彼女は彼女を天使と呼んだ(36)
「これは世間を憚かる遠慮というよりも、その方が私にとって自然だからである。私はその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ「先生」といいたくなる。筆を執っても心持は同じ事である。よそよそしい頭文字などはとても使う気にならない」
理絵子はバトンを受けて続けた。もちろん全部ではない。ただ、漱石の文章には明快なリズムがあるので自然と覚えてしまう。吾輩は猫である、子どもの頃からの無鉄砲で……然り、然り、三度然り。
対し主将君は驚いたように二人を交互に見つめた。まぁ確かに、小説を諳んじているというのは驚愕に値するかも知れぬ。最も、男の子でも例えば糸山は元素の周期律表を書き出せるというし、もっと砕けて鉄道駅名丸暗記とか、虫の名前とか、余り変わらない気はする。子どもって好きなものはあっという間に憶えるものだ。
……にしても、この冒頭、今の自分たちの話題遡上のネタに対し何と皮肉。いや漱石ならアイロニーか。
「先生」といいたくなる。コキ下ろしたばかり。
よそよそしい頭文字。それは自分が彼に打ったメールと同質。
「彼女は、そういう娘なんだよ」
本橋美砂は言った。それは、理絵子は本が好きだぞ。アプローチするならそういうこと考えろ、という意味だと思われるが。
端折りすぎ。美砂姉その言い方マズい。
「え……」
果たして主将君はびくりと肩を震わせ、本橋美砂を見上げた。
「なんで、なんであんたが、そんな……」
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