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男の子だもんね【2】

(承前)

 展示場総合案内、迷子センターに運び込む。
 正義の味方〝ワルキューレゴールド〟が、スーツの男性と二人がかりで男の子抱えてドタバタ。プラザを行く子ども達はポカ~ン。
 センターのおばさまに展示場の支配人まで出てきて毛布だ枕だ。
 タタミに寝かせると、うーんとか声を出し寝返り。しかし、声を掛けても何も反応がないので、とりあえず今の服装と、ショーを見ていたことをキーワードに、迷子アナウンスを頼む。親御さんを呼ぶのが何より先決。
 手のひらを額に当てるとえらく冷たい。その顔は目の下に隈があり、疲労の色が濃い。何だか徹夜明けの夫の顔に近い。
 風邪と言うより、寒空に半袖で疲労と寝不足。体温が下がり強い眠気で……そんな感じ。低体温症とか言った。例えば花見の場所取りで思いのほか朝が冷えて、とか、酔って寝込んで……なんてので起こりがちなヤツ。
「親御さんは?」
 2度3度アナウンスし、急病とも加えたが、どこにも名乗り出た人はないとか。
「一人で来たんじゃなかろうね」
 私の言葉に周囲が凍り付く。
 でも実際可能性があるから困る。少なくとも熱心な追っかけさんである。季節外れの服装も、〝一人で勝手に〟なら、手当たり次第の服を探した結果として、あり得る。
 何せ男の子。服なんか二の次、良くある話。
「救急車を呼ぼうか」
 センターのおばさまが困った顔で口にしたその時。
「やだ!救急車イヤだ!ママを連れてかないで!」
 男の子は身を起こして叫んだ。
 目を開き、鬼気迫る顔ではぁはぁと荒い息。
 私を見つけて一転穏和。え?だって顔は着ぐるみ被ったままだもの。
「ゴールド……」
「大丈夫?君確か……」
 デパートの名を口にして、いたよね、と確認したら、小さく頷いた。
「ひとりで?」
「うん」
 周囲の大人達が目を剥く。まぁそうでしょう。電車で30分。男の子が一人で。大人の感覚だと〝子ども一人じゃ無理〟。
「でも、ぼく駅全部知ってるもん。小机鴨居中山十日市場……」
「そうか、偉いね。すごいなぁ」
 蕩々と駅名を並べる男の子にそう言ったら、男の子は少し誇らしげに笑った。
 判ったこと。電車好き、一人で来た。そのわけは、ママがひき逃げ被害に遭い、救急車で運ばれた。目の下の隈もそれに伴う。そりゃ大丈夫だ寝てろと言われても心配で当然。
 私は日本一甘い自販機コーヒー〝マックスコーヒー〟のホットを買いに行ってもらった。子どもにコーヒーは良くないかもだが、あれはカフェオレのオバケだし、飛び上がるほど甘いから、疲労の身にも悪くはないはず。
 一つずつ話を聞いてあげるうち、男の子が落ち着いてきた。こういう場合は全部言わせた方が良いように思う。意識はあるし、体温も戻った感じだ。救急車は、ちょっと待とう。
 それで、ここに来た理由。犯人をボクが見つける。見つけたらゴールドに倒してもらう。
「ぼく見つけたんだ」
「え?」
 黄色いナンバーで番号はこうで、と男の子は言った。つまり軽自動車だ。
 踏切の向こうのアパート前に止まっているのを見たという。
「警察には?」
「警察っていつもワルキューレに出動要請するじゃんか」
 それはそうだけど。
 と、バタバタ走ってくる足音。
 親御さん……ではない。
「あっ!シルバー」
 現れたのは着ぐるみ姿の相方。中の人は短大生。ああ、もう次の公演の時間になって呼びに来たんだ。
「あのー午後2の時間ですけど。……リアル事象、ですか?」
 彼女(役名まなちゃん)は状況を捉えて言った。子ども達の虚実混同や、ショーでのトラブルはままあるモノ。私たちはそれを「リアル事象」と呼んでいる。他の似たような仕事している人たちはどうか知らないが、イメージをぶち壊さず、しかるべく対処するのには結構頭を使う。
「コードKに要連絡」
「えっ?」
 KはケーサツのK。番組中ではコードKより出動要請、となる。
 と、言ったはいいんだけど。
 ひき逃げ事件の男の子で加害車を見つけた。踏切向こうの田んぼの前のアパートで……。
「警察はキライだ。ぼくのことバカにした」
 コードKで判ってしまったようだ。
 でもタイホにせよ、このボクを親御さんに引き渡すにせよ、コードKに入ってもらうべきなのがリアルの基本で……されど……うーん。
「ようし判った」
 私は言った。
「おばさ、じゃない、ゴールドが一緒に行こう。救急車も警察も呼ばない。その代わり、私たちこれからエンジェル・ノワールをやっつけてくるから、それまでここで暖かくして待ってること。これは命令。守れるかな?」
「うん」
「ちょっとさかきば、じゃない。ゴールドさん……」
 眉をひそめる仕切り役。
「いい、行ってくるよ。場所を確認しないとリアルコードKもへったくれもないでしょ」
 駅も道順も知っているが、それを地図と言葉で説明できる状態ではない。
「それに、ここまで一人で来た君の勇気と行動力に応えたい。私たちワルキューレは勇気の味方だ」
 状況を説明したらシルバーが話に乗ると言った。ひき逃げするほどなのだから、人格的に危険な可能性があるし、女子供よりは女女子供の方がいい(!)。携帯電話にGPSが付いているので場所も正確に把握できる。
「こんなの持ってますし」
 彼女がコスチュームのポケットから取り出したのは催涙スプレー。
 子どものイベントに変なのが乱入……は現代では想定事態。ヤな時代。

つづく

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