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気づきもしないで【3】

「こちら……ですが」
 お姉さんにもそう見えたようで、今にも携帯で110番しそうな顔で売場に案内。
 ……値段高っ!
「ひょっとしてデート、かな?彼女さんが好きなの?」
「ち、違います僕花を見るのが好きでその白いのと紫色っぽいの1本ずつ下さい」
 小遣い。パー。
 店を出て自転車に走り、釣り竿ケースに収めてしまえばもう見えない。とりあえず一安心。
 来た道をとって返す。夏のように暑くても9月。片道40分の自転車行路。行って帰れば日も傾く。ツクツクボウシに重なるヒグラシ。
 峠越え。問題はこの先だ。花持って学校行けるわけもなし。今日中に駅まで行って取り替えなくちゃ。それには地区を端から端まで突っ切らなくちゃならない。知ってる誰かに見られたら一巻の終わり。
 回り道もないのにどうすればいいか。考えた挙げ句は正面突破。超短時間で通り過ぎればいいのだ。
 下り坂使って目一杯加速。ヘタな原付より速いんじゃないか。地区はざっと南北1キロ。信号もないのでこのままの速度が保てれば、1分位で通過できる。
 六地蔵があって消防団の半鐘があって。
 超高速で地区へ突入。と、路地から出てきた杉山(すぎやま)のおばあちゃん。うわいきなり知ってる人だ。ごめんごめん渡るの待って。
「……おや」
 通過。と思ったら軽トラが曲がってきて新見(にいみ)のおじさん釣り仲間。
「おータイキ……」
 何で気付くんだよ。聞こえません見えません駆け抜けて行く私は光。
 小学校の校庭には何でこんな日に限って向かいに住んでる成瀬(なるせ)の妹。姉が要するにいわゆる一つの幼なじみなもんだから、この妹と来たらオレを呼び捨て。
「あータイキだ……」
 違います人違い。一瞬で通過。
 もう誰も会わないだろうな……何で同じクラスの女子が3人固まって歩いてんだよ。
 しかも一番おしゃべりな矢部(やべ)とか混ざってるし、横に広がってはみ出て邪魔だし危ないな。
 ……通過するからこっち見るなよ。
 オレが右に進路を振って道路の真ん中からブッちぎろうとした瞬間。
「あ、町田じゃん」
 矢部ー!振り向きもせずいきなり当てるな!テレパシー少女かお前は!
「おーいタイキー!」
 呼ばれたが知らん顔。
「まちだたいきー!」
 だからでっけぇ声出すんじゃねぇっての。
「あれぇ?違うのかなぁ……」
 そんな声が遠ざかる。そう、違うの。私はこの地区の人でないの。通り過ぎる風なの。
 学校までは10キロ。

つづく

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