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【妖精エウリーの小さなお話】鴉

 カラス。
 この鳥に、人間さんで良いイメージを持つ方は少ないでしょう。ゴミを荒らし、人を威嚇し、追い払う努力の裏をかく。
 私たち妖精ニンフ族の主な仕事は、動物たちの相談相手。ですが、ことカラスに関する限り、相談は少ない方と言っていいでしょう。生活の場が人間さんによって改変されても、他の鳥類と生息域がバッティングしても、どうにかして生き抜いて行く、彼らにはそれが可能だからです。
 しかし。
 ここ最近、そんな彼らから深刻な話が寄せられるようになりました。端的に言えば、人間さんが命を狙い始めたというのです。
 そして今日は、ついに正式に相談要請を受け、彼らのねぐら……“鎮守の森”に来ています。ちなみに私たちは、妖精といってもギリシャ神話のニンフの血が入っている関係で、身体の大きさを手のひらサイズと人間サイズ、二態に取れます。今の私は人間サイズ。それはビジュアル的には、白服の女が梢に腰掛け、傍らのカラスと見つめ合っている、という状況。
〈空気銃で撃たれること自体は前からあったんですがね〉
 ボス、というと変ですが、地区のハシブトガラスたちのまとめ役、相談窓口を買って出ている彼が、言いました。
 言いました。……但しもちろん彼らに人語は話せません。そういう意志を持っただけ。私はその意志を直接感知し、言語に置き換えているだけです。
 超常感覚の一つ、テレパシー。
 彼が続けます。
〈大抵は子どもの些細なイタズラで、それで当たったとしても、大したことにはならなかった。でも〉
 私は頷きました。今、私の膝の上には、話す彼の他にもう一羽、身体を横たえ苦しそうなメスのカラスがいます。
〈子ども、子ども達が……〉
 意識混濁、しどろもどろ。ヒナを案じているようです。しかし。
〈立てず、飛べない〉
 彼(ボス、としましょう)が付け足します。撃たれた場所は翼の付け根、人体で言うなら脇の下。
 直接的な状態としては、身体に異変が生じて動けない。翼が持ち上げられず、げっそり痩せ、食欲もない。
「鉛中毒」
 私は言いました。それは主として、猟銃の散弾を受けた野鳥・動物たちに見られる症状。
 町中のカラスたちを猟銃で撃ったというのでしょうか。
〈あの、それで彼女は助かる……〉
 ボスが訊きました。
 即答出来るだけの情報を、私は経験から有しています。しかし……それが示す内容は、あまりに残酷。
「待ってね」
 私は彼女に手のひらを載せ、目を閉じます。超感覚のなせる技で、これだけで大体のことは判ります。ちなみに、治療行為を意味する“手当て”という言葉がありますが、あれは本来、患部に手のひらをあてがい、“生命力”を注ぐことによって、自然治癒力を高めた行為を言う言葉です。私がしているのは、その一つ前のステップに当たる行動。
 筋肉のけいれん。感じたのはまずそれ。消化器がマヒしている。
 私たち妖精族は言わば魔法の一種としてその“手当て”を行う能力を持ちます。しかし太古に得た能力であって、鉛中毒のような、人工……自然の状態では起こり得ないケガや病気に対しては、自然治癒力そのものが低下しているので。
「少し、楽になったでしょう」
 私は言いました。その筋肉のけいれんを抑えたのです。ちなみに、消化器系のダメージは、鉛中毒においては最後に現れる症状です。
 メスのカラスは小さく頷きました。
 次いで、小さなガラスの小瓶で持参した、ブドウ糖の溶液を彼女の口に流し、栄養を補給します。本当の鉛中毒の薬はエデト酸カルシウム2ナトリウム…CaNa2EDTAというのになるのですが、それでも、こうなってしまうと…。
 今は、これが、精一杯。
〈ありがとう……妖精さん〉
 メスのカラスは言い、眠りに落ちます。
 私は草を重ねて作ったクッションの上に彼女を横たえます。単純に眠っただけです。
 ただ。
 そのまま目を覚まさない可能性がある。いえ、その可能性も高い。
〈エウリディケさん!?〉
 ボスがギョッとし、私を見ました。眠りを勘違いしたか。
 それとも、私の意識を読み取ってしまったか。
「眠らせてあげて」
 私はただ言うだけ。そう言うことしか、出来ないから。
〈判りました〉
 ボスが言い、人間への悪態を口にします。
〈どうにかして、人間ぎゃふんと言わせること出来ませんか?〉
「調べましょうか」
 怒りも新たなボスに私は言いました。この鉛中毒が猟銃で撃たれたものだとするならば、人間さんが組織的にカラスを攻撃しているか、違法な発砲の可能性があります。
 カラスたちにも、人間社会にとっても、良いことではありません。
〈じゃぁ犯人に注意を?〉
 彼が希望の目を私に向けます。ニンフ族は、神話中で人間さんと世帯を持つことでも判るように、外見は基本的に人間さんと同一です。私も伸縮する翅さえ見えなければ、単なる女に見えます。従って、人間として注意することは不可能ではありません。
 でも、それで聞き入れられるかは別の話。聞き入れるくらないなら、恐らく最初からカラスを撃ったりはしないから。
「まず見つけましょう」
 具体的な策は見えないまま、私は、言いました。

 

 地域の生ゴミ回収日。
 私は彼らと行動を共にし、“定番”の集積場を回ります。
 最近は集積したゴミにネットを掛け、彼らにつつかれるのを防ぐ、というパターンが一般的です。しかし、人間さんはなまじ対象が“ごみ”だけに、取り扱いは殆どなおざり。ネットで覆いきれず下の方がはみ出していたり、破れていたり、掛けてなかったり。
〈意味あると思っているのかねぇ〉
 引っ張り出し、つついて破り、食べ散らかす。
 私が後片付けをしたのか?いいえ。この場だけ私が片付けても意味はないと思いますがどうでしょう。人間さんがカラスの習性を研究し、彼らにつつかれない方法を選択し、維持管理する。それがあるべき姿と思うのですがいかがでしょうか。
 そもそも、彼らがこうしてゴミを漁るのはそれが楽だからであり、
 彼らの生息域に人間さんが住むようになったから。彼らは単に、野生のままに行動しているだけ。
 そして。
 団地の集積場に来た時でした。
 どぶ板の上に輝く粒。
 朝陽に照らされ、光沢を放つ金属粒子。
 手に取ると大きさは5ミリ少々でしょうか。銀色に鈍く輝き、表面は滑らかです。磨いた形跡があります。
 件の銃弾でしょうか。
 分析してみます。神話の女神様達と同じ、白い貫頭衣(トーガ)の袖から取り出すのは、手のひらサイズのコンピュータ。
 妖精がコンピュータ。違和感があるかも知れません。でも、私たちが持って生まれた知識情報だけでは、もはや現代には通用しなくなって来ているのです。
 画面脇の小蓋を開けて粒を入れ、ボタンを押します。輝点が左から右へ走り、折れ線グラフを描きます。途中2カ所、大きくとんがったポイントが現れます。
 間もなく、2本のツノ持つ鬼の頭……そんなグラフが出来ました。そしてツノの部分に、Sn及びPbと表示されます。
 それぞれ錫、と、鉛。直径は5.993ミリ。次いで、成分比から予測される人工物質の一覧がリスト表示。
 リストのトップは気になる名前、solder。
 すなわち、はんだ。錫と鉛の合金で、金属同士の接合に使います。特に電子部品を組み付けるのに多用され、ホームセンターなどでも容易に手に入ります。形状は柔らかい糸状か、インゴット。摂氏183度を境に一瞬で液体になったり固体になったり。
「まさか!?」
 私はある可能性に気付いて一人つぶやき、コンピュータから取り出して手のひらに握ります。
 サイコメトリ、すなわち、この“はんだ弾丸”の製作者が、何を思いながらこれを作ったか、超常感覚で読み取ろうというのです。
 可能性は的中しました。どうやら空気銃の弾丸、“BB弾”と呼ばれるプラスチック弾を元に、ゴムか何かで型どりをし、そこにはんだを流し込んで弾丸を“鋳造”したらしい。
 慄然とします。人を傷つけ、動物なら容易に死に至らしめる代物を平然と作り…
 実行。
〈…さん、エウリディケさんってば!〉
 気付いた時、傍らでボスが大きな声で鳴いていました。
 人間の気配。
 どこ?
 上。団地4階かそこいら。
 突如背筋に寒いものを感じます。この思わず震えが出るような感覚、冬の屋外に放置された金属のような意識
 これは……
Karasu2  殺意!
〈あなたが撃たれてたまるか〉
 目を向けると、ボスが飛び立ちました。
 その人間が自分たちを狙っており、私に当たっても構わないと考えている。
 私と同じく、彼もそのように感じたようです。
 しかしその時、殺意の源から、信じられない現象が発生しました。
 朝の団地に、電動メカニズムの耳障りな作動音が響き渡り、次いで、方々のコンクリートやアスファルトで、金属粒子が当たり弾むバラバラという音が聞こえます。
 そして。
 私をかばって舞い上がった羽ばたきは中空に投げ出され、黒い羽根が、千々に乱れて飛び散りました。
 同時に、プラスチックのオモチャを力任せに叩き付けたような破壊音と、複数の男の子の悲鳴。
 痛いよ痛いよお母さん…泣き叫ぶその声を聞きながら、私は落下してきた羽ばたきの主を両の手で受け止めました。
 血が飛び散り、私の貫頭衣に赤い飛沫が点々。
 次いで、何やら機構部品らしい、黒いプラスチック片が幾つかと、2本のバネをまとめて一つにしたもの。

 

 ……1分間6千発という、まさかと思うような数の弾丸を発射出来る機関銃があり、その電動モデルガンが存在し、それを改造して強力にし、動物を無差別に撃っていた子どもがいた。そして、改造で無理が加わった銃が壊れてケガをした。そんなニュースが翌日の新聞に載りました。
 私は2体の黒い亡骸を、森の片隅に埋めました。

 

鴉/終

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