【妖精エウリーの小さなお話】蛇の道は
ヒバカリという種類のヘビがいます。
小型のヘビで、大人になっても50センチ程度にしかなりません。色は黒褐色と地味。
大人しい性格で、田んぼや湿地でカエルや小魚を食べて生きています。
そんな生態ですので、川沿いや、田んぼと同居している新興住宅地などでは、人家近くでひっそり暮らしていたりします。
ただ、ヘビはヘビです。
“彼女”の証言によれば、いつもの田んぼに田植えの機械が入ったので、たまたま、道を挟んだ反対側にある家の玄関先にいたのだそうです。
〈あっという間でした〉
彼女は言いました。
言う、といっても音声ではありません。そういう意志を持っただけ。そして、私はその意志を意識で直接読み取っただけ。
常識を外れてきたので自己紹介をしておきます。私はエウリディケと申しまして、いわゆる妖精と呼ばれる種族です。身長は現在15センチほど。仕事は主として虫や動物たちの相談相手。今日は一帯の田んぼが田植え期に入ったので、環境が変わることから様子を見に来たのです。そして見つけたのが彼女。ヒバカリのメスの個体で、なんと、尾や胴に包帯が巻かれています。
〈小学生…ですよね。ランドセルの男の子達に見つけられて、つかまりました。最初は面白そうにあちこち触ってるだけだったんですが、そのうち私が何もしないと知ってか、エスカレートしてきて〉
首を絞められ、振り回され、逆向きに身体を反らされて。あとは書けません、残酷で。
〈でも、女の子が助けてくれました。ヘビいじめるとたたりがあるよって。ランドセルで男の子達をどかんどかん殴って。病院にまで〉
女の子は通院し、動物園に飼い方を尋ね、介抱してくれたそうです。
〈なのに、ですよ〉
その後の話に、私は呆れるを通り越し、ただ唖然とするより他ありませんでした。
女の子に殴られた男の子達の親が大挙し、教員を伴い、女の子の家に押しかけたというのです。
「理由は?」
〈危険な子どもがヘビなんていう危険な生き物を飼っている〉
男の子達は“勇気を出して”そのヘビを退治している最中だった。女の子はそれを暴力を持って邪魔した。
「学校の先生は?あなたが危険なヘビではないことはちょっと調べれば」
〈名前の由来が由来だから、可能性がある、と言ったんです。女の子泣き出しましたよ。誰も彼女の味方じゃないんですから〉
その状況を理解するのに超自然的な感覚は不要でしょう。男の子達は自分たちの行為を正当化するため、示し合わせて女の子を悪者に仕立て上げたのです。ちなみに“ヒバカリ”とは“噛まれたらその日ばかり”という迷信から来ています。歯はありますが無毒ですし、滅多に噛みません。
〈女の子は、私のこと心配しながら、まだ完治してないって心配しながら、でもせめて元いた場所にって、ここに逃がしてくれました。私は、このまま女の子を泣き寝入りさせるのが可哀相で、どうにか〉
「なるほど、判った」
私は言うと、背伸びと同じ姿勢を取ります。
これで15センチの身長は人間サイズの170。この伸縮自在性は、血筋をたどるとギリシャ神話のニンフに行き着くことによります。
「一緒に」
私は彼女に手を伸ばし、腕に巻き付かせました。
治っていないのは確かなので、しばらく行動を共にすることにします。
彼女が心配するので学校へ向かいます。女の子がそのままいじめのターゲットにされている可能性が高いというわけです。どれだけのストレスが今の子ども達をそうさせるのか判りませんが、学校で失敗をし、それが知り渡るところとなれば途端にいじめのターゲットです(そして恐らく、それが失敗できないという更なるストレスを加える悪循環)。今回の男の子達は動物を虐待し、それを隠蔽するための正当化…そんな性格の持ち主が、それで以降何もせずそのまま終わりであるわけがない。
授業終了のチャイム。
校舎から運動場を挟んだ雑木林。その松の木の梢に私たちは座ります。
運動場には放課後を遊ぶ子ども達。そして下校する子ども達。
すぐわかりました。
一人だけ、うつむいて、とぼとぼと歩く女の子。
背後から黒や青のランドセルを背負った半ズボン…男の子達でしょう、一団がこづき、はたき、ランドセルを蹴ります。
女の子は転びました。
浴びせかける罵詈雑言。私は動こうとしました。
その時。
〈妖精さん〉
彼女が決意を秘めた意思表示。
〈私に魔法を掛けて下さい。大きく、とびきり大きく〉
曰く大蛇にしてくれ。男の子達を怖がらせるつもりでしょうか。
「でも…」
私は躊躇います。この場合肝心なのは男の子達に取った行為のあくどさを理解させ、女の子に謝罪させること。
〈お願いです。ここは私にやらせて下さい〉
彼女なりの考えがあるようです。そこまで言うなら。私は彼女を尊重し、その場まで跳躍しました。
とはいえ、実際に大きくすることは出来ません。ただその代わり、“大蛇に見える”ようにすることはできます。
校門の陰に隠れて様子を見ます。上級生でしょう、ポニーテールの少女が男の子達を咎めています。しかし男の子達はアカンベェをするなど聞く耳は全くなし。
〈お願いします〉
言われて、私は彼女を離し、私自身は身体を小さくして植え込みに潜みます。
胸元のペンダントを引き上げて呪文。
「リクラ・ラクラ・ヒプノティア」
簡易な催眠術。
かくて男の子達の顔が恐怖で凍り付きました。
「うわっ!」
「大蛇!大蛇だっ!」
但し、50センチの彼女が胴回り1メートル体長5メートルに見えているのは彼らだけです。女の子含め、その場にいる他の子ども達には普通に小型のヘビです。
女の子はすぐに気付きました。
「…お前元気だったんだね」
彼女がぺろりと舌を出します。
しかしその仕草は、男の子達にはまさに“大蛇今自分たちを丸飲みにせんとす”の図。
逃げ出したいのでしょう。でも、腰が抜けてしまってへたり込み、動けません。
男の子達の大声で人だかりになります。上級生の少女は大げさな怖がりようにくすくす笑い、女の子はヘビを撫でています。
そこに大人の男性。
「どうしたっ!」
教員でしょう。不審者と思ったのか、制圧用の“さすまた”をかついでいます。
「ヘビ…」
「大蛇…」
顔中涙でぐしゃぐしゃにして訴える男の子達。
私は催眠術を解除しました。もう充分でしょう。
男性教員はあきれ顔で手を腰に。
「どこにだ。よーく見てみろ」
男の子達が振り返ると、女の子の手のひらにヘビ。
男の子達は言葉もありません。
「…でもさっき」
そこで教員はイタズラっぽく笑いました。
「お前達ヘビをいじめたことがあるんじゃないか?元々ヘビは水の神様だ。神様に失礼を働けばタタリがあって当然だゾ」
「え…」
そのセリフは、教員としては冗談のつもりで言ったのでしょう。
でも自覚ある当人達にはあまりにショッキングだったようです。見る間にガクガク震え出し、そして。
「なんだその怖がりようは、お前らまさか本当に…あーあ、みっともない。ちょっと来い。着替えろ」
教員の指摘に衆目が気付き、どっと笑いました。
男の子達のズボンの前が濡れています。そう、恐怖の余り。
教員が自らのジャージや彼らのランドセルで恥ずかしいところを隠し、連れて行きます。見ていた子ども達は残酷そうに小笑いしながら帰路へ部活へ。ひそひそ、くすくす。
…学校において失禁は恐らく、最大の“いじめの理由”でしょう。男の子達は間違いなく明日から“お漏らし”です。机にそういう落書きがされ、黒板にイラストまで描かれて囃し立てられる。その影で女の子への攻撃は忘れ去られる。
でも、これでいいのでしょうか。
彼女、が戻ってきました。
植え込みに入り、私の元へ。
女の子は彼女を追って校門より外へ出、探しますが、植え込みの中にまでは目が向きません。
「今のは偶然?それとも…あなたの意志?」
私は彼女に尋ねました。
〈ヘビですから〉
蛇の道は/終
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