渡しませんよ。
 行きましょうか。
「晶」
 私は新しい道を見つけ出した友の名を呼びます。
 そして、トーガの裾回りを少々破り取ります。
「どうするの?」
「後ろ向いて」
 私は彼女の髪を束ねると、破った裾周りをくるりと結びつけました。
 ちょうちょ結び。
「希望に向かって歩む人に、歩みつづける力を与える魔法のりぼん」
「え…」
「私にできることはそれだけ。ありがとう。あなたのことは忘れない」
「行っちゃうの?」
「この子のお母さん探さなくちゃ。それに、私には、私を待つ多くの生き物たちがいる。あなたに救うべき多くの動物たちがあるように」
「…そうか、そうだね」
 晶は言うと、笑顔で右手を差し出しました。
「ありがとう。私にもやることが出来た。もう死んだりしないよ」
 その言葉、待っていました。そして。
「こちらこそ。あなたのおかげで今回私が依頼された問題が解決しそうだよ」
 私は彼女の手を握り返して言いました。
 大丈夫。これでどっちも大丈夫。
「じゃね」
 私は言うと、“ごく普通”に、子グマと共に歩きだします。この親子が現れた湖の向こう、雑木林に向かって。
 と、後ろから追って来る足音。
「…おいちょっとあんた、待った!そのクマどうするんだい」
 警察官に猟師さんたち。気づかれたようです。
 私は子グマを抱き、走り出します。
「あ、おい、こら!」
 風となります。追っ手を振りきり。
 そして。
「リクラ・ラクラ・テレポータ!」

 

 その後、彼女のいる有名な別荘地で、クマが出没する問題が解決されたか、直接の結果は私の耳には入ってきません。ただ、猟師さんたちが忍びない仕事をしたという情報もまた入って来ません。
 もしあなたがテレビや街頭で、動物たちの保護運動に取り組む、白いりぼんの美人(!)を見かけたなら。
 それは、もう一人の、わたし。
 名前は、晶。結晶の晶。
 
もう一人の私/終

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